訓練開始宣言
職員室から重い気持ちで生徒会室に戻ると、みなが重い空気で黙っていた。
「……訓練についてでも説明されたんですか?」
大方そんなところだろうと思い、会長に尋ねると、会長は頷いた。
まあ、みんな納得はしないだろう。
「あ、あの、副会長……」
オレに話し掛けてきたのは師走田だった。
「ん? どうした?」
「あの、すみません。先ほど、会長から右目の事を伺いました。本人の了承もなく大変申し訳ありません」
律儀だなぁと思いながら、オレは首を振った。
「別に構いはしないよ。と言うより話していなかったか?」
「右目の能力に関しては伺っておりましたが、視力に関しては伺っておりませんでした」
そう言えば話していなかった気がする。
オレは頭の後ろを掻いた。
「話してなかったか。忘れてた。自分の事だし、あんまり支障もないからなぁ」
その様子に全員が疲れたような顔をした。一体なんだ?
「わりとみんなにとっては衝撃的事実だったみたいよ」
会長は少し呆れたように笑っていた。
「はあ。でも、今は生活に支障はないんで特に気にしてませんよ」
オレのその言葉に会長は「葉月ちゃんってそういうところあるよね」と言ってきた。どういうところだ?
頭にははてなが浮かんだが、今はそれどころではない。
「会長、オレについてはどうでもいいんで。それより、耳貸してください」
オレがそういうとオレの口元に耳を寄せてきた。
オレは手で口元を隠しながら、なるべく小声で話し掛けた。
「先ほど職員室で伺ったんですが、近々、山崎先輩と道端先輩が来られるそうです」
オレがそう言って会長の耳元から離れると、会長はオレの目を見ながら口をぽかんと開けていた。
おお、間抜け顔だな。
そんな風に思っていると会長はわなわなと震えだした。
「ええ~‼」
この上ないほど大きな高い声で叫ばれ、オレは慌てて耳を押さえた。
他のメンバーも全員耳が痛むのか、耳を押さえていた。
「え、え、う、嘘よね。嘘だって言って~」
会長はオレの肩を掴み、揺らしてくる。
「嘘じゃないです。本当です」
オレは会長の手を掴み、無理やり引きはがした。
すると会長はその場に崩れ落ちてしまった。
「ど、どうしよう。やばいよ。ああ、どうしよう」
顔を真っ青にしながら会長はそんな言葉を繰り返していた。
「会長、オレ明日から不登校しちゃ駄目ですか?」
オレだって嫌すぎて駄目元で尋ねた。
「ダメダメダメ! 絶対にダメ!」
会長はオレの足元にしがみ付いて駄目を連呼する。
「なら、今すぐ立ち上がって対策考えるしかないでしょう? オレだって嫌なんです」
そう言ってからオレは会長を無理やり立たせる。
泣きそうな顔をしながら会長はう~と唸っている。
ふと周りを見ると完全に置いて行かれている顔をしていた。
そして、オレと目が合った水無月さんが疑問を投げかけてきた。
「一体何があったの?」
「あ~、説明長くなりそうだけど、なるべく搔い摘んで話すから聞いてもらえる?」
オレの言葉に全員が頷いた。
「まあ、訓練に関しては会長が始めるってどうせ言ったんだと思うけど、始めてないと全員が大変になる人物か近々来る事になったんだ」
「一体、誰が来るの?」
話を促すように水無月さんが聞いてくる。
「オレがここに入学したて、つまりオレが小学一年の頃に生徒会長と副会長をされていた先輩二人が来られる事になった」
「そのお二方が来るのってそんなに問題なの?」
みんなあの人達の事を知らないから首を傾げている。
「まあ、あの二人は今政府派の軍に所属している人達なんだけど、学生の時から軍人気質の強い人達だったからね」
思い出すだけで胃が痛くなりそうだった。
「因みに聞くけど、オレ達のこの代って、先生たちからなんて言われてるか知ってる?」
全員がお互いに顔を見あってから首を振っている。オレはその様子に溜め息を吐いた。
「『最弱の世代』そう言われているんだ」
「な……!」
