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早朝の伝達

 思ったより疲れていたのか、一度も目が覚めないで朝を迎えた。

 早めに休んだからか、スッキリしたような気もする。

 日課の走り込みも問題なく終えたし、頭痛も全くない。体の調子は良いみたいだ。


 いつも通りの時間に家を出ようとしたら、母さんに大きめのトートバッグを渡された。

「昨日頼まれてた物よ。色々作ったから、量も十分あると思うわ。よかったら、生徒会の人達と食べなさい。

 一緒に業務をしてるのなら、その子達も適度な休憩が必要でしょう?

 舌の肥えた子達かもしれないけど、母さんの力作だからきっと大丈夫でしょ」

 母さんの自信満々の言葉に笑みが零れた。

「ありがとう」

「どういたしまして。いってらっしゃい」

「いってきます」

 手を振りながら玄関をくぐった。


 少し歩くと、見慣れた後姿を見つけた。

 駆け足で近付き、声を掛けた。

「おはようございます」

 その声に足を止め、振り返ったのは会長だった。

「おはよう、葉月ちゃん。頭痛はもう大丈夫?」

「ええ、大丈夫です。

 会長は今日、かなり早くありませんか?」

 いつもならもう少し遅いだろう。登校時間が被るなんて珍しい。

「うん。ちょっと、家の事があって、休むにも中途半端な時間だったから、身支度だけして出てきたの」

「それって、徹夜って事ですか?」

 人の事を言えないくらいに働いているこの人が心配になる。

「大丈夫。ほんの少し休む時間はあったから」

「無理はしないでください」

 そのくらいしか言えないのが少し歯痒いが、きっとこれ以上は踏み込んではいけないんだろう。

 会長は柔らかく微笑んだ。

「無理はしてないから大丈夫。それに無理するとしたら葉月ちゃんでしょ?」

「……そんな事はないです。たぶん」

「たぶんって言ってる時点でダメなんだよ」

 分かってるよ。でも、そう返せない。

 軽く溜め息を吐いてから、他愛無い話をした。そうしているうちにいつの間にか学校に着いていた。


 机の上を見ると、丁寧な字で昨日の進捗状況が書かれた紙が置かれていた。

「あっ、それね。きっと葉月ちゃんが一番最初に来るだろうから、どこまで終わってるか分かった方がいいだろうって言って書いておいてくれたの」

「長月君ですか?」

「よく分かったね」

「筆跡で分かります」

 丁寧で、力強さを感じる字だ。師走田君も似た字を書くが、少しばかり師走田君の方が癖のある字を書く。でも、どちらも綺麗な字だ。

「みんなの筆跡、覚えたの?」

「そりゃ、覚えますよ」

「そっか。流石だね」

「何がですか?」

 本当に意味が分からなかったけど、会長は微笑みだけで何も教えてくれなかった。


 みんなが来るまで、進めておいた方がいい業務や調べ事をしていた。

 水無月さんは登校してきて、オレの顔を見るや否や眉間に皺を寄せた。

「なんでこんなに早いのよ。ちゃんと休んだの?」

「休んだよ」

 ちゃんと休んだのに、どうしてこんなに疑われるんだろう……。

 しかも、疑っているのは水無月さんだけじゃないらしい。

 みんな登校するや否や、体調は大丈夫か、頭痛は治まったのか、気分は悪くないか、ちゃんと休めたのか、といった事を聞いてきた。

 まさかの霜月君ですら「今日は調子いいのかよ?」と聞いてきた。

 心配もあるんだろうが、オレがちゃんと休んだのか疑ってるところもあるんだろう。

 みんなに今日は大丈夫と何回言っただろう。それでも信用されない程にオレは休んでいないように見えるらしい。

 ちゃんと休んだのになぁ……。

 

