第一話 『消えた患者』 その三
「えーと。水沢さんを最後に確認したのは?」
探偵だか刑事にもなったみたいだな、不謹慎だけど、そんなことを感じてしまう。
若い看護師はやわらかそうな口元に指を当てたまま考える。
子供じみた仕草で、叔父さんなら医療スタッフとしては、頼りなく見えるからやめなさいと注意しそうな癖だ。
まあ、私はそこまでは思わない。あんまり言うとパワハラとか言われそうだしね。
看護師は、うなずく。考えがまとまったらしい。おそらく、彼女もこの状況に戸惑っているんでしょうね……だから、正確さを優先して熟考したのだろう。
「えーと。晩御飯のときです!あの……か、火事とかのせいで、いつもより遅れていたんですが、その時にはご自分の部屋にいたんです」
火事とか、ね。叔父さんの焼死と言わないのは、私に対する気遣いなのかしら……。
……いや。いいんだ、今はそんなこと考えてる場合じゃないわ。
「食事はいつ?」
「夜の8時半か、四十分ぐらいです……」
「今は……もう10時なのね」
「九時過ぎのお薬の時間になったんですけど、水沢さんが見つからなくて」
「なら、一時間半前からの映像で見つかりそうよね」
「は、はい」
このシステムを使うのは初めてだけど、だいたい想像はつく。過去48時間分は録画されているみたいね。
今日だけじゃなく、一昨日までの日付にアクセス出来る。
今日の日付を選んだら……ほら、出てきた。
カメラの映像が、四ヶ所。ゲートとナースステーション前と、廊下と病室を見渡せる二つのカメラの映像。
気が利いていることに、四ヶ所の映像全てが画面に表示されている。再生開始を選び、時間帯を八時半まで遡る。
動画再生サイトと同じ要領だ。マウスの矢印を動かすだけ。簡単な仕組みで助かる。
フロアの八時半の映像が始まる。夜だから、というか、晩御飯前だからか。
ほとんどの患者は部屋にいた。廊下を歩いているのは……遅れた晩御飯を配膳しているスタッフの姿が映っている。
「15倍速で見ていくから、スタッフ以外の人影があったら、言ってくれる?左の上と下の映像を任せたわよ?」
「はい!わかりました!」
……元気な声を聞く。精神的にも参ってる私より、若い彼女のほうが信頼がおけるわね。
再生を開始していく。配膳スタッフの動きが高速化される。まばたきをしないように、15倍速の世界をにらみつける。
集中する……4秒で一分が過ぎる。だから、4分あればこの一時間を見渡すことが出来る。
晩御飯の時間が終わる……スタッフが動き続けている。高速化した世界では、それ以外の姿は見つからない……1分ほど、ほとんど無人の光景が進み、看護師が声をあげる。
「咲先生、ストップ、ストップ!」
あわてて再生の一時停止ボタンをクリックする。
「こ、ここです!ここ、上の画面!」
「……これね」
彼女の指差す画面を拡大する。そこには確かに人の姿がある。パジャマだから、入院患者に違いない。
それほど良くない目を細めて、その姿をじっと見つめる……60代ぐらいの痩せた男性。
水沢さんに見える。
「彼かしら?」
「そうだと思います」
「……拡大とか、出来ないのかしらね……?」
解像度は良いと思うし、そういう仕組みぐらいありそうなものだけど、見つからない。
きっと、あるのよね。たんにシステムを使いこなせていないだけか……仕方ない。こういうのは、医者の領分ってわけじゃないものね。
「ねえ、あなたパソコンとか詳しい?」
「い、いえ。スマホしかないですし」
「……そう。そんなものよね」
パソコンも売れないってニュースをどこかで見た気がする。
スマホに取って変わられて……そのスマホも生産台数の増加は止まり、世界経済を牽引する商品が失くなってーーーいや、そんなことは、いい。
とにかく、拡大することも出来ないけど、一倍速では再生することは可能。
まったくもって、テクノロジーを使いこなせちゃいないけど、自前の視力でその映像を見守ることにする。