部外者とは
「んと、取り敢えず、鑑那さん来れるみたいっスよ」
鍛冶君にそう言われてオレは一瞬固まった。
「……えっと、ちょっと待って。今からここに来ようとしてるって事?」
「はい。えっと、何かまずいっスか?」
鍛冶君がオレの反応を見て不味いと思ったようだった。
そして、鬼怒川先生も頭を抱えていた。
「う~ん。これは俺の監督不行き届きか?」
「えっと、オレもこの場にいながら止められていなかったので、不問にします。
けど、ちょっと鍛冶君には注意が必要かと……」
「ああ、うん。スマン」
先生はそう言うと、オレに丸投げした。
仕方なく、オレは鍛冶君の方に向き直った。
鍛冶君は怒られると思ったのか、肩がビクリと跳ねた。
「まず、部活動中の携帯電話の使用に関してだけど、顧問に使用許可をもらう、もしくは、顧問不在時に部長に許可をもらうというのをしてからでなければならない。
今回は顧問の鬼怒川先生がいるから、鬼怒川先生に許可を貰ってからでなければならなかった。それをしなかった事に対しては、顧問の管轄内で、反省文だとか何かしらの処罰はあるんだよ。
今回はオレも鬼怒川先生もいたにも拘らず、見逃してしまっていたから、取り敢えずはお咎めなしにするけどね」
「すんません」
「次回以降はちゃんと許可を貰ってから使用する事。いいね?」
「はい……」
鍛冶君は反省したようで、大人しくそう返事をした。
「あとは、こっちの言い方も不味かったんだろうけど、部外者をこの学校に呼ぶのは駄目なんだよ」
「部外者って……俺の身内なんですけど? しかも、副会長が依頼しようとしてるんじゃないっスか」
部外者という言い方がこの上ない程に嫌だったのか、鍛冶君は眉を吊り上げた。
「身内だとしても、保護者ではないだろう?」
「それはそうっスけど……」
「それに君が呼び出すのと、オレや会長、教員が呼び出すのとじゃ訳が違ってくるんだ」
「は? どういう事っスか?」
鍛冶君以外の部員も少しざわつきを見せた。
「まず、部外者とは、だけど、この学校の教職員と生徒、そして、生徒の保護者以外の人間全員を指すんだ。
だから、身内と言えど、保護者以外はこの学校では部外者と呼ばざるを得ないんだよ」
「……そう呼ぶって学校が決めてるって事っスか?」
「そう。言い方は悪く聞こえるかもしれないけど、この学校の教育に関わる人間以外は部外者だと定めてるんだ。
教育を受ける生徒、教育に携わる教員およびこの学校の職員、そして保護者。以上がこの学校における教育に関わる人間と定められ、それ以外を部外者と定めてるんだ。
だから、行事とかがあっても、部外者を呼ばない事とあったら、保護者以外は呼べないんだ」
「まあ、確かに……」
それは分かったようで、全体的に渋々ではあったが納得したような反応を見せた。
「普段は保護者も呼び出された時以外の来訪は原則禁止されてるんだ」
「何でっスか?」
「この学校を守る為だよ。
まあ、理事長だけに許可を貰って、こっちには情報が来ない場合は判断がつき難いけど、保護者と分かっていて、この学校の門をくぐる際には『来訪者』と書かれたプレートを首から下げるように決められている」
「それって親でも信用されてないって事っスか?」
そう言われると回答するのは辛かった。
「……もし、家同士の何かがあって、この学校で揉め事を起こさないという確証はないからね」
「それは……」
鍛冶君はそんな事は有り得ないとは言えなかったようで、言葉がつっかえていた。
「部外者となれば猶の事。だからこそ、規則で生徒が部外者を呼ぶのは禁止されているんだよ。例え、身内でもね」
「で、でも、今回は……」
鍛冶君は良かれと思ってやった事だ。それはよく分かっている。
「分かってるよ。オレも連絡を取れるかと聞いたのが悪かったんだ。
都合の付く日を教えて欲しいとか、別の言い方をすればよかったんだ。こっちにも落ち度はある。だから、今回はお咎めはなしと言ってるんだよ」
「……副会長が、鑑那さんのところに出向きたくないと思ってたんスけど」
「それは正しいよ。けど、オレ自身の私情は関係ないんだよ。必要なら出向く。それだけだよ」
「……すんません」
決して間違っていたとは思わないんだろう。それでも余計な事をしてしまったというのはあったようだ。
「いや、こっちの事を考えての行動だっていうのは分かってるからいいよ。
それに、なんとなく予想と言うか、予感はしてたんだ」
嘆息混じりに言うと、鍛冶君は首を傾げたが、鬼怒川先生は盛大な溜め息を吐いた。
「予感がしてたのなら、十中八九そうなる事くらい分かってただろう」
「オレ自身に直接的な繋がりはないんですよ? そうなれば、その予感は外れるかもしれないじゃないですか」
「い~や。お前の予感が外れる事は滅多にないだろうが。特に嫌な予感はな」
「滅多にないって事は、万が一くらいにはあるって事だと思うんですけどね」
「お前の場合、滅多にどころか、有り得ないと言い切れそうなレベルだろうが」
「そんな事はないと思います」
「えっと、どういう事っスか?」
オレと先生がくだらない言い合いをしていたら、鍛冶君が割って入ってきた。
「ただ単に西雲の予感は当たるって話だ」
「オレとしては当たらない事だってあると思うっていう話だよ」
「何で副会長の予感が当たるって言えるんスか?」
鍛冶君は頭に疑問符が浮かんでいるようだった。
「西雲は魔力が強いからな」
「魔力が強いと予感とかが当たりやすいって事っスか?」
「まあ、そういう傾向にあるって話だ。
