訓練開始
放課後になると全員が生徒会室に集まった。
「じゃあ、訓練を始めるから全員動きやすい服装に着替えてくれるかな」
オレがそう言ってから全員が体操服に着替えた。
オレも会長も着替え終わっていたので、互いに目を見て肩を竦めた。
着替え終わったのを確認し、グラウンドに移動した。
「じゃあ、みんないいと言うまでグラウンドを走り続けてくれ」
「何周とかはないんですか?」
師走田君が代表してオレに聞いてくるが、オレは首を横に振る。
「終わりが分かっていたらそこまで頑張れるかもしれないけど、戦闘は終わりが見えない精神的負担の大きい環境でもある。そこで生き抜かなければいけないのだから、終わりを決めて訓練していたら意味がないだろう」
オレの言葉に全員が渋々納得したようだ。
「では、始め!」
オレがそう言うと全身が走り始めた。
だが、全員やる気はないようで遅い。
「もっと速く!」
オレが怒号を飛ばすとやっと駆け足になった。それでも遅く感じるが仕方ないだろう。
溜め息を吐いたその瞬間、睦月野さんが盛大にこけた。
足も遅く、かなり他の人とすでに距離を引き離されてはいたが、こけるなんて思わなかった。
慌てて、誰も走っていないところまで移動させた。
見ると膝と手から流血していた。
「大丈夫?」
オレが聞くと、今にも涙が零れ落ちそうなほど、目に溜まっていた。
どうしよう……。
助けを求めるように会長の方を見ると、会長が駆け寄ってきた。
「あちゃ~。怪我しちゃったね。歩ける? 保健室まで行こう?」
会長は睦月野さんを宥めるよう背中を擦りながらそう言うと二人で保健室へと向かった。
二人の背中を見送ってから他のメンバーに目を向けるとすでに白縫さんと卯月谷君がばて始めていた。まだ十分も経っていないのに……。
「ほら、足止めていないで走って!」
オレの声に反応して白縫さんはスピードを上げて走り出したが、卯月谷君はバテバテのまま、今にも足を止めてしまいそうだった。
卯月谷君の近くまで寄って同じように声を掛けるも、ぜーぜーと音を立てながら呼吸し、しまいには完全に足を止めてしまった。
仕方なく、みんなが走っていないところまで移動させると、そのまま地面に座ったと思ったら横になり始めた。
「君ねぇ。動くのにフードも被ったままでそれじゃ体温調節もできないだろう。それにいいって言うまで走れって言ったよね? なんで寝転がるの?」
オレが呆れた声で言うも返事はなかった。
息はしているようだが、動きはしないので、オレは諦める事にした。
他のメンバーを再び見ると霜月君、長月君、師走田君は体力もあるようで問題なく走っていた。少し遅れて水無月さんと神在さんが走っている。その後ろを佐々山君が白縫さんを気にしながら走っていた。
「他の人は気にしなくていいから、自分の事だけに集中して走って!」
佐々山君に言った事だが、何故か長月君と師走田君が返事をした。
オレはかなりペースの落ちてる白縫さんに並走しながら声を掛けた。
「もう少しペース上げられそう? 無理ならこのままでもいいから走り続けられる?」
白縫さんはオレの声に頷きながら同じペースで走り続けた。まあ、オレの歩いてるのとそんなに変わらないペースだけど。
しばらくその状態でいると、会長と睦月野さんが手をつないだ状態で帰ってきた。オレは二人の方へ駆けて行った。
「睦月野さん、大丈夫だった?」
オレが声を掛けると睦月野さんはビクリと肩を震わせてから頷いた。
「走れそう?」
その言葉には俯いたままで、代わりに会長が答えた。
「治癒魔法は使ってないから怪我は治ってないの。まだ痛むみたい」
「じゃあ、走るのは無理そうですね。分かった。あそこに卯月谷君が横になってるから、その近くで休んでて」
オレが卯月谷君を指さして言うと、睦月野さんはこくりと頷いて、卯月谷君の元へゆっくり歩いて行った。
「で、葉月ちゃん。みんなの状況は?」
「見ての通りです。白縫さんがペースが遅いので会長、側に付いてもらっていいですか?」
「ええ、もちろん」
会長は笑顔で答え、白縫さんの元へ走っていった。
オレはそれを見送ってから佐々山君の横に走っていった。
「佐々山君、君はもう少しペース上げようか。息も乱れてないし、走れるよね?」
