母からの電話
「ただいま戻りました」
そう言って生徒会室に入ると、みんなが一斉にオレの方を向いた。
「なに?」
そう尋ねると、水無月さんがオレのカバンを指差した。
「さっきから異常な程に着信音が鳴ってるんだけど……」
携帯電話を確認すると、母さんから頻回に電話が掛かってきた事を示す着信履歴があった。
掛け直そうかと思った瞬間に、電話が鳴った。
通話ボタンを押して、携帯電話を耳に当てる。
「もしもし?」
『あっ、葉月? やっと繋がったわ~』
「なんでこんなに電話掛けてんの? オレも別に暇じゃないから絶対に電話に出られるわけじゃないよ?」
たった今戻って来たばかりだし、もしそのまま昼を食べに行っていたらどうするつもりだったんだ?
『ごめん、ごめん。なるべく早く伝えた方がいいと思って電話したのよ』
「なら、留守電入れといてよ。それとも、そんなに緊急性高かったの?」
『母さんとしては急いだ方がいいと思ったのよ』
「で、何?」
淡々と会話するオレに、みんなの視線が突き刺さった。
仕方なくメモ用紙に『母からの電話だった』と書いて見せると、みんなは顔を引き攣らせながらも各自業務へと戻った。
『夏休み中に検査受けるでしょ? その時に持ってきて欲しい書類があるんだって。テスト前になると準備できなかったり、時間が掛かる書類だったら、早くしないと間に合わなくなるでしょ?』
「それはそうだけど……。で、何が必要って言われたの?」
さっき書いたメモを破り捨てると、オレはメモを取る体勢をとった。
『えっと、先ず今年と去年の検査結果が必要だって。再検査した場合、それも欲しいって言われたわ』
「ああ、それなら家にあるから大丈夫だよ。他は?」
『あと、学校に提出する用の用紙が必要なんだって。そんなのあるの?』
「あ~、たぶん保健室で管理してる書類だね。オレは持ってないから先生に伝えておくよ。他は何か必要って言われた?」
『特段変わったのはないわね。後はいつもの入院の時に必要な物ばっかりだから大丈夫よ。それは用意できるようにしておいたから』
「了解。たぶん、その書類も時間は掛からないはずだから大丈夫だよ」
『そう、それなら良かった。で、他にも確認したい事あるんだけど、いい?』
いいかと聞かれても、嫌だとは答えられないだろう。
「……何?」
『今度の夏休みの合宿についてなんだけど、顧問の先生は一緒に行くのかしら?』
「いや、たぶん行かないと思うけど……」
なんか雲行きが怪しくなってきたような気がする……。
『そう、子供だけで行くってわけじゃないでしょうね?』
「ああ、うん、それはないよ。えっと……ここの卒業生の人も行くから。たぶん母さんも知ってると思うんだけど、オレが小学一年の時に会長と副会長をしてた人達だよ」
『えっと……、山崎君と道端さん、だったかしら? その人達は今いるの?』
「えっ、いる……けど、なんで?」
ちらりと先輩達に目を遣ると、山崎先輩は首を思いっきり振って拒絶を示していた。
『電話、かわってもらえる?』
「えっと……、ちょっと待って」
そう言って、通話口を手で押さえた。
「えっと、先輩達のどっちでもいいと思うんですけど、母が電話かわって欲しいって言ってるんですけど……」
オレがそう言うと、山崎先輩は首を振るのを止めて、腕で大きくばってんを作った。
その様子を見た道端先輩は苦笑した。
「いいわ、私が出るわ。今は私の方が上司だし」
「すみません」
謝りながら電話を差し出すと、道端先輩は落ち着いた様子で電話に出た。
「お電話かわりました、道端と申します」
そこからは暫く道端先輩は笑顔を作って、相槌を打ちながら応対していた。
「……ええ、そうですね。ご心配をお掛けしたようで申し訳ありません。緊急連絡先も渡しておきますので、後程ご確認のほどよろしくお願いいたします」
そういった言葉を聞いて、道端先輩も電話対応はある程度できるようだと感心してしまった。