俺も魔力は弱くないんだが、そこまで予感とかが当たる事はないな。だが、内海先生はよく当たるらしい。
何かしら傾向はあるんだろうが、よく分かってないんだよ。
ただ、西雲のはよく当たるんだよ。まあ、神の眼の影響が全くないとは言い切れんだろうしな」
先生の言葉に納得したのか、鍛冶君はそれ以上聞いてこなかった。
「オレの予感云々はいいんですよ。取り敢えず、部外者が来る可能性は会長にも伝えてましたし、内海先生にもここに来る事は伝えていたんで予測はしているとは思います。
それでも避けたかったんですけどね」
「その二人に伝えてきてるんなら問題ないだろう?」
先生は理解できないといった様子だった。
「……内海先生はいつも通りどこにいるか存じ上げません」
「ああ、まあ、あの人はいてもいなくても分からん時があるからな」
「それと、会長は現在不在です」
「は? 何でだ?」
「用事があるそうで、そのまま直帰です」
「つまり、責任者……」
「そう。不在です。なので、何かあれば、責任を問われるのはオレです」
「あ~……。そういう事か」
「どういう事っスか?」
自分の分からない事を話されるのが嫌なようで、鍛冶君はそう尋ねてきた。
「本来、この学校で何かあった場合の責任は如月の人間、特に理事長が取る事になっている。
ただし、今は不在である事がほとんどだ。だから、代わりに何かあった際は会長が責任を取る事になっている。
普段はそれでどうにでもできるんだよ。
誰かが人を招いても、守衛が止めるしね。門から先には入らせないようになっている。
もし入りたいのなら、先触れ……来訪許可願を出してもらわなければいけない。それがなければ突っぱねる事はできるんだ。
ただ、今回はオレ関係だし、責任者不在となれば、留守を預かるのはオレだ。
だから、オレがどうにかしないといけないんだよ」
オレはそう言うと、溜め息を吐いた。
「えっと、何かしらあると、副会長が責任を負わないといけないから嫌って事っスか?」
「それもあるけど……。
来訪許可願は上位階級の人か如月に縁のある人しか出せないようになってるんだ。だから、今回はどう足掻いても無理。
それなのに、部外者の侵入を許したというのは事実となる。
そうなれば、その時点で色々と問題が発生するんだよ。今回は特に、こっちが部外者を招き入れたという事になるからね。
どう処理するかだけど……。理事長に報告書の提出は免れないし、経緯をどう報告するかなんだよね。虚偽は許されないし」
嘘でない範囲でかつ、書ける範囲で報告しなければいけない。
「あー、面倒くさっ」
「西雲」
どうやら完全に口に出てしまったようで、鬼怒川先生に咎めるように名前を呼ばれた。
「……実際に報告書自体は面倒だと思いますよ」
「それは分かるが、流石にもうちょっと、な」
「分かってはいるんですよ。ただ、でっち上げなんかしたら不味いでしょ?」
「不味いどころじゃないからな。相手は如月の当主だぞ?」
「分かってますよ。まあ、過去に何度となく報告書は書いてるんで、どうにかしますけどね」
「……鍛冶自体に関してをどう書くかってところか?」
「いっその事、省くのも手なんですけどね」
「それで問題ないならいいだろうが……」
「どこかしらに違和感だとか、齟齬が出そうなんですよ」
「ああ、まあ、そうだわな」
「会長はもう知ってるんで、そっちはどうにでもなるんですけどね」
「それで報告書は省けないのか?」
「と言うより、直近のオレの行動自体をオレ自身が報告してないんですよ」
「まあ、お前にその義務はないんだろうが……」
「その辺と纏めて異常な程に分厚くして、読む気なくさせていいですかね?」
「……自分で判断してくれ」
「どう足掻いても、重要なところは拾い上げそうなんですよね。下手すると電話が掛かってきそうで嫌なんですよ」
「電話で相手はした事があるんだよな?」
「まあ、取り敢えず」
「じゃあ、どうにかなるだろう。と言うか、お前はどうにかするだろう?」
「そりゃ、今まではどうにかしてきましたけど……」
「今回もその調子でどうにかしてくれや。まあ、鍛冶以外の事を報告すりゃ、こっちとしては問題ないと思うがな」
「そこが一番の問題だから余計に頭を悩ませてるんです。
せめて、オレが自分で連絡取って呼び出したのならよかったんですけどね」
「そりゃそうだ。そうなりゃ、報告書も何も要らずに、お前の権限での呼び出しだからな」
鬼怒川先生が笑いながらそう言うと、鍛冶君が気まずそうに口を開いた。
「えっと、もしかしなくとも、俺が鑑那さん呼んだから、副会長の仕事が増えた的な?」
「まあ、そうだな。
西雲の場合、副会長権限使えば、在校生の親戚まではこの学校に呼び出す権限がある。
だが、今回はお前が呼び出した所為で、部外者を招き入れた事になるのと同時に、その経緯を報告しなければいけなくなる。
ただ、事の発端は西雲の依頼だから、西雲がお前を理事長の報告に巻き込んだら、お前が面倒事により巻き込まれるから、それを避けようとしてるって話だ」
鬼怒川先生がそう言うと、鍛冶君は「すんませんでした」と弱々しく謝ってきた。
「まあ、起こってしまった事は仕方がないし、このままだと鍛冶さんが校門で足止め食らって中に入れなくなるだろうから、ちょっと守衛室に連絡入れさせてもらうよ」
オレはそう言ってから、携帯電話で守衛室に電話を掛けた。
鍛冶さんがオレを訪ねに来る旨と、魔法具制作部に案内してもらうように伝えた。
話が早い人だからすぐに了承してもらえたが、他の人だと部外者だと指摘されるだろうし、呼び出した理由を説明しろと言われかねない。それはそれで面倒だ。