会長に関して 1
「……会長は、それでも私達の事は信用しないのでしょう?」
水無月さんの言葉にみんな影を落とした。
「会長はね。まあ、元々あんまり人の事を好んでいないようなところがあるからなぁ」
オレの言葉に意外だという顔をみんなが向けてきた。
「気付いてたの?」
「……たぶん、みんなが思っているよりオレは会長の性格を把握してるよ?」
「それは絶対に嘘よ」
きっぱり否定してくる水無月さんに衝撃を受けた。
「なんで嘘って言われてるのかがよく分からないんだけど」
「じゃあ、会長はどういう人だと思うの?」
「一言で言うなら残念な美人だと思ってるけど」
その言葉に水無月さんは頭を押さえた。
「もう少し言い方がありそうな気がするけど……」
「根本的にあの人の笑い方は小浜先輩の笑い方を真似て失敗してるだけなんだよ。それを知ってるし、根本的にあの人は『朗らか』とか『慈愛』とかが似合わない人だと思ってるよ」
「……なんで会長はその小浜先輩の真似をしてるの?」
「多分、小浜先輩が誰からも愛される人だったからじゃない? オレだって知らないよ。
いつくらいだろう……。最初の頃はあそこまで真似てなかったんだけどなぁ」
思い出そうにも思い出せない。
思い出されるのは、会長が小浜先輩の事を少し羨ましそうな顔で見ていた、そんな横顔だ。
「あの歪な振る舞いは小浜の真似事って事?」
道端先輩が眉間に皺を寄せ、少し不快さを滲ませた。
「……会長って基本人間の事が嫌いでしょう? 小浜先輩に対してもそうだったんだろうなぁって思います。でも、誰からも愛される小浜先輩が少し羨ましかったんでしょうね。
感情を隠す事なく、よく微笑んで、朗らかで、慈愛に満ちた人でしたからね。ああ、なりたかったのかもしれませんね」
「あの子でも人を羨ましがる事なんてあるのね」
意外だといったように言う道端先輩に、オレは苦笑した。
「会長は結構色んな人を羨ましがってますよ。自由も、子供らしさも、立場も、色んなものが自分と違うものを羨ましがって、嫌ってますからね」
「そんな風には見えないわ」
「見せていないだけですよ。でも、視線の向け方、言葉の端々に出る感情。そういったものが物語ってますよ。長い間、側に居れば分かりますよ。
オレも結構羨ましがりだから余計に分かるのかもしれませんけどね」
「どこが羨ましがりよ。何でもできるじゃない」
水無月さんは厭味かといったようにそう言ってくるが、本当にオレはみんなが羨ましい。
「そんな事ないよ。できない事や苦手な事なんて挙げればいくらでもある。魔力の扱い方だってみんなの方が覚えるのは早いよ。オレは年単位掛かってやっと扱えるようになったのに。
いいなぁ、羨ましいなぁって思っていたのは、先輩達に対してもだった。自分もああだったら、もっとこうだったらっていくらでも考えた。考えてもなれるわけないのにね」
分かっている事だ。ああなりたい、こうなりたいは思っていてもなれない。
「欲張りね」
水無月さんのその言葉に静かに頷いた。
「私だって西雲君が羨ましいわ。学年首席、魔法だって周囲から見たら完璧に扱えていて、副会長と言われ、それに恥じないような実力の持ち主。
変に真面目過ぎて、不器用で、だから周りが心配して、それさえも振り切って戦おうとしてるんだもの。私はそんな我武者羅にはなれない。なりたくてもなれないもの」
そんな風に羨ましいと思われているなんて思ってもみなかった。
「そっかぁ……」
「納得されているようですが、別に副会長の事を羨ましがっているのは水無月先輩だけではありませんよ」
長月君が呆れたようにそう言った。
「え?」
「自分だって羨ましいです。知識も武力も絶対と言っていい程勝てません。ハンデがあってもそれを感じさせない。努力をしていてもそれを表に出さず、それを当たり前のように振舞っている。自分には到底できやしません。自分のできない事は羨ましいんです」
そう告げる長月君に、ああ、そうかと納得した。
「自分の持っていないものやできない事は羨ましいんだね。オレや会長だけじゃないんだね……」
「そりゃ、そうでしょう。逆に羨ましいと思わない人間がいるんなら見せて欲しいくらいだわ」
水無月さんは当たり前の事を言わせるなといった顔をした。
「でも、水無月さんは欲張りって思うんでしょう?」
