空き巣と女の子
人の気配がまったくしないアパートを見つけた。何度か通りかかているのだが、主は旅行にでも出かけているのか、暗くて何の物音もしない。
俺は親元で暮らしている身分で、働いてもいないから、当然、収入は限られている。小遣いを上げてくれと言える程の厚かましさは、流石に持ち合わせていない。
……いや、普通に働きに出れば良いとは分かっているのだが、年下相手にヘーコラ頭を下げながらがんばらなくちゃいけないかと思うと、どうにも気が重いんだ。
働く気になれない。
それで俺は、これではいけないと思いつつ、ついつい現状に甘えてしまっている。
――ただ、それでも金が欲しい時はある。
それで目を付けたのがそのアパートだった。一応、言い訳をさせてもらうのなら、空き巣をしようと思って見つけた訳じゃない。そのアパートを見つけて、「あそこならいけるのじゃないか?」と邪念が浮かび上がって来たという順番が正しい。
ま、だからどーしたよ?ってな話なんだけどさ。
とにかく、夜中になるのを待って、俺はそのアパートに空き巣に入ったんだ。ペンライトを片手に、小さなバッグを背負って。窓から入ったんだが、不用心にも鍵はかかっていなかった。
が、まず一歩目でいきなり躓いた。
「おじさん、だーれ?」
入るなり、そう話しかけられたんだ。
ただ、ビックリしすぎた所為で、逆に声が出なくて助かった。もし悲鳴でも上げてしまっていたなら、俺はさっさと逃げていただろう。
声のした方を見やると、そこには小さな女の子がいた。誰もいないと思っていたが、どうやら子供がたった一人で留守電をしていたらしい。
なんだ、子供か……
俺はホッと安心した。子供なら、なんとか誤魔化せるだろう。
それにしても、と俺は思う。真っ暗な部屋の中に電気も点けずにいるなんて随分と変わった子供だ。
なんとなく、この子には、違和感のようなものも覚えるし。
「なにしにはいってきたの?」
その女の子はそれからそう尋ねて来た。俺は少し考えると、こう返した。
「君のお父さんに、家から忘れ物を持って来て欲しいって頼まれたんだよ」
「おとうさんから?」
「ああ」
女の子は何故か不思議そうな顔をしている。ただ、嘘がバレたという感じじゃない。
「おかあさんじゃなくて?」
「いいや、お父さんだ。仕事に使うからって頼まれたんだ」
それに女の子は「えー」と返す。
「でも、おとうさん、はたらいていないよ?」
俺はそれを聞いてギョッとした。
「あ、間違えたかな? やっぱり、お母さんだったかもしれない。ほら、お母さんは真面目に働いているし」
そう必死に俺は誤魔化そうとしたが、それにも女の子は首を傾げる。
「おかあさん、はたらいているの?」
「ああ、もちろんだよ。お嬢ちゃんは知らないのかい?」
「うん。だって、おかあさん、ずっとまえにでていっちゃったから」
その言葉に俺は驚く。
父親は働いていなくて、母親は出て行った。そして、この子は真っ暗な部屋に独り切り。心配になって俺はこう尋ねた。
「お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは、ご飯とかどうしているんだい?」
「うん。ちょっとまえまでは、あまりたべてなかったけど、いまはたくさんたべられているよ。たくさんごはんをくれるから、おなかいっぱい!」
その返事に俺は少し安心する。
働いていない父親が、どうやって稼いでいるのかは気になるが、どうやらちゃんとこの子を食べさせてやってはいるようだ。
それから俺はペンライトを点けると、部屋の中を物色し始めた。
悪いがこっちも同情できる身分じゃない。折角空き巣に入ったんだ。少しくらいは貰っていかなくちゃ。
ところが、親が働いていないというだけあって、探しても探しても金目のものは見つからなかった。
そのうちに女の子が尋ねて来た。
「おじさんは、なにをさがしているの?」
俺はちょっと迷う。下手なことは言えないが、うまく訊けば金の場所を聞き出せるかもしれない。
「ねぇ、お嬢ちゃん。お父さんが、お嬢ちゃんにご飯をくれる時、お父さんは何処からお金を出すんだい?」
それを聞くと、女の子はふるふると頭を横に振った。
「ううん。おとうさん、あたしにごはんをくれたりしないよ」
俺はそれを聞いて顔を引きつらせた。
「じゃあ、お嬢ちゃんにご飯をくれるっていうのは誰なんだい?」
女の子はその質問を聞いて、困ったような表情を浮かべる。
「わからない。しらないひとたち」
「知らない人達?」
「うん。たくさんのしらないひとたち」
俺はそれを聞いて変だと思い始めた。何かが根本からおかしい。そして俺はふと思い出したのだった。
……確か、
スマートフォンを取り出すと、俺はそれで検索をかけた。確かこの辺りだったはずだ。父親が育児遺棄をし、小さな女の子を餓死させてしまった事件があったのは。
世の中には、事件のあった詳しい場所を調べてネットにアップする連中がいる。その事件もちゃんとアップされてあった。すると……
「ヒィッ!」
それは間違いなくこのアパートだった。
ただ、俺が悲鳴を上げたのは、そんな理由じゃない。
そもそもこの子が現れたはじめからおかしかったんだ。俺がこの子に違和感を感じていたのは、その所為だったんだ。
女の子は真っ暗な部屋の中にいた。なのに、俺にはこの女の子が見えていた。灯りも何もなしに。
それは……
女の子は、スマートフォンから零れる灯りに照らされた部分だけが消えていた。そして闇に近付けば近づくほど、その姿を取り戻していた。
光と闇の中間点では、透き通った肌の先に骨が見えていた。血管が見えていた。半分だけ骸骨のその顔で、女の子は無邪気にこんな事を言った。
「でも、みんなへんだよね。いきているときにたべてものをくれていたら、もっとずっとよかったのに」
女の子が餓死したという事件を知って、お供え物をした人がたくさんいた。そんな話も聞いている。
その女の子の無邪気な笑顔を見て、俺はちゃんと働かなくちゃダメだと心の底からそう思った。