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交渉直前

 電話を切ってから軽く溜め息を吐くと、鍛冶君がじっとオレを見ている事に気付いた。

「どうかした?」

「携帯、持ってたんスね」

「ああ、これ? これは学校用だよ」

「学校用?」

 二台持ちしてるのかといったようにそう言われた。

「学内で連絡を取る時に使うように学校側から支給されたものだよ」

 そう言うと、鬼怒川先生が付け加えるように言った。

「ほとんど守衛室にしか掛ける事はないだろうがな」

「あとは稀に保健室でしょうか?」

「だが、ほとんどないだろう?」

「守衛室もほとんど掛けないですけどね」

「その方がいいんだろうがな」

「まあ、そうですね」

「えっと、私用のはないんスか?」

 鬼怒川先生とオレとの会話だけになりそうだったところに鍛冶君がそう尋ねてきた。

「あるよ」

「今も持ってるんスか?」

「いや、生徒会室に置いてるカバンに入れっぱなしにしてるよ」

 そう言えば、今日は一回も確認すらしてないな。これで母さんから掛かってきてたら、帰った時にまた文句を言われそうだなぁ。

「携帯は携帯する為にあるって知らないんスか?」

 持ち歩いていない所為で鍛冶君にそう言われた。

「いや、持ち歩く事もあるよ。ただ、業務中には不要だから」

「でも、何かあって電話掛かってきたらどうするんスか?」

「掛かってきたとしても、掛けてくるのは母くらいだから大丈夫だよ」

「それ、大丈夫なんスか?」

「大丈夫だよ。大体が急ぎでもないから」

「はあ……」

 鍛冶君はよく分からないといった顔をしていた。


「まあ、オレの携帯電話の話なんかどうでもいいんだよ。

 それよりかは、これから来る鍛冶さんに対してどう対応したものか、だよ」

「別に普通に足りない素材とか聞いて、依頼自体をどうするかを話せばいいだけじゃないんスか?」

 何を難しい事があるといったように言われたが、オレと鬼怒川先生は同時に溜め息を吐いた。

「何なんスか?」

 鍛冶君は不機嫌そうだった。

「部外者への対応となると、それ相応にしなければいけないんだよ」

「鍛冶の身内と言えど、全面的に信頼できるかは別になってくるし、この部内でというのなら、俺の管轄だ。俺も監視としていなければいけない」

 オレと鬼怒川先生がそれぞれ言うと、鍛冶君は言葉を詰まらせた。


「しかし、先生。他の生徒はどうするんですか?

 鍛冶君は当事者に入りますが、他の生徒は……」

 オレがそう言うと、先生は他の部員に目を向けた。

「お前らはどうしたい?

 聞けば、知り得た事を口外する事は許されなくなる。それこそ、何かの代償が発生する程に重要な事もある。

 それを聞く覚悟がないのなら、今すぐにこの場から出てもらいたい。

 ここは今から交渉の場になる。

 甘い事を言っていられなくもなるだろう。

 自分の命を自分で懸ける事ができるか?

