苦手分野 2
長月君がハッと我に返ったような顔をして、話し掛けてきた。
「すみませんが、自分のような魔法の使い方の方が簡単と言いますか、レベルが低いのではないかと思うのですが……」
「あ~、うん。普通はね。オレの場合、使う魔力量をこれ以上減らすのが難しくて、錬金術になってしまうんだ。だから、それも魔力量を強めて、イメージを固めたら変質するでしょ?」
「まあ、理論上は……」
おそらく長月君はそういう方法を取った事がないんだろう。曖昧な返事になっていた。
「オレの場合、纏わせるまでで留める程度に魔力をコントロールするのが苦手なんだよ」
苦笑いしながらそう言うと、水無月さんが眉間に皺を寄せた。
「この間、鍛冶だったかしら? その子が錬金術は繊細な魔力コントロールが必要とか言ってなかった?」
「ああ、うん。ただ、魔力を纏わせるだけと錬金術だと、錬金術の方が圧倒的に魔力量が必要なんだ。オレはそのレベルでのコントロールはできるんだけど、それより弱めるのが難しいんだ」
「それって必要?」
弱いのが必要なのかという事なんだろう。
「まあ、ね。例えばだけど、体が弱い人に治癒魔法を掛けようとした場合、強い魔力を一気に注ぐと、相手により負担を掛けてしまって、場合によっては命に係わるんだ。
だから、より少ない魔力のコントロールがオレの場合、課題になってるんだよ。
毎年のように内海先生に小突かれてるよ」
実技試験の度に『コントロール下手男』と言われて小突かれる。つまり、評価は下げられているという事だ。
「……より繊細な魔法には必要って事ね。でも、戦う上では必要なさそうね」
「そうだね。だから、滅茶苦茶な評価の下げられ方はしてないよ」
「評価が関わってくるのは痛いわね……」
「本当にね。昔はできる範囲とできない範囲を見極めるくらいで、評価って言っても、点数が明確につけられるわけじゃなかったんだけどね」
それでもできない項目があれば補講があった。今は点数が悪ければ補講という風になっている。
「昔は点数はつけられなかったの?」
「うん。じゃなきゃ、ね……」
そう言いながら先輩達を見ると、明らかに目を逸らされた。
「……実技も良くなかったの?」
「戦闘に関わる分野は得意とされるお二人だったんだけどね。他がどうも、ね」
それには全員が納得した。
「ところで、西雲君が変質させたそれって戻るの?」
「オレが魔法で戻そうとしたらね。そうじゃなければ、基本的には戻らないよ」
「ふ~ん。かなり鋭利な刃物みたいに見えるんだけど……」
水無月さんはそう言いながら、金属のように変わった紙に触れた。
「案外切れないのね」
「ああ、今は味方を傷付けないようにしてるから。長月君のもそうでしょう? じゃないと、普段も直線状にいる味方を傷付ける事になるだろうし」
「そうですね。味方だけは攻撃の対象外になるように魔法を纏わせています」
長月君はそういったものに長けているんだろう。白紙を剣のように振り落とすが、切れたのは目の前にあった紙くらいだった。
「まあ、オレの方が質悪いかも」
自分で作って置きながら何とも言えない。そう思って口に出したら、首を傾げられた。
「あ~、えっと……」
そう言いながら会長を見ると、窓の方を指差された。
「では、ちょっと失礼させてもらいます」
そう言いながら窓を開けた。
窓の外には木の枝が伸びていた。下には誰もいない事を確認する。
オレは目の前にある枝だけを切り落とそうと、変質した白紙を振り下ろした。
すると、枝はスパッと切れて下に落ちた。
きっとこれだけ見れば、長月君がやってみせたのと同じ事に見えるだろう。
だが、長月君は気付いたようで、驚いて窓のところまで駆け寄ってきた。
「何故、手前の枝だけですか? 奥の枝までは切れていないのですか? 魔法自体は遠方まで飛んだように見えたんですが……」
長月君は自分の見えているものが信じられなかったようで、目を擦った。
「ああ、手前のだけを切り落とそうとしたからだよ。そうじゃなきゃ、奥のも切れてると思うよ」
その言葉により、先輩達二人から拳骨を食らい、二人は慌てて窓を閉めた。
オレは二人からの拳骨を食らったところを押さえ、痛みに呻いた。
「この馬鹿! なんてもの作りだしてんのよ!」
「本当にそういうところは波多に似ちまったな。そう簡単に披露するな!」
先輩達はそう怒鳴ると、会長をじろりと見た。会長は平然としたままだった。
「ここは生徒会室だもの。他ではさせませんよ」
会長の言葉に先輩達は頭を押さえた。
「そんなに言われるような事ですか?」
オレがそう言うと、山崎先輩はまた拳骨を落とす素振りをした。身構えていたら、溜め息と共にその手はオレを殴る事なく下ろされた。
「お前なぁ……。普通は魔法での攻撃は放った魔法の直線状全てに有効になる。その範囲を短くするだけなら可能だろうが、お前のそれは違うだろう。
その遠方にも攻撃有効にも拘らず、手前の物体のみに調節した。それは普通じゃできないんだよ。それを作ったっていうの事態がまず問題なんだよ」
「はあ。でも、波多先輩はよくしてましたよ?」
これはオレが自分で考えて作った代物じゃなく、波多先輩に教えてもらったものだ。
物質変換をしようとしたわけじゃないけど、どうしてもそうなる。
