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交渉 3

「素材さえ揃えば、指定した期間で作っていただく事は可能ですか?」

「……如月にでも頼るの?」

「いいえ」

「じゃあ、他の家?」

「いいえ」

「……言っておくけど、そう簡単に手に入るものじゃないんだよ。

 君は魔法具に関してあまり詳しくないかのように言っていたけど、魔法具製作管理者の資格も持っているんだから、どういう代物かくらいは分かると思うけど?」

「何が不足しているのかを全ては伺っておりません」

「……まあ、それはそうだ。

 おそらく君も素材を聞けば無理だと諦めると思うよ」

 鍛冶さんとしては諦めて欲しいんだろう。

「さあ? それはどうでしょう?」

「いくら夢を実現させられるような実力があっても、神杖がどういった構造かも把握できていない子には色々と無理があると思うよ」

 鍛冶さんは悠然と微笑んで見せた。

 それは幼子に優しく言い聞かせる大人の顔だった。

 だが、オレはそれを大人しく聞くような子供じゃない。

「なら、私が本当に諦めるかどうか証明してみてください」

 煽るような言葉に鍛冶さんは微笑を消した。

「……優しく言っているうちに諦めればよかったと思う事になるよ?」

「構いません。ですが、こちらも少し準備をさせていただきます」

 オレはそう言ってから、空間魔法で一つの引き出しを取り出した。

「引き出し⁉」

 鍛冶君はそんなものが出てくると思わなかったんだろう。目を見開いて、驚いた声でそう言った。だが、鍛冶さんは冷静だった。

「おそらく空間魔法を使って取り出したんだろう。

 何が起こっているのか知りたいのなら、常に鑑定眼を発動させておきなさい」

「いや、それは……疲れるし……」

 鍛冶君は気まずそうに目を逸らせた。


「鑑定眼で視る事ができるのですか?」

「私は物質に対してだけだけど、この子は色んなものに対して使えるんだよ。それこそ、魔法に対してもね」

 鍛冶さんが不敵な笑みを浮かべながら言うと、鍛冶君は気まずそうに言った。

「いや、精度自体は鑑那さんの方が上だし……」

「まだ使いこなせていないからだと思うけどね。今のうちに色々視ておくのも手だと思うんだけどね」

 鍛冶さんがそう言うも、鍛冶君はあまり自信なさげだった。

「……まあ、鑑定眼で詳しく視えるのなら、今回はその方がいいと思いますよ」

「ふ~ん。えらく自信があるようだね」

 鍛冶さんはどうやら挑発と取ったようだ。

「因みに、素材は純素材でなければならないのですか?」

 純素材は魔力で構成されたものではなく、自然にある状態や魔生物から採取された素材の事だ。つまり人工物ではなく天然物という事だ。

「……純素材に準じたものならばできなくはないだろうけど、純素材と遜色ないものなんて、人工的には作れないと思うけどね」

「その眼で確かめていただければと思います」

 オレがこれから見せようとしているのが、人工物である事は分かったようで、鍛冶さんは可哀想なものを見るように、微かに微笑んでいた。

「仕方がないね。君がそれで満足するのなら付き合ってあげるよ」

「それはありがとうございます」

 機械的に返した言葉に鍛冶さんは嫌な顔をする事はなかった。


 鍛冶さんは不足している素材を一つ一つ挙げていった。

 オレは言われた素材の入っている木箱を引き出しから取り出して、近くにある机の上に並べていった。

 最初に木箱を取り出した時は鍛冶さんは眉を寄せて、その木箱をじっと視ていた。

 だが、それもすぐにやめ、素材を羅列していった。

 そして、最後の素材を出し終わると、鍛冶さんは顔を引き攣らせていた。


「以上ですか?」

 そう確認すると、鍛冶さんは額を押さえた。

「以上ではあるけど、その木箱は何?」

「ああ、これですか? これは私が端材から作ったものです。

 効果といたしましては、中に入れている物質を最適な温度や湿度等で保管し、経年劣化を防ぐように魔法を掛けたものです」

 オレがそう言うと、鍛冶さんは口をぽかんと開けてから、一番近くにあった木箱を手に取った。

「はあ……。えっ、これって余ってたりする?」

「ええ、まあ。そのサイズだと十個くらい空箱はありますよ」

「このサイズって事は、他のサイズもあるの?」

「ええ。一番小さいのだと指輪くらいの大きさの物が辛うじて入るくらいの大きさで、一番大きいものは一辺が五十センチくらいのものですね」

 見せた方が早いと思って、一番小さいものと大きいものを取り出した。

 すると、鍛冶さんは手にした木箱を机に戻し、大きい方の木箱に触れた。オレはそのまま鍛冶さんに手渡した。

 鍛冶さんはまじまじと見ていたかと思うと、徐に箱の中に手を突っ込んだ。

「……手を入れても特に効果は発動されないんだね」

「ええ。蓋を閉めないと発動しないようにしています」

「しかも、制作者である君以外が開けられないように条件付けしてるんだね」

「条件自体は変える事は出来ますが、自分が使う想定だったので、そのようにしています」

「ほう……。因みに、開封の条件を変えたものを作ろうと思ったら時間が掛かるのかい?」

「条件を外すのなら、今この場で変えられますよ。

 他の方が開封するとなると、私がその人を知らないと変えられないので、時間は掛かるかと思います」

「私に変えるのなら?」

「それならすぐにできますよ」

「本当?」

「ええ」

 そう答えると、鍛冶さんは思案し始めた。


「……その大量の木箱と同じサイズ十個と、この一番大きいのと小さいのを一つずつ、私が開封できるようにしたものが欲しいと言ったら、いくらくらいだと譲ってくれるかな?」

「えっ? 余っているものなんで、欲しいのならあげますよ? どうせ、端材で作ったものですし」

 こんなものが欲しいのかと思っていたら、鍛冶さんは勢いよく立ち上がった。

「は? 何言ってるんだい?