それにキレそうになった霜月君を睨み付け、大人しくさせる。
「それに対して、今度来られる人達が在籍していた時は『最強の世代』って言われていたよ。本当に圧倒的に強くてね。敵の数だって今の何十倍、何百倍というのを相手にしていたけど倒していっていたよ」
その言葉にみんな口を引き結ぶ。
「オレは小学一年から生徒会に入って、その人達を筆頭にかなりしごかれた。会長が入学した時からあの人が会長されてましたよね?」
確かめるように尋ねると会長は頷き、補足説明をしだした。
「当時会長を務めていた山崎先輩は高校一年から三年の間会長をされていたし、道端先輩は同じ期間副会長をされていたわ。その後は高校三年生になった人が引き継ぐって感じで二人の先輩が引き継いでいったわ。でも、先輩達が卒業してからはずっと私が会長で、葉月ちゃんが副会長をしてるから……もう私達は七年目かな?」
「そうですね、そのくらいですね。オレは小四から今までずっと副会長ですし、その間は会長と二人しか生徒会メンバーいませんでしかたからね」
そう言うと色々思い出したのか、会長の顔が曇っていった。
「うん。大変だったよね。二人で授業も出ず、戦闘とデスクワークに明け暮れる毎日」
「ええ。夜九時くらいまで学校に残って、朝六時くらいには登校してましたもん」
「私は流石にそんなに早く登校できなかったけど……。忙しい時期は十時くらいまで残った事もあったよね」
思い出すだけでも疲れる。それは会長も一緒だったようで疲れたような顔をしている。
「約五年は二人だけで生徒会の活動してましたからね。それまでは自分を入れて最大で十一人で仕事をしていましたからそんなに負担はありませんでしたが……」
「山崎先輩たちが卒業してからは人が減る一方だったもんね。しかも先輩達のほとんどが仕事出来る人だったから抜けてからがどんどん大変になって……」
「ええ。メンバーがオレと会長だけになった最初の年は地獄でしたよ。仕事は終わらないし、戦闘はあるし。何度死ぬかと思った事か」
「でも、先輩達がいた頃は今より戦闘は熾烈を極めてたもんね」
そう。会長の言う通り、当時の方が酷かった。
「当時は本当に今より敵の数も多かったですからね。それでも、問題なく一般生徒が過ごせていたのは先輩方の実力があったからですよね」
「うん。だって、私が会長になってからは、ね……」
会長が珍しく沈んだ顔をしている。
「でも、オレだけが前線で戦っていましたけど、会長が強力な結界張って学園を守っていたから後ろは気にせず前線に出られたんですよ」
「葉月ちゃん……」
「結界と魔力量に関してはこの学園では右に出る者はいないじゃないですか」
オレがそういうと黙って話を聞いていたメンバーが驚いた声を出した。
「何? みんな知らないの? 校舎の物理と魔法の両方の攻撃を防ぐ結界を張ってるのは会長だよ? それに魔力量だってオレより多いんだよ」
それを言うとみんな会長に視線を向ける。会長は少し照れたような顔をしていた。
「か、会長って実は凄い人なんですね……」
意外といった声で佐々山君が言う。
「実はというより凄い人なんだよ。オレじゃこんな長期間、あんな結界を張り続ける事はできない。それに一番得意な魔法は結界じゃなく支援系の魔法だ。最も得意が結界というならまだしも、そうでもないのにあんな結界が張れるんだ。
結界を張り続けるにも魔力はいるし、結界を維持しながらも他の魔法だって使える。魔法の並列行使は魔力も体力もかなり消耗するけど、それを平然とやってのけるんだ。凄くないわけないだろう?」
まあ、デスクワークをせず、すぐにあっちこっちにふらふらと遊びに行っているからプラマイゼロになりそうだけど。
「え~。葉月ちゃんが私の事、褒めてくれるなんて珍し~」
「別に褒めたんじゃなく、事実を言っただけです」
褒めたなんて言ったら絶対に調子に乗るから冷たく突き放した。
「えへへ。それでも嬉しいな」
