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冒険者は宵越しの銭を持たず  作者: 鳴海 諒
弱くて強い人びと
8/19

ソルベー村よりイスハーンへ

 身体がやけに重い。瞼の外から明かりが感じられる。俺はええと、オーガを仕留めた後、いったいどうなったんだ、とロランドは意識を失う直前までのことを思い出し、途端に飛び起きた。身体の節々、特に左半身の疲労感が並ではない。眠っていたのはどこか建物の寝室で、ご丁寧にベッドに横たわっていた。上半身を起こして開け放たれた窓から外を見ると大分日が昇っている。中陽の刻まではいかないが、昇陽三の刻といった所だろうか。

 

 ぼーっと窓の外を眺めていると、コツコツコツ、と部屋の外から階段を上がる足音が聞こえてくる。そうして部屋の前までやってきて、ドアを開けて姿を見せたのはシャロナだった。


「ロランドさん!良かった。目が醒めたんですね!」


 シャロナはそう言うと、泣き腫らしたような顔に笑顔を浮かべて、上半身を起こしたロランドに抱きついた。16歳といえば成人して嫁入りする歳頃である。生娘であろうシャロナの身体は、若い蕾ながらも大人らしい膨らみと柔らかさを次第に備えつつあった。思わず抱擁を返してもう少し味わいたいところだが、そうも言っていられない。


「あれからどうなったんた?」


 抱擁するシャロナをそっと離して問う。シャロナはなにか答えようとしたが、言いかけて口をつぐんだ。


「それより先にお食事をお持ちしますね。後、皆さんに目が覚めたことを伝えてきます」


 そう言って部屋を出ていってから暫くして、食事を持ったシャロナと共に、タイラントとモルガンが顔を出した。


「遅くなっちまってすまなかった」


 殊勝にモルガンが頭を下げてそう言った。あの時はあれが最善だった。気にするな、とロランドは返す。オーガがもし異常な回復力を持っていなかったら無事に逃げ切れただろう。流石にあんなのは予想出来ない。


「ご無事で何よりでした」


 タイラントはあの後、一体何が起こったのか教えてくれた。タイラントが村長をはじめとして村の男衆に事態を伝えた後、速やかに村中の捜索が行われた。そうしている最中にローリイとシャロナを連れて、重症を負ったモルガンが村に帰ってきた事によって一同は一瞬安堵したが、モルガンの話を聞くに連れて血相を変えた。


 森の中に真赤な草が生え、オーガが現れて森の獣達を喰らっている。自分達を逃がすためにロランドがオーガの元に残ったー真赤な草など誰一人見た事がある者はおらず、恐ろしい魔物が近くの森まで来ている。森に迂闊に入れなくなるばかりか、村まで降りてきたら甚大な被害がでるだろう。誰もがそう思い慄いた。


 そこに騒ぎを聞き付けた村長とタイラントが合流する。事態を伝えたモルガンは咳き込むと血を吐き出した。日が落ちて暗くなったこともあり、場所を近場の屋内に移して革鎧を脱がすと、大きな痣が残っていた。触って確かめたところ数本胴体の骨が折れ、吐血はそれが刺さって臓腑が傷付いているからだろう。


 商談時に何気無くロランドがお願いした治療薬、生真面目にもタイラントは高価な魔法薬を準備してくれていて、迷わずそれをモルガンに使った。効果は覿面であっという間に傷が癒えたモルガンは、踵を返して森へ向かうという。


 夜の森は危険だが、止めても無駄であろう、村長はそう言うと村の男衆に付いていくよう指示を出す。今なら2人が負わせた傷も浅く無く、オーガを仕留められるかも知れないこと、ここで逃せば庇護下にある都市からの援軍ーそれもいつになるかわからないーが来るまで、怯えて過ごすしか無くなること。そして何より、村の子を助けてもらった恩人を見殺しにしては、畜生にも劣ることー村長の掛けた発破で数人の有志が集まって、夜の森へ向かい、オーガの躯の側でたおれたロランドを発見したのであった。


 ひとしきりの話を聞いた後で、ロランドは誰にでもなく聞く。


「ローリイはどうなった・・・?」


暫しの沈黙。それを破ったのはシャロナだった。


「ローリイは助かりました。ですが・・・」


 静かに震える声でシャロナは続ける。外傷も無くローリイは戻って来ることが出来た。目も覚めたのだが、森でシャロナが一時的に自失に陥ったようになってしまい、生きることも忘れてしまったような状態だと言うのだ。


