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交渉 4

「……貴女はいつから内海と知り合いで?」

 鬼怒川先生は若干睨んでいるような目で鍛冶さんを見た。だが、鍛冶さんは動じる事はなかった。

「小学生の頃からですよ。小学五年生の頃に、この学校ではありませんが生徒会に所属しておりまして、他校交流の一環で出向いて来てくださった当時のここの生徒会メンバーと会ったのが初めです。

 まあ、生徒会と言っても、ここの生徒会のように戦闘を行うような事はありませんでしたがね」

「ここは特例ですからね」

 鬼怒川先生は不機嫌そうな声でそう言った。

「その頃はここの生徒会メンバーはもう少し多かったように把握しておりますよ。

 高等部、中等部、初等部のそれぞれにメンバーがいるような状態を作っている事がほとんどでしたし、当時は初等部のメンバーが多かったのと、そのまま内部進学したと聞いております。

 それ以前ですと、数人は区切りのいいところで、外部受験するメンバーがいたと聞いていますよ」

「内海情報ですか?」

「ええ、そうですよ。

 最初に出会った交流会の後も会っていたのでね。

 と言っても、内海が突然押しかけてくる以外、連絡先すら教えてもらえなかったので、こちらから会う事はなかったんですけどね」

「ああ、まあ、あれが連絡先を教えているところなんか見た事ないんで、仕方ないんじゃないですか?」

「まあ、内海ですからね。自分の都合だけで、こっちの都合なんかお構いなし。

 私に会いに来るくせに、私の事を友人と呼ぶ事もなく、知人どまり。

 下の名前で呼んでいいかと尋ねたら、『私がそう簡単に名を呼ぶ権利を与えるとでも?』と言われて、呼ばせてももらえなかった。

 今も連絡先が分からないし、ふらっと会いに来る事も最近はめっきりなくなりましたよ」

 鍛冶さんは最後の方は少し寂しそうに言った。

「内海も忙しいんでしょうけどね」

「私も暇というわけではないんですけどね」

 鬼怒川先生はそう返されて、口をへの字に曲げた。

「ああ、失礼いたしました。

 あの子の話をしていたら、あの子との遣り取りを思い出して、つい意地の悪い返し方をしてしまいました。まあ、あの子の方が上を行きますがね」

「否定はしませんよ」

 鬼怒川先生も内海先輩を知るからこそ、そう言った。


「あの子から後輩の話はちょくちょく聞いてましたよ。

 高校生になった途端に行き成りうちを訪ねてきて、近くのカフェまで連れられてから『出来の悪い、何も知らない、不器用極まりない、この上ない程に弱い後輩ができた』と行き成り言われましたよ。

 その瞬間に何を言い出してるんだと思いましたよ。

 その後輩の名も言わず、性別も年齢も言わず、ただ、幼子で魔法も真面に使ってこなかったというのは言われましたけどね。

 そんな話に出てくる子と西雲君が同一人物だと、誰が思うんでしょうね」

「内海にとってはそう思ったというのと、何も覚える前の子供に求めすぎなだけだと思いますけどね」

 鬼怒川先生は呆れ気味にそういった。

「そうですね。私もそう思いますよ。

 ただ、あの子は『あれも天才になれる可能性はある。けど、私が教える限り、天才にはなれないだろう。なれても秀才どまりだ。常識を持てば持つ程、天才には遠退くだろう。いくら才があれど、無駄になるだろう』と、何度となく言っていましたよ。

 あの内海がそんな事を言うなんで、一体どんな子だと思いましたが……」

 鍛冶さんはそう言ってから、オレに微笑を向けた。

「……その言葉をどう捉えていいものか、困ります」

 そう言うと、鍛冶さんはクスクスと笑った。

「本当に分かり難いよね。

 まあ、私も高校二年の時に魔法具製作管理者の資格を取得したんだけど、『おっそ』の一言だよ。祝いの言葉もなし。

 きっと、もっと早くに取れたはずなのにって意味なんだろうけどね」

「言葉が足りないのは確かだと思います」

「君のアイテムボックスにしても、玩具っていうのは内海の求めるレベルがもっと高かっただけだと思うよ。きっと、あの子は何があっても破壊されないようなものが欲しかったんだろう」

「それを作れなかったのですから、そう言われても仕方がないのだと思います」

「そんな事はないと思うけどね。あの子の求めるものが異常なんだよ」

「けれど、それを必要だと思われたんでしょう。そうでなければ、きっと褒めも貶しもしませんから」

「……あの子の性格は確かによく分かっているようだ。

 だが、君は自分を卑下し過ぎだ」

「そんな事は……」

 ないと言おうとしたら、食い気味に尋ねられた。

「君のその自己評価の低さの理由は何なんだい?」

「……十分正当な評価だと思いますが」

「そんな事はないから聞いているんだよ」

 強く言われる言葉にオレは押し黙った。その代わりに鬼怒川先生が答えた。

「当時の生徒会メンバーをご存知なら多少なりとも分かると思いますが、原因はそこですよ」

「申し訳ありませんが、交流が真面にあったのは内海だけなんですよ。

 最初の交流会も、内海以外のメンバーは私達よりずっと年上の方々で、西雲君が入学する頃には卒業されていたはずの方々なので、他のメンバーと言われましても、内海の主観の話で聞いただけの存在ですので、よく知りはしないのですよ」