佐々山君はふんと鼻を鳴らしてからペースを上げた。もう少し素直に従ってくれたらいいんだけどな。
次に水無月さんと神在さんの近くに行き、声を掛けた。
「二人ともどう?」
「だ、大丈夫ですわ!」
神在さんはまだ大丈夫と言いながらも、息が乱れていた。
水無月さんは額から滝のような汗を掻いている。返事もできないのか黙々と走り続けていた。
「無理そうならペース落としていいから、もう少し走り続けてね」
オレの言葉に神在さんは明るく返事をした。水無月さんは変わらず黙ったままだ。
続いて、先頭の三人のところまで走っていくと、それを横目で見た霜月君がスピードを上げた。
「師走田君、長月君、大丈夫?」
「大丈夫です」
二人とも淡々と答える。息も乱れていないし、自分たちの無理のない範囲を分かっているんだろう。でも――。
「もし可能ならもう少しスピード上げられるかな。戦闘になると極限状態になる事もある。それを想定して欲しいんだ」
そう言うと二人は頷き、そのままスピードを上げた。それに対し、さっきスピードを上げた霜月君は無理があったのか、少しスピードダウンし始めた。
「霜月君、スピード下がったみたいだけど、無理そう?」
「無理じゃ、ねぇ!」
半分意地なんだろう。オレに反発しようとしているのかまたスピードを上げ始めた。
「おお、速くなったね。でも、維持できないと意味ないよ?」
「分かって、るんだよ。ボケェ」
息を切らしながらでも悪態はつけるようだ。
まあ、この三人は大丈夫だろうと思い、一番後ろを走っている白縫さんをちらりと見る。
白縫さんの横では会長が声援を飛ばしている。
だが、白縫さんは限界が近いのか、足元が覚束なくなってきている。
少し危ないな……。
そう思ってみていた矢先、白縫さんは体勢を崩した。
慌てて駆け寄り、倒れる前にその体を支えた。
「わっ、文月ちゃん大丈夫だった?」
少し驚いた様子で白縫さんに尋ねる会長をオレは睨んだ。
「会長、オレは白縫さんに付いててくださいって言いましたよね。声援を投げ掛けるだけで、転びそうになっても支えもしないってどういう事ですか? これ以上怪我人を増やさない為に頼んだのに、意味ないじゃないですか!」
「ご、ごめんなさい……」
会長は本当に申し訳なさそうに落ち込んだ。オレはその様子に溜め息を吐いた。
「あ、あの……」
オレが支えたままの白縫さんが困惑していた。
「ああ、ごめん。大丈夫だった?」
慌てて手を放すと白縫さんは頷いた。
「もう、限界が近いみたいだし、もう休んでていいよ」
オレはそれだけを言い、走っている残りのメンバーの元に再び走っていった。
しばらくすると佐々山君、水無月さん、神在さんが次々に脱落していった。
まあ、予測はしていたけど……。
残ったのは体力に自信がある三人だけだ。その三人にも一度集合を掛けた。
「取りあえず、走り込みは今日はこれで終了とする。次に防御担当は会長の元で結界を張り続ける訓練、攻撃担当はオレの元で属性魔法の訓練を行う。会長は防御担当の二人の訓練結果を最後にオレに教えてください」
オレがそう言うと会長だけが明るい声で、あとは疲れた声の返事が返ってきた。卯月谷君に至ってはまだ横になって返事すらしていない。
「攻撃担当は移動するからついてきて」
「じゃあ、防御担当は私と一緒に行こうね。少し離れた場所でしようね」
オレと会長がそれぞれ声を掛けるとみんなが移動を始めた。卯月谷君も渋々といったように体を起こし、ゆっくりと移動を開始した。
校舎からもある程度距離があり、防御担当からも距離のある所まで移動するとオレはみんな方を向いた。
「これから属性魔法の訓練を行う。みんなそれぞれ得意魔法はあるだろうけど、その使用は禁じる。今からオレが言う属性の魔法弾でオレに向かって攻撃するように」
「えっ、先輩に向かって攻撃するんですか?」
神在さんは抵抗があるのかできないといったような顔をしている。
「大丈夫。オレは魔法弾のような攻撃は無効化する体質だから攻撃を受けても何ら問題ない。無効化できないとしたら物理化した魔法や武器を使われた場合かな。それ以外は基本効かないから思う存分ぶつけてくれて構わない」
オレが言い終わると師走田君が手を挙げた。
