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先輩達が置いていった物

 本を全て出し終わってから、オレは思い出したように山崎先輩達に話し掛けた。

「先輩達、ご自分の物はこれを機に持って帰ってくださいね」

「あ? なんか置いてたか?」

「置きっぱにしてた覚えはないんだけど、何かあったかしら?」

 二人して覚えていないらしい。

 オレは溜め息を吐き、物置の中に入り、二つの物を引っ掴んで出てきた。

 一つはバーベルで、もう一つは体操着の入った袋だ。

「これ、先輩達のでしょう?」

 そう言うと、道端先輩は思い出したようだったが、山崎先輩は覚えがないといったように首を傾げていた。

「あら、私の体操着じゃない。もう要らないんだし、捨ててくれて構わなかったのに」

「本人の許可を貰わずに捨てるわけにはいかないんですよ。

 いい加減、片付けてもらわないと困ります」

「はいはい。持って帰るわよ」

 道端先輩はそう言って体操着入りの袋を受け取った。

「こっちのバーベルは内海先生が『山崎から没収したのに、あいつが取りに来なかった。これ以上、こっちで保管できんから物置にでも置いておけ』と言われて保管していたものです」

「え~っと、覚えがないんだよなぁ」

 山崎先輩は思い出そうとしても思い出せないようだった。


「ヤマ、それ、西雲が小学一年の時に誕生日プレゼントで渡そうとしてたやつじゃない?」

 道端先輩がそう言うと、山崎先輩は何か思い出したようで手を打った。

「ああ、あれか」

「あんた、持ってくる途中で窓ガラスにぶつけて、窓ガラス割って没収されてたじゃない。

 だから、私と二人からって言って、私が用意してた重り入りのリストバンドをあげたんじゃない」

「そういやそうだった。忘れてた」

 明るく笑いながら言う山崎先輩にオレと道端先輩は呆れた目を向けた。

「没収されたものくらいちゃんと返してもらいに行ってくださいよ」

 オレがそう言うと、カラカラと笑われた。

「いや~、自分の物って意識もなかったから、すっかり忘れちまってたよ」

「まあ、いいですけど、ちゃんと持って帰ってくださいよ」

「元はお前に渡そうと思ってたもんだし、お前が持って帰ればいいんじゃないか?」

「いや、困りますよ。こんなのどこに置けっていうんですか?

