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みんなに求めるもの

 生徒会室に着くと、みんなは何かを話し合っていたようだった。

「おかえりなさい」

 水無月さんがそう言って迎えてくれた。

「ただいま」

 オレはそれだけを言うと、荷物を自分の机の上に置いた。


「会議って何を話してたの?」

「ごめん。定例会議の内容は基本的に話せないんだ」

 本当を交えた嘘の言葉に道端先輩は気付いたようだが、黙っていてくれた。

「そう……。話せないのなら仕方ないわね」

「まあ、内容によるからね」

「それもそうね。ところで会長は?」

 一緒に向かったはずの会長が帰ってこない事を不審に思ったようだ。

「内海先生と話があるって言っていたよ。内海先生の場合、本来、会議で話す内容も偶に秘匿にするからね。そういう時は会長が聞きに行ってるんだよ」

 これは事実だ。内海先生の性格を知る人なら分かるはずだ。

「そうなのね。じゃあ、暫くは戻ってこないのかしら?」

「おそらくね」

 オレがそう答えると沈黙が流れた。


 一番我慢できないという顔をしているのは山崎先輩だった。

 だが、先輩に話し掛けられる前にオレが口を開いた。

「少し、話をしようか。みんなも色々と話したい事があるみたいだしね」

 その言葉にみんなは静かに頷いた。

「みんなは会長に色々言われてどう思ったのかな? ある種の事実、それでいて酷な言葉だと思う。そこまで言わなくてもと思う人もいるかもしれない。でも、申し訳ないけど、オレはみんなを庇えない」

 その言葉にみんなが顔をくしゃりと歪ませた。

「……理由を聞いてもいいかしら?」

 水無月さんの質問にオレは静かに答えた。

「単純な理由だよ。オレは会長を裏切らないと誓った。ただそれだけだよ」

「どういう事?」

 言葉の意味は分かっても、理解はできなかったようだ。

「……河口先輩が亡くなった後、色々とあったんだ。あの時の状況を説明しろと言われても、色々あり過ぎた所為で時間が掛かり過ぎる。ただ、あの時が大きな転機となったのは事実だ。それはオレだけじゃない。内海先輩も小浜先輩も会長もそうだった。

 みんなが苦しい思いをしていた。苦しさは人それぞれだろうけど、それが切っ掛けで色々あったんだ」

 目を瞑ると鮮明に思い出される。

「内海先輩は法に触れそうなレベルで色々調べ始めて、オレはそれを手伝わされた。だからこそ、普通の人が知らない事も知った。

 その時に言われたのが『逃げるのなら今のうちだよ。あんたは一般家庭の子供だ。本来巻き込まれる立場じゃない。現状を嫌だと言っても誰も責めはしない。でも、このタイミングでなければ二度と逃げられなくなる。だから覚悟を決めな』だった。

 でも、逃げるなんてできなかったよ。自分の怪我も真面に治療する暇もないくらいに多忙の中に身を置いた内海先輩、心を病んでもなお無理をして笑顔を作っていた小浜先輩、大人達に利用される事のないよう如月の一人の人間としての振る舞いを強いられ続けた如月先輩。そんな人達を見てきたんだ。オレは逃げられないよ。

 ある種の意地。

 現状を知って逃げるなんて選択肢を自分には与えなかっただけ。言われても、その選択肢はオレの中にはすでになかったんだ」

「でも、それは裏切らないと誓った事にはならないでしょう? 逃げないと決めただけだわ」

 水無月さんは苦しそうにそう言った。

「うん。そうだよ。その時はまだ四人だったんだ。でも、その年で内海先輩も小浜先輩も卒業された。二人は卒業する時に『ごめん』と言ってから卒業していったんだ。

 その後、残されたオレと会長は多忙を極めたよ。そんな中、会長は何度か一人になると泣きそうな顔をしながら、歯を食いしばって苦しそうにしていたんだ。

 如月の一人娘。そう言われて色々と任され、生徒会長としても責務を果たさなければならなかった。そんなあの人が、普段は平然として、どんな時も微笑んで、周囲からはどんな言葉を言われてもそこに在り続けた。

 そんな人が言ったんだ『人を無条件に信用する事はできない。でも、信用したい。だから、裏切らないで』って。そんな事を言われて裏切れるわけがないよ。だから、オレはあの人の信用に足る行動をする。ただ、それだけだよ」