さっき言われた言葉を言うと、水無月さんは呆れた様な声を出した。
「人間は欲深いものよ。欲張りだとしても、それが悪いとは言ってないわ。それに欲張りなくらいがちょうどいいんじゃない?」
「そうかもね」
「……会長は欲張りすぎるんじゃないかと思っていたけど、自分の持っていないものに憧れていただけなのかもしれないわね」
「うん。そうだね」
あの人はあまり直接そういった事を言葉にしない。でも、自分の手にできないものはきっと多いんだろう。
だからこそ、羨ましいんだろう。
「ねぇ、西雲君。一つ聞いてもいいかしら?」
改まって尋ねる水無月さんは真剣な目をしていた。
「何?」
そう尋ねると、水無月さんは静かに口を開いた。
「この戦いは何の為の戦いなのかしら? もし如月の為なのだとしたら、私は協力できないわ。水無月家は別に如月の傘下でもなければ、協力関係もないもの」
それはきっと他の家もだろう。でも、これは如月の為の戦いじゃない。
「これは『守る為の戦い』だよ」
「守る? 何を?」
明確に守る対象を言わなかったから、水無月さんは眉間に皺を寄せ、聞いてきた。
他の人も何を守るのか分からなかったようだ。
「これは『守る』為の戦い。今日の話で分かっただろうけど、『敵』は反政府派だけじゃない。敵は多くを奪っていく。それを奪われない為の、自分の、それぞれの大切なものを守る為の戦いだよ」
一般人は戦う力を持たないのに生活も命さえも奪われる事だってあった。
家柄のある人達だって、財産を取り上げられるような事だってあった。
これは、これ以上奪われないようにする為の戦いだ。
「奪われない為、ね。そうね。私だって奪われたくないわ。それなら、戦うには十分すぎる理由ね」
「だからこそ、以前のように敵の頭となっているものだけを捕らえればいいわけじゃない。全ての不正も暴いて、根本から変えなければいけない。でも、それはオレだけじゃできないんだよ」
だからこそ、会長はみんなを集めたんだ。
「私の家は確かに国との繋がりはある。『知識の番人』とも言われ、書籍をはじめとする全ての知識を保管、管理、そういったものを任されている家。だからこそ、誤っているのなら正さなければならない。
本来、隠蔽だって許されない。闇に葬られた歴史なんてあってはならない。そういったものを無くすのが水無月の役割だもの。隠そうとするのならそれを暴くのが役目だわ。
そうすべき時なのでしょうね。それならば私は動く事ができるわ」
それを聞いていた睦月野さんが決意の籠った目で話し掛けてきた。
「睦月野はこの世の情報を管理し、取り扱う者です。明らかに捻じ曲げられた情報、隠蔽された情報を暴くのは睦月野の得意分野ですよ。水無月だけでは厳しいようなら、私は手を貸します」
「それは心強いわね」
水無月さんは睦月野さんにふっと微笑んだ。
「……先生方も色々と調べてはくれてるんだけどね。なかなか十分な証拠が集まらないんだよ」
そう呟くと、道端先輩が軽く溜め息を吐いた。
「あんた、さっきの会議で少し話してたけど、法に触れかねないような物作って、本当に大丈夫なの?」
「何? また危ない物作ったの?」
水無月さんが呆れた表情を浮かべた。
「別に危ないってわけじゃないよ。使う人がどう使うかによるだろうけど。オレは内海先生に頼まれた物を作っただけだよ」
「内海先生って時点で問題ありそうだけどね」
水無月さんをはじめ、他のメンバーも内海先生はあまり信用ならないようだ。
「まあ、あの人も探ろうとしている事がかなり危ない事だから、全く問題ないとは言えないね。
だとしても、誰かが動かないと、こっちもどうしようもないし、危ない事をしていても、後手後手に回ってしまっているんだ。本当にどうにかしないと……」
どう動いたものかと考えだそうとしたら、睦月野さんに話し掛けられた。
「副会長、その作った物ってどういった物なんですか?」
「ああ、サーバーとかに入り込んで、情報を見るってだけだよ。そりゃ、保存もできるようにはしてるけど、改ざんとかはできないよ」
睦月野さんは手を口元に当て、何か思案している様子だった。
「……それって見せてもらう事は可能ですか?」
「使った時に一部壊されてるけど?」
「それでも構いません」
そこまで言われて見せないわけにもいかず、オレはさっき内海先生から返してもらった機械を睦月野さんに渡した。
