調理実習 4
「えっと、先生。ご飯はまだ炊きあがってませんが、それ以外はできましたよ」
これだけ手間取っても、浸水時間もあって、未だに炊き上がっていない。
「えっ、あっ、そうなのね。えっと、材料もまだまだあるから、作れそうな人だけ、何か作る?」
少しばかり正常に戻った米山先生がそう提案してきた。
「材料って何があるんですか?」
正直、作った分だけじゃ昼食には足りない。かと言って、食堂でいつものを追加で食べるには多い気がする。それなら、自分で好きなように作れる方がいい。
「色々あるのよ。本当に初心者用にメニューを考えてたから、全員が余裕で作れるのならって思って、他の材料も沢山用意してあるの」
そう言って見せてきた物は肉や魚も沢山あった。
「かなり大量ですね。好き勝手使っていいんですか?」
「いいわよ」
そう言われて、オレは適当に材料を集めて、思いつく限り作り始めた。
途中でふっと、みんなが手持無沙汰なのに気付いた。
「えっと、みんなは何も作らないの? 霜月君とか、普段から作ってるなら、何か作ればいいのに」
「別に俺も凝ったもんは作んねぇよ。大体作るにしても、飯焚いて、味噌汁作るくらいだからな」
「そうなんだ。おかずは?」
「……俺が学校から帰って、夕飯までに時間がある時に弟達が『腹減った』って言ってくるから、しゃーなしで作ってるだけだ。あんま作り過ぎても夕飯が食えねぇだろ。
だから、汁もんだけとか、握り飯とかだけしか作ってねぇんだよ。
そりゃ、卵焼くだけとかなら簡単にできるけどな」
今回のメニューなら作れるが、他は無理という事だろうか?
「材料切って煮込むだけの物だったら簡単じゃない?」
「そこまで時間ねぇだろう。味しみねぇだろうが。中途半端な不味いもんは食いたくねぇんだよ」
「確かに煮物とかは味がしみてる方が美味しいからねぇ。まあ、オレは適当に作るけど」
ササッと作れる物はいくらでもあるから、どんどんと作っていく。
暫くすると、先生が少し困ったような顔で話し掛けてきた。
「沢山作るわねぇ」
「先生も食べますよね?」
「全員分味見しないといけないから、そこまで食べないわよ?」
「ああ、まあ、内海先生にも届けないといけないから大丈夫じゃないですか?」
「まあ、あの人も魔力強いから、本当はかなり食べるものねぇ。でも、もうすぐご飯炊きあがるわよ?」
「大丈夫です。今作ってるのができたら片付けもするんで」
オレはそう言ってさっさと仕上げて、ご飯が炊きあがる前に使った鍋やフライパンも洗い終わった。
「凄い品数ね」
水無月さんが感心した声を出した。
「あ~、ちょっと作りすぎたかな? まあ、食べられる量だし、大丈夫でしょ」
「普段、食堂で食べてるのと量が変わらないんじゃない?」
「そうかな? まあ、若干作り過ぎた気はしなくはないかな。でも、みんなの場合、お昼それだけだと足りなくない?」
食べ盛りだと、ご飯と味噌汁に目玉焼きって朝食メニューだとしても少ないくらいだろう。
「私はこれでも十分よ。野菜は足りない気はするけど」
女性陣はみんなそんな感じらしい。
「他の人は何か食べる? 食べるんなら持って行っていいよ。
味は……たぶん大丈夫だと思うけど、その……普段プロの味を食べ慣れてる人からしたらそこまで美味しくないかも……」
ふと気付いた事に自信を失くしてしまった。
「普段、母親が作る料理がプロ級の味の人が何言ってるの?」
水無月さんがふざけないでと、真顔で言ってきた。
「いや、でも、オレと母さんの作るのとじゃ、味が違うし……」
「あっそ。でもね、自分でそれだけ作れるなら十分じゃない? それを食べるかどうかは個人に任せればいいでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
自信を無くすと勧めるのも気が引けるものだ。
「で、食べるの?」
水無月さんが他の人に尋ねた。
「頂いてよろしいのなら」
長月君がそう答えた。
他にも興味があるのか、何人かが申し出てきた。
「あら、霜月君はいいの?」
水無月さんが若干厭味のように尋ねた。
「……別に」
