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第二話    『帰らぬ遺体』    その二


「はい、御子柴です」


『ああ、どうも、先生。昨夜の警官です』


「ああ……昨夜はどうも。それで、水沢さんの行方は?」


『まだ、見つかってはいません。病院の周囲も捜索したのですが……』


「……そうですか……病院の方も探しているのですが、今のところ手がかりもなく……」


『……手がかりですか』


「……なにか、あるんでしょうか?」


『いえ。こんなことを言うと、変に思われるかもしれませんが……』


 精神科医だから、おかしな言葉を耳にすることは正直に言わせてもらえれば慣れている。


 鬱病性挿話の嵐に、統合失調症が見せる幻覚や妄想のハナシを雨あられのように浴びる毎日だ。おかしなハナシを聞くことには免疫はあった。


 だか。健康そうに見える警官から、不思議な妖怪の物語を耳にするのは、ウンザリではある。


「……妖怪のハナシですか?」


 釘を刺しておくために使った言葉だ。呆れているような気配を声に込めたつもりではあったが、警官はめげなかった。


『ハハハ。まあ、そうですよね。信じられないと思います。小守の外から来られた先生は、知らないですから……』


 彼は真剣そうな声をしている。場を和ますユーモアのために怪談話を使っているわけではないのかもしれない。


 妖怪は信じられないけど、気になることはある。


「……いえ。実は、童子さま、については患者さんたちから聞いたことはあります」


『まあ、そうでしょうな。そこには彼女もおられた』


「……彼女?」


 警官は最近になって亡くなった長期の入院患者の女性の名を告げた。


『彼女は、童子さまに仕える巫女のような人物でした』


「巫女、ですか」


『まあ、ここらの土着の信仰みたいなもんです。童子さまを信じる者は、小守には多いのですよ』


「……神さま、なんですか?」


『妖怪とも荒ぶる悪神とも言われますな……童子さまは、親より先に火事で亡くなった子供たちの怨霊なのです』


「……仏教ですか」


『ええ。仏教では、親より先に子が死ぬことは罪だとされています。童子さまは、そんな罪を犯し、永遠に地獄で炎に焼かれ続ける子供らの魂……その化身です』


「なんだか……ひどいハナシですね」


『ええ。未来永劫つづく炎の苦しみから逃れるため、童子さまは時おり、現世にやって来る。雨の日には、その身を冷ますために、道ばたにいたりします』


 いたりします……?


 まるで、何度も見たことがあるような口ぶりだった。だが、そこには触れないでおく。


 どう答えられても、信じることは出来ないからだ。


『童子さまは、悲しい怨霊ですからな。我々は時に、童子さまを慰めるための儀式をするのです。そうしなければ、童子さまは荒れることがある』


「……荒れるとは、神隠しですか?」


『それもありますが……』


「……まさか、ヒトに火をつけるとか?」


 叔父のことを言いたいのだろうか?……叔父が、そのこんがり童子とやらに祟られて、焼け死んだと!?


 馬鹿馬鹿しいし、怒るには十分なほどに失礼だ。親族の死因が、妖怪だなんて……。


『……先生も、そう考えておられましたか』


「っ!!」


 ……反論することが出来ない言葉だった。


 私は、あの叔父の怪死に、妖怪なんかが絡んでいると考えているのだろうか?


 馬鹿げてる。


 馬鹿馬鹿しいと首を横に振るが、否定のための言葉が口から出ない。


『……先生』


「……なんでしょうか。私は……科学的物事を考えたいんです……」


『そうですな。私も、小守の町で、あんなことが起こらなければ、こんがり童子さまのことなど、口に出したりはしなかったのですが……』


「……いえ。なんというか、私も……ううん。わからないんです。司法解剖の結果が終わるまでは、現状を判断することをしかねると言いますか……」


『いいんですよ。きっと、どうにかしてみますから。我々、地元の者が解決します……』


「解決って?」


『童子さまを、お慰めにする儀式がございますので……それを行えば、きっと、神隠しに遇った者たちも、戻ってくるでしょう』


「……神隠しに遭った者たち……まさか、他にと行方不明者が出ているんですか……?」


『……ええ。ですが、それは先生とも病院とも関係がありませんことですので、お気になさらずに』


「気にしますよ……」


『それでは、先生。患者さんの件、進展がありましたら、すぐに報告しますので……何かあったら、すぐに警察に連絡を』


「何かって、何がですか?」


『……何か、恐ろしいことがあれば。不思議なことがあれば。とにかく、気になることがあれば、すぐに連絡をください』


「……わかりました」


『それと』


「はい。まだ何か?」


『鏡には、あまり近づかないようにしてください。あそこから、童子さまはヒトを拐いますので……』


「鏡……」


 あの黒い手形が頭に浮かぶ……あれは、まさか……いや、そんなことあるわけがない。


『それでは、失礼します』


 警官はそう言って、電話を切っていた。

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