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交渉 1

「しかし、サインをしても姿勢は崩してくれないんだね」

 困ったような笑顔を浮かべながら言われるが、オレは表情を崩さなかった。

「飽く迄も契約に対してのサインだけですので、こちらの対応を変更するとは一言も申し上げておりません」

「まあ、確かに言ってなかったね」

「ええ、その為、このままお話を進めさせていただきます」

「仕方ないね。まあ、君としては私が依頼を受けるかどうかが分からないから、その姿勢を崩さないというのもあるんだろうね」

「そう考えていらっしゃるのなら、依頼は受けていただけますでしょうか?」

 そう尋ねると、鍛冶さんは笑みを消した。


「正直、これが本当に君からの依頼なのかを疑っているんだよ」

「そうおっしゃられる理由を伺っても?」

「君の依頼の品は神杖だ。

 君は魔力量が多いだろう? 到底必要なものだとは思えない。

 それに、この学校の上の人間は如月だ。だから、本当は如月の依頼を君経由で行っているのではないかと考えているんだよ」

 オレはそれに対し、首を横に振った。

「それはありません。全て自己判断です」

「……そう。だとしても必要ないだろう?」

「いいえ、必要です」

「その理由を聞いても?」

 話さなければ依頼は絶対に受けないという事なんだろう。


「……貴女もおそらくご存知だと思いますが、七年前にこの学校でも戦火があがりました。

 その時は、当時会長をされていた生徒が亡くなりました。

 その戦いにおきましては、当校に在籍していた内海は振り返るも『戦力不足だ』と言っておりました。それは事実でしょう。

 今も圧倒的戦力不足だと考えております」

「それは戦力を補う為に欲しいって事?

 なら、道具に頼る前に鍛えるべきではないかな?

 厳しい事を言うかもしれないけど、道具に頼っているだけじゃ、どのみち勝てないよ。

 そうなると、当時以上に死者は増えるだろう」

「承知しております」

「なら、神杖に頼る必要はないんじゃないかな?」

 鍛冶さんは交渉決裂とでも言いたげだった。

「いいえ、必要です」

 折れる事のないオレの目を見て、鍛冶さんは眉根を寄せた。

「どうして? 君は戦いを経験してるのなら、猶の事。

 魔力を補う為の道具に頼っても、戦う人間自体が弱いのでは無意味だと分かっているはずだ。

 戦力不足だというのなら、まず鍛えるべきだ。それは君の先輩達がずっとしてきた事だろう?」

「ええ、それは確かです」

「なら……」

「当時の戦いで、私は魔力枯渇を起こしました」

「え?」

 鍛冶さんは信じられなかったのだろう。一瞬動きが止まっていた。

「明らかに魔力量の多い君が魔力枯渇? 何の冗談だい?」

「冗談ではなく事実です」

「……一体何が原因で?

 その戦いでは内海もいたはずだ。それなら君は内海に魔法の使い方、魔力を効率的に使う戦い方を覚えさせられているはずだ。

 そんな中で魔力枯渇が起こったというのなら、何か原因があるんだろう?」

 その内容如何で本当に必要かを判断するといったところなんだろう。オレは別に隠しているわけでもないから躊躇いもなく話した。

「対峙していた敵が魔剣を所有していました」

 その言葉を全く予想していなかったのか、鍛冶さんはまた固まった。

「……えっ、何て? 魔剣って聞こえた気がするんだけど、気のせい?」

「気のせいではありませんよ。魔剣と言いました」

「魔剣って、周囲の人間の魔法や魔力を吸い取って、かなり強力な攻撃を放つ、あの剣?