「それだけで足りるの?」
「……後で食堂に行く」
「意地っ張り」
「うっせぇ」
苦虫を嚙み潰したような顔の霜月君に、水無月さんは鼻で嗤った。
「意地張って損しても知らないわよ」
「テメェには関係ねぇだろ」
「そうね」
そう言ってから水無月さんは霜月君からオレに視線を移した。
「私の場合、足りないわけじゃないけど、少し興味があるから、一口だけ貰ってもいいかしら?」
「いいよ。どれでも好きな物をどうぞ」
「ありがとう」
水無月さんはそう言ってから、ほうれん草の胡麻和えを小鉢に装った。
「他の人も少しだけでもって思うなら、少しずつ取ってもいいよ。勿論、食べたいって思えばだけど」
オレがそう言うと、白縫さんと睦月野さんも遠慮がちな顔で小鉢に食べれる分だけを装っていった。
「神在さんはいいの?」
水無月さんが、すでに大人しく席に着いて、みんなの準備が終わるのを待っている神在さんに話し掛けた。
「わ、私は結構ですわ」
少し驚いたような、慌てたような神在さんに水無月さんが何か思案したような顔で尋ねた。
「……神在の行事って近かった?」
「あっ、いえ、えっと……乞巧奠は少し前にありましたが、恙なく執り行う事ができましたわ」
「……そう。じゃあ、食事制限明けって事ね」
「ええ、まあ、そうなりますわね」
「無理しない程度に食べた方がいいでしょうね」
「はい」
水無月さんは事情が分かっているようだが、オレは全く分からなかった。
それに気付いた会長がオレの腰の辺りを突いてきた。
「神在は何か行事を行う前は禊って言って、食事の内容とかも変わるの。例えばだけど、お肉とかを食べないっていうのがあるの。
そういう関係で、食べる量も減ったりするから、普段通りの食事に戻すのも時間を掛けて行うの。
ただ、戻ってもすぐに次の行事とかがあって、またすぐに禊に入るそうよ」
「そうなんですね。大変そうですね」
オレだったら耐えられそうにない。
「御家事情だからね。その家に生まれた運命だよ」
そうやって片付けられてしまう事が心の奥底で悲しいと思ってしまった。でも、それを口に出す権利はオレにはない。
ぐっと言葉を呑み込んだ。
会長はふわりと笑った。
「さっ、食べよう?」
「そうですね」
それ以上もそれ以下も言えなかった。
全員が席に着き、先生が味見をし終わるのを待った。
先生は会長の作った物は特に顔を歪めながら食べていて、他のも微妙な出来栄えの物は微妙な顔をしていた。
小学生組のは「ああ、やっと真面な物が食べられた」と言いながら食べていた。
どうも長月君と師走田君のも微妙だったらしい。
そして、先生は霜月君が作った物を食べ始めた。
「あら、美味しい。やっぱり普段作り慣れてる人は違うわね」
霜月君は少し照れたのか、フイッと顔を背けた。だが、耳が赤いからよく分かる。
「最後は西雲君ね。一番安心して食べられる物を最後にしないと先生も辛くてね」
先生はそう言ってからオレの作った物を食べた。
「やっぱり安定的に美味しいわね。目玉焼きは冷めてしまったけど、味噌汁は温め直してくれてたし、美味しいわ」
「お口に合ったようで良かったです」
「ところで、内海先生にはどれを持って行くの? 流石に食べかけの目玉焼きを持って行ったら嫌そうな顔されそうよね」
「まあ、オムレツ作ったんで、それ持って行きますよ。どうせ卵料理なんで、そう変わらないでしょう」
「目玉焼きより難易度は高そうなんだけど……。まあ、西雲君がそれでいいなら、それでいいわ」
「じゃあ、内海先生に持って行く分だけよけておきますね」
「先生が今のうちに持って行くから、大人しく食べててね」
幼い子供に言い聞かせるような口調で言う米山先生に少し違和感を感じ、首を傾げた。すると、気付いた米山先生が苦笑した。
「貴方の先輩達は食べている間も大人しくできなかった子がいるのよ。どれだけ言い聞かせても問題ばっかり起こす子がいたの。だから、その間も見張っていないといけなかったのよ」
「オレ達はそんな問題は起こさないと思うんですけど」
「そうである事を祈るわ」
先生はそう言って、内海先生に届ける料理を持って出て行った。