そして、イメージとしては波多先輩が作っていたものが一番作りやすい。だからこそ、武器として使える魔法をイメージするとこれになってしまう。
「波多は波多だからいいんよ」
意味が分からなくて首を傾げた。
「お前は本当に似るべきじゃないとこが似たな。あいつも自分がどれだけ規格外な事をしでかしてるか自覚がなかったからな。
だが、あいつは波多の人間で、今では波多の当主だ。そうなれば、人間離れしてようが、『流石は波多の当主』と言われるだけだ。だが、お前は身分も何も要らないと言って、名誉地位の申請もしていない。そんな人間が波多の当主と同じ事をすれば奇異の目で見られたりするに決まってるだろう」
「そんなに特殊な事をしているつもりはなかったんですけど……」
「十分人間離れしてるよ。あいつも平気でしてたし、それを普通だと言ってやってたのが問題なんだろうがな」
人間離れと言われたのが少しショックだった。
「でも、法に引っ掛かるような素材にしているわけじゃないですよ?」
「それは内海にも散々言われて作ってないだけで、作れるだろうが」
「それは、そうですけど……」
オレの言葉に今のメンバーはギョッと目を剥いた。
「お前、昔、結界張ろうとして、異常な程に硬い合金を作り出した事もあっただろう。あん時に内海に『そんなもの作るんじゃない。さっさと消しな』って言われただろうが。
それ並みに厄介なものなんだよ。作んな」
その当時作ったものは、生成した場合、国に届け出が必要な物質だった。他にもそういったものが何種類もある。内海先輩にはそれを全て覚えるように言われ、そして作るなとも言われた。
「でも、これは禁止されませんでしたよ?」
内海先輩はこれを作っているところを何度となく見ていたが、一度も作るなとは言わなかった。
「あの馬鹿……」
山崎先輩はそう呟いたが、学力的な意味では山崎先輩はそんな事を言える立場じゃないだろに……。
「それ、波多が使ってた黒い剣と同じ素材でしょ?」
道端先輩が少し呆れたように確認してきた。
「そうですね。厚みとかは全然違うのと、これ自体は、元はただの紙なので、全く同じとは言い難いですが、性質としては同じものを持っています」
「つまり、自分が切りたいものだけが切れるって事でしょう?」
「はい」
頷きながら言うと、溜め息を吐かれた。
「あれって、波多の家に伝わる家宝らしいわよ。特殊な素材で、使用者の意思によって攻撃範囲や攻撃対象が変わる武器。
あいつは自分でひょいと作って使ってたけど、波多の家でも作れるのはほんの一握り。当主であれど、作れない人間はいたそうよ。
あいつは平然と作ってたし、あんたに構造とか教えてたんでしょうけど、そんなものを軽く作るのはどうなの?」
オレはそれが波多の家宝なんて情報を知らなかった。
オレは変質させた紙をジッと見て、元の白紙に戻した。
「……本当に戻るのね」
道端先輩はどこか感心した様子だった。
「永続的にっていうのはできますけど、余程の時しか使わなかったんで、作る事自体、滅多にないですよ。それに、オレはあんまり武器を使うのは得意じゃないんです」
「ああ、それも相変わらずなのね。じゃあ、波多から貰ったあれ、未だに使いこなせてないの?」
それが何を示しているのかはすぐに分かった。だから、オレは気まずげに頷くしかできなかった。
「……家にでも置いてるの?」
「いえ、流石に家に置いておくのもどうかと思ったので……」
オレはそう言うと、自分の机のところに行き、二段目の引き出しを魔力を纏った状態で開けた。そして、目的のものを取り出した。
それは精巧な細工の施された箱で、それをそっと開くと銀色に光り、金の装飾の施されたハンドガンが鎮座していた。
道端先輩はそれを覗き込むと、オレの方を見た。
「えらく綺麗なままね」
「……全然使ってないんです」
「あんた、最初に波多に使ってみるよう言われて、使ったら、反動で後ろに転げたものね」
「……嫌という程に覚えてますよ」
あの時は体重が軽すぎた所為もあるんだろう。それを除いても未だに扱える自信はない。
「えっと、それは、何?」
水無月さんからは箱の中身が見えなかったんだろう。尋ねていいものかといった様子で聞いてきた。
オレは箱から銃を取り出した。
「波多先輩から小学一年生の時に誕生日プレゼントでいただいたんだ」
そう言いながら見せると、みんなは驚いた顔をした。
「それって、もしかしなくても、今の波多の当主が作った武器……?」
「うん、そう。魔力を込めて、引き金を引けば、実弾がなくても撃てるようになっているんだ。でも、オレは使いこなせなくて、ずっと仕舞ってたんだ」
「いくら生徒会室は施錠してるっていっても、危ないんじゃない?」
「それは大丈夫。オレが魔力を纏いながら引き出しを開けないと開かないようにしているところに仕舞ってあるから」
「それはそれで規格外だわ」
そんな事はないと言い返そうと思ったけど、何倍にもなって返ってきたら面倒だから黙っておく事にした。
「まあ、西雲君が規格外なのは今更だけど、その波多先輩も相当ね。
いくら当主になる前って言っても、それだけの腕前を持つ人がそれを渡すって……」
「えっ、何か問題でもあるの?」
オレが知らない常識がここにもあるのか?