 だったら、逆になんで君生きてるのって言いたいレベルなんだけど?」

「なんでとおっしゃられましても、生きているから生きてるんですが……」

「いや、そうじゃなくて、魔剣の攻撃を受けて生存してる人間なんて聞いた事がないんだけど?」

「そう言われましても、現に生きておりますので……」

「具体的に話してって言ってるんだよ!」

 さっきまで頭を抱えながら話していた鍛冶さんは勢い良く立ち上がりながらそう言った。

 少しばかり驚いたが、それでも顔には出さないようにした。


「……如月魔法学校でのその時の戦いは三日間続いたという事はご存知ですか?」

「えっ、ああ、まあ……」

 鍛冶さんはオレが話し始め、少し落ち着いたのか、椅子に座りながらそう言った。

「その初日に魔剣の所有者と遭遇しました。

 その時に左肩の辺りから右の脇腹の辺りまでを魔剣で切られました。まあ、ある程度距離を取ったので傷自体は深くはなかったのですが」

 あの時の事を思い出すだけで本当に嫌になる。話したくはないが、そうも言っていられない。

「初日に遭遇して切られてるって……。本当によく生き延びたね」

「……本当は自分だけで対処できればよかったのですが、すぐさま、当時生徒会長をしていた河口が応援に来ました。

 ですが、その方も腹部を魔剣で刺され、流石に体勢を立て直さなければならないと思い、目くらませの為の魔法を放ちながら、所持していた魔法薬を投げつけて退避しました」

「魔法薬? 一体何の魔法薬?」

「あれは確か、一時的に視力を奪うものだったと記憶しています。改良もしていたので、感覚麻痺も加わるようなもので、暫くは立つ事も出来なかったかと思いますが……」

 実際に次に対峙する時までの動向は分からなかった。だから、その効果が見られたかどうかは今でも不明だ。

「えっぐ……。まあ、目くらましだけじゃ、すぐに追いつかれるんだろうけど」

「それもありますが、私自身は意識もありましたが、治癒魔法を使っても傷が一向に塞がる気配もなく、河口は意識を失っておりましたので……」

 河口先輩を背負いながらの退避は、体が今以上に小さかった当時ではかなり厳しかった。

「それは……。そうでもしなければ、その場で死んでいた可能性があったという事だね。

 しかし、魔剣で受けた傷は治らないというのは噂程度で聞いていたが、本当だったとは……」

「ええ。だからこそ、退避中に、過去にこの学校に在籍していた瀬野――」

 オレがそう言っていると、鍛冶さんが片手を挙げた。

「姿勢を崩せないは分かった。けど、その過去に在籍していた、とか長々と付けて話すのは大変だろうし、時間も掛かる。だから言い方を変えないかい?

 君は内海の事だって『内海先輩』と呼んでいたんだろう? なら、その方が呼びやすいはずだ。それでいいんじゃないかな?」

「……かしこまりました。では、そのようにさせていただきます。

 退避中に瀬野先輩の言葉を思い出したので、その後は自分の傷を塞ぐ事は出来ました」

「君はどんな言葉を思い出したんだい?」

「『塞がらない傷なんかあるはずはない。どうやっても、塞ごうとすれば本来は塞がるんだ。それができないのなら、何かしら塞がらないようにしているものがある。それを見極められるかどうかによって、治癒魔法の精度は変わってくる』と」

「それが見極められるのなんか、本当に限られた人間だろうに……」

「その時の場合、魔剣で切られたところに魔素が埋め込まれている状態だったので、それを取り除けば塞ぐ事ができました」

「そうか。魔素が魔力を吸収するから、傷を塞ごうと魔力が集まれば、それも奪われるし、治癒魔法を掛ければ、その魔法も吸い込まれて無効になる。

 逆に言えば、その魔素さえなければ、治癒魔法で傷を治す事は可能って事か」

「ええ。どうにか、私と河口先輩の傷口から魔素を取り除き、私の傷を塞ぐ事ができた頃に、生徒会室まで退避しました。

 生徒会室には早瀬先生が非常事態に備えて待機してくださっていましたから」

「早瀬って事は、瀬野の一族かい?」

「ええ、そうです。河口先輩は早瀬先生の治療を受け、目を覚まされました。

 私は傷も塞がっていたので、戦地に戻りました」

「魔力もかなり奪われて消耗していた状態じゃないのかい?」

「だとしても、戦う責務はありましたから」

 それに対し、鍛冶さんは少し悲しそうな顔をするだけで何も言わなかった。

「その後は、三日目に再び同じ相手と対峙する事となりました」

「体力も魔力も消耗している時に魔剣を持った相手と対峙とか……。本当によく生き延びられたね」

「かなりの苦戦は強いられましたよ」

「それはそうだろう」

「それでも、魔剣を破壊できただけでも良かったんでしょうけど」

「へ? 魔剣の破壊? 所有者を仕留めたんじゃなく?」

 鍛冶さんは若干呆けた様な声でそう言った。

「ええ。残念ながら、魔剣の所有者は仕留めそこないました」

「魔剣を破壊できて、所有者を仕留めそこなうって、一体どういう状況だったんだい?

