第一話 『消えた患者』 その四
映像のなかで、水沢さんらしき人物は右に左にとうろついている……このフロアの患者には珍しい行動じゃない。
でも、その右往左往は終わり、その人物は手前に向かって歩いてくれる。顔が、はっきりと見えてきた……。
「水沢さんですね!」
「ええ。手がかりが見つかったわ……どこに向かってるのかしら」
「ナースステーションの方ですね」
「じゃあ。カメラを変えれば映ってそうだわ」
時刻を確認する。水沢さんが映っているのは21:12分。
ナースステーション前のカメラ映像に切り替えて、その時刻を表示する。水沢さんの姿を見つけた。
その表情は、酷くこわばっている。緊張状態……?いや、頭を左右に動かしてる。不安や恐怖を感じている。怯えているのかもしれない……。
「今日の、火事のせいで……パニックに陥っていたのかしら」
「……ごはんのときは、そんな様子でもなかったみたいですけど」
「……そうなの?」
「はい。様子が変だったら、もっと注意します。今日は、その、色々と起きて……患者さんも私たちも、落ち着かなかったですから」
「そうね……」
院長が謎の人体発火現象で焼死なんてすれば、誰もが落ち着かない……やがて、マスコミがやって来るだろう。
……そんな時に、患者が行方不明とか言われたら……たまったものじゃない。病院のスタッフ全員がバカにされる。
水沢さんを見つめる。ナースステーションを見たり、廊下を見たり、壁を見たり。落ち着かない様子だ。
相談したいことがあるのかもしれない。でも、スタッフは忙しそうだから、声をかけられなかったのだろうか?
なにかをぶつぶつと言ってるみたいだけど。音声までは録音されていないから、何を言っているのかは不明だ。
……歩き始めた。
カメラ映像の中からは、出ていない。フラフラと歩き、スタッフ用のトイレに入って行く……。
用を足しているのかしら?……5倍速に再生スピードを上げて観察する…………なかなか出てこない。
時間はどんどん消費されて行く。8倍速にまで上げてみるが、それでも変化はない。
スタッフが、うろつき始めた。薬の時間になったのだ。でも……水沢さんはトイレに入ったまま。
スタッフが慌て始める。水沢さんがいないと分かって、捜索が始まったのだ。
私はカメラの再生速度を2倍速に落としながら、となりに並ぶ看護師に質問する。
「あそこのトイレも調べたわよね?」
「は、はい。そのはずなんですけど……ほ、ほら、スタッフが開けてます!」
画面には看護師の一人が職員用トイレを開く映像が映っていた。
ドアを開けたまま中に入り、そのまま出てくる。
「……どういうこと?」
「わ、わかんないです」
「出てなかったわよね、水沢さん……」
「早送りしてましたけど、出て来てません」
「……そう、よね」
再生速度を上げて、画面を見続けるも、二人目の看護師がトイレを確認する姿が写っただけで、他の動きはない。
そして、そのまま現在時刻に追いついてしまった。
謎だ。でも、すべきことは一つ。水沢さんはスタッフ用のトイレから出てきていない。
「あそこに行ってみましょう。隠れてるのかもしれない」
「でも、どこに……そんなスペース、ありましたかね?」
「わからない。でも、映像を見る限り、水沢さんは、あそこから出てきていないもの」