 そうか・・・とロランドは呟き、シャロナに向き直って、改めて深く頭を下げた。


「依頼を果たせなくてすまない。俺たちの力が及ばなかったばかりに。本当に申し訳無い。謝って許される事ではないが・・・」


「生きて戻ってこられただけで本当に救われました。あの時お二人が助けてくれなかったら、今頃あの子は死んでいたでしょう。それを思えば感謝こそすれ、お怨みすることなんてひとつもありません」


 そうきっぱりと告げたシャロナの瞳には、前を向いて生きていくという強い光が宿っているように見えた。人間は弱い。希望を無くせば前に踏み出せずに下ばかり向いてしまう。人は弱い。困っている人を助けようとしても、それができるのは精々自分が手を伸ばして届く隣人くらいだ。


 忸怩たる思いはあるが、命懸けでローリイの命を救ったのだ。これ以上悔やむのは明るく振る舞う依頼主のためでなく、身勝手な傲慢だろう。ローリイの今後は本人の生きる力と周囲の支えを信じるしかない。そう胸中で独りごちた時、開け放たれたままであった窓から、爽やかな一陣の風が吹き込んだ。


 タイラントの計らいでソルベー村にもう一泊し、念のため静養をとってから村を出た。暫くは森への立入を控え、通常より警備に人数を充てて、都市から派遣される兵隊と調査員を待つそうだ。


 モルガンは最後までシャロナとよろしくする機会を期待していたようだが、親父さんにに加えて、恩が出来てしまった行商人の眼が光っており、諦めざる終えなかった。


 それから2日後、タイラントを無事に都市イスハーンの『賢哲の社』まで送り届けて行商人の護衛依頼は完了した。報酬は予定していた銀貨20枚に加えて、いくつかの調製薬と“赤い“魔法薬が1瓶。


 魔法薬はローリイとシャロナを治す手掛かりになるかもと、モルガンがあの赤い草草から拝借したものが原料になっている。あの赤い草はマノアオメ草の変種だったようで、同じ製法を試した所“青“でなく“赤い“魔法薬が出来たそうだ。


 実験的に何本か作った後、珍しい原料を提供した御礼で内一本を無償で譲り受けた。通常のものより効能が強く、解毒薬としてはかなりの部類になるそうだが、あのオーガの姿を思い出すとどうしても飲む気にならない。飲まなければ死ぬということがない限りは使うことは無いだろう。


「お二人に感謝を。次に護衛を頼むときは、必ず指名させてもらいますよ」


 別れ際、そう言って微笑むタイラント。肝心の護衛依頼では戦うことも無かったわけだが、一連の騒動で互いに交遊を深める事が出来た。


 冒険者も客商売だ。信頼出来る依頼主からの話は願ってもないし、それはタイラントにしてもお互い様だった。せっかく仕事をするならば、お互いが気持ちいいに越したことはない。


 タイラントはそれではまた、と右手を差し出し2人と握手を交わす。暖かい手のひら。故意にせよ自然にせよ、2人は差し出された手を出会った時よりも強く握り返した。


 そして今、2人は『踊る牝鹿亭』のバーカウンターに腰掛けてエールを呷っている。少し温いのが難だが、やっと人心地ついた気分だ。頬を緩ませ宿の親父に依頼完了の報告をし、事のあらましを説明する。するとどういうわけか、2人とは対照的に親父の目がつり上がった。


「じゃあなにか?やっとツケを払うかと思ったのに、防具も全部駄目にして、既にまたほぼ文無し状態だと?」


 親父が厳めしい面と言葉で責めるが、その実さっきから返す言葉の端々には機嫌の良さが見え隠れする。なにしろ命あっての物種だ。生きてさえいれば防具を新調して、次こそはちゃんとしろ、などと言いながら酒も飲める。


「いやなァ、ロランドが森の中で倒れてるのを見付けたときはぎょっとしたぜ。いや、死んでるかもって心配だったんじゃねぇんだ。何せ首の吹っ飛んだオーガの死体の横で、何故か全裸で寝てるんだからよ!!どうかしてるぜまったく!」


 酒を酌み交わし、そんな馬鹿話に興じながら都市イスハーンの夜は更けていく。それから暫くの間『鬼人殺し』だの『露出狂の命知らず』だのと呼ばるようになった。






 そんな通り名も廃れた頃、『踊る牝鹿亭』に1通の手紙が届く。手紙には下手くそなーそしてとびっきり元気なー字でこう綴られていた。



 “たすけてくれてありがとう!“

 “あそびにきてね!まってるよ!“



弱くて強い人びと 終

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