 しかも、こんなの持って帰ったら、オレが親に怒られます」

 置き場所もないのにとか、床が抜けると言われかねない。

「え~。じゃあ、訓練で使うか?」

「……まあ、それなら構いませんけど」

 オレがそう言うと、水無月さんが顔を引き攣らせながら尋ねてきた。

「訓練で使うって……、それ、何キロよ? 片手で軽々持ってるけど、絶対にそんなに軽くないわよね?」

「あ~……。百キロくらい?」

 持った感じの重さを伝えると、全員が驚いたような顔をした。

「そうか、百キロくらいは片手で持てるようになったか」

 山崎先輩は驚きながらも、どこか嬉しそうだった。

「まあ、このくらいは……」

「昔は全然持ち上げられなかったのに……。本当に時の流れって恐ろしいわ~」

 道端先輩は驚いた後に、少し冗談めかした顔でそう言った。

「確かに先輩達が在学中は無理でしたけど……」

 あれから何年経つと思ってるんだと言いたくなったが、サボっていたらきっと未だに持ち上げられなかっただろう。


「ねぇ、西雲君。一回、それ置いてもらっていい?」

 水無月さんがそう言ってくるから、オレはバーベルを床に置いた。

 水無月さんは床に置かれたバーベルを両手で持ち上げようとしたが、全く浮き上がらなかった。

「よく、こんな、重いの、軽々と……」

 息切れを起こしながら水無月さんはそう言った。

「まあ、鍛えてるから……」

 そう答えると、今度は長月君が持ち上げようとした。

 両手で辛うじて床から浮くくらいだった。

 それを横で見ていた師走田君が次いで挑戦したが、然程変わらない結果だった。

 それを見た霜月君が師走田君と長月君に「退け」と言いながら持ち上げようとした。

 最初に片手で挑戦しようとしたが、すぐに無理だと思ったのか両手を使った。

 多少の意地があったのか、長月君と師走田君より若干ではあるが持ち上がっていた。それでも、限界がすぐにきたようでバーベルと落とすように離した。

 ドンという音を聞いて、オレは思わず「床に穴あけないでよ」と言ってしまった。

「……あける気はねぇよ」

「なら、もうちょっと丁寧に置いて欲しいかな。

 いくらここが丈夫っていっても、穴があかない保証はないし、これで穴があいたら、君の場合、家に連絡いくからね」

 そう言うと、霜月君は気まずそうに顔を逸らした。


「しっかし、今の連中は筋力が足らんな。やっぱり鍛えんとな」

 山崎先輩は腕を組んでそう言った。

「まあ、それは内海先生が指示したでしょうから、先輩達に任せます」

「おう」

 山崎先輩は歯を見せながら笑った。

「まあ、バーベルはどうでもいいんですよ。場所を取るものはどかせればいいんです」

「て言うか、私たち以外はみんな持って帰ったの?」

 道端先輩は自分達だけではないはずだと言わんばかりだった。

「……資料に関しては故意的に置いていかれてますよ」

「まあ、それはそうでしょうけど、他は?」

「……坂田先輩は私物を置いてはいかれてませんよ」

「他は?」

「……波多先輩はある意味、私物ではないです」

「どういう事?」

「置いておかしてくれと言って置いていったので、オレは動かす事ができないだけです」

「何を置いていったの?」

「……詳しくは知りません。ただ、扱う資格がある人間、もしくは作った人間以外は基本的に触れないそうです」

「波多の武器?」

「おそらく」

 おそらくどころか、それは確信を持ってそうだと言えるものだ。それでも、どういった武器なのか分からない。


「じゃあ、瀬野は何か置いてったの?」

「医学書がメインですけど、あとは瀬野先輩の私物の人体模型と骨格標本ですね。

 まあ、私物と言いながら、必要であれば使っていいとおっしゃっていたので、資料として使わせてもらいますけど」

 必要なら人体模型も引っ張り出すつもりではある。ただ、図説とかで事足りる気はしなくはない。

「そう。まあ、それは私物と言い難いわね。

 じゃあ、八湖は?」

 そう言われて、一瞬表情が強張ったのが自分でも分かった。

「あの子、何置いてったのよ?」

「八湖先輩の使っていた机の引き出しからは、食べかけのお菓子だとか、食品類がいくつか出てきましたよ」

「うわっ、あの子ったら……」

「それを見付けたのが内海先輩で、見付けた瞬間にゴミ袋に勢いよく投げ込んでましたよ」

 その後『あの馬鹿娘! カビ生やしたもん置きっぱにして卒業してんじゃないよ!』と叫んでいた。

「それは内海に同情するわ」

「それ以外にもその他諸々ありますよ。一番多いんで、どうにしかして欲しいんですが、連絡を取る手段がないんです」

「あ~……。私も連絡先知らないわ」

「俺も」

 先輩達二人も連絡先は知らないようだ。

「……歴代の生徒会メンバーの固定電話の番号と住所は保管してますが、勝手に使う事は許可されていないんですよね」

「あ~……。その人が在学中に休んだ時とかの連絡用としてだけの使用しか認められてないもんね」

 道端先輩もそれは分かっているようで、気まずそうだった。

「本当に困りますよ」

「えっ、あとは何か残ってたりするの?」

「内海先輩は自作のものがこの部屋に点在してますけど、それを私物というくくりにしていいのか疑問ですね。

 小浜先輩は自作の服を『記念』と言って置いていったので……」

「服? ああ、あんたと如月の?」

 そう聞かれて、オレは素直に頷いた。

「どういう事?」

 意味が分からないといったように水無月さんが聞いてきた。

「なんと言うべきか……小浜先輩は時々、オレとか会長とかに服を作ってたんだよ」

 そう言って、オレは物置に入り、服を着せられたトルソーを数体取り出した。

「えっ、全部手作りなの?」

 水無月さんは指差しながら驚いた声を出した。

「そう。この燕尾服はオレが瀬野先輩から社交ダンスを教わった時に小浜先輩が作ってくださったものだよ。その時に、練習相手してくれたのが会長だから、そっちのイブニングドレスも一緒に作ってくださったんだ」