「えっと……食べようか?」
「そうね」
水無月さんも何とも言えない顔でそう答え、みんなも頷いた。
自分で作った物はいつもと変わらない味で、オレとしてはなんの問題もなくできたともう。
みんなは自分の作った物を食べて、それぞれの反応を示していた。
オレの横には会長が座っていて、自分の作った目玉焼きを口に含んでから、口を押さえて黙ってしまっていた。
「……どうしたんですか?」
尋ねたくなかったが、放って置く事ができなかった。
会長は泣きそうな程に眉を下げていた。
「ジャリジャリするの」
そう言われて会長の作った目玉焼きを見ると、卵の殻があちらこちらに入ってるのが見えた。
「卵の殻が入ってるからじゃないですか。取って食べるか、食べるの止めたらどうですか?」
「でも……」
卵の殻はかなり入ってしまっているようで、取り除くのは難しいんだろう。それと、作った物を捨てるのは心苦しいんだろう。
「……じゃあ、オレが作った卵焼きと交換してください」
「えっ?」
オレは余った時間で作った卵焼きを差し出した。
「交換なら、食べる量が増えるわけでもないんで食べられるでしょう?」
「でも、私が作ったのはお世辞でも美味しいとは言えないよ?」
「そうですか」
オレは会長がこれ以上ゴチャゴチャ言い出す前に目玉焼きを取り上げ、卵焼きを代わりに置いた。
「あっ……」
「それとも、オレが作ったのは食べられませんか?」
「ううん。そんな事ないよ。ありがとう」
「別に」
オレはそう言って会長の作った目玉焼きを食べた。すると、卵の殻が見えている以上に入っていたようで、噛む度にガリガリという音がした。
「ご、ごめんね。無理して食べなくていいよ」
横にいる所為で聞こえたらしい。オレは無視して食べ進めた。
すると、反対側にいた水無月さんが顔を引き攣らせた。
「そんな食べ物からほど遠い音のする物は食べるべきじゃないんじゃない?」
実に辛辣だ。
「……食べられないわけじゃないよ」
「嘘。凄い顔してるわよ」
「……カルシウムはよく摂れそうだよ」
「いいように言うわね。お腹壊すわよ?」
「案外丈夫なようだから、きっと大丈夫だよ」
「あっそ」
何を言っても食べ続けるオレに呆れたようだった。
結局最後まで食べ切ったオレの横では、会長がオレの作った卵焼きを申し訳なさそうに食べていた。
「……美味しくないんですか?」
「そんな事ないよ! すっごく美味しい。だけど……」
「だけど?」
「私が作ったのは美味しくなかったでしょ? それを無理に食べさせちゃったから……」
「別に無理してませんけど? 本当に無理なら捨ててます」
「絶対に嘘」
「嘘だと思うのならご勝手にどうぞ」
「だって、葉月ちゃんは昔からだもん。人が作ったのは捨てないじゃない」
「……」
事実に言い返せなかった。
「食べ物以外だってそう。人から貰ったものはどれだけダメになっても捨てようとしないんだもん」
「……知りませんよ、そんな事」
「私はよく知ってるわ。ずっと見てきたんだもん」
「……そうですか」
オレが顔を背けると、水無月さんからの冷たい視線をもろに食らった。
「八方美人」
「えっ、何でそんな事言われるの?」
「いいカッコしい」
「えっ、なに? 行き成りなんでそんな事言い出したの?」
「そんなんだから天然誑しになるのよ」
「本当に意味分かんないんだけど、行き成り何なの?」
水無月さんの行き成りの言葉達に戸惑ってると、水無月さんはじっとオレを見てから盛大な溜め息を吐いた。
「えっ、本当に何?」
「そんなんだから、あれだけ名刺を貰ったんでしょうね。人の事誑かしすぎ」
「誑かすって……そんな事してないよ」
「無自覚ド天然」
「何それ」
「分かってないからそう言われるのよ。どうせ、何人もの人に対して、そんな態度を取ってきたんでしょ?」
「そんな態度って……」
「自覚がないから言ってるのよ。どれだけ人を誑かすような態度を取ってるか分かってなさすぎよ。そのうち恨まれても知らないわよ」
「え~」
覚えのない事を言われても困る。だが、水無月さん以外も同じような反応だ。
オレ、何かしたかなぁ……。