 全員が揃ったところで、検査入院の件を伝えようと思って声を掛けた。

「みんな揃ったみたいだし、ちょっといいかな?」

 そう声を掛けると何事だと言わんばかりの目を向けられた。

「えっと、昨日は先にあがらせてくれてありがとう。お陰様で体調はもう大丈夫だよ。

 ただ、ちょっと申し訳ない事があって……」

 その続きを言おうとしたら、水無月さんの不機嫌そうな声で遮られた。

「何か怪我でもしたの?」

「違うよ。検査入院の件で伝えておかないといけない事があるんだよ」

「検査入院? 何? 予約取れなくなったとか?」

「違うよ。頼むから最後まで聞いて。

 今までは検査入院も一泊二日でできたんだけど、今回からはどうも二泊三日になるらしくて、それでみんなに迷惑を掛けてしまうんだけど……」

 申し訳なく言うと、呆れた声が返ってきた。

「一日延びるって事ね。分かったわ。西雲君はその間、学校の事は考えなくていいから、ちゃんと検査受けなさい」

 水無月さんの言葉に全員が頷いた。

「じゃあ、その三日間は私が必ず登校するようにしたらいいね。そうしたら葉月ちゃんも安心でしょ?」

 会長がそう言うが、申し訳なさでいっぱいだ。

「でも、会長もお忙しいのに……」

「大丈夫。そのくらいは調整するもん」

 何の問題もないといったように言われるが、会長が忙しいのは知っているつもりだ。

「まだ頼りないかもしれませんが、自分達も頑張りますので、副会長は検査を頑張ってください」

 長月君がそう言うと、道端先輩が口を挟んできた。

「嫌な検査があっても、みんなが頑張ってるのに、逃げるなんてしないわよね?」

「それはしませんけど……」

「だったらいいじゃない。その間、学校の事は他の子に任せて、あんたは検査をしっかり受けてきなさい」

「検査はちゃんと受けますよ。ただ……」

「あんたがいなくても業務ができるようにならないと困るのは、あんたの後輩達よ? いい機会なんだから、少し頼りなさい」

「……はい」

 これでごちゃごちゃ言ったら、きっと全く信頼されていないと思われるんだろう。そういうわけじゃない。ただ、それでも心配に思ってしまっているんだ。

「けど、なんで日にち延びたの?」

 道端先輩としてもそこは知りたかったようだ。

「どうも検査項目が増えたみたいです。かなり長い間受けていなかったので、その間に項目が増えたようです」

 医学の進歩と思えばいいのか、なんと言うかだ。

「ふ~ん。大変ねぇ。受ける側もだけど、病院もね」

「そうですね」

 大変な作業を増やしてしまうのは本当に心苦しい。

「な~に落ち込んでるのよ。あんたは悪い事してないんだから堂々としてなさい。病院も大変っていうのは、病院の仕事も大変ねってなだけよ。どこも色んな仕事があって大変ねって言いたかっただけ。ネガティブに捉えないでよ」

「あっ、はい」

 どうも悪い方に考えてしまうのは癖だろうか。良くないと思ってもなかなか直せない。

「で、声掛けた理由はそれだけ?」

「まあ、そうですね」

「ふ~ん。話変わるけど、そのでっかいカバン、何?」

 ずっと気になっていたようで、道端さんがトートバックを指差して聞いてきた。

「ああ、母に業務中に何かつまめる物をと頼んで作ってもらったのが入ってるんです」

「えらくデカいけど、どんだけ入ってるの?」

「オレも中身はまだ見てないんです。量は十分作ったって言ってたんで、かなりの量は入ってそうですけど……。

 あっ、あと、よかったらみんなで食べてって言ってたんで、みんなもよかったら……」

 そう言うと全員が目を丸くした。

「えっと、西雲のお母さんがみんなで食べてって言ったって事?」

「そう言ったつもりですけど、そう聞こえませんでした?」

 道端先輩の質問の意図が分からず、そう返すと「いや、そう聞こえたけど……」と返された。

 ふと視線を感じ、そっちも見ると、水無月さんが半眼でこっちを見てた。

「えっと、何かあった?」

「別に……私も少しお菓子持ってきただけよ。休憩中にでも、みんなで食べればいいかと思って……」

 そう言って出されたお菓子はかなりの有名店の物で、値段もかなりする。普段から食べるような物じゃない。

「えっと、みんなで食べたくて態々買ってきたって事?」

 たぶん母さんが作ったのはお菓子だ。そうなると甘い物が被るし、申し訳なかったかな。

 そんな事を思っていたら、水無月さんが少し顔を赤くして睨んできた。

「べ、別にみんなで食べたいとかじゃないわよ。ただ、私が食べたくなっただけ。でも、一人で食べるには多いから持ってきただけよ」

 言い訳のように聞こえるのは何故だろう?