「普通、作る?」

「作りたかったらしいよ。採寸までして作ってたからね。

 他にもハロウィンの時とかも仮装用の衣装を作ってくださっていたし、冬には手袋だとかマフラーとかも作ってくださったんだ。

 まあ、その一部を『記念』といって残して卒業されたんだよ。

 残されたところで、着れる人は限られるんだけどね」

「確かに、小さい子用だものね。それより、社交ダンスもあの人から教わってたのね」

 水無月さんは若干嫌そうな顔だった。

 それにも拘らず、道端先輩は付け加えるように話した。

「それ言うと、この子、瀬野からピアノとバイオリンも教わってるわよ。

 まあ、社交ダンスについては、私らは知らないから、私らが卒業してからでしょうけどね」

 追加で言われる情報に水無月さんが説明しろといったような目を向けてきた。

「瀬野先輩に、この学校にいる限り、他校生からなめられない為にも、最低限のマナーと教養は身につけておけって言われていたんだ。

 それで小学一年の時はピアノとバイオリンを教わって、小学二年の時に社交ダンスを教わったんだ。

 まあ、長い間何もしてないから、出来なくなってるかもしれないけど……」

 出来なかったらきっと瀬野先輩に怒られるんだろうなぁ……。

「完全無欠にでもなるの?」

「いや、そういうつもりはないけど……」

 オレがそう言うと、道端先輩が間に入ってきた。

「あいつ、自分の好みの見目の西雲に色々と自分の趣味を押し付けてたところもあるのよ。

 音楽でも、『別にピアノとバイオリンじゃなくてもいいんじゃない? 現代ならギターとかも好まれてるじゃない』って言ったら、『俺の好みじゃない』って言って、それは教えなかったもの」

「……変態」

 水無月さんは頭の中で想像したのか、そう吐き捨てた。

「まあ、その通りだけど、あいつ、妥協は許さないから、完璧になるまでさせてたのは事実よ」

「……スキルの高さの原因はそこにもあるんですね」

「そうね」

 そう言って水無月さんと道端先輩はオレを見てきた。

「そう言われても困るんだけど……」

 オレは視線から逃れるように、トルソーを物置に片付けた。


 いくら嫌でも、ずっと物置にいるわけにはいかない。嫌々ながらに出ると、道端先輩と目が合った。

「……ねぇ、河口の私物は置いてないの?」

 本当に聞きたかったのはそれだったんだろう。

「置いてないですよ。

 河口先輩の家の方が全て持って帰られましたから」

「そう……」

「……だとしても、存在していた痕跡は消えないものですよ」

「どういう事?」

 道端先輩は分からないといった表情をしている。

「物には記憶が宿ります。上手く魔法を使えれば、その物の記憶を引き出す事も出来ます」

「それは……」

「魔法石は鮮明に記録できますが、そういったものに特化したものではない物はそこまで鮮明に情報として引き出す事も難しいです。それでも、見れないわけではないんです。

 音も、声も、記憶として残るんです」

「……あんたは聞き返してるの?」

 その質問に対し、オレは首を横に振った。

「そう」

 言葉で返さないオレに、道端先輩はそれ以上は聞いてこない様子だった。

「……道端先輩は聞きたいんですか?」

「聞きたいとは少し違うわね。ただ、あの子がいたって事がだんだん薄れていっている気がするのよ。それはとても悲しいわ」

「そう、ですね……」

 それ以上言葉が紡げそうになかった。

「写真とか残っていても、少しばかり現実味がないのよ」

「そうですか」

 なるべく平然を装うが、喉の奥が閊えそうだ。

「私は忘れるつもりはないけど、この学校の生徒に忘れ去られるのは悲しいじゃない」

「そうですね」

「だからこそ、何か置いたままだったら、少しでも、あの子がいた事が証明されるんじゃないかって思っただけよ」

「……」

「どうしたのよ、黙って」

「いえ、何でもないです」

「……そう」

「それより、物置はいつかまた整理しないと物で溢れそうですよ」

「……別に私らの代の物だけじゃないんでしょう?」

「ええ、だからこそ、増えていってるんです」

「少しずつが積み重なってるからどうにかしろって事? だとしても、私達も気軽に連絡取り合ってるわけじゃないから、どうにもできないわよ」

「まあ、そうですね。先輩達には渡した物だけなので、それさえどうにかしていただければ結構です」

「は~い」

 道端先輩は間延びした返事をした。

「バーベルは訓練に使やいいんだし、置いといていいだろ?」

「……勝手にしてください」

 持って帰れと言うのも面倒になってそう言うと、山崎先輩はバーベルをヒョイと持ち上げ、部屋の隅の方に置いた。

「やっぱ百キロくらいだと軽いな」

 そうやって笑う山崎先輩に少しイラついた。

「……握り潰したらご自分で処分してくださいよ」

 そう言うと、山崎先輩は「……分かってるよ」と、少し拗ねたようだった。

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