睦月野さんはそれを受け取ると、自分のパソコンに繋ぎだした。
「それ、壊れてても情報は読み取れるから、あんまりパソコンとかに繋がない方がいいと思うよ」
「大丈夫です。解析する為のもので、重要なデータは入っていませんので」
普段使っているのと同じように見えるが、どうやら魔法で分けているらしい。
繋いだ途端に解析が始まっていき、先生が手に入れた情報までもが画面に映し出された。
別に絶対秘匿にしておかないといけない情報ってわけじゃなかったけど、睦月野さんに渡す情報はしっかり吟味してからじゃないと怖いな……。
少しばかり後輩の事をなめていた自分を叱りたくなった。
「……よくこれだけの情報を抜き出せる物を作りましたね。もうプロの領域ですよ」
睦月野さんが感嘆の声を漏らすが、オレとしては力不足が否めない。
「だとしても、欲しい情報を全て手に入れられたわけじゃない。それにこれも壊されてしまっているからね」
「そうですね。一部情報読み取り機能が壊されてますね。それでも情報自体には触れているんですね。情報自体を読み取っていれば、復元したら見れなくはないでしょうけど、復元も難しそうですね……」
「難しいって事は不可能ではないって事?」
解析はしたが、復元はオレにはできそうになかった。
だが、睦月野さんは口角を上げた。
「難しいですが、出来なくはないです。ただ、かなりお時間はいただいてしまうと思います。それにここにある物だけでは復元できないので、家に持ち帰るか、道具を持ってこないといけません」
「流石に持ち帰るのは許可できないな……。機器類搬入となるのなら学校側からの許可がいるから、オレの一存では決められないよ」
その答えに睦月野さんはきゅっと眉を寄せた。
「本気で情報が欲しいのなら、もう少し融通を利かせて欲しいです」
口を尖らせる睦月野さんに苦笑が漏れた。
「どうしても学校側としても情報を漏らしたくはないんだよ。そうなれば、学校もそう簡単に全てを許せるわけがないんだ」
「それは分かりますけど……」
不機嫌を顕わにする睦月野さんは年相応の少女だった。
「まあ、これに関しては内海先生の管轄のようなものだし、内海先生が許可を出してくれれば大丈夫だよ。あとは会長かな。どの程度の情報を君が手に入れる事を許すかだけど……」
まだ内海先生の方が許可を出してくれやすいだろう。問題は会長だ。あの人は信用ならないと思えば、容赦なく却下してくる。
「……会長は、そんなに私達の事を信用してくれないんですね」
少し寂しさの混じる言葉に、オレは「ごめん」と返した。
その後ろで水無月さんが大きな溜め息を吐いた。
「別に西雲君が謝る事じゃないでしょう? 大体、会長がやる事に何で西雲君が謝るのよ? そこまでする必要性ってどこにあるのよ?」
「う~ん。昔からの癖かな。あの人の後始末ずっとしてきてたし……」
場合によっては大人相手にも頭を下げてきた。
オレは過去に何度あの人の為に頭を下げてきたんだろう。
「西雲君ってなんでそんなに会長に逆らえないわけ?」
「別に逆らえないわけじゃないよ。ただ、面倒になるのが嫌なだけで」
「はあ?」
心底理解できないといった顔を水無月さんはするが、本当にあの人は下手をすると面倒くさい事になる。
「だって、あとで拗ねると本当に機嫌直すまで時間掛かるし、放って置くと構えと言わんばかりに寄ってくるし、背中に圧し掛かってくる事もあるし、そうなると邪魔だし。他にも話し掛けてきた時に相槌だけで返すと『ちゃんと聞いてた?』とか『何て言ってたか言ってみて』とか言われるし、それで答えなかったらまたぐちぐち言われるし、そうなるとしつこいんだよ。
絶賛我儘期も経験してるから、あれほど面倒になられてもこっちが困るし、やる事が片付かないから、ある程度言う事を聞いていた方が精神的にも楽なんだよ」
今までの事を思い出すと少し頭にくる事もある。
「それだけの理由っていうか、絶賛我儘期って何よ?」
理解できないといった水無月さんが顔を顰めた。
「オレが小学六年生くらいに、ほぼ毎日のように我儘を言ってくる時期があったんだよ。いちいち聞いてたらこっちの時間は無くなるけど、聞かなかったらそれはそれで後々時間が奪われるっていう最悪な時期があったんだよ」
あの時に比べれば、今なんて可愛いものだ。
「我儘って何言われてたのよ?」
