訓練開始前の朝
訓練開始の日を迎えた。
オレはいつもより少し早く家を出て、部活棟の近くにある体育館に向かった。
体育館では剣道部が朝練を行っていた。
剣道部の顧問の先生を見つけるとオレは挨拶をした。
「おはようございます」
「おお、西雲じゃないか。ここに来るのは久しぶりじゃないか?」
がっしりとした体格の先生はオレに明るく話し掛けてくれた。
「ええ。なかなか時間が取れなかったので……」
「そうか、忙しそうだもんな。まあ、いい。いつも通り、防具とかは置いてあるから好きに使うといい」
「では、お借りします」
オレはそう言って着替えに向かった。流石に制服のままでは防具も纏えない。
剣道着に着替え、防具一式と竹刀を借りてオレは先生の元に戻った。
すると剣道部の部員が数名集められていた。その中には長月君も居た。
「おう。西雲来たか」
先生はニッと笑ってオレを迎えた。
「我が部が誇る精鋭達だ。存分に戦うといい」
先生のその言葉に部員は顔を引き攣らせていたが、オレはありがたく思った。
「ありがとうございます。最近は時間が取れていなかったので、腕が鈍っていないか心配ではありますが、鍛え直すには丁度いいでしょう」
オレの言葉に部員の何人かは首を振って腰が引けていた。
それを否むように先生が竹刀を鳴らす。
びくりと体を跳ねる部員を他所にオレは防具を身に着けていく。
「さあ、お前たちも準備しろ!」
先生のその言葉で部員達も防具を着け、いつでも対戦できるように準備を始めた。
オレは大きく深呼吸をし、竹刀を構える。
準備が終わった者からオレの目の前に立つ。
そして、先生の合図とともに簡易の試合のようなものが開始された。
一人一人倒していき、最後は誰も残らなかった。その様子を見て先生はオレに拍手を送った。
「流石だな。誰の腕が鈍っているって? 部員達にはもっと頑張ってもらわんとな」
その言葉に部員たちはげっそりとしている。
オレは面を脱いだ。
「部員の方々は流石先生が鍛えているだけあって、強かったですよ。自分も精進しなくてはいけませんから」
「お世辞がうまいなぁ。まあ、いつでも来るといい。部員にもいい刺激だろう」
「ありがとうございます。また時間の取れた時にでもお願いしますよ」
オレはそう言ってから全ての防具を外した。
「今日はこれ以上時間を割く事はできないので失礼させていただきます」
「ああ、本当に忙しいな。防具とかはいつものところに置いておいてくれ」
先生の言葉に頷き、オレは着替えに行った。
制汗スプレーだけは使ったが、流石に部室棟にあるシャワー室を使っている時間はない。
今日の放課後までに訓練に使用する場所の確保と整備、残務処理も行わないといけない。
オレは着替え終わると職員室に向かった。
「失礼いたします」
ノックをして、声を掛けてから職員室に入った。
先生達は数人は部活の朝練に顔を出している為、全員は揃っていない。
「ああ、西雲か」
気付いた先生がオレに声を掛ける。
「おはようございます。今日から生徒会の訓練を開始しようと思うのでグラウンド等の使用許可を願いに来ました」
「ああ、やっとらしいな。別に許可はいいから好きなように使うといい」
年配の先生がそう言うと他の先生も頷いた。
「ありがとうございます」
割とすんなり話が通ったと思い、職員室を出ようとしたら内海先生に呼び止められた。
「西雲、こっち来い」
「なんですか?」
手招きする内海先生の側に寄ると、そのまま職員室の一角にある部屋に連れられた。
ここは先生と生徒が話すのによく使われる部屋だ。部屋と言ってもパーテンションで区切られている程度なので、大きな声だと周りに聞こえてしまう。
だからだろうか、内海先生は小声で話し始めた。
「昨日あれからどうだ?」
「自ら動く生徒はいませんでしたよ。ただ指示に従うだけです」
オレも小声で返した。
「まったく、自覚ってもんが今の子はないのかねぇ」
「知りませんよ。そんなの言われてもオレだって今の子ですよ」
内海先生は何とも言えない目でオレを見てくる。
「まあ、いい。しかし昨日はえらく他のメンバーと距離が近かったじゃないか。どうした?」
「さあ、オレは何もしてません」
確かに内海先生の言う通りだ。オレが職員室から戻ってきた時から他のメンバーの距離感が少し変わっていた。
いつもならオレが戻ってくると一歩もしくはそれ以上離れていくのに、それもなく話も聞いていた。
水無月さんだって、普段あれだけオレと話すのは珍しい。心境の変化というにしても何があったんだろう?
「お前が何もしてないんなら如月だろうな」
「まあ、そうでしょうね。オレの右目に関しては何か話したみたいですけど」
「右目? 能力か? 視力か?」
「能力については生徒会に入ったと同時に説明してます。視力に関してはどうもオレが説明を忘れていたようです」
見えてなくても分かるから支障も何もないだろうと思っていたから完全に忘れていたようだ。
そんな事を言うと内海先生は呆れた顔をした。そんな糸目のくせによくもまあ表情豊かにできるな。
内心感心していると内海先生は溜め息を吐いた。
「お前の場合、表情も硬いし、真面目過ぎるし、魔力を常に纏ってるのもあって怖がられてるんだ。それくらい自覚あるだろう? 生徒会メンバーは敵じゃないんだから少しくらい仲良くしようっていう気はないのか?」
「先生。仲良しこよしのお友達ごっこなんて先生が一番嫌いなものでしょう?」
「ああ、嫌いだな。でも、そういう事を言ってるんじゃない。信頼がないといくら戦略を練っても上手くいかなくなる。それじゃあ、意味がないだろう」
先生の言っている事は尤もだ。だが……。
「先生、魔力で恐れる人間と仲良くはできません。それに、気を抜けば死と隣り合わせのこの環境では生きていけません。オレは自分の身を守るだけでも必死なくらいに弱いです。そんな普通の学生生活みたいな事はできると思いません」
「お前は本当に不器用だな。如月に間に入ってもらってでもいいから他のメンバーともコミュニケーションを取れ。それともう少し、メンバーに気を遣え。じゃないとお前が孤立するぞ」
「今でも十分孤立しているでしょう? ……まあ、善処はします」
オレの回答に先生は大きな溜め息を吐いた。
「本当に頑固で不器用な生徒を持った俺は可哀想だよ」
自分の不幸を嘆くように先生は泣き真似をした。
「もう用事がないのなら、オレは失礼します」
イラっとして強めに言うと、内海先生は目を微かに開き、真剣な声を出した。
「これから大変になる。覚悟はしておけ」
「……分かってますよ。失礼します」
オレはそう言うと職員室を急ぎ足で出た。
それからは使用場所の整備に残務処理をこなし、あっという間に放課後になった。




