表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/256

長い一日の終わり

 訓練内容の話し合いをしていたら、空に紫交じりの夕焼けが広がっていた。

「ああ、もう日が暮れてきたね。今日は帰ろうか」

 オレの言葉にみんな頷いた。

「会長、提出書類は終わりましたか?」

「バッチリよ! あとは提出するだけだから、帰りに職員室に寄るわ。もし、先生がいなかったら明日の朝にでも提出するわ」

「そうですか。なら、提出してきましょうか?」

「大丈夫。少し、お話したい事もあるから」

 にっこりと笑う会長は少しの拒絶を見せた。

「そう、ですか。用事が終わるまで待っていましょうか?」

「今日は大丈夫。迎えが来るから」

 会長がそう言うと、開いていた窓から風が入り込み、カーテンがふわりと広がって、一瞬会長を隠した。

 その光景がぞっとして、脈が一瞬飛んだ感覚がした後、早鐘を打つように脈打った。

 名前を呼ぼうにも、喉がつっかえて声が出せなかった。


「生徒会室も私が施錠しておくから、みんな先に帰っても大丈夫よ。さようなら」

 会長は何事もなかったように微笑んだ。

 みんなもいつものように帰ろうとしたが、オレは会長の手を掴んだ。

「……本当に、大丈夫ですか?」

 少し掠れた声でそう言うと、会長は目を丸くした。

 何かを言いかけた会長はすぐに唇を引き結び、微笑んだ。

「大丈夫よ。また、明日。ね?」

「……は、い」

 途切れながらの返事は自分が納得していない事がよく分かった。

 きっと大丈夫なんかじゃない。でも、心の奥底では自分にはどうしようもないと警告している。

 これ以上ここに留まっても、この人の迷惑になる。そう思いながらも足が鉛のように重かった。

 そんなオレをみんなは不思議そうな顔で見ている。

 何故、みんなはこんなに分かりやすい嘘を見抜けないのだろう?

 分かっているのに、放って置かなければいけない事の苦しさが、みんなには分からないのだろうか?