「え? 服ですか? まあ、動きやすければいいかと……」
何を母さんが聞いてるのかは知らないが、道端先輩がオレの方に視線を向けてきた。
「あ~、そうですねぇ。森の中にも入るので、長袖もあった方がいいかもしれませんね。昼夜の寒暖差はそこまで大きなものではないですよ。おそらく詳細を記したものはお渡ししたかと思いますが、そこまで遠いというところではありませんので……。
ああ、そうですよね。海に囲まれてるところなんか滅多に行く機会もないから、不安に思われますよね。ええ、配慮不足で申し訳ありません」
電話越しに先輩を謝らせる母というのが恥ずかしくて仕方がなかった。
オレは母さんの電話が早く終わる事を祈った。
その後も質問攻めにあっているのか、道端先輩が対応してくれた。そして、暫くすると何か気が合ったのか、談笑し始めた。
長く感じたその通話も終わりが見えたようだ。
道端先輩は通話口を押さえ、オレに携帯電話を返してきた。
「はい。ある程度は納得してくれたから。後は、あんたともう少し話したいみたいよ」
「分かりました」
オレはそう言ってから電話を耳に当てた。
「もしもし」
『ああ、葉月。さっき電話かわってくれてた人が緊急連絡先渡してくれるって言ってたから、ちゃんと受け取っといてね』
「分かったよ」
『あとは、最初に言ってた書類ね。それもよろしくね』
「分かってるよ」
『で、母さんある程度、服とか買っておいたから、また帰ってからサイズ確認しておいてね。他にも買い足しておこうと思うから』
「もう買わなくていいよ。さっき長袖とか聞こえたけど、持ってる服で十分だからそれ以上買い足さないで。服ばっかりあっても困るよ」
止めておかないと際限なく買ってきそうで怖い。
『あら、持ってる服って言っても、もうサイズ合わなくなってるのとかもあるでしょう? だったら新しいのも必要でしょう?』
「だからって限度はあるよ。それ以上は買わないで。確認してから必要なのがあれば、自分で買いに行くよ」
『でも、最近は休みの日でも試験受けに行ったりで、忙しそうじゃない』
「うっ、それはそうだけど……。兎に角、必要な物は自分で買いに行くからいいよ。特に緊急の用でもなさそうだから、あとは家に帰ってから話せばいいでしょ? もう切るよ?」
さっさと切らないと言い包められそうだ。
『ああ、ちょっと待って』
「何?」
いい加減切りたくても、切らせてはくれなかった。
『さっきは道端さんだったじゃない。山崎君もいるの?』
「えっと……何か用でもあるの?」
『別にそうじゃないけど、そこにいるんだとしたら、そんなに私と話したくないんだと思って』
きっと母さんは分かっていて態と言ってるんだろう。間に挟まれる方の身にもなって欲しい。
「……色々あって忙しいんだよ。用がないならもう切るよ?」
これ以上粘られたら、通話終了ボタンを押して強制的に電話を切ってしまおうかと思った。
『そうね。また帰ったらゆっくり話しましょうね。必要な物とかも確認して欲しいし』
「分かったよ。じゃあ、切るよ?」
『ええ、また後でね』
そう言って向こうが電話を切ったのを確認してから、やっと通話が終了した。
長く感じられた通話の所為か溜め息が漏れた。
それが聞こえていたようで、道端先輩はクスクスと笑った。
「お疲れのようね」
「うちの母がすみません」
「別にいいわよ。相変わらずね」
「まあ、そうですね……」
きっと母さんはオレが小さい頃から変わってない。
「色々してあげたいんでしょうね」
「だとしても、自分でできる事までしようとされるのはちょっと……」
いつまで何もできない子供扱いなんだろうと思ってしまう。
「親元離れるまでは仕方ないんじゃない? 況してや、あんたは一人っ子でしょう? 母親にとっては、たった一人の我が子だもの。何かあったらと思うと、より心配なんじゃない? 面倒見てもらえる間は見てもらえば?」
簡単に言ってくれるが、親に頼りっぱなしというのはしたくないという思いがある限り、ただ甘え続けるというのは難しい。
「だとしても、オレももう高校生ですよ? 流石にちょっと……」
「まあ、過保護よね。色々聞かれたわよ。顧問が引率しない理由とかも、合宿をする意義、何故その場所なのかとかもね」
道端先輩は笑いながら言うが、オレとしては頭が痛い。
「……すみません、母が迷惑をお掛けして」
「別にまだマシよ。行き場のない怒りをぶつけただけの電話とかよりずっとマシよ」
きっとそういう電話の対応もしてきたんだろう。それでも申し訳なくなってくる。
「母にはもう少し暴走しないよう言っておきます」
「暴走ねぇ。心配なだけでしょ。いつどうなるかも分からないような戦場で、我が子が戦ってると思うと辛いんでしょう。その関係で休めるはずの夏休みも削って訓練する理由が分からなかったんでしょ。
きっと、一緒に過ごしたかったんじゃない? なのに、その時間を奪われるのも悲しかったんじゃない?」
「そう……なんでしょうか?」
オレには母さんの思っている事がよく分かっていない。同性の道端先輩の方が分かるのかもしれない。
「飽く迄も憶測よ。親孝行はできる時にしてあげなさい」
「……はい」
親孝行なんてどうしたらいいのか分からないが、五体満足で生きる事はその最低限なのだろう。
「それより、必要な書類があるみたいじゃない。どうするの?」
「ああ、夏季休暇中に受ける検査の提出用紙ですね。早瀬先生が管理しているはずなんで、昼休憩が終わったら保健室に行ってみます」
「あら、昼休憩中に行かないの?」
「昼休憩中は案外怪我をする生徒とかも多くて、保健室を利用する生徒が多いんです。そんな忙しい時間に行くよりは、時間をずらした方がいいでしょう?」
「それもそうね。じゃあ、昼食べに行く?」
道端先輩はオレにだけではなく、みんなに確認した。
みんなも昼休憩の時間というのは分かっていたのか、昼食を食べに行く準備をした。
生徒会室を出ると、道端先輩に声を掛けられた。
「あんたの母親って記憶力良いのね」
「あ~、先輩達ってオレの両親に会ったのって一回くらいですよね。それでも名前は覚えてるみたいだったんで、記憶力は悪くないと思いますよ」
「電話で話してた時に『あの時の子でしょ?』って言われて、その時の髪形とかも言い当てられたもの。身体的特徴もちゃんと覚えてるのねって思ったわ。ヤマの事も覚えてたし」
「そうですね。会長と副会長をしていた人って言っただけで、お二人の名前をすぐに出してたんで、大体は覚えてるんだと思います」
母さんの場合、一回でも話した事がある人は大体覚えているようで、相手が覚えてなくても普通に話し掛ける事がある。
父さんに至っては声を聞いただけで、その人といつ会ったかまで思い出せるらしく、オレは一生記憶力では勝てないんだろうと思った。
しかも、オレの場合、所々思い出そうにも思い出せない事がある。海馬に異常でもあるのか?
う~ん、今度の検査で脳も検査するはずだし、異常があれば言われるかな?
「親子揃って本当にどういう頭の作りしてるんでしょうね」
半分呆れたような、それでいて感心したような声を出されてしまった。
「親子揃ってですか? 両親は確かに優秀と言えば優秀なんだと思いますよ。でも……」
オレはそうじゃないと言おうとしたが遮られた。
「あんたも十分よ。私には理解できないもの。頭の悪い人間からしたら、あんたも化け物級の頭の良さよ」
「それって褒めてるんですか?」
化け物は決して誉め言葉ではないと思う。
だが、道端先輩は誉め言葉のつもりで言っているようだ。
「あんたが敵じゃなくて本当に良かったわ」
それに関しては周りにいたみんなも頷いた。
「まあ、敵対はしたくないですね」
それは心の底から思う。今は同じ敵を相手にしているが、もしそうでなくて、敵対せざるを得なくなったら、みんなと戦える自信はない。きっと躊躇ってしまう。
だからこそ、そうならない事を祈った。