「そうなんだ。じゃあ、それもみんなで分ける?」

「そのつもりで持ってきたって言ってるでしょ!」

 何故かつっけんどんな言い方をされて苦笑してしまった。


 水無月さんがお菓子の箱を開けるのを見て、オレもトートバッグの中身を出した。

 トートバッグには大きめのタッパーが二つ入っていた。タッパーは蓋には模様が入っていて、側面も半透明で中身ははっきりとは見えなかった。

 蓋を開けてみると、片方にはクッキーやマドレーヌとかがギッシリ入っていて、もう片方には羊羹やミニどら焼きとかがこっちもギッシリ入っていた。

「……西雲君の凄いわね」

「なんか隙間なく入ってるよね……。力作とは言ってたけど、流石に力入り過ぎな気がする」

「本当にね。クッキーだけでも何種類入ってるのよ? もう片方だって、羊羹にどら焼き、きんつば、お饅頭、大福……一体どれだけ入ってるの? 本当に一人で作ったのか疑いたくなる量入ってるわよ」

 水無月さんは感心を通り越して呆れているようだった。

「うん……。昨日帰ってから言ったのに、よくここまで作ったなって我が母ながら感心するよ」

 自分で頼んだ事だけど、ここまでとは思わなかった。

「いいじゃない。沢山あるんだし、食べちゃえばいいじゃない」

 道端先輩が軽く言う。

「それはそうですけど……」

「私も味見したいわ」

 つまり自分が食べたいだけか……。

「それはいいですけど、飲み物はどうするんですか?」

「給湯スペース使っていいなら自分で淹れるわよ」

「ついででいいなら淹れますよ」

 そう言って立ち上がると、長月君が声を掛けた。

「では、手伝います」

「ありがとう。みんなは何飲む?」

 みんなの注文はいつもと違ってバラバラだった。緑茶と紅茶とコーヒーに分かれた。

 まあ、別に構わないんだけど……。

「自分も手伝います」

 そう言って師走田君も手伝ってくれる事になった。

 オレ達が給湯スペースに向かうと、何故か道端先輩が後ろをついてきた。

「……どうかしました?」

「誰が何淹れるのか気になって」

「はあ……。えっと、どうする?」

 そう聞くと、長月君が緑茶を、師走田君がコーヒーを淹れる事になって、オレは必然的に紅茶になった。

「そう言えば、あんたって結構、紅茶淹れる所作綺麗よね。マナーとかは瀬野に教えてもらったとか言ってたけど、それも?」

 道端先輩の言葉に二人が驚いたのは分かったが、何も言ってはこないようだった。

「マナーはほとんど瀬野先輩ですけど、紅茶の淹れ方は小浜先輩から教わりましたよ」

「ああ、そうなのね」

「小浜先輩は紅茶を淹れるのも上手でしたからね」

「そうね。懐かしいわ」

 道端先輩がそう言うと少ししんみりしてしまった。

「じゃあ、淹れてから持って行くんで、向こうで待っててください」

 いくら所作が綺麗とか言われても見られた状態で淹れるのは恥ずかしい。

 道端先輩を追い払うようにしてから、オレ達は人数分の飲み物を淹れた。

 

 ああ、そうだと思って長月君に話し掛けた。

「長月君、進捗状況書いておいてくれてありがとう」

「書いておいた方がいいと判断したまでです。しかし、名前を書いていなかったと思いますが、よく分かりましたね」

 まさか自分が書いたものだとバレると思っていなかったようだ。

「そりゃ、筆跡を見たら分かるよ」

「そこまで癖のある字を書いたつもりはないのですが……」

「そうだね。癖はあんまりないから見やすいよね」

「何故、自分の字だとお分かりになったのですか?」

「何故って……みんなの筆跡は覚えてるつもりだよ? 在校生全員は無理だけど、身近な人の書く字の癖くらいは覚えるよ」

 そう言うと、二人とも驚いたのか、手が止まった。

「流石と言うべきなのか……」

「凄いですね」

 二人は手を再び動かし始めてからそう言った。

「別にそんなに凄くないよ」

 特技とも言えないようなものだ。そんなに凄くはないだろう。

 だが、二人にとっては十分凄い事らしい。二人して「十分凄いです」と言ってきた。

 それが少し気恥しく感じた。

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