 ただ、じっと会長を見ていると、会長は「ごめんね」と音を出さず、口を動かした。

「今、オレにできる事はないんですね……」

「うん。そうよ。だから、先に帰ってね」


『拒絶』


 みんなにはそう感じなかったかもしれない。でも、オレにとってはそう感じた。

 オレは唇を噛み、会長に背を向けた。

「……では、お先に失礼致します」

 そう言ってから生徒会室を後にした。

 山崎先輩も道端先輩もすぐに生徒会室を追い出されたのだろう。行く当てもないのか、オレ達の後をついてきた。


 校舎から出ると、ずっと聞くのを我慢していた様子の水無月さんが話し掛けてきた。

「何か、あったの?」

 何かあったというのは確信していたんだろう。でも、他の聞き方が浮かばなかったようだ。

「少し、会長の様子が違ったから……」

 心配と言えば心配なんだろう。

 ただ、心の奥で『また、オレは何もできないんだ』と自分を責めていた。

 結局、自分の為なんだろう。自己満足の為に動こうとしているだけ。それではいけない事は分かっている。分かっているけど……。


「西雲君?」

 足を止めたオレに水無月さんが気遣うように声を掛けてきた。

「ごめん。生徒会室に戻るよ」

 そう言って振り返ると、腕を掴まれた。

「先に帰るように言われたんだから、帰ったらいいじゃない。西雲君が何かしてあげる必要なんてないじゃない」

 水無月さんの言わんとせん事は分かった。でも、オレはそれじゃ自分が納得できなかった。

「ごめん」

 そう言って、オレは水無月さんの手を振りほどいて生徒会室に戻った。


 生徒会室はすでに施錠されていた。

 すぐさま探査魔法を使って、会長を探した。

 どうやら職員室にいるようだ。オレはすぐに職員室に向かった。

 でも、職員室に入る事はできなかった。

 自分の中で『何をしている。あの人に迷惑を掛ける気か?』と言っている自分がいた。その所為で、職員室の扉を開ける事ができなかった。

「何、してるんだろう……」

 自分の呟きはシンとした廊下に消えていった。

 帰る事も、職員室に入る事もできず、ただ会長が出てくるのを待つ事しかできなかった。


 どのくらい経っただろう。自分の腕時計の秒針だけがいやに響く時間は無限にも感じられた。

「失礼しました」

 会長のその声が聞こえ、弾かれたように顔を上げると、会長と目が合った。

 会長は驚いた表情を浮かべてから、オレの元に駆け寄ってきた。

 でも、いつもより距離の空いたところで会長は立ち止った。

「……先に帰って、って言わなかった?」

 その声は幼子を叱る大人のような声だった。

「すみません……」

 必死に絞り出した言葉はそんなものだった。

「どうして、ここに来たの?」

 静かに響く声に眩暈がした。

「すみません」

 違う。謝るんじゃなく、理由を言わないといけないのに……。

「……私はもう迎えが来ているから、帰るわ」

 会長はそう言うと背を向けた。

「……会長、オレ、オレは……貴女の力にはなれませんか?」

 何も整理されていない言葉。それは自分を見捨てないでと言っているように聞こえた。

 そんな言葉、言うつもりはなかったのに……。

 会長はただ足を止めるだけで、振り返ってくれなかった。

「大丈夫よ。ちゃんと力になってくれてるから」

 静かに響く会長の声はあまりに感情が籠っていなかった。

「っ……。大丈夫、なんかじゃ、ないですよね?」

「大丈夫よ」

 その返答は機械的だった。

「嘘を、吐かないで、ください」

 途切れ途切れにそう言うと、会長はやっとオレの方に振り向いた。

 会長はいつものような笑みは浮かべておらず、少し悲しそうな、大人びた表情をしていた。

「嘘は、必要になる時もあるのよ。葉月ちゃんだって、大丈夫でなくても大丈夫って言うでしょ? それと一緒よ」

「でも……。オレは、そんなに頼りないですか?」

 こんな事を言う奴を頼りにするわけがない。そう思っているのに、言葉は口から零れてしまった。

「私は、一人でしなければいけない事もあるの。だから、葉月ちゃんは気にしないで」

 ほんの少しの拒絶。頼りにしていないとは言わないのは、せめてもの情けなのだろうか。

「どうして、頼ってくれないんですか?」

 聞き分けのない子供のような自分に嫌気が差す。

 それでも会長は去らずに、そこにいてくれた。

「今は自分でしなければいけない事なの。だから、もう少し、待ってて」

 会長は悲しげな顔をして、少し目を伏せた。

「どうして、辛い時に頼ってくれないんですか?」

 悲しい表情をするのは大抵辛い時だ。

「ごめんなさい。今は、ダメなの。今日は……これからお祖父様に会うの」

「あっ……」

 思わず声が漏れた。

 会長は普段からお祖父さんに会っているわけではない。電話とかで話はできるが、必要な時しか会わない。

 その必要な時というのは如月絡みだ。社交界だったり、如月の家の方針決めだったり、色々とあるが、そう頻繁に会うわけではない。

 それでも今日会うという事は、今日何かあって、すぐに会わなければならないという事だ。

 きっと定例会議の件ではない。きっと生徒会に関してだ。

 それに気付いた事を会長は分かったんだろう。

 いつもの微笑を浮かべた。

「じゃあ、また明日ね」

「また、明日……」

 ぎこちなく返すと、会長は去って行った。

 取り残されたオレはとぼとぼと歩き始めた。


 校舎を再び出ると、そこには水無月さん達がいた。

「酷い顔してるわよ」

「そう……」

 それだけを言うと、オレは唇を嚙み締めた。

「帰るわよ」

 何かを察したのか、水無月さんはそう言った。オレはそれに頷いた。

「……ごめん。待っていてくれたのに」

 歩きだして暫くした時に、そう言うと溜め息が返ってきた。

「西雲君が出てくる少し前に会長が出てきたわ。私達の方をちらっと見ると、申し訳なさそうに微笑んでいたわ。その後は何も言わずに、すぐに迎えの車に乗っていったわよ」

「そう、なんだ……」

「だから、西雲君と何かあったんだろうと思っていたけど、ひっどい顔して出てくるんだもの。家に着くまでにはどうにかした方がいいんじゃない?」

「うん……」

 どうにかと言われても、どうにもならない気しかしなかった。

「……私達には言えない?」

 それは相談してと言われているような気がした。

「オレが、不甲斐ないだけだよ」

 結局何もできやしないのに、あの人の力になりたいなんて思っている自分がただ傲慢なだけだ。

 ただ現実を見ただけだ。結局オレは何もできない。ただ、それだけだ。

「……会長とどういう話をしたのか、私達には分からない。でも、西雲君が自分を不甲斐ないなんて思う必要なんかないわよ。そんなの、西雲君が不甲斐ないんなら、私達なんてもっとよ。何も、出来ていないんだもの」

「……ごめん」

「謝らないでよ。謝るくらいなら顔上げて、堂々としてて。下なんか向かないで」

「うん……」

 そう返事をしたところですぐには変われやしない。でも、みんなに心配を掛けたりするわけにもいかないから、平然を装う。

 それはきっと会長が吐いたのと同じ『必要な嘘』なんだろう。

 平然を装うと、みんなはそれぞれの家へと帰っていった。

 それを見送ってから、オレも自分の家へと帰った。


「ただいま」

 そう言って家に上がると、母さんがオレの顔を見てから眉を寄せた。

「何かあった?」

 どうやら母さんには隠せていないらしい。

「ちょっと、ね」

 無理に笑顔を作って言うと、母さんは「そう……」と言って、それ以上触れてはこなかった。

 それは有り難い気もしたが、少し気まずかった。

 そんな自分を誤魔化そうと、別の話題を持ち掛けた。

「今日決まった事なんだけど、生徒会のメンバーで夏に訓練合宿する事になったんだ」

「あら、どこに行くの?」

「如月の私有地だよ」

 そう言って会長が書いてくれた詳細の紙を母さんに渡した。

「バカンスだったら優雅な夏休みになりそうな所ねぇ。でも、訓練ってどうするの?」

「周囲に何もないから魔法の強化訓練とかもしようと思ってるんだ。まだ、全員が全員、戦い慣れてないし、少しでも実戦形式取れたらって。あと、体力強化もするつもり。海もあるから泳いで、全身運動したら全身鍛えられるかなって」