「……他の人に裏切らないでって言われも、そうするわけ?」

 水無月さんの鋭い目がオレを捕らえるが、それは強がりにしか見えなかった。

「あの人だからだよ。もう十年近く側に居るんだ。一番辛い戦いを知っていて、側に居たんだ。その時にはもう裏切るなんてできるはずなかったんだよ。

 ただ信用される為の努力を続けるしかなかった。それはあの人の為でもあるし、オレの為でもあるんだよ」

「どういう事?」

「信頼に応えるって本当に難しい事なんだ。隣に立つって本当に大変なんだ。でも、そこにいると決めたのはオレだ。それを違えたくない。ただのオレの我儘だよ」

 そう言うと水無月さんは色んな感情の入り混じった表情を浮かべ、叫んだ。

「バッカじゃない⁉ それのどこが我儘よ? 元々、会長が西雲君を手放さなかったからでしょう? なんなの? 二人とも異常よ!」

 そう叫ぶと水無月さんは肩で息をした。

「そうかもね。きっと長く居すぎたんだ。だから本当は手を離さないといけない。だから、これも今年までなんだよ。あの人は今年で卒業だから」

 手を離せないのは会長だけでなく、オレもだ。

「……会長が卒業したら西雲君はどうするの?」

「どうって、卒業するまでは生徒会に在籍する限りは生徒会で責務を全うするし、ここの生徒であり続けるよ」

「戦いに巻き込んだ張本人がいなくなるのに?」

「戦う事はオレが選択した事だよ。会長の所為じゃないよ」

 真っ直ぐ目を見て言うと、水無月さんは唇を噛み締めて顔を逸らした。

「西雲君も馬鹿だわ。逃げていいと言われた時に逃げるべきだったのよ。そうしてたら平和に暮らせていたはずなのに、平和を自分から捨てたのよ」

「だとしても、自分の見知らぬところで危険がはびこっている事に変わりがないよ。それを知ってしまった時にオレはきっと後悔する。逃げてしまわなければよかったって。

 そりゃ、逃げたいって思う事はあるよ。でも、本当に逃げたら後悔する事が分かっているのに、オレは逃げられないよ」

 落ち着いた声でそう言うと、今度は長月君が口を開いた。

「自分達は家の関係もあって、ここの入学が決まったようなものです。副会長は本当にその選択で良かったのですか?」

「選択って結局、時間が経ってみないと正しかったのかどうか何か分からないよ。でも、オレは今の段階ではこっちを選ばなければ良かったとは思ってないつもりだよ」

 目を見て真っ直ぐ言うと、長月君は少し俯いた。

 他のメンバーは話し掛けるのが気まずい様子で黙ったままだった。

 それはきっと仕方がないんだろう。


 オレは先輩達に目を向けた。

「オレは先輩達の事だって無条件で信頼したい。でも、会長は信頼できないんです」

「……それは私達が軍人だから?」

 道端先輩が確認するように尋ねてきた。

「……それもありますよ。ただ、会長はいつ自分が利用される立場に転じるか分からない状態です。利用されれば如月自体が危うくなる。だからこそ、会長は無条件では人を信用しない。

 今は国に通ずる者は全て疑ってかからないといけないようになってしまっている。その人個人がどれだけ信用できても、そのバックにあるものが本当に信用できるかは別なんです。

 常に緊張した状態って、本当に神経が磨り減っていくんです。それがどれだけ辛いかをオレは分かっているつもりです」

「如月は如月の家に生まれたんだもの……」

「仕方ないと言いますか? 如月に生まれても如月の跡継ぎになるかなんて分からない。それでも、幼い頃から跡継ぎ、次期当主候補と言われて育つのはかなりのプレッシャーでしょう。

