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ヒーローがいなくなったあとの世界で  作者: 東谷尽勇
第四章 口づけ
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第四章 その6

「なぁ、塚原。ちょっと話をしないか?」

「いいけど、何だ?」


 気付いた時、塚原はある記憶を夢として見ていた。


「もうすぐ卒業だな」

「そうだな。年を越して卒業って言葉を日に日に意識するようになったよ」


 その記憶は、折津とお互いの進路について話した時の記憶だった。


「でさ、お前卒業後、どこの大学に行くんだ?」

「ん? あっ、そっか。お前にはまだ言ってなかったな。俺、進学しないことになったんだ」

「そうなのか? あれほど大学ではどう過ごすか話してたのに」

「ちょっと家庭で色々とあってな、働かなきゃいけなくなったんだ」

「そうなのか。……家庭、ね。それじゃ、働き先は決まったのか?」

「ああ。警察官だ」

「警察官? お前が? ふふっ、そっか、お前が警察官。ふふっ」

「おいおい、俺が警察官になるのって、そんなにおかしいか?」

「いや、逆だ。お前にピッタリの職業だよ」


 関内に指摘され、塚原は自分が当たり前の様に人々が暮らすこの日常を守れる人間だということに気付いた。

 もしかしたら折津は、塚原のそういう面に気付いていたから、警察官が塚原にピッタリの職業だと言ったのかもしれない。


「そうか?」

「いずれ気付くさ。何で自分にピッタリなのか」

「そんなもんか。まぁ、いいや。ところで折津はどこの大学に進学するんだ?」

「私も進学はしない」

「えっ? じゃあ働くのか?」

「いや、ちょっと違う。あることを、やるんだ」


 そう言った時の折津の表情を見て、塚原はとても大切な何かを思った。

 塚原は……そう、塚原は思った。

 折津は――――




「…………っ」

「おっ、起きたか」

「……俺は、気を失っていたのか?」

「そうだ。私の血を体内に入れて、体が急激に変化した時にあれだけ動いたらぶっ倒れもするさ」

「こうなるって、お前は分かっていたのか?」

「ああ」

「そういう大事なことは先に言っておいてくれ。……くそっ、体が動かねぇ」


 気を失い、目を覚ました塚原は教会の床にイスを背もたれにする形で座らせられていて、立ち上がろうとしたが体はまったく動かなかった。


「無理するな。しばらくは安静にしてろ。頭だってまだクラクラするんだろ?」


 折津の言う通り、塚原はまだ頭がクラクラしていて、少しでも気を緩めればまた気を失いそうな状態だった。


「一応、フィズの返り血は浴びないように戦ったんだな」

「お前の血を体内に入れたとはいえ、フィズの血を浴びたいとは思わなくてな」

「なるほど。まぁ、私の血に体が馴染んだあとならまだしも馴染んでいる途中にフィズの血を浴びていたらどうなっていたかは私にも分からないから、返り血を浴びないよう戦ったのは正解だな」

「折津、本当にそういう大事なことは先に言っておいてくれ」

「悪かったよ。でも、ああいう時間があまりない状況じゃ多少説明を省くのはしょうがないだろ?」

「……それを言われたら何も反論できなくなるから言わないでくれ」

「分かった。……さてと、お前の元気そうな様子を見れたことだし、私は行くよ」

「行くって、どこにだ?」

「フィズを殺すため、フィズのもとに」


 塚原は、折津がそう言ってくるだろうと思っていた。

 意識を取り戻し、頭がクラクラする中見た折津の表情が、決意に満ちたものだったからだ。


「折津」

「何だ?」

「昔、お互いの卒業後の進路について話したこと覚えているか?」

「ああ、そんなこともあったな」

「あの時、お前は俺に自分の進路についてこう言ったよな。進学はしない。あることをやるから。そのあることは、フィズと戦うってことでいいんだよな?」

「そうだ。私にはフィズと戦える力があったからな」

「折津、俺にそのことを言った時の自分の表情を覚えているか?」

「……いや」

「あの時のお前の表情は…………悲しんでいる表情だったよ」


 そう、あの時、折津は悲しんでいる表情を塚原に見せたのだ。


「そんな表情、した記憶はないんだけどな」

「いや、していたよ。だって、俺の中の記憶では、親しくなってからいつも楽しそうな表情をしていたお前が見せた、数少ない楽しそうな表情以外の表情だからな」

「…………」

「といっても、ついさっきまでお前が悲しんでいる表情をしていたこと、忘れてたんだけどな。でも、一度思い出せばはっきりと記憶に残っているもんなんだな。それほど俺にとってお前の悲しんでいる表情ってのはレアなもんだったってことだ。そして、そんなお前の表情を思い出した俺はあることをはっきりと言える」

