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冒険者は宵越しの銭を持たず  作者: 鳴海 諒
弱くて強い人びと
6/19

森の奥にて


「ウヴァアアアアアア!!!!!!」


 大地を蹴るようにして獣のようにオーガがロランドに迫る。ロランドはギリギリまでオーガをひきつけ、その突進を見切って闘牛のように左側にひらりと身をかわす、と同時に右手を軽く撓らせて剣を振り、すれ違いざまにかけてオーダの肩口を浅く切り裂いた。


(浅い、それに硬いっ)


 剣から伝わってきたのは筋肉質な肉の手応え、大きさは前回のものより小さいが生物としての密度はこちらのほうが上か。グルルッと短く漏らすとオーガはロランドへ向き直り、その場から3歩で短く助走し跳躍して前脚で切り裂くように襲いかかる。


 こいつっーこんな図体で存外素早いー飛びかかってきたオーガの前脚を弾くように左手の盾で払う。押し返した一瞬で生じた隙に、身体を元に返す勢いそのままに左下段から逆袈裟に一閃、たじろいだオーガを更に後退させるように返す刃で右側からの水平斬りで迎撃する。 


 弾く、返して斬る、後退、裂く、また弾く、寄せては返すような攻防が僅かばかりの拮抗を作る。だが、巨体のオーガが繰り出す一撃一撃が重い。


 そのうちこちらが致命的な隙きを晒すことになるーロランドは丸盾を拳と垂直に握り直し、大きく踏み込んでそのままオーガの顔面を殴りつけた。


 オーガは仰け反って直撃には至らない。それでも目の前を掠めた盾によってオーガの視界が塞がれたその瞬間、連続して放たれた刺突がオーガの右目に突き刺さる。


「おらァア!!」


 それまでオーガの死角に回り込むように隙きを伺っていたモルガンーオーガは注意を分けざる負えず、それも化け物相手の拮抗に一役買っていたーがオーガに向かって疾走する。


 大きく身体を捩って戦鎚を振りかぶり、勢いに任せて吠えると引き絞られた弓のように戦鎚が薙ぎ払われ、横合いからオーガの腰を砕くように炸裂した。


 ロランドが放ったシールドバッシュからの刺突に完全にあわせた一撃、片目を抉られた上に動きを封じればいくらでも料理できる。致命傷だった。


 相手の骨を砕いただろう確かな手応え、これならもう満足に動けねぇはすだーそう思ったモルガンだが、次の瞬間胴体に大きな衝撃、後方に思い切り吹き飛ばされる。痛打に対して反射的に動いたオーガの強烈な後ろ蹴りがモルガンの胴体に直撃したのだ。


 鎧で防いでいるとは言ってもその衝撃は並ではない。口から出た苦悶には血が混じっていて、肋骨かそこいらが何本か持っていかれたようだ。一撃必殺の戦鎚は威力の分隙も大きい。対人も化け物相手でも場数は踏んできたが、インパクトからほんの刹那、刺し違えるように放た蹴りはかわし切れるものではなかった。


 瞬時に状況を把握したロランドは刺突した剣を引き、もう一度盾を打ち据え追撃してから一気に後ろへ飛び退く。改めて盾を前に、剣を下段に構え直すと、一定の距離を保ってじわじわとオーガの周囲を回るように躙り歩く。さあ、お前の相手はこの俺だ、と言わんばかりにその一挙一投足で闘気と殺意をオーガへぶつける。


 オーガもロランドから注意を逸らさない。生命のあらん限りを燃やし、敵愾心に満ちた眼でこちらとの間合いを図っている。殺るか殺られるかの緊迫、互いの命の奪い合うべく両者は暫し相対時する。だが、燃え滾る一方で、ロランドの一部は冷静に思考を巡らせていた。


 モルガンも並の冒険者ではない。あのくらいの怪我で戦意を失ったりしないし、今だって離脱する気は毛頭無いだろう。ただし、今回の目的は無事にローリイー今はシャロナもだがーを村へ連れ帰ることだ。


 二人でこのまま戦えば無事に勝てるかもしれないが、モルガンの怪我の具合も判断つきにくい。万が一どちらかが倒れたら、一気に2人を連れて生還する見込みは低くなる。二人を抱えて宵の森を警戒し、ついでにオーガと追いかけっこなんてのは無謀だ。


 相手は手負いで今なら一人でなんとか押さえられるだろう。ここは自分が時間を稼いで、モルガンが二人を抱えて先に離脱、頃合いを見て最後に離脱するのが最善だ。魔物を取り逃がしても二人が無事ならそれでいい。良い冒険者は引き際を弁えている。


「後退しろっッ!!俺が時間をかせぐ、二人を連れて早く!!」


 ロランドはそう叫ぶと同時に前へ。睨み合いを破ってオーガに向かって突貫した。先程同様目を狙った刺突、オーガは身体を後ろへ逸らすと同時に前脚で剣を払おうとする。無理せず払われるままに、代わる左手の盾を突きだして殴打、牽制にはなるが同じ手は相手も食わない。オーガは再度距離を取るように後ろへ下がる。


 視界の端にモルガンが入る、身体が重くなったかのように俊敏さを失った動きではあるが、なんとかけもの道の端までたどり着き、シャロナに肩を貸して脇にローリイを抱えた。シャロナが半分自力で立っているのを見ると、茫然自失然としていた状態から多少は恢復したようだ。 これなら稼ぐ時間も多少減るだろう。


 そんなふうに考えたのも一瞬、「グガルルルウ」とオーガは吠えると、鋭い牙をロランドに突き立てようと再び飛びかかってくる。


 一歩引いて重心を後ろ背面に落としながらロランドはそれを受け流す。先程の膠着ではできうる限り剣を返したが、ここは守りの一手だ。繰り出される牙、前脚を盾でいなす。左へ、右へ、後ろへ避ける。盾で受けて隙あらば剣を一閃させる。


 互いの必殺の間合いで打ち合うごと数回、その都度都度、距離を取り仕切り直しては再び打つ。命を削る攻防、実際の時間ではに四半刻にも満たないが、体感ではその何倍にも感じた。

 

 攻防のさなか一旦距離をとって呼吸を整える。額から吹き出すような汗、攻撃を受け止め続けた左手が嫌にだるい。まだ握力は入るがそろそろ限界だ。


 ロランドは既に集中力の限界を超え、沸騰しつつある頭を軽く振って相手を見やる。ロランドの剣が浅くはあるがオーガに無数の傷を負わせている。こちらも疲弊しているがせいぜい革鎧が浅く裂かれる程度で、まだ致命傷は食らっていない。一人では荷が重い相手に対して優位に立ち回っているといっていいだろう。


 だが、傷の数と流しているであろう相手の血の量とは裏腹に、次第に劣勢になっている実感が確かにあった。


(こいつ、動きが良くなっている。俺の動きに慣れてきたのか・・?いや、傷が治っているのか!?)

 

 モルガンが与えた痛恨の一撃は確かにオーガの骨を砕き、痛みとともに右後脚を不全に追い込んだ。今のオーガは歩けても、左後脚にしか力が