「ああ……。

 あれがどの程度話していたか知りませんし、どういうメンバーがいたか把握している範囲を伺っても?」

「ええ、勿論ですよ。

 そうですね、軍の家の山崎、道端、河口がいた事は存じてますよ。その河口とは一等仲が良かったようですしね」

 少し寂しそうに言われる言葉に、鬼怒川先生は黙った。

「あとは、瀬野の現当主が、当主になる前に在学していた事は伺っていますよ。そして、内海はとても嫌っていたようだ」

 鍛冶さんはそう言いながら苦笑していた。

「ええ、あの二人はこの上なく仲が悪かったんでね」

「他に私が聞いた事があるとしたら、小浜の必中の女神くらいですかね」

「その呼び名をご存知でしたか」

「それはそうですよ。同年代で、とても美しく、弓の名手と謳われていた人ですからね。

 それに……」

「それに?」

「……彼女は心を病んだのでしょう?」

「それも知っているんですか?」

「知っていると言うよりも、卒業してから内海に呼び出されたんですよ。

 何も聞かされず、何も分からない状態でね。

 建物の陰に隠れていた内海に手招きされて、近くに行くと、小浜の令嬢と、瀬野の現当主が話しているところを指差されましたよ。

 おそらく、内海がその二人を呼び合わせたんでしょう。呼んだ本人が隠れていたのは、その方がいいと判断したんでしょうけどね。

 私が着いた辺りに、小浜の令嬢は瀬野の現当主に笑顔とも言えないような歪な表情で『私は微笑んでいなければいけなかったのに』と言って、その場に崩れ落ちていきましたよ。

 瀬野の現当主は、小浜の令嬢の手を掴み、支え、周りに控えさせていた医療スタッフの手を借りて彼女を連れて行きました。

 内海は、私が来てからはずっと、その二人に背を向けて、二人が去るのと同時にその場を離れましたよ」

「……内海は、何か言ってましたか?」

「私が呼び止めたら、『瀬野は医学の権威だ。その家の者が治療を必要と判断したのなら、大丈夫だろう』と、だけ。それ以上は何も言う事なく、去って行きましたよ。

 それ以降は、私も内海とは会っていませんので、今現在どうしているかは分かりませんよ」

 内海先輩が鍛冶さんを呼んだ理由はなんとなく分かる。

 そうでもしないと、瀬野先輩に頼めなかったんだろう。そして、それだけ小浜先輩の事を案じていたんだろう。

 普段はそんな事、一言も言わなかった人が、そこまで動いたんだ。

 瀬野先輩もそれは分かっているはずだ。だからこそ、惜しまない治療と援助なんだろう。


 泣きそうになる自分をグッと押し殺し、鍛冶さんと鬼怒川先生の会話に耳を傾けた。

「内海が根回ししていたとは知りませんでしたよ」

「そうですか。まあ、私もあの子が瀬野の現当主とどういう交渉をして、あの場に引っ張り出したのかは知りませんよ」

「それを知るのはきっと当人だけですからね」

 鬼怒川先生は溜め息を吐いた。

「どうせ、在学中も大変だったのでしょう?

 あの子は素直さをどこかに置いてきてしまってますから」

「それは確かですよ。その一番の被害者はそこにいる西雲の気がしますけどね」

「一番かどうかは分かりませんが、被害者ではあるでしょうね」

 名指しで言われるが、オレは黙っている事にした。

「まあ、内海以外もわりと酷かったのは酷かったんでね」

「そうなんですか? あの子はかなり相当だと思うんですけどね」

「それは確かですが、西雲が小学一年で入学した時に高校三年だった山崎と道端は完全に軍人気質なんで、虚弱な人間というものがどういうものかも考えようとせずに扱いていたんでね」

「それは……」

 鍛冶さんは想像したのか、オレの方をちらりと見て憐れんだ目を向けてきた。

「その学年には坂田もいて、あれは規則というものには厳しすぎたんですよ」

「坂田と言うと、国の予算だのなんだのを管理している、あの?」

「ええ、そうですよ。まあ、あれは比較的西雲の事は気に入って、本人としては可愛がっていたのと甘やかしていたんですが、傍から見ると、他人に対してよりかは甘いが、十分に厳しいとは思いましたよ。

