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冒険者は宵越しの銭を持たず  作者: 鳴海 諒
そのささやかな祈りを
9/19

教会改築の依頼

 冴えない顔をした男が二人、酒場のカウンターで安酒をちびちびと呑んでいた。時刻は昇陽三の刻、まだ昼前という時間だが、宿屋の外からは街の喧騒――行き交う人々、遊びまわる子供、商いに精を出す露天商等々――が遠く聴こえている。


「はァ……。そろそろ仕事もしねぇとなあ。今日は賽か闘鶏か、ちいっと覗いてくるかあ……」


 赤銅色の髪を短く刈上げた体躯の男が、どこか身の締まらない様子で呟く。すると横で同じ様に一杯引っ掛けていた男が、はいはい、と半ば呆れたように相槌を打つ。


「そろそろひと仕事ってのは同感だ。そろそろ懐具合も洒落にならなくなってきた。あと賭場はやめとけ、今度こそ身ぐるみ剥がされて正真正銘の無一文になるぞお前」


 そう答えた黒髪の男は「親父、エールをくれ」とつなぐ言葉でお代わりを注文する。金が無いと言っている側から酒を頼む神経も太いが、お金が無いのはいつものことであるし、無作法物者だからといって今更誰が気にするわけでもない。


「お前ら、碌に金も持ってないくせに昼間から呑もうなんていい度胸だな?金がなければお店で飲み食いをしたらいけない。子供でも知ってることを言わなきゃ駄目か?あ?」


 そんな二人(ろくでなし)を気にする男が一人。二人が宿をとっている『踊る牝鹿亭』の亭主の親父である。親父は禿頭の厳つい面に、脅迫じみた笑顔を浮かべて嫌味を言う。もちろんその手にエールは無い。


 ここは交易で栄える都市イスハーン、下層地区に居を構える宿屋『踊る牝鹿亭』のカウンターである。『踊る牝鹿亭』は都市イスハーンでは少しは名の知られた"冒険者の宿"で、赤銅髪と黒髪の二人組――冒険者のロランドとモルガン――はこのところ依頼も受けず、安穏と穀潰しもたるやという生活を送っていた。


 冒険者とは、都市の住民を始めとした人々から"依頼"を受け、雑事から荒事までこなす"何でも屋"達のことである。自由民、無法者、傭兵崩れ、誰が呼び始めたのかは知らないが、冒険者と言いながらもその実、街のごろつきとの違いを問えば答えに窮する、そんな者たちが多い自由業だ。


「昼間から楽しく呑んでいるようなお前らに良さそうな依頼がある。よかったら受けないか」


 そう言って親父はバーカウンターの横に張り出された数枚の依頼書の中から、一枚を無造作に剥がすと二人の目の前に差し出してきた。「そろそろ観念するよ」とロランドこぼして依頼書を手に取り、モルガンと二人でその内容を一見する。

 

 依頼書――古く黄ばんでいない白紙、材質が存外良い――には『教会改築の手伝い』とある。はて、ふむ、と二人は両者様相の異なる息を洩らし、共に怪訝そうな顔を浮かべた。


「教会改築の依頼だぁ? そんなもんはそこらの人足にでも頼めばいいじゃねぇか」


 モルガンの言う通り、木材や石材を運んで建物を立て直すということならわざわざ冒険者に声をかける必要は無く、人足などの力仕事を生業とする者たちに任せればいい。都市には農村から出稼ぎに者も多く、そういった仕事は冒険者よりもそちらに回したほうが安上がりだ。


「教会というと聖迴教会絡みの依頼か。あまり気乗りはしないんだがな」


 ロランドがやや困ったように親父に返す。生憎と信心深さとは無縁の生活をしていて、善良、清貧を良しとする聖迴教会には嫌いとは言わずとも若干気後れする。また、聖迴教会は大陸で広く信仰されており、大きな組織には常に相応の権力を持つ。面倒事にはなるべく巻き込まれたくない。


「まあそう言うな。切った張ったも無くあせくせ働けば金になるんだ。とっとと行って小金でもいいから稼いでくるんだよ。」


 遠出するでも無く備品も安く済みそうな依頼だ。確かにそこまで労せずとも多少の稼ぎにはなるだろう。そう考えてとりあえず話を依頼人に聞いてみる旨を親父に伝えると、「依頼主ならちょうどあのテーブルだ」と食事処の奥の方を指差す。そこには、場末の居酒には少々不似合いな黒い修道服を着た二人組が座っている。


