第一話 『消えた患者』 その一
第一話 『消えた患者』
全く理解の出来ない事件だった。院長である叔父さんが、炎に包まれて焼け死んだ。
市長選にも立候補していて、休みとあらばゴルフに出掛けていた、私の唯一の肉親である、叔父さんは亡くなってしまった。
とんでもない虚脱感だ。
交通事故や急病でも人はいきなり帰らぬ人となるけれど、これは、一体どう解釈すれば良いことなのか。
謎の人体発火現象で、叔父さんは焼け死んだのだ。
オカルトの世界だわ。
ヒトは、普通そんな風に死ぬわけない。灯油でもかけられて火を放たれたというわけじゃないのに。
どうして、いきなり火に包まれて死ぬことになるのよ!?
人体発火現象?……人が、いきなり燃えてしまうことなんて、あるわけないわ……。
リン酸が燃えた?……馬鹿げてる。死体ならともかく、生きてる人の体で、そんな反応が起きるはずがない。
……何か原因があるはずだわ。あるはずよ。
そうでなければ、あんなコト起きるはずがないもの……そもそも、あれだけ大量の水を浴びながらも、火が燃え盛るなんて、フツーじゃありえないわ。
でも、何だと言うのかしら……。
消防も警察も、今のところは原因不明だと教えてくれた。司法解剖して、死因……というか、原因を探るようだ。
死因は分かっている。焼死だ。全身が大火傷して、主要な臓器まで燃えてしまった。焼かれれば死ぬのよ。
そんなことは医者じゃなくても分かる。でも、燃えた理由は知りたい。どうして、叔父は燃えたのだろうか?
自分の理解の及ばない、不可思議な現象と、唯一の肉親である叔父の死。
両親を交通事故で失った自分からすれば、叔父さんだけが心の支えで、叔父さんも奥さんを心臓病で亡くされていて、私しか親族はいなかった。
仲の良い関係だったのは確かで、実の父と娘のように過ごして来た。
今では同じ病院で、院長と勤務医として良好な関係を築いていたのに。
仕事は大変だったけど、充実していた。
でも、そんな幸せな日々はいきなり終わりを告げてしまった。謎の人体発火現象によって……。
……落ち込んでいる場合でもなかった。他の病院への患者の受け入れ先を探したり、無事が確認された病棟に、入院患者を戻したり……。
医師も看護師も、何なら普段は事務方のスタッフまで総動員で対応に当たった。
悲しむ暇なんて、全くなかった。気づけば夜になり、病院の理事たちが集まり、院長の死と、これからの病院の経営について会議をしている。
御子柴総合病院は、叔父の力で大きく発展した。医者としての有能さだけでなく、経営者としての才覚、幅広い人脈が病院を支えて来た。
そんな唯一無二のリーダーが亡くなったのだから、病院の今後は暗い。
……御子柴総合病院の名前も変わるかもしれない。当然ではある。叔父さんも変えたがっていたけど、叔父さんの名前を経営に使うためにつけられただけだもの。
ぐったりとする。忙しさと悲しさと、現状の混乱ぶりに、ストレスでクタクタだ。
このゴタゴタが片付けば、仕事はしばらく休むことになりそう。叔父さんの葬儀も、私が喪主を勤めなきゃならないし……相続の話もある……。
そもそも、この病院で働けるのかしら?追い出されることはないハズだけど……自分の心の問題がある。
最愛の叔父が焼け死ぬ光景を目の当たりにした今、ここで今までのように日々を過ごせるなんて、とても思えない……。
「あの、咲先生……」
疲れ果てた体を待合室のソファーに寝転がせていると、看護師に話しかけられる。
ここに来て日の浅い看護師だ。名前は何だっけ……?精神科の看護師業務はハードだから、長続きしない人も多いから。
記憶力には自信があったけれど、スタッフの名前も覚えなくなったなんて、怠慢なことだわ……。
「何かしら?……また、誰かがパニックを起こしたの?」
「いえ、それが……患者さんが、水沢さんが見つからないんです」
「……え?」
水沢さん……うつ病から自殺を試みるようになった患者じゃない!?
「いないって!?どういうこと!?二時間前にはいたのよね?」
「は、はい。今、みんなで探し回っているんですけど、どこにも見当たらないんです……セキュリティを通過してはいないはずなんですけれど……」
「自殺未遂の歴があるのよ。すぐに見つけなきゃ……火事の騒ぎで、精神的にストレスを感じて、どこかに隠れているのかも……」
「は、はい……と、とにかく、先生もこちらに来てもらえませんか?……お疲れでしょうけれど」
疲れてはいるけれど、そんなことを聞かされてノンビリと休んでいられる性格はしていない。
叔父の『謎の事故』も起きたあとで、患者まで行方不明になるとか……これ以上の問題を抱えることは避けたい。
「見つけるわ。セキュリティにも連絡して、カメラに映っていないか調べてもらって!」