 それも女性が次期当主です。常に女性が当主の家ならばまだしも、今まで男性が当主を務めていたんです。周囲からの反感は大きいでしょう。

 それに、会長のお祖父さん、如月の現当主だって、会長の絶対な味方というわけじゃないんですよ」

 本当は言うべきではないかもしれない。

 それでも、ここにいる人達には会長が置かれている立場を知って欲しかった。

「どういう事?」

 道端先輩は、会長のお祖父さんが会長の事を可愛がっているのを知っている。だから味方をしていると思っていたんだろう。

「会長は次期当主に相応しいか常に試されています。必要ならば手を貸す事はあっても、常に味方をしているわけではないんですよ。場合によっては、切り捨てられる事もある。

 会長は内海先輩達が卒業してから、この学校の運営の方を一部任されていました。高校に上がってからは教員の雇用に関わるようになりました。

 最終決定は理事長がしていますが、権限を渡されているのは、それだけの能力を持つ必要があり、それに見合うだけの人間であるよう強要されているからです」

 家柄の良いと言われる家にはよくある事なんだろう。要らないものは容赦なく切り捨てられる。

 今は愛されていても、それを一瞬にして失くす事だってある。

 そんな不安定なところで、会長はずっと前を向いて生きているんだ。

 道端先輩はオレの言葉を聞いて、瞳の奥が微かに揺れていた。

「オレはせめて学生の間は支えになれたらと思っていますよ。それでも、あの人はオレにも話してくれない事はいくらでもありますよ。如月の事には関与できませんから仕方ないんでしょうけどね。

 少しでも自由な時間を、あの人がここの学生として過ごせるように、せめて手伝う程度はできるようにしているつもりです」

「でも、お前の方が業務の負担は大きいだろう」

 少し呆れた様な声で山崎先輩が言った。

「生徒会の業務はそうかもしれませんね。それでも最善を選んだ結果です」

「だとしても、お前だって偶にデスクワークしろって言ったりしてんだろう」

「そりゃ、言いますよ。会話なんてなくても仕事はできます。放って置いたら会長だって仕事はできます。

 でも、息はつけないでしょうね。少しくらいふざけるくらいが丁度いいんでしょう。あの人にとってはそれが息抜きなんです」

 そりゃ、本当に仕事してくれと思う時もある。それでもあの人が息抜きをできる時間がほとんどないんだ。

 それを常に奪うような酷な事はしたくはない。

「お前はなんで如月の事を『会長』とか『あの人』って呼ぶんだ? 偶に『如月先輩』とは言っているみたいだが、滅多に言わないだろう」

 山崎先輩は違和感を感じたようで、そう尋ねてきた。

「線引きですよ」

「線引き?」

「ええ、それ以上踏み込まない為の、お互いの為の境界線ですよ。元々住む世界が違う。それなら決して一時の間でも忘れないようにする為の線引きです。馴れ合い過ぎても駄目なんです。それこそ、本当にお互いに手を離せなくなる」

 いずれ離さないといけない手を離せなくなるのはいけない。

「……お前らの関係性がよく分からんよ」

 山崎先輩が眉間に皺を思いっきり寄せてそう呟いた。

「オレにも分かりませんよ。先輩と後輩。会長と副会長。令嬢と一般人。言いようはいくらでもあります。でも、なんなんでしょうね。本当に……」

 答えようのない関係性。幼馴染と言えば幼馴染なんだろう。けれど、本当はそうであってはいけない。

 互いに心のどこかでは分かっている。だからこそ、明確に関係性に名前を付けていないんだ。

 オレの答えに山崎先輩は大きな溜め息を吐いた。

「本当に難儀だな。俺らはお前らの転機を知らない。どうお前らが変わっていったのかも、何を抱えてるのかも知らん。言われないと分かんないんだよ」

「そうですね。オレは自分の事を話すのがこの上ない程に下手で、会長はきっと自分に関しては言わないでしょうから、先輩達に知る由もないと思います」

「だろうな。そんなお前らは俺達にどうして欲しいんだ? 如月はまるで役目があるはずなのに全うしていないかのように言っていたところがあったが、どうして欲しいのかは全く分からないんだ」

 明確に言えと言わんばかりの山崎先輩にオレは腕を組んで考え込んだ。

「そんなに考えないといけないような質問だったか?」

「あっ、いえ、ただ何というべきか……会長は各家の本来の役目を果たして欲しいんでしょうけど、オレにはそれは明確なものは分かりません」

「まあ、それはそうか……」

「オレはみんなを信用したいんで、信用できるようにして欲しいだけです」

 オレのして欲しい事はそれだけだ。

「具体的には?」

 山崎先輩のその質問には眉間に皺が寄った。

「それが困るんです。オレとしては無条件でも信用したいんですよ。第一ここのメンバーは必要とされて集められ、理事長もある程度どういう人間なのかを見てから入れているんです。それを疑う必要はないと思っているんです。