「物理化魔法以外は基本通じないのは分かりましたが、どの属性魔法の訓練を行うんですか?」
属性魔法は実際自然に存在するもの全てのエネルギーを利用した魔法を指す。だから細かく言うと数えくれないくらい存在する。
「基本的に扱えれば問題ないとされている火・水・木・雷・土だね。まあ、風も含めてもいいんだけど、グラウンドだと砂埃がたつと視界も悪くなるし、竜巻を起こされても困るからパスね」
「了解いたしました」
「じゃあ、始めようか。最初は火からだ。ああ、言い忘れていたけど、防御程度の魔法はオレも使うから相殺による爆風は覚悟してね。怪我しないようにみんな頑張って」
オレの最後の言葉にみんなえっと声を出したが、オレは容赦なく開始の合図をした。
火はみんなそんなに不得意ではないようで扱えてはいる。ただ、佐々山君は魔力不足が否めない。
長月君と水無月さんはコントロールこそいいが、弾速が遅い。逆に神在さんはコントロールがなさすぎて明後日の方向に飛んで行っている。速さはいいのに……。
速さも威力もまあ合格点をあげられるのは霜月君と師走田君だな。卯月谷君も悪くはないが、如何せん体力不足の所為で攻撃回数が少ない。
オレはみんなの事を見極めながら、避けても問題ない魔法は避け、威力の強い魔法は指弾で無属性魔法を放ち、相殺した。
爆風とは言いはしたが、視界が悪くなるから起こす気はさらさらなかった。
それに師走田君は気付いたようで、遠慮のない威力の魔法を放ってきた。だが、まだ甘い。オレはまた無属性魔法で消す。そして、次の魔法が放たれる瞬間その魔法を相殺する。
師走田君は驚いた顔をして、攻撃の手を止めてしまった。
「油断はするな。手元で魔法を消される可能性なんていくらでもある。そんな程度で手を休めていては負けるぞ」
オレのその言葉に師走田君は顔を引き締め攻撃を再開し始めた。
その後、水、木、雷、土のそれぞれの属性魔法も同様に見極めた。
卯月谷君はどうやら全属性万遍なく使えるようだが、やはり体力不足が課題だ。
佐々山君は全ての属性は使えるようだが威力不足だ。魔力自体が弱いのだろう。かなり訓練が必要だ。
神在さんは雷だけは得意なのか、広範囲に打つ事ができる。だが、他のは威力ももう少し欲しいところだ。しかし、それ以上にコントロールができていない。止まった的にすら当たらないだろう。
霜月君は全体的に威力も弾速も問題はない。敢えて言うなら水が少し魔力が安定していなくて、攻撃にばらつきがあった。そこだけは徹底して訓練をした方が良さそうだ。
長月君は雷が苦手なようで、威力が他と比べると若干劣る。だが、コントロール能力はずば抜けて高い。訓練すれば十分戦力になるだろう。
師走田君は弾速、威力共に優秀だ。魔力も安定していた。だが、先輩が見たらまだまだというだろう。これから訓練すればきっとぐんと伸びる。
水無月さんは木の属性にまったく適性がないようで使えなかった。他に関してはコントロールは良いが、もう少し威力が欲しい。本人は木の属性が使えないのが分かっていたのか、木の属性といった時に唇をかみしめ、魔法を打とうとしても打てない事に悔しがっていた。
まあ、属性魔法は適性がなければ扱えない。オレも闇は使えない。それは仕方のないことだ。使えるものを伸ばしていくしか他ない。
属性の訓練を終えると、みんな体力も魔力もかなり消耗したようでへばっていた。
「じゃあ、今日最後の訓練だ」
オレの言葉にみんなまだやるのかとげんなりした。
それを尻目に、オレは直径一メートルくらいの火の玉を出した。
「全員で構わないから属性魔法を使ってこれを消すように。それができたら今日は終わりだよ」
「こ、これを消すの?」
みんなには大きく見えるのだろう。水無月さんは絶望したような声を出していた。
「おい、これ消すってかなり魔力……」
呆然と口を開いていた霜月君が視線をオレに向けてきた。
「うん。水ならオレが使った魔力の半分くらいで消せるだろうけど、他の属性魔法なら同等もしくはそれ以上必要だね」
サラッというオレに全員が絶望の目を向けてきた。
「言っておくけど、まだ小さい方だよ。オレは少し席を外すから頑張って」
それだけを言ってオレは会長達のいるところへ向かった。