 これ、アイテムボックスと同じ原理のものなんだよ⁉

 下手すると、数百万くらいはするんだよ?」

「でも、あれは中身も見えるようにできてますし、素材もちゃんとしたものですよ」

「だとしても、これ周囲からの魔力や衝撃への耐久性も付与されてるし、それで保管条件もさっき君が言ったように経年劣化も防ぐし、環境としても申し分ないようにできている。

 アイテムボックスは中身が見えるが、逆に見えて欲しくない場合だって存在するんだよ?

 そういう場合、これの方がどれだけ重宝するか!

 それを無料で渡すっていうのかい? 君は物の価値が分からないのかい?」

 目が吊り上がった鍛冶さんに詰め寄られながら、勢いよくそう言われ、少し恐怖を感じた。

「えっ、えっと、けど、材料費自体は……」

「そこの問題じゃない! 技術の問題だよ!」

「け、けど、魔法具製作管理者の資格も取っていないような頃に作ったもので……」

「資格なんて肩書だけだ。それがなくとも十分な技術で作られたものだ!」

 そう言われて、オレはどう対応すべきかが全く分からなくなり、視界の端に移った鬼怒川先生に助けを求めた。

「先生~」

「お前は自分に対して金銭的価値を付けられた事がないからって、狼狽え過ぎだ」

 呆れたようにそう言われた。

 だが、その言葉に反応したのは鍛冶さんだった。

「金銭的価値を付けられた事がないってどういう意味ですか?

 これだけの実力があれば、評価をする人の一人や二人はいるでしょう?」

「えっと~」

 鬼怒川先生は鍛冶さんに詰め寄られ、顔を逸らした。

「まさか、貴方様でさえこの価値が分からないとでもおっしゃるのですか⁉」

「いえ、それが規格外なのは分かってますよ。それより、近いです」

「あっ、大変失礼致しました」

 鍛冶さんは自分より身分の高い人に対して失礼が過ぎたと思ったのか、一歩下がってから深々と頭を下げた。

 鬼怒川先生は少し困った顔で頬の辺りを掻いていた。


「えっと、それって副会長が作ったアイテムボックスって事っスか?」

 鍛冶君が木箱を指差しながら尋ねてきた。

「あ~、まあ、玩具みたいなものだけど」

 オレがそう言うと、鍛冶さんは再びオレに詰め寄ってきた。

「これが玩具だって⁉ 君は本当に価値が分からないのかい?」

「け、けど……」

「また言い訳かい? 端材で作ったとかは聞き飽きたんだよ」

「い、いえ、そうではなくて……」

「なに?」

「う、内海先輩に、そう言われて……」

 そう言うと、鍛冶さんはオレから一歩離れた。

「内海にこれを玩具って言われたのかい?」

「はい……」

 そう言うと、鍛冶さんは「あの子ってば、本当に口が悪い上に、正しい評価をしなさすぎだ。これを玩具だって? 本当に何考えてるんだ」と、ブツブツと言い出した。


 少し怖くて、鬼怒川先生の方を見ると、呆れた目を向けられた。

「お前、ポーカーフェイスも何もかも崩れてんぞ」

「だって、ああいう類の人と交渉なんかした事ないんです。

 どう対応しろって言うんですか?

 と言うか、先生も口調が戻ってますよ」

 互いの指摘にお互い黙った。

 すると、鍛冶さんがいい笑顔を浮かべて、オレの肩を叩いた。

「今度、内海に会うような事があれば一発殴っといてあげるよ。会えるかは分からないけど」

「そんな事しなくていいです!」

 跳び上がりそうになりながらそう言うと、鍛冶さんは笑った。

「あの子の場合、私が殴ったところで何ともないさ。

 ただね、あの子の後輩なら知っているだろうと思っていたけど、どうも違うみたいだから教えておいてあげるよ。

 あの子は自分にも他人にも異常な程に厳しいんだよ。あの子の評価を真に受けるもんじゃないよ」

 笑いながら言われるが、鍛冶さんの目は笑っていなかった。

「評価が厳しい事は存じてます」

 そう言うと、鍛冶さんは笑うのを止めた。

「じゃあ、なんで内海が言った事を真に受けてるの?」

「真に受けてると言うか……」

「そうでなければ、十分価値のあるものだと分かると思うけど?」

 そう言われても正直困る。


 本当に困っているのが分かったのか、鬼怒川先生が鍛冶さんに話し掛けた。

「少しよろしいかな?」

「何でしょう、鬼怒川前当主」

「そこの西雲は色々あって、自己評価が低くなっているんです」

「その原因の一つは内海でしょう?

 それより、私のように身分の低い者に鬼怒川家前当主が気遣う必要はございませんので、話しやすい口調で話していただいて結構ですよ」

 鍛冶さんはオレと鬼怒川先生が話しているところを聞き逃さなかったんだろう。

 にっこりと微笑みながらそう言った。

「では、そうさせてもらいますよ」

「ええ。気楽にしていただければよろしいかと存じます。

 そして、可能であれば、私の非礼を見逃していただければ幸いにございます」

 ニコニコしながら言われる言葉に、鬼怒川先生は大きく溜め息を吐いた。

「……どうぞ」

「ありがとう存じます」

 今でこそ改まっているが、これ以降はこの場で改まるつもりはないという事なんだろう。

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