 ちょっと話を聞いてみるか、とロランドとモルガンは席を立つと、件の依頼人のもとへそのまま足を運んだ。


 依頼主と思しき二人の女性が座って軽食を取っていた。一人はやや細身で、茶髪と金髪の中間のようなダークブロンドを肩の所で切り揃えた女性だ。淑やかな雰囲気で修道女然としていて、目鼻立ちは秀麗といっていいだろう。齢はおおよそ30歳に乗るか乗らないか。この場に不安を感じているのか、その揺れる茶色の瞳はさながら薄幸の美人といった様子だ。


 対するもう一人は身長がやや小さく、くすんだ銀色のようにも見えるアッシュブロンドの長髪を頭の後で結って首筋まで垂らしている。小顔に大きな淡い青の瞳が印象的で、一見すると女性より少女に近い雰囲気を受ける。しかし愛らしい見た目とは逆に表情や仕草はどこか擦れていて、宿の空気にも動じて居ないように見えた。


「依頼書を見たのですが……あなた方が教会改築の依頼をお出しになった方で間違いないですか?」


 宿の親父から話を聞いて、と自己紹介を踏まえて丁寧な口調でロランドが二人に問う。ロランドとモルガンは一緒に組むことも多いが、依頼主との打ち合わせは主にロランドが受け持つ。向き不向き――というよりモルガンが単に苦手なだけだが――で自然とこういう役回りになることが多いのだ。


「はい。あの依頼をお願いしたのは私です……。私は聖迴教会で教師をしております。アイシャと申します」

 

 少し怯えた様子で答えたのはダークブロンドの女性――アイシャは都市イスハーンで今回改築予定の教会で教師をしているそうだ。聖迴教会の教えを人々に伝える聖職者であり、教会の現場責任者とも言うことができるだろう。少し緊張しているのかどことなく顔が青白く見える。

 

 そんな調子でアイシャが話す折、ロランドがちらりとモルガンを見ると、生真面目な顔を装ってはいるが少し鼻の下が伸びている。なるほど確かに、立ち上がって丁寧にお辞儀をする所を見ると、出るべきところが――まさに楽園の果実の如く――しっかり出ている。禁欲的な白黒の修道服も相まって尚良い、とでも思っているに違いない。


「こちらは準教師のミアラ。私の教導姉妹(シスター)で今回私に付き添ってここまで来てくれました。あまりこういった場所に慣れていないものですから……」


 そうしてもう一人の紹介を続けた。教導姉妹とは同じ教会や修道院で学んだ間柄を指すそうで、二人は同門のようだ。修道院や教会の門を叩くのにあまり年齢は関係なく、彼女らも例外ではないのだろう。


「ねえ、そっちの大きい方。あんまり依頼主に色目使うようだったら、その股間に下げてる()()を叩き潰すわよ。せっかくまともな冒険者が当たったと思ったのにがっかりだわ」


 口を開いたミアラの第一声に二人は面食らった。ナニを潰すだなんて恐ろしいことを言うのは俺が知ってる聖職者と違う。「だめよミアラ、そんなこと言っては」とアイシャは少し頬を染めてミアラを嗜める。ロランドもモルガンの事はとやかく言えないが、批判に対して大いに心当たりのあるモルガンが苦り顔で答える。


「すまなかった。初対面じゃあまずい態度だったのは謝るぜ」


 ときに素直な謝罪ができることは美徳である。でも男だからよぉと弱々しく付け足そうとしたモルガンを今度はロランドが素早く腕を捻って窘め、一旦仕切り直す。


「失礼しました。今回の依頼は教会の改築工事の依頼と伺っていますが、単なる力仕事ということでは無いように思いまして、いったい私達は何をすればいいのでしょう?」


 そう問いかけるロランドに対して、潜める様に一段小さくした声でアイシャが答える。


「教会の改築工事は一週間ほど前に始まったのですが、そこからなかなか進展しておりません。といいますのが、工事のために雇った方たちが、気味悪がって皆辞めてしまうのです……」


 アイシャがそこで一拍。


「お二人に今回お願いしたいのは……教会に出るゴーストの退治になります」


 その時太陽が隠れたのか、さっと部屋の中に影が差し、ひやりと気温が下がったような気がした。


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