 もし、無理なら、その覚悟がないのなら、俺は守ってやる事はできない。

 それが分かった上で、ここに留まるか、出て行くか判断して欲しい」

 鬼怒川先生の声は静かに、低く響いた。

 全員、意味は分かっただろう。だが、誰一人として出て行く気配はなかった。

「本当にいいんだな?」

 先生が最終確認すると、全員が頷いた。

「と、いう事だ」

 先生がオレの方を向いて、笑顔を作った。

 オレは自分でも自覚する程に冷たい目を返した。

「それは、何かあれば、鬼怒川の家の名を懸けて、責任を負うという事でよろしいのですか?」

「ああ」

 その返事に迷いはなく、オレは溜め息を吐いた。

「分かりましたよ」

「お手柔らかに頼むよ」

 先生は苦笑するが、オレは眉間に皺が寄った。


「少しばかり無理かと思います」

「何でだ?」

「まず第一に初対面ではないんです」

「あ~……。どういう経緯での知り合いだ?」

「これを作った際に、作る場所等を提供していただいただけです」

 オレは眼鏡に触れながらそう言った。

「あ~……。会議の時に言ってたやつか」

「ええ、そうです」

「初対面の方がまだ交渉は進めやすかったかもしれんな。

 だが、そのくらいなら、どうとでもなるだろう?」

「オレ、第一にって言ったと思うんですけど?」

「あっ、まだなんかあるのか?」

「内海先輩の知り合いなんですよ」

「うげっ。絶対ヤバいじゃねぇか」

「だから嫌なんですよ。絶対にこっちの分が悪い」

「確かにそれはな……」

「先生がどうにかしてくれます?」

 期待などしていないが、そう尋ねると、いい笑顔を返された。

「自分で頑張れ!」

「……はぁ。元から自分でどうにかするつもりではいましたよ。

 ただ、ちょっとばかし、あくどい事をする事になるでしょうけどね」

「まあ、交渉なんかそんなもんだろう」

 鬼怒川先生は分かっているような顔だったが、鍛冶君は納得のいかないような顔をしていた。


「交渉って、依頼じゃないんスか?」

 その言葉に鬼怒川先生が溜め息を吐いた。

「鍛冶、依頼の段階はもう過ぎてるんだよ。

 依頼を受ける側がどう条件を出すか、依頼をする側がどこまで自分の意見を通しつつ、依頼を受けてもらう為に妥協するか、そういった事を交渉する段階にすでにあるんだ。

 それは大人だとか子供だとかは関係ない。

 ただ、どっちが有利に話を進められるかが重要になってくる。

 互いに優位に立とうと思えば、汚い手も使う必要も出てくる。

 勿論、それを嫌って、自分がどれだけ損な立場になっても話を受ける人間もいるがな。

 だが、大体交渉となれば、綺麗に終わる方が珍しいんだよ。

 最初から提示する内容が合うなんて滅多にないからな。

 交渉なんかはお前の親だってやってるはずだ。もう少し、自分の親の仕事をちゃんと見ておいた方がいい」

 鍛冶君は作る側しか見ていなかったんだろう。先生に言われて、少し悔しそうな顔をして俯いた。


「……子供に見せるものではないんでしょうけどね」

「お前も十分、年齢的には子供なんだがな」

 オレの言葉に鬼怒川先生は呆れと諦めを混ぜた様な声でそう返した。

「オレは、仕方ないでしょう」

「まあな」

「だとしても、年齢だけでなく、外見もまだ大人ではないと思うんですけどね」

「う~ん」

 微妙な反応を返されるが、それは最近覚えがある所為で否定できなかった。

「……少しばかり軍の方に顔を出していた時に、どこに勤めているか聞かれたりした事があったんです」

「はあ」

「それで、まだ高校生だと返すと何とも言えない反応が返ってきたんですが、オレって老けて見えるんですか?」

「いや、老けてるってわけじゃないが……」

「つい半年前までは中学生だったんですけどね」

「それ言われると、わりと恐怖を覚えるんだが」

「何でですか?」

「お前の年齢を忘れてたからだよ。すでに何年か高校生やってる気がしたんだよ」

「オレ、まだ十五ですよ?」

「そうなんだが……。感覚の問題だろうな。

 ん? 十五?」

「十五ですよ」

「十五って高校生だったか?」

「今年でと言うか、八月で十六ですよ」

「ああ、そうか。まだ誕生日が来てなかったか」

「そうですよ。もうすぐと言えば、もうすぐですけどね」

「その前に試験もあるし、夏季休暇に入ってからだから、もう少し先と言えば先だな」

「ええ、そうですよ。まあ、そんな事の前に、目下しなければいけない事は、今から来る人の対応ですけどね」

「ああ、まあ、頑張れ」

 若干他人事のような鬼怒川先生を睨むと当時にドアをノックする音が聞こえた。

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