締まりのない顔で会長はへにゃへにゃと笑っている。
それを打破するように神在さんが咳払いをした。
「会長のお話は結構です。話を戻していただけませんか?」
「ああ、ごめん。どこまで話したかな。まあ、今度来られる山崎先輩と道端先輩に関してはここの卒業生で、えげつないくらい強い人っていうのは分かったかな?」
「ええ。それは分かりましたが……その方々が来られるのが問題なのですか?」
知らない人はただ単に卒業生が来るのに問題があるとは思はないだろう。
「うん。何が問題かって今の代が『最弱』って言われているのが一番問題なんだけど、その所為で来られるんだ。つまりオレ達全員を鍛えに来るって事」
「えっと……」
「まあ、オレが受けていた訓練を攻撃担当の人達は受けさせられると思うから覚悟しておいてって事。まあ、今からでも訓練しとかないと行き成りその訓練受けると倒れる人も出ると思うから明日から訓練は始めようと思う」
まあ、そうしてないとオレも会長も張り倒されるだろうし……。
「でも、訓練って何をするの? それにデスクワークの方はどうするの?」
疑問をぶつけてくるのは水無月さんだった。
「デスクワークの方は取りあえず、オレと会長がメインでどうにかするよ。これからの時期忙しくなっていくけど仕方ない」
「えっ、どうして忙しくなるの?」
水無月さんは今年から入ったばかりだからあまり知らないようだ。
「大体の人が入部も終わったから部活の他校交流や試合、場合によっては合宿や休日の学園使用もある。その辺りも申請をしていないといけないから処理する書類は増えるし、申請が通っていない活動をしていたら取り締まらないといけない。それがこれから増えてくるんだ。でも、中間テスト明けの方が増えるかな。二学期の頭に体育祭があるから体育祭実行委員からの提出書類とかその他諸々が増えるし、体育祭準備で遅くまで残る生徒が増えると生徒会メンバーは誰かが基本残って見張らないといけない事になってるから大変なんだよ」
この学校の体育祭は初等部から高等部までの合同で演目が多いのもあって、五日間も行われる。そんな大規模な行事を控えていたら暇なわけがない。
「毎年、居残り大変だったよね。追加で持ってこられる書類の山も、もう見たくないって毎年思うもん」
会長はそう言うが、ここ五年間ほとんど処理したのはオレだ。
「まあ、でも今までもしてきた事だからどうにかするよ。それよりは訓練かな。流石に先輩達がしてきた軍隊みたいな訓練はちょっとね……」
思い出してからオレは目が泳いだ。
「一体どんな訓練を受けてたの?」
「……まあ、体力作りに走り込みとか、攻撃速度を上げる訓練とか、その他諸々」
「具体的には?」
水無月さんは説明を求めてくるが、オレは頭を抱えてどう説明したものかと悩む。
「根本的にスタート地点が違うんだよ」
「スタート地点?」
きっとみんな分からないだろう。
「オレはここに入学したての頃は体がそんなに強くなかったんだよ。だから体力作りからではあったよ」
「お体、弱かったんですか?」
心配するような声で神在さんが聞いてくる。
「うん。魔力が多くてね。その所為でよく体調崩してたんだよ。だから幼稚園には通った事はないよ。でも、生徒会に入ったらそんなの許されるわけがなかったんだ。だから、走り込みもグラウンドをいいというまで走らされて、途中で倒れたら水をぶっかけられたなぁ」
もうオレは遠い眼差ししかできなかった。
「食事もそんな量食えるかってくらい用意されたし」
「ああ、『吐くまで食え』だっけ?」
「違います。『吐いてでも食え』です」
会長が過去を思い出して話し掛けてくるが、オレは訂正する。
本当にもう無理って思っても食えって食わされた。
「葉月ちゃん、訓練開始から一週間くらいで高熱出して休んだもんね」
「ええ、三日くらい休みましたよ」
あの時は本当に辛かった。
「元々体力無いのに、行き成りこんなの訓練というか、なんというかといった感じでしたからね。すぐにダウンしましたよ」
