訓練二日目の朝
翌日、いつもの時間に登校すると霜月君が一人で走り込みをしていた。
声を掛けずにいると向こうがこちらに気付き、足を止めてから心底嫌そうな顔をされた。
「おはよう、霜月君。朝から精が出るね」
「べっつにテメェには関係ねぇだろ! テメェがぼさっとしてる間に俺のが強くなるんだかんな!」
「それはそれは。楽しみだね」
本当にそうなればいいと思い言ったけど、霜月君には嫌味に聞こえたらしい。ふんと鼻を鳴らしてから走り込みを再開した。
少しその様子を見ていると後ろから足音が聞こえた。振り返ってみると水無月さんが体操着姿で歩いてきていた。
「おはよう、水無月さん」
「おはよう。早いのね」
「いつもこの時間だよ」
水無月さんはそうとだけ答えると無言で走り込みを始めた。
少し意外だった。来るとしたら師走田君と長月君だと思っていたが……。
走り方の癖や体力の消費の仕方をしばらくの間観察していると、佐々山君と白縫さん、それに会長が来た。
佐々山君と白縫さんは挨拶だけして、走り込みを始めた。
「おはよう、葉月ちゃん」
「……おはようございます」
いい加減、ちゃん付で呼ぶのは止めてもらえないだろうかと思いながら挨拶を返した。
「ねぇ、昨日言ってたデータ見せてもらってもいい?」
「はい、お願いします」
オレは印刷を上げた全員分のデータを会長に渡した。
会長は真剣な目でそのデータを見始めた。こんな表情、今まで見た事がない。
初めて見る会長に少し驚きながらも意見を待った。
会長は人差し指を唇に当てて、ゆっくりと口を開いた。
「基本的な説明書きはこれで大丈夫だと思う。ただ、唯ちゃんと文月ちゃんのはデータ補正が必要ね。唯ちゃんはもう少し魔力量はあるし、文月ちゃんは逆にもう少し少ないわ。二人に関しては属性魔法はまだ見てないから今日、見た方がよさそうね」
意外とちゃんと観察していたんだなと少しばかり感心した。
「そうですね。防御担当の二人に関しては属性は見ていないので、お願いします」
「じゃあ、今日の訓練に組み込んでからまた報告するね」
オレが頼むと会長は花が綻んだような顔をした。
何がそんなに嬉しいんだろうと思いながらも表情には出さず、データに関して意見をもう少し求めた。
色々話しているうちに、いつの間にか睦月野さんと卯月谷君が来ていた。
二人とも走っているというより歩いているといった方が正しいスピードでグラウンドを回っていた。
睦月野さんは走ろうとすればすぐに転びそうになる。歩くようなスピードになるのは仕方ないのかもしれない。
まあ、体力強化目的だから元々体力のない人間に走れっているのは酷なのかもしれないけど……。
それより問題は来ていない人間だ。まさか長月君と師走田君が来ないと思わなかった。
それに神在さんはどうしたんだろう?
来ていても見えていないだけかもしれないと思い、辺りを見渡した。すると会長が思い出したかのように声を出した。
「月乃ちゃんね、登校はしてるんだけど、全身筋肉痛でまともに動けないんだって」
「は?」
予想外の言葉にオレは間の抜けた声を出してしまった。
「だから筋肉痛……」
「いや、それは聞こえました。えっ、昨日の訓練だけでですか?」
「そうみたいよ」
会長の言葉にオレは頭が痛くなった。
まさか過ぎた。いつも戦闘ではよく動いているからそんな事、考えもしなかったが、筋肉痛とは……。
しばらく頭を押さえ、どうしたものかと考えた。
……よし。
「水無月さん、ちょっといい?」
グランドを走っている水無月さんを呼んだ。
「なに?」
少し汗ばんだ水無月さんが淡々と聞いてくる。
「申し訳ないんだけど、神在さんが訓練に来たら柔軟を手伝ってもらってもいい?」
「なんで私?」
「攻撃担当で女性が君しかいないからなんだけど……」
流石に男と組ませるのはどうなんだろうと思った結果だ。
防御担当は他にも訓練がある。だったら頼めるのは水無月さんしかいなかった。
水無月さんは軽く溜め息を吐いた後、分かったと言って、また走り込みに戻っていった。
「神在さんは放課後までに動けるようになりそうなんですかね?」
「さあ? それは本人次第だもん」
「まあ、そうですよね……」
会長の完全に他人事という様子を見てオレはまた頭が痛くなった。