「一番厄介だったのは、敵が攻めてきてるのに『戦いに行かないで』って言われた事かなぁ」
思い出すとどうしても遠い目になってしまう。
「何? 会長はここにいる人間全員を殺したかったの?」
信じられないという声を出すが、実際にそう言われたんだ。
「えっと、その時は副会長はどうされたんですか?」
若干引き気味の長月君がそう尋ねてきた。
「ああ、そこの窓から身を乗り出して、魔法を放って倒したよ。流石に敵を放って置くわけにはいかないからね。でも、その後は会長がこの上ない程に頬を膨らませて、かなり拗ねたよ」
あの時は拗ねた会長がその日一日オレの背中から離れなかった。
移動するにしてもずっとオレの事を抱きしめたままで、全体重かけてオレをその場に留めようとするもんだから大変だった。
「よく倒せましたね」
「まあ、その時は敵より会長の方が厄介だったからね」
ふっと哀愁交じりの笑いが零れてしまうのは仕方がないだろう。
「……よく会長から逃げなかったものね」
水無月さんがほとほと呆れたといった声を出した。
「何て言うか、放って置けなかったんだよね。あの人の置かれていた境遇も知っていたし。
……あとは、若干うちの母親を彷彿とさせる性格をしてるから、放って置いたら周囲への被害が甚大なものになるって思ってね」
「似てるの? その、西雲君のお母さんと……」
「若干ね。構わないと『構え』ってくらいに引っ付いてきたり、突然駄々こねたり、話を聞かなかったら拗ねたり、あと放って置いたら暴走しそうなところとか」
他にも何となく似ているところはありそうだが、あの人は『母親』って感じじゃないんだよなぁ。
「西雲君のお母さんがどんな方なのか本当に分からないわ」
「まあ、台風って言えばいいのか、本当に嵐のようなところはあるよ。暴れ出すと手が付けられない」
目線を逸らしながら答えると、水無月さんは口の端をひくつかせた。
「手が付けられないって、暴れたらどうするの?」
「父を呼ぶしか方法はないんだよ。オレじゃ絶対に止められないから。母を止められるのは、多分この世には父しかいないんだよ」
「……そう」
「うん。オレとしては母がこの学校に来ない事を願ってるよ」
偶に学校に乗り込んできそうで怖い。
「そう、ね。私も対処の仕方が分からないわ」
水無月さんが困惑の表情を浮かべているが、山崎先輩は「本当に止めてくれ」と少し離れたところで言っていた。
「本当にヤマは最初に会った時に印象最悪だから、その後も二度と会いたくないって言ってたものね。私はその後会った事あったけど、案外普通に対応してくれたわよ」
「多分それは機嫌が良かっただけです。うちの母は機嫌が悪いと本当に手が付けられないんで」
たぶん会長より上を行く。
「よくご両親は結婚したわよね」
「ええ、本当にそう思いますよ」
父さんは母さんのどこが良かったんだろう? 本当に分からない。
「けど、そんなお母さんを止められるお父さんって、かなり強いんじゃない?」
道端先輩が何か企んでいるような笑みを浮かべて聞いてきた。
「たぶん、腕っぷしだけならオレより父の方が強いと思いますよ」
「大会とかに出た経歴はないみたいだったけど?」
「父は目立ちたくなかったようで、そういったのには出場してないそうです。ただ、母を瞬時に羽交い絞めできる時点で、どう考えても只者じゃないと思います」
母さんは薙刀では全国大会優勝して事があるような人だ。他でも十分強いらしい。そんな人をあっさりと止める事ができるのだから弱いはずがない。
「まあ、いいけど。その只者じゃないお父さんは味方になってくれるのかしら?」
「……父も母も一般人なので、巻き込もうとしないでください」
いくら強くても巻き込んで欲しくない。
「確かに一般人だものね。巻き込んだらこっちも何を言われるかってところよね。ただ、本当に一般人の枠に収まるのかっていうのはかなり疑問だけどね」
それに関しては否定できない。
一般人だとしても、普通ではない。そんな人が良家の人達の目に留まっていないわけがない。
そうなれば色んな話が出ているはずだ。それでよく一般人でいられたものだ。
「道端先輩の言わんとせん事は分からなくはないですが、オレの親の話はもういいでしょう。話をしたからといってどうにもならないんで」
協力を仰ぐわけにもいかない人達の話をしていても無駄だ。