 全く想像が付かないよ。

 まず、魔剣はそう簡単に破壊できるものじゃない、と言うより、壊す事ができるのかどうかさえ不明だと思うんだけど?」

「魔剣の存在自体が確認されている例の方が少ないですからね。前例はないので、破壊できるかどうかというのは、実際に行わないと分からなかった事ではありますよ」

「それはそうかもしれないけど……」

 鍛冶さんは頭が痛そうに額の辺りを押さえた。

「魔剣だとしても所詮は物です。許容量というものは存在します」

「……と、言うと?」

「相手の魔力を使って強力な攻撃を放つというのなら、その攻撃を放つ前に容量オーバーになる程に魔力を吸収させれば理屈の上では壊せると考えたのです」

「攻撃を放つ前って……。それに、どのくらいの魔力を吸収できるかなんか分からないだろうに、無謀すぎる」

「無謀でも、それ以外の方法は思いつきませんでした。

 魔剣の所有者は、それこそ、そこにいる鬼怒川先生よりも体格がよく、魔剣をふるう為の腕力もあり、素手での攻撃ですらかなり強力でした。

 それに、私自身は物理を介さないタイプの魔法による攻撃は受けない体質なので、魔剣から放たれる攻撃自体はほぼ無効です。

 攻撃が通るとしたら、魔剣で直接切られたり、剣の風圧で攻撃された場合や、物理的な攻撃をさせた場合です」

「……だとしても、魔力は消耗するし、動けば体力も消耗するだろう?」

「まあ、それはそうなんですが……。

 こっちの魔力自体は多いですし、魔剣で放たれた攻撃を反射させて返せば、魔剣はそれも吸収していたので、実際にはその時の魔力残量のみで破壊する事は可能でした」

「それはやってみた結果だろう? 下手すりゃ死んでたよ?」

「確かにそうですが、それ以外に方法は思いつきませんでしたし、今同じように戦っても、魔剣の破壊の方が、所有者を仕留めるより楽だと思います」

「……君、かなりおかしいよ」

「そう言われましても困るのですが、実際に体格のいい相手との戦闘だと、魔法なしでは勝ち目はあまりないんですよ」

「どうして?」

「……攻撃がどうしても軽いんです」

「ああ、君細いもんね。攻撃も重さがのらないと言うべきか、物理的な攻撃力は低くなるって事か」

「当時は特にですよ」

「小学三年生、だっけ?」

「ええ。なので、他の手段を取ったとしても、魔剣の破壊の方が楽なのは確かですよ」

「魔剣の所有者自体、極端に少ないと言われてるからね。かなりの技量と体力とかも必要だと言われているし、勿論、魔力も必要らしいからね。

 どれだけの戦闘力を持ってるのかは知らないけど、かなりの手練れだろうからね」

「そうなると、こちらの経験不足は否めません」

「でも、それは当時の話だ。今の君は? 本当に所有者とは歯が立たない?」

「……正直、単独で、その戦闘のみならどうにかなるかもしれませんが、その後暫くは戦闘から離脱しなければならなくなる可能性が高いんです」

「つまり、魔剣相手だけじゃないって事だね」

「ええ」

「そうなると、本当に仕留められなかったのは悔やまれるといったところだね」

「はい……」

「生きてるだけでも十分凄い事だろうけど、先を考えると足りなかったってところか」

「はい」

「けど、所有者だって、魔剣を破壊されれば反動もあって、かなりのダメージを受けたんじゃないかい?」

「そうですね。それでも魔剣を破壊しても、倒れるような事はありませんでした」

「うっわ。そんなに強いんだ……」

「魔剣の代償自体は大きいと聞いた事がありますが、確かにダメージは受けていたようですが、それでもこちらを攻撃する余力は残っていましたよ」

「そりゃ、逃げる事も出来るか」

「こっちとしても逃がす気はなかったので、魔剣の破壊の後も攻撃の手は緩めませんでしたよ」

「……なんでそれで仕留めそこなったの?」

 そこまでしたら仕留められただろうと聞こえる言葉は痛かった。

「……あと一歩というところまでは追い詰めましたよ。相手を気絶させましたし」

「なら、尚更どうして?」

「こちらも体力も魔力も尽きかけていましたが、それでも仕留めようとしました。