「何だ?」

「お前は、本当はフィズと戦いたくないんだろ?」


 折津は、人間とフィズのハーフである。そんな折津がフィズを殺して何とも思わないのか。 


 答えは決まっている。そんなことは、ありえない。


 折津にとってフィズは同族であり、同族を殺して何とも思わないほど折津は冷徹ではない。

 だから折津は、フィズを殺すたびに傷ついているはずだ、と塚原は考えていた。


「折津、お前はフィズを殺すたびに傷ついているんだろ?」

「……別に傷ついてないよ」

「そうか。じゃあ今回の戦いでも傷ついてないって言うんだな? お前が仲間だと思っていて、それなりに楽しい時間を共に過ごしたシスター達を殺しても、傷ついてないって言うんだな?」

「……負けだ。ああ、お前の言う通りだ。私は、フィズを殺すたびに傷ついているよ。私にとってフィズは、同族みたいなものだからな」


 折津の言葉を聞き、もっと早くそのことに気付けなかったのか、と塚原は心の中で悔いる。


「折津、お前は戦い続けるのか?」

「ああ」

「フィズを殺すと、自分が傷つくのにか?」

「ああ」


 塚原は分からなかった。なぜ折津は自分が傷つくのに戦い続けるのか。


「……そういえば、途中でじゃまが入ってお前には言えてなかったな。私が戦う理由」


 そう、折津は一度、塚原に戦う理由を言おうとした。だがタイミング悪く勝間達が来たため、結局聞けないでいたのだ。


「なぁ、塚原。お前にとって高校生活はどうだった?」

「高校生活?」

「楽しかったか?」

「そりゃ、楽しかったかと聞かれれば、楽しかったさ」

「そっか。私もさ、楽しかったよ。特にお前と過ごした最後の一年間は。普通に楽しかった。で、ある日私は思った。この世界には、こんな普通に楽しいって言える日常を過ごしている人間が何千人、何万人、何億人っているんだって。そんな日常を、フィズは壊そうとしていた。だから私はフィズと戦うことにした。楽しい日常を過ごす人間を守るために」


 楽しい日常を過ごす人間を守る。それはつまり、人々が暮らすこの日常を守るということ。

 そしてそれは、塚原がやっていることと、同じことであった。


「たしかにフィズを殺したら傷つく。けど、傷ついても普通に楽しい日常を過ごす人間を守る価値はある。あんまり普通には生きられなかった私だからこそ、そういう価値に気付いたんだろうな」


 折津は高校生活を通して気付いたのだ。

 普通に楽しい日常が、尊いものだということに。


「それにさ、フィズと戦うってことは、普通に楽しい日常が大切なことだって私に気付かせてくれたお前を守れるってことだしな」

「えっ?」

「塚原」


 折津はしゃがみこみ、両手で塚原の顔に触れ、あの頃と変わらない、惹かれる目で塚原のことを見つめた。


「一度お前との約束はやぶっちまったけど、今度の約束はかならず守る。全てのフィズを殺して、塚原達が過ごすこの普通に楽しい日常を、私が守ってみせる」

「折津……」

「……お前のお仲間が来たみたいだな」


 聞きなれた音が塚原の耳に入る。それは、パトカーのサイレンだった。

 塚原は辺りを見渡して、日が暮れていることにようやく気付いた。

 パトカーのサイレンは、関内が約束通り行動したことを示すものだったのだ。


「さて、今度こそ行くよ」


 折津は立ち上がり、塚原に背を向けた。


「じゃあな、塚原」


 そう言って、折津茉那は塚原の前から姿を消した。


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