表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

第一話    『消えた患者』    その七


 黒い血の手形を、まじまじと見つめる。どうして、こんなところに手形が?


「……咲先生、これは……血なんですか?」


「……血は、外気に触れて凝固すると黒くなるけど……でも、こんな場所に付着するなんておかしい」


「そりゃ、そうですけど」


「しかも、手の形に見えるし……イタズラなんじゃないかしら」


「看護師が?」


「……水沢さんがしたのかもしれない。うちのスタッフはしないでしょ、こんなこと」


「水沢さんが、何のために……」


「……スタッフがするよりは、可能性はあると思うわ。とにかく、こんなものに気を取られてる場合じゃない!」


「そ、そうですね!……水沢さんを見つけないと!……でも、どこに……」


「もう一度、ナースステーションのパソコンで、映像を確認しましょう」


「は、はい!」


 ナースステーションに戻り、セキュリティ・カメラの映像を確認する……見間違いや見落としを期待していた。


 でも、期待は裏切られる。やはり、水沢さんはあのトイレに入り、出てきてはいないのだ。


 ……その後も水沢さんを探したのだが、どこにも彼を見つけることは出来ずに、二時間が経過した。


 通常なら、水沢さんの家族に連絡を入れなければならない事態だ。


 でも、水沢さんには家族はいない。若い頃に、この病院に入院してから30年以上は経っている。


 結婚もしていなかったため、両親は死に、孤独になった……親族は彼との連絡を拒絶。


 精神病の患者は、家族とトラブルを起こしやすい。周囲との人間関係を破壊することは、少なくない。


 偏見もあるが、病的な精神状態の患者の接することは、心が折られる作業でもある。


 水沢さんは、孤独な立場であるのだ。そんな患者は、ここでは珍しくもない。


 ……看護師長と相談し、警察を頼ることにした。


 かつては、病院を脱走した精神病患者を保護するために、警察を頼ることはよくあったそうだ。


 日に何度も警察を病院に呼ぶことになるなんて……叔父さんがいたら、たるんでる!と一喝されそう。


 でも。これは仕方がない。


 警察がやって来る。若い警官とベテランの警官だった。


 私と師長が対応することになる。事の経緯を説明したあとで、水沢さんがトイレに入っていなくなる映像を見せる。


「……では、あの小さなトイレで消えたと?」


「映像を見る限り、そう見えます。その、困っているんです。知恵を貸してもらえませんか?」


「ふむ……」


 警官は渋い顔だ。こんな深夜に呼んでしまったことは失礼だったかもしれない。


 でも、本当に手がかりがないし、私たちではお手上げだ。


「外に出てる可能性は少ないと思いますが……でも、何とも言えない状況です」


「わかりました。とりあえず、パトカーで病院の周辺を捜索してみましょう。それと」


「この映像のコピーですね?……あの、DVDにコピーしたんですけど、これでもいいでしょうか?」


「はい。とりあえずは。捜索して見つからなければ、署の警官が明日以降にまた来ますから、そのときに。一応、保管しておいてください」


「わかりました……」


「大丈夫ですよ、先生。昔は、こんなことが、小守の病院では、よく起こっていた」


 五十代に見えるベテラン警官は、微笑みながら語りかけてきた。


「……そうなんですか?」


「ああ、ここは昔からの精神病院だ。昔は今ほど、セキュリティなんて発達してなかったし、管理も雑だった。よく、患者さんが逃げ出していたよ。でも、ほとんどは生きて見つかる」


「ほとんどって……生きて見つからなかったこともあるんですか?」


「……車にはねられることもあったよ」


 ベテランの警官はそんな言葉を使い、私を落ち込ませた。彼は私の落ち込む様子を見て、あわててしまう。


「ご、ごめんねえ、先生……まあ、そんなこと、フツーは起きないから……」


「……でも。管理が行き届いていなかった、病院側の責任です……」


「院長先生の事件もあったし……しょうがないよ」


「それとこれとは……」


「関係はあるよ。たぶん、院長先生も……童子さまに狙われたんだから」


「え?……童子、さま?」


 警官は口をすべらせてしまった、という顔をする。手のひらでその口を覆い隠していた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