 母さんは眉を顰めた。

「葉月、水着なんて持ってないでしょう? それに泳いだ事もないんじゃない?」

「ああ、うん。だから今度、生徒会のメンバーで水着は買いに行く事になったよ。泳ぎはそれから覚える事になるかな」

「えぇ~。それだったら母さんが買ってきてあげるのにぃ~」

 母さんは口を尖らせて、不満を顕わにした。

「そう言われても決まった事なんだよ」

「じゃあ、他に必要なのは母さんが揃えてあげるわ。訓練って事は動きやすい服がいいわよね。新しいの買わなきゃ」

 母さんは一変して楽しそうだ。

「いいよ。今持ってるので」

「駄目よ。だって、今のメンバーって良い所のお子さん達でしょう? 一人だけ見っともない恰好なんてさせられないわ」

「それはそうかもしれないけど……」

 母さんに任せると、異常な程に買ってきたり、高いのを買ってきそうな気がする。

「大丈夫。葉月に似合うの買ってくるから。他にも大きめのバッグも必要ね。海って事はきっと乗り物に乗っていくわよね。じゃあ、酔い止めもいるでしょ。水もでしょ。あっ、携帯食とかもあった方がいいわね。それと……」

 次々と買う物を挙げていく母さんにギョッとした。

「ちょっ、母さん。そんなに要らないって。それに必要なのは自分で買いに行くからいいよ」

「嫌よ。母さんの楽しみ取らないで」

 母さんを止めると、母さんはぷくっと頬を膨らませた。

「まったく……。そんなにオレの物を買うの楽しいの?」

「勿論!」

 そう言って母さんはウキウキしていた。

 そんな母さんを目の前にしたら、もう一つを言い出し難かった。

 カバンの中に入っている書類に目を遣ると、母さんは目敏く気付いた。

「何? まだ何かあるの?」

「あっ、うん……」

 そう言って、検査を受けるよう書かれた紙を母さんに渡すと、母さんは眉間に皺を寄せた。

 母さんが何か言おうとしたが、オレは遮るように説明を始めた。

「えっと、体調とかは問題ないんだけど、長い間検査も受けてないし、一回検査を受けておいた方がいいって学校側から言われたんだ。その、理由なしでは受けにくいし、引っかかったって程じゃないけど、それを理由にした方が受けやすいかなぁって……」

 口早に言うと、母さんは「ふ~ん」と言ってから、書類に目を落とした。

「去年の血液検査って何が引っ掛かってたの?」

「白血球数だよ。でも、あの時風邪引いてたから……」

「ああ、その時に検査受けたんだっけ。でも、学校で再検査させられてなかった?」

「うん。後日呼び出されて、血液検査だけはやり直しさせられたよ。その時には正常値に戻ってたから大丈夫だと思う。今年も問題なかったし」

「そうよね。でも、体重は軽いから心配なのは確かだし、一回先生に相談しておいた方がいいかもしれないわね。ちゃんと食べさせてるつもりなのに……」

 母さんはいつもちゃんとした食事を作ってくれているのに、オレが忙しくて食べてない時もあるから、オレ自身の所為のところもあってかなり申し訳ない。

「ごめん」

「いいのよ。でも、一回の食事量増やした方がいいのか、何か間に食べられる物を持たせた方がいいのかは先生に相談しましょう」

「うん……。えっと、病院に日程確認したら八月下旬って言われたんだ。母さんの予定とかもあるだろうから、また再度連絡するって伝えてるんだけど……」

「葉月はその辺りは予定とか大丈夫なの?」

 たぶん試験とかの事を言っているんだろう。

「その時期は大丈夫。だから、母さん次第なんだ」

「そう。母さんもいつでも大丈夫よ。じゃあ明日、母さんが病院に連絡しておくわね。日にちが決まったら学校に連絡しようか?」

「ありがとう。日程は帰ってから聞くよ。だから態々連絡してこなくて大丈夫だよ」

 連絡なんて来たら、先生達が可哀想だ。

「そう。まあ、帰ってからゆっくり話せばいいものね。明日もちゃんと早めに帰ってくるのよ?」

「うん。分かったよ」

 そう返事をすると、母さんはオレの頭を撫でてから「入院の準備もしなきゃ」と張り切っていた。

 母さんはいつもながら、オレの事になると張り切りだす。

 だからと言って、全部が全部任せていると、母さんは加減というものを知らないのか、大変な事になる。

 ある程度暴走しないように止めないと……。

 そんな事を思いながらオレは心の中で溜め息を吐いた。

話の中でなかなか一日が終わらなかったですね……。

一体何話分だって言いたいくらいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