第一話 『消えた患者』 その八
「どういう、ことですか?……童子さまって?……そういえば、ここの患者も、同じようなことを……」
警官はしばらくばつが悪そうにしていたが、やがてその口もとから手を離す。
「……すまんねえ、先生。こんな時間だから、私も少し寝ぼけているのか」
下手な誤魔化し方だった。嘘を言いなれていない誠実さを感じなくもないけれど。
「……童子さまって、一体、何のことなんですか?……知っているなら、教えてください。私の叔父が、亡くなったんですよ」
同情心に訴えれば、有効な気がする。私は知りたい。あの避難の時、患者たちが狂ったように口にしていた言葉の意味を……。
ベテランの警官は若い警官が戸惑っている様子を気にしたのか、私を見つめるとこう語る。
「ちょっと、二人だけで話せるかな、先生?」
「……わかりました」
同意すると、彼は頭を何回かうなずなせる。私にじゃなく、自分の心に言い聞かせるみたいな様子だと感じた。
私は彼を連れて、面談室へと向かう。ここは、患者やその家族に対して、病状を説明したりする場所だ。
鍵をかけて、二人になる。まるで、仕事中みたいだと思う。
向き合うような形になり、共にイスに座ると、私は強気に問いかける。
「何を知っているんですか?」
「……この土地の伝承なんだよ」
「伝承?」
「先生はよその出身だから知らないんだろうけど、この小守には、ある神さまというか、妖怪みたいなものの伝承があるんだよ」
「神さまみたいな妖怪……」
「そうだね。たしかに、童子さまかは神さまみたいな妖怪かもしれない」
「……どんな伝承なんです?」
「こんがり童子と言ってねぇ。火事で親より先に死んだ子供たちの幽霊が集まって生まれてくるのさ」
「火事で……だから、叔父がそれに襲われたと言うんですか」
私は、その荒唐無稽な話をもちろん信じられない。警官は私の態度に、共感しているようだ。信じられないのも当然、そんなことを考えているのかもしれない。
「この童子さまたちは、時々、悪さをするんだ。親より先に死ぬと、罰が当たる。童子かまたちは、罰として体が燃えて痛いんだ。それにさみしい。母親を求めて、抱きつくんだよ」
「かなしい幽霊なんですね」
「ああ、そして危険なんだよ。童子さまの体は、とても熱いから……抱きつかれると、燃えて死んでしまう」
「……っ!」
叔父の異常な死に方を、妖怪のせいにする気持ちがわかった。納得なんてしないけどね。
地元に伝わる、その童子とやらの伝承を叔父の怪死につなげたがるのは、その妖怪がもつ物語のせいなんだ。
……警官の使うべき言葉や、考え方じゃないと思う。
「もちろん、伝承だからね?……たんなる、言い伝えさ。失礼なことを言ってしまったよ。先生、すまないねえ」
警官は防止を取って、謝罪のために頭を下げる。私は、なんだか威圧的な態度をしていたのかもしれない。
「そんな、いいんです……叔父の死は、おかしなことでしたし……私が、その妖怪についてお訊ねしたわけですから」
「……遺族の方に滅多なことを言うもんじゃないんだけど……年を取ると、口が余計なことを言いたがってね……とにかく、先生」
「……なんでしょう?」
「私らは、病院の外をパトカーで回ります。昔の経験を活かしますよ、何度もこんなことはあったんですから」
「は、はい。頼みます。水沢さんを探してください」
「了解です。先生たちは、病院のなかを探してください。病院は、大きいし、人が隠れることは難しくないですから」
「ええ。警備会社の方にも連絡して、防犯カメラとかの映像も見てもらいます」
「では、そう動きましょう!」
年配の警官はそう言いながらイスから立ち上がると、この部屋から出ていきーーーいや、ドアを開いた状態でこちらを向き直った。
真剣な眼差しだ。そして……どこか、恐れているようでもある。
「どうしました?」
「先生……あそこのトイレ、鏡に黒い汚れがついていませんでしたかね?」
「……どうして、そんなことを?」
「だとすると、すぐに洗い落としてください。あれは……あれがあると、まずいんだ」
「どういう意味です?……また、伝承ですか?」
「……私のね、個人的な経験ですよ。ここで行方不明者が出る時に、あれがあると……続くんです」
「続くって、行方不明がですか!?」
「……神隠しは、まだ…………いや。なんでもないです。とにかく、あのお印があれば、早く消しておいてください。あれは、縁起が悪いものなんですよ」