「よくそれでこの学校辞めなかったわね」
呆れたような声で水無月さんが言ってくる。
「まあ、意地になってた感じだよ」
オレは苦笑いをした。
「まあ、限界超えてまでの訓練をオレは行き成りさせるつもりはないけど、体力作りや攻撃の強化はしないといけないからどのくらいできるか見極めてから訓練内容は決めようと思う」
「ほう。一年前から在籍している人間もいるのに、まだ見極めも終わっていないのか」
オレが方針として述べた途端、後ろから男性の声が響いた。
バッと後ろを振り返ると長髪を首のあたりで縛り、丸い眼鏡をかけた狐目の男性が立っていた。生徒会顧問の内海先生だ。
「う、内海先生……」
オレが名前を呟くと同時に頭を鷲掴みにされた。
この人はかなり握力が強く、掴まれたら簡単に抜け出せない。
少しでも抵抗しようと腕を掴むがびくともしなかった。
「お前達はずいぶんとぬるま湯につかって過ごしているようだな。そんなんでこれからどうする気だ?」
「先生、葉月ちゃんを放してください!」
会長が先生の腕にしがみ付き、そう言った。
先生はその細い目からでも分かる程に冷たい目をし、オレを放した。
「言っておくが、如月お前だって問題があるんだ。本来訓練も仕事も何もかもお前が責任を持たないといけない。それを西雲に押し付けてるのはお前だ。分かるか?」
会長の顔を覗き込み、そう言ってくる先生は蛇を彷彿させた。
会長は押し黙り、俯いていた。
その様子に先生は鼻を鳴らし、今度はオレを見据えてきた。
「西雲、お前は戦闘では司令塔を担っているだろう。だったら個々の弱点ももう見極めているはずだ。悠長な事をするな」
オレにそう言ったかと思うと今度は水無月さんを捕らえた。
「水無月、年齢で言うと次の会長はお前か西雲だ。入ったばかりという言い訳は通用しない。それを自覚しているか? 指示を受けないと動けないのは無意味だ。それはここにいる全員だ。言われてから動くな。それができないのなら辞めてしまえ。生徒会もこの学校も」
その言葉に誰も反論する事はできなかった。
暫く沈黙が流れたが、先生は目を三日月形に模り、口角を上げ、笑顔を作った。
「まあ、先生からのお小言はここまでだ。各自で頑張るように」
それだけを言うと先生は生徒会室から出て行った。
みんな緊張の糸が解けたように脱力した。
「はあ~。久しぶりに見たよ、内海先生。相変わらずすぎて、私嫌い」
先生が出て行った扉に向かって会長はべーと舌を出した。
「まあ、鬼畜眼鏡って言われてますからね。あっ、因みにオレの前の代の副会長は内海先輩と言って、あの先生の親戚だから」
「マジかよ」
心底嫌そうな顔で霜月君が呟く。
「先生は鬼畜眼鏡って言われてて、先輩はドS眼鏡って言われてたなぁ。まあ、先輩に関しては知略的な戦略を練るのが基本好きで、今は官僚をされていたんだったかな」
オレの言う情報にみんな嫌そうな顔をした。
「しかし、先生はいつ入ってこられたんですか?」
自分は気付かなかったと長月君が言う。
「知らん。あの人はいつも神出鬼没でどこから現れるかも分からん。なんせ、教師になる前は諜報員をしていたって噂だからな」
「えっ、諜報員って……」
「まあ、所謂スパイだね。まあ、飽く迄も噂だけど、先生の能力はどんな場所にいても遠くの音も聞く事ができるってものだからね」
きっと今言っている事も、鬼畜眼鏡って言った事も聞こえてはいるだろう。
だが、知らなかった人が大半なようでげんなりしている。
「まあ、ああは言われたけど、実際個々の体力や魔力の限界値を把握をしているわけじゃないから、明日から訓練を行うからそのつもりで。今日は兎に角なるべく書類仕事を片付けてしまって」
オレのその言葉にみんなが仕事を取り掛かった。
まあ、明日と言ったが朝から訓練という頭はみんな無いだろうから放課後だろうなと思いながらオレも手を動かした。