第二話 『帰らぬ遺体』 その四
「はい。御子柴です」
『どうも、すみません。私、県警の秋山と申します』
「……県警の?叔父のことでしょうか?」
水沢さんは地元の警察が捜索してくれている。だから、そっちの件で私に連絡が来ることはないだろう。
『はい。御子柴さんの遺体についての司法解剖は済んだのですが……』
「死因は分かりましたか?……というか、あんなことになった原因は」
『……いえ。それが、まったくもって分からんのですよ。全くの謎でして……監察医も困っています』
「どんなおかしなことが?……私も、精神科医で専門外ですが、医者は医者です。具体的な説明をしてくだされば、少しは把握することが出来ます」
『……そうですね。私ではなく、先生に話してもらいましょうか』
警官は監察医に携帯を渡したようだ。
警官よりも年を取った声に替わった。
『どうも、監察医の横田です』
「御子柴咲です。その、叔父の司法解剖、ありがとうございました」
こんな挨拶する日が来るとは、思わなかった。
『いえいえ、とんでもないことになりましたね。御子柴先生とは、私も付き合いがありました。昔のことですが、よく一緒に釣りにも行っておりました』
「そうなんですか。横田先生と叔父は、縁があったのですね……」
『……はい。奥さまが亡くなられた頃から、疎遠にはなりましたが……まさか、こんな再会をすることになるとは』
「……それで、叔父はどうして?」
『ええ。説明致しますが、まず、私は監察医であり、これは司法解剖ではなく、行政解剖です』
「そうでした……失念していました」
『いいんです。現場も混乱していました。病院内の火の気のないところで、いきなり人が炎に包まれるんですから……ですが、事件性は見られない。というか、どうしてこうなったのか、誰も説明さえ出来なかった事案ですからね…………さて、それで、御子柴先生の遺体には不審点が幾つかあります』
「どのような点ですか?」
『燃えかたが、どうにもおかしい』
「おかしい?」
『そう。火をつけられたか、火災に巻き込まれた……としか説明出来ないほどに燃えていますが、内臓まで燃えています』
「外から、燃え移って、ですか?」
『いいえ。むしろ、内部の方が酷いんです』
「え?……では、叔父は、体の中から燃えたんですか?」
そんなこと、あり得るのだろうか?
『通常、外側の方が焼死体ってものは焦げるんですがね……火が燃え移って死ぬんですから』
「そう、でしょうね」
『気管まで熱を吸い込むなんてことはあり得るでしょうが、小腸まで焦げているなんてことは異常ですよ』
「小腸から、燃え始めた?」
『一番、焦げかたが酷い。一般的な発想では、最も焦げている場所が火元です。御子柴先生は、体内から燃えたことになります』
「……ありえないですよね?」
『ええ。常識的には。つまり、これは行政解剖より、司法解剖の担当になりそうです』
「叔父は……誰かに、殺されたと?」
『自然には、こうなりはしませんから。法医学の分野になるでしょう』
「でも、お腹から燃やされるなんて?……どうすれば、そんなことが?」
『わかりません。わかりませんが……』
「……なにか、あるんですか?」
『昔、同じような遺体を見たことがあります』
「……どこで、ですか?」
『小守だったと思います。そこから運ばれて来た、高校生か中学生……女の子でしたが。彼女も、お腹から焦げていました』
「小守って、この町ですよね」
『はい。これが、もしも事件性があることだとすれば……特殊な手法による殺人なのかもしれません』
「殺人……昔にも、同じ手口で?」
『ええ。そういうことなので、御子柴先生のご遺体ですが、これから法医学と連携し、司法解剖で、より精密に調べることになると思います』
「なら、叔父の遺体はまだ、しばらく帰って来ないんですね」
『はい。残念ながら。そして、県警の方が先生の方にも向かわれると思います。御子柴先生が、誰かに恨まれていなかったかとか、訊ねられるはずですよ』
「叔父は、誰かに恨まれるようなことをしてはいないと思いますが……」
『……そうですが、相手が逆恨みしてのことかもしれません』
「そうなると、わかりませんと答えるしかなくなります……社交性のある人でしたし」
『とにかく……私の手には負えません。より精密な検査をして、先生が燃えた理由を調べることになります』
「……はい。事件性があるというのなら、解明していただきたいですからね……」
叔父が誰かに殺されたのなら、その犯人を逮捕してもらいたいもの……。