 そりゃ、もう、覚えさせる事の詰め方が異常でね」

「はあ……」

「高校生までに習う一般科目は全て小学一年の間に詰め込む上に、自分がオリジナルで作った魔法の構築式まで叩き込むような事してたんでね」

「うわ……。それを取得する方も凄いですけどね」

「まあ、そんなんですけどね。それを当たり前の感覚でやるから、こういうのが出来上がるんですよ」

「ああ……。最低限のレベルがすでに狂ってるんですね」

「ええ、その上、その三人の一学年下が、瀬野、波多、八湖だったんですが、その三人が、得意分野に関しては天才とも言えるような奴らだったんですよ」

「波多と言うと、武器屋のですか?」

「ええ、そうです」

「八湖は……元忍びの家系の?」

「そうですね。今は警察ですけどね。

 情報は足で稼ぐと言って、忍びをやっていた時のを活かして警察になった家ですからね。まあ、その頃の名残もあって、隠密行動も暗殺もお手の物らしいですが、ここにいた八湖はそれを感じさせない程の天真爛漫な少女でしたがね」

「……もしかして、内海が爆裂合法ロリ娘って呼んでた人ですか?」

 鍛冶さんがそう尋ねると、鬼怒川先生は噴出した。

 オレは何を言ってるのかよく分からなくて、一瞬呆けてしまった。

「……内海がそう呼んでいたのは聞いた事がないですが、呼んでいたとしても違和感はない気がしますよ」

「あ~……。分かりました。

 内海はその人に対して、見た目で油断したら、一瞬であの世行き。不器用と器用を兼ね備えた異常者って言ってましたよ」

「あ~、言いそう」

 鬼怒川先生はそう呟いて遠い目をしていた。

「まあ、内海なんで先輩とか関係なく失礼な事を言いますからね」

「それは確かですね。教員に対しても尊敬できない相手には容赦なかったですから」

「あの子は本当に……」

 鍛冶さんはそう言って苦笑した。


「笑い事ではないですが、まあ、それはいいとして、その学年は医学の瀬野、武器屋の波多、で、まあ、なんと言うべきか、警察を生業と言い難いですが八湖がいたんで、その三人が異常……、瀬野に関しては周囲が認める医学の天才だったんですよ」

「波多も現当主でしょう? あの方は稀代の当主と聞き及んでおりますよ」

「まあ、武器に関してや錬金術に関してはそうでしょうね。

 そんな三人に共通してですが、自分の興味のない分野に関しては小学生以下の頭脳しかないんですよ」

「はあ?」

「そのくせ、自分が得意とする分野は『これくらいできて当然』と言うもんだから、得意分野に関して、西雲に自分達ができるレベルを当たり前だと押し付けて、出来ないとそれを理解できないといったようにドストレートに言う連中ばかりだったんですよ」

「あ~。自分が得意とする分野が、他人にとって苦手分野になり得る事が理解できない方々なんですね」

「ええ、なんで、瀬野は治癒魔法とかに関してできないと『なんでその程度ができないの?』と言い、波多は錬金術に関してできないと『不器用すぎないか?』と言い、八湖は空中戦が得意だったんですが、飛行術を行使しながらの攻撃ができないと『なんでこんな簡単な事ができないの?』と言うような事が常日頃だったのと、それを真に受ける素直な性格の子供という、絶妙に相性の悪い組み合わせだったんですよ」

「あ~、そこが自己肯定感の低さというか、最低限のレベルが異常な程に高い理由ですか」

「まあ、そうですね。その三人より一学年下は内海が在籍した学年ですが、他は河口と小浜で、その二人はその中では比較的真面だったんでね。

 小浜は少しばかり甘やかしすぎだった気もしますが、あの中では必要だったでしょうし、河口は真面目で厳しいところはあっても、理不尽を言うような人間ではなかったんでね」

「他が理不尽過ぎた気はしますね」

「その結果、こういう仕上がりなんですよ」

 鬼怒川先生はオレを指差しながらそう言った。

「こういう仕上がりって……」

 少し呆れたように言うと黙殺された。

「化け物が育てると化け物ができるって事なんでしょうけどね」

「ちょっと待ってください。オレの事、化け物って言いました? オレ、人間ですからね⁉ 流石に聞き捨てならないですよ」

 オレがそう言うと、鬼怒川先生と鍛冶さんはオレをじっと見てきた。

「な、何ですか?」

「無自覚なんですよ」

「まあ、言い方が悪かったんでしょうけど、人の域は越えてますよね」

「そういう事です」

「内海も人の域は越えてましたけどね」

「そういう奴らに育てられたら、こうなるって事でしょうね。育つ環境が如何に大切かってところですけど」

「誰かしらが正しい基準というか、人並みとはどういったものかを教えてたら、ここまでにはなっていなかったんでしょうね」

「残念ながら、それを教える人間がいなかったんで、こうなったんですよ」

「よ~く分かりましたよ」

 二人はオレを見ながらそんな会話をした。

「二人して、かなり失礼な事をおっしゃっている気がするんですけど」

 少し怒りそうになりながら言うと、鬼怒川先生は溜め息を吐き、鍛冶さんは仕方なさそうな笑みを浮かべた。

「君が自己犠牲しがちな、自己肯定感の低い人間でなければ、こうは言っていなかったかもね」

 鍛冶さんにそう言われて、オレは顔を逸らした。

「自己犠牲を一番したのは河口だろうな。そんなところは似るなよ」

「……分かってますよ」

 鬼怒川先生の言葉に「しませんよ」と、返せなかった。

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