 ただ、人によっては明確に覚悟を持って戦いに臨んでいるのかが分からないというのがあるんです。それに戦闘力が弱いとどうしても背中を預けられない。いくらその人個人を信用できても、信頼して戦うには至らないというのがあるんです」

「つまり、信頼できる程に強くなって欲しいっていうのがお前の望みか」

「まあ、簡単に言えばそうですね。他にも色々覚えてもらわないと戦闘に生かせなかったりするんで、取り敢えず鍛えて欲しいってところでしょうかね」

「お前が望むようにはみんなできると思う。問題は如月の明確な考え、望むものが分からんって事だな」

 山崎先輩は腕を組んで溜め息を吐いた。

「オレだって全部は分かりませんよ。何も話してくれない事だってありますからね。どうしても人に話す事の出来ない内容はあるんでしょう。そうでなければ、あの人が何を言いたいのか一々意図を汲み取る必要もなくなるんでしょうけどね」

「お前ら、よくそれで意思の疎通が取れてるな」

「まあ、十年近く一緒にいたらなんとなく分かってきますよ。今回だって会議が終わってから『戻ってくれても大丈夫』って言われたんで、みんなと話す時間として使ってくれって意味だと思ったんで、先に戻ってきたんです」

「よくそれで分かるな」

「そうでなければ『一緒に来て』か『待っていて』って言われるんで。いつもと違う事を言うって事は何かあったか、何かして欲しい事があるって事なんですよ。ある意味それが合図のようになっているんです」

 別にお互い決めたものではないが、それでもなんとなく意味は分かってくる。

「山崎先輩と道端先輩だって付き合いが長いから、お互いの事は話さなくてもなんとなく分かる事くらいあるでしょう?」

 そう尋ねると先輩達は互いの顔を見合わせて「まあ……」と言った。

「俺と道端は生まれた時から一緒にいるようなものだからな」

「そうね。家同士も関りが深いし、生まれた日も近い上に、生まれた病院が一緒だからほぼほぼ姉弟みたいに育ったもの。そうなったらお互いの事はよく分かるってものでしょう。

 まあ、言わなきゃ分かんない事なんて山のようにあるけどね」

 言わないと分からない事もあるのは確かだ。

「オレだって会長が何考えてるなんか全部は分かりませんよ。分かったら苦労しないところもあるんでしょうけどね」

 思い出して大きな溜め息を吐いた。

「そんな苦労してるんなら、本当に逃げれる時に逃げた方が良かったんじゃないの?」

 水無月さんはまたそんな事を言った。

 そんな水無月さんに苦笑が漏れた。

「苦労っていうか、なんなんだろうね。ただ、放って置けなかったっていうのもあるからね。オレ自身、あの人の助けられてきたところもあるから、その人を見捨てるのもできなかっただけだよ」

「西雲君って頭良いくせに馬鹿よね」

「水無月さん、流石に酷いよ」

 傷付かないとでも思ってるんだろうかというような言葉だが、水無月さんはそうでも言わないと自分を納得させられなかったんだろう。


「で、みんなはどう動いてくれるのかな?」

 オレのこの質問に、みんなは互いの顔を見合わせた。

 そして、代表のように口を開いたのは長月君だった。

「自分はまだ未熟である事を痛感しております。それにより信用していただけていないのでしたら、信用に足るように己を鍛えましょう。

 副会長が今まで一人で戦ってきた戦場に共に立つ資格がまだないのなら、その資格を得るよう努力いたしましょう。

 知らぬ事が多いというのなら、知る努力を怠らないようにしましょう。

 貴方方の信頼を得られるよう努めてまいりたいと思います」

 まるで忠誠を誓うかのようなその言葉に、思わず笑みが零れた。

「なら、オレは君達の努力を支えよう。君達がその意思を見せる限り、いくらでも力を貸そう」

 きっと大丈夫なのだろう。最初の訓練を始めた頃の渋々といった様子などもうどこにもない。

 何の覚悟もない刃を振るい続けていたとは思えない程の真っ直ぐな目をみんなはしていた。

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