 そしたら、どこからともなく手が伸びてきたんです」

「へ? 手?」

「ええ。おそらく空間魔法で繋いだんでしょうね。

 その手が魔剣の所有者を回収していったんです」

「……ちょっと待って、魔剣の所有者自身がその足で逃げたんじゃなく、残党の誰かで、空間魔法でどこか同士を繋げられるような人間がいて、その人間が回収したって事?」

「そうです」

「君の白昼夢じゃなく?」

「ええ。現実です」

「嘘でしょ。信じられない。

 だって、空間魔法自体使うのは難しいし、現実にある複数地点を転移魔法で移動はできても、空間魔法で繋いで、剰え、人間を回収できるって聞いた事がないよ。

 空間魔法は基本的に異空間で、私達が生活しているこの現実空間とはまた別の空間を使うんだよ? それなのに、現実空間を二地点繋いで、その間を通すって意味が分からないよ」

「目の前で起こったと事です。しかも、私はそれを阻止しようと、攻撃を放ちました」

 待てと言いながら魔法を放った。だが、その攻撃は通らなかった。

「えっ、回収されたって事は、その攻撃は通らなかったって事?」

「ええ。結界魔法を瞬時に張られました。

 しかも、気の抜けたような女性の声で『危ないなぁ。悪いけど、この人は今死なれると困るんだ。だから、回収の邪魔をしないで』と言われ、魔法で作った氷柱で右肩を貫かれましたよ」

 思い出すだけで痛みまで蘇ってくる。オレはジクジクと痛む肩を撫でた。

「……その回収を行った女性も生きてるし、魔剣の使い手も生きてる。それってわりと最悪じゃない?」

「だからこそ、神杖を依頼してるんです」

「……確かに持っておきたくなるね。でも、魔剣は今はないのなら、賢者の石だけでどうにかできそうな気もしなくはないけどね」

「……嫌な予想ですが、魔剣は再生されているか、新たに鍛えられているのではないかと思っています」

 その言葉に鍛冶さんは心底嫌そうな顔をした。

「それは、君の予想に過ぎないだろう? 簡単に作れるものじゃないはずだ」

「そう、思うんですが、残念な事に、私の嫌な予感とかはよく当たるんです」

 そう言うと、鍛冶さんは絶望に近い表情を浮かべた。

「君はそのタイプの人間か……」

「ええ、残念な事に」

「魔力が強い人間は比較的にそういう予想や予感が当たるとは言うけど、絶対じゃない。

 魔力が強いとは言い難い人間でも当たる事はあるし、魔力が強い人間でも当たらない事はある。

 それでも、そういうタイプの人間の予想は予言に近いくらいに当たるんだよね~。

 内海もそのタイプの人間だったから覚えがあるよ。いや、もう本当に嫌という程に当たるからね」

「確かに内海先輩もそのタイプでしたね」

 内海先生も当たりやすい。もしかしたら、内海の血筋はそういったのが当たりやすいのかもしれない。


「もしかしたら魔剣が再び存在しているかもしれなくて、またここを攻撃しに来る可能性があるから、神杖が欲しい、って事?」

「平たく言えばそうです」

「戦力不足というのは、魔剣と対峙した時の話って事か」

「……当時は私が一番弱かったんです」

「でも、今はそうではないだろう?」

「だとしても、内海先輩が当時言っていた戦力不足の原因は間違いなく私です」

「君だけではないだろう? 総合しての話だと思うよ?」

「だとしても、もし、河口先輩が魔剣の攻撃を受けずに済むように、私一人で対処できていれば、河口先輩は生きてらっしゃったかもしれない」

 今でも思う後悔。どう足掻いても、オレが弱かった所為だ。

「仮に魔剣の攻撃を受けなかったとしても、分からないと思うよ?」

「生存確率は上がりますよ」

「……君だけの所為ではないだろう?」

 オレはそれを肯定出来なかった。

「私は同じ事は繰り返したくないんです」

「その気持ちは分かるけど……」

「だからこそ、神杖は必要なんです」

 真っ直ぐに鍛冶さんを見ると、鍛冶さんは一瞬言葉を詰まらせた。

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