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調理実習 6

「よう。もう食べ終わりそうか?」

「ええ、まあ……」

 そう返事をすると、山崎先輩はオレの近くにあった鮭のムニエルを行儀悪く手掴みで食べた。

「先輩!」

 咎めるように呼ぶと、山崎先輩はカラカラと笑った。

「美味いな」

「行儀が悪いですよ」

「いいじゃねぇか」

「よくないです。で、用事ですか?」

「ああ。まず、これな」

 そう言って渡されたのは空になった食器だった。

「先生が食い終わった食器運べって渡してきたんだよ」

「そうですか」

 自分で運ぶ気はないんだろうな。

「因みに『悪くはないが、俺はバターなんぞ洒落たもんをきかせたのより、出汁がきいた落ち着いた味のもんの方が好みだ』って言ってたぞ」

「オレは文句を言われる為に作ったつもりはないんですけどね」

「まあ、メインがオムレツなのが気に食わなかっただけだろう。目玉焼きって聞いてたみたいだし。

 だからか『あいつの目玉焼きはオムレツか?』って、ブツブツ言いながら食い始めて、その後は最後まで無言で食ってたよ。

 先生の場合、上手いもん食うと黙るからな」

「……ただ単に、目玉焼きは自分で食べたので、先生の分まではなかっただけです。だから、追加で作った物を届けてもらっただけなんですけどね」

「だろうな。先生が食い終わってから『どうせ、他にも色々作ったんだろうから、違うもんを寄こせばいいのに』つってたぞ」

「と言うより、オレが作ったのバレてるんですね」

「そりゃな。米山先生が運んできたの見てから『どうせ、西雲が作ったんでしょ?』って確認してたからな。米山先生も『そうですよ』って返してたし」

 米山先生を見ると、にっこりと微笑まれた。

「作ったのがオレだと分かっていて、よく食べましたね」

「多分、他の奴が作った方が警戒してたんじゃないか?

 先生は『今回の女性陣は料理のりょの字も知らなそうだからな。それが持ってこられたら、胃薬を買いに走らにゃならんだろうなぁ』ってぼやいてたからな。

 道端が『誰の料理だとマシなんですか?』って聞いたら、『西雲が一番慣れてるだろうが、他だと霜月だろう。あいつは年下の面倒見がいいから、多少なりとも経験はあるだろう』って言ってだぞ」

 そこまで分かってる先生はある意味流石だ。

「逆に食いたくないのは如月のだっつってたぞ」

「でしょうね」

 会長が不機嫌そうに返した。

「先生がこのメンバーの中で一番心配してたぞ。

 因みに聞くが、ここに入った時に血の臭いがしたが、お前か?」

 山崎先輩が会長を見ながら尋ねた。

 この人の嗅覚は犬か?

「ええ。調理中に指を切ったんで」

 答えたがらない会長の代わりに答えると、会長に肘で突かれた。

「八湖より酷かったのか?」

「八湖先輩の度合いを知らないんで何とも言えませんが、すぐに血が止まらなかったので、治癒魔法を使いましたよ」

「まあ、八湖よりかはマシだな。あいつの場合、指先完全に飛ばしたからな」

 それを想像した人は顔を青ざめ、ヒッと短い悲鳴を上げた。

「瀬野先輩は何もしなかったんですか?」

「くっつけるのは早瀬先生の方が腕が良いそうだ。だから、瀬野が『さっさと指先持って保健室走れ』って言ったから、先生が慌てて引っ掴んで保健室に連れてったんだよ」

「それは……先生、ご苦労様です」

「あの時は本当に焦ったわ。早瀬先生も目を見開いてたもの。『何をしたら、こんな事になるの⁉』って。まあ、早い処置だったのもあって、後遺症とかも何もなくてよかったけど」

 そりゃ、トラウマにもなるわな。

「八湖先輩ってそこまで不器用でしたっけ?」

「不器用だぞ。ある意味器用だけどな」

「意味が分かりません」

「あいつの器用さは空中戦で発揮されるからな。空中での敵の位置の把握もだが、空中からの攻撃は針に糸を通すより正確だ。

 なのに、あいつは実際に針に糸を通すのさえも苦戦するし、縫うと大体自分の指に針を刺してたからな」

「何をどうしたらそうなるんでしょうね?」

「いや、俺もその辺、下手だから人の事言えねぇんだ」

 そう言えば、この人は繊細な作業はこの上ない程に苦手だったなぁ……。


「縫い物の話が出たから、先生も裁縫の課題の話をしたいんだけど、いいかしら?」

 にっこりと微笑む米山先生に山崎先輩は頭を下げた。

「スンマセン、邪魔して」

「いいのよ」

 先生はそう言ってから、オレ達に真っ白な布を一枚ずつ配った。

「そこに好きなモチーフを刺繍してから提出してね。今年中に提出してくれればいいわ。早く提出したいのなら、今日から受け付けるから」

「はい」

 全員がそう返事をすると、米山先生はニッコリと笑い、山崎先輩の方を向いた。

「ところで、用事は伝えきれたのかしら?」

「あっ、えっと、如月。先生が『来訪許可がきてる』って言ってたぞ」

 山崎先輩が気まずそうに言うと、会長が珍しく眉間に皺を寄せた。

「山崎先輩。それ、一番言わないといけない事ですよ?」

「すまん」

「謝罪で済む話じゃないです」

 確かにその通りだ。

「えっと、会長。オレが片付けておくので、先に生徒会室に戻ってください」

「うん。ごめんね。頼むね」

 会長はそう言うと、急いで生徒会室に戻っていった。


「なぁ。俺ん時は来訪許可なんてもんはなかったんだが、何なんだ?」

「正確には来訪許可願ですね。所謂『先触れ』ですね。

 この学校の誰かしらに用がある方が、責任者を通じて許可をもらう為の物でもあるんですが、如月の家が無視する事ができないレベルの方が来ようとしてるって事です。

 許可願なので断れないわけでもなんですが、余程の事でない限り断らない方が、如月としてもいいって話です。だから、一刻も争うんです」

「マジか……」

「理事長がほぼ不在に近い状態なので、責任は会長に移ってるんで、会長が判断しないといけないんですが、会長も最近忙しかったのもあって、神経質になってるんです。

 だから、余計に厳しく言ってらっしゃるんで、あんまり気にしなくていいと思いますよ」

「八つ当たりか?」

「ではなく、普段以上に警戒心を強めてしまってるんです」

「何でだ?」

「失敗が許されないからでしょう」

 淡々と答えると、山崎先輩はまだ何か聞きたそうだったが、言葉を呑み込んだ。

 オレはそれを横目に全て空になった食器達を洗い始めた。


「……なぁ。如月の奴、ぱっと見、そんなに忙しそうに見えねぇんだけど、そんなに忙しいのか?」

「徹夜続きの日もあるそうですよ」

「うっ、でも、疲れてるようには見えねぇよ」

「昨日はかなりお疲れのご様子でしたよ」

「俺には分かんねぇよ」

「そう見せないようにするのも、会長の仕事のようなものですからね」

「……会長じゃなく、如月自身だろ?」

「そうですね。如月の家の名はそれだけ重いって事でしょう」

「……そう、だな」

 山崎先輩はそれだけを言うと黙った。

 オレは話しながら洗い終わった食器を綺麗に拭きながら片付けていった。

「さて、もう片付け終わるので、オレ達も戻りますか?」

 オレがそう言うと、みんなも食器を片付け終わったらしく、頷いた。


 調理実習室を出ると、水無月さんが話し掛けてきた。

「来訪許可ってさっき言ってたけど、理事長の面会許可ってわけじゃないのよね?」

「そうだよ。ここにいない人に会いに来ても意味がないから、話を通せる人に会いに来るって事だよ」

「じゃあ、私達って生徒会室に戻らない方がいいの?」

「なんで?」

「だって、その人が生徒会室に来たら、私達邪魔じゃない?」

「ああ、その事。大丈夫だよ。もし、来客ならば基本的に応接室に通されるから」

「応接室……行った事ないわ」

「まあ、生徒はあんまり行かないからね」

「ふ~ん」

「まあ、オレは場合によっては呼ばれるから、早めに会長の元に戻った方がいいだろうから、なるべく急ぎで戻りたいんだ」

 そう言いながら、いつもより速足で、それでいながら走らずに廊下を歩いていた。

 だからだろう。水無月さんも付いてくるが、徐々に距離が空いていった。

「なんで、西雲君が呼ばれるの?」

「案内が守衛の人で済めばいいけど、そうじゃなかったらオレが対応する事が多いからだよ」

「どういう事?」

「守衛の人も護身程度の魔法は身に付けてるし、如月が魔法の行使を許可してる。でも、限度はあるし、オレの方が魔力は強い。戦闘となった場合は、オレが動いた方が早いからね」

「それって、この学校に、敵意を抱いてるかどうかを、会長が判断するって事?」

「それもあるけど、単純に相手の魔力や権力にもよるよ。

 立場のある人間同士の諍いに発展されると困るから、その仲介役になる事もある」

「そ、そうなのね」

 水無月さんはオレの歩く速さについて来れなかったのか、ゼイゼイと言いながら、かなり後ろで立ち止まった。

「申し訳ないけど、先に行くよ」

「わ、分かったわ。ゆっくりするつもりはないけど、西雲君よりは遅れて戻るから」

「うん。無理はしないでね」

 オレはそう言うと、横に並んで歩いてる山崎先輩と一緒に生徒会室へと戻った。

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