水無月さんはオレに冷めた目を向けてきた。
「波多の武器って魔法武器って事は知ってるわよね」
魔法武器はその名の通り、魔法を使用する事で発動する武器だ。だから、実弾や火薬とかが要らず、魔力だけで使う事ができる。他にも特殊な魔法を放つ武器も存在する。
「それくらいは知ってるよ」
「じゃあ、どのくらいの値で流通してるかは?」
「えっと……明確なのは知らないけど、かなり高いっていうのは、知ってる」
だから正直、オレもこれを送られた時に素直に受け取れなかった。でも、波多先輩が返品不可だと言って、無理やり渡してきたんだ。
「まあ、魔法武器自体が小屋のような小さな家だと簡単に建つくらいの値段はするわね。
しかも、波多の武器でしょう? 波多の武器は昔から存在しているけど、品質が良く、外観も美しい事から、美術的にも評価されているの。だから、そこらにあるただの武器とは比べ物にならないくらい高いの。
それに、波多の当主の武器となると余計よ。基本的に波多の当主自ら作る武器というのは基本的に一点ものだもの。同じ種類、同じ系統の武器を作ったとしても、使う人に合わせて作られるオーダーメイド。そうなれば、一体どのくらいの値がつけられるでしょうね。きっと億はくだらないでしょうね。それ以上だとしても不思議はないわ」
水無月さんに言われずともそれは知っていた。
「だから、オレだって使うのを躊躇うし、家に置いておけないんだよ……。
オレには色んな意味で重すぎるんだよ」
「でも、使って欲しいから渡したんでしょうね」
「それも分かるけど……」
オレがそう言うと、山崎先輩がオレに話し掛けてきた。
「未だに体重軽いから、後ろに転げるかもしれねぇな」
「……言われなくても分かってますよ」
拗ねたように言うと、山崎先輩に頭を撫でられた。
「まあ、波多もその様子見てたから『使えなかったら家で飾るでもいい』って言ってただろう。別に武器として使わんでも、あいつは気にしないよ」
「ただ、申し訳ない感じはあります」
活躍してこなかったこの銃は、いつ活躍できるのかを心待ちにしているように見えた。
「まあ、確かに私らがあげたものは使ってるみたいだけど、それは使ってないとなると、若干気が引けるかもね」
道端先輩がそう言うと、山崎先輩は首を傾げた。
「なんかやったっけ?」
撫でる手を止め、顎の辺りに手を持ってきながら思い出そうとしたようだが、山崎先輩は結局思い出せなかったようだ。
「重り入りのリストバンドよ。あんた、本当に覚えてないの?」
道端先輩が呆れたように言うと、山崎先輩は思い出したように手を打った。
「ああ、一キロの重り入りのを二個やったな。お前、未だに使ってんのか?」
「ええ、まあ……」
そう返事をしておきながら、何か忘れているような気がした。
「あんた、昨日、保健室で体重量った時、ちゃんと外した?」
道端先輩に言われてようやく思い出した。
「えっと~……」
そう言いながら目を逸らした。
「絶対に外してないでしょ」
「……はい。忘れてました」
「あんた、昨日の体重から二キロ引いたのが実際の体重でしょ。服の重さも引かないといけないでしょうけど。いい加減、体重増やさないと、風が吹くだけで飛んでいくんじゃない?」
「そんなには軽くないです」
「台風とかで飛ばされそうじゃない。傘持ってたら、そのまま飛べるんじゃない?」
「いや、流石に……。それより、リストバンドの件は早瀬先生には内密でお願いします」
「そうは言っても、きっとバレてるわよ」
オレもそれは思う。
「だとしても、態々自分から怒られにはいきたくないです」
「まあ、そうね。でも、本当にいい加減、体重増やしなさいよ?」
「はい……」
増やそうと思って増やせるのかは分からないけど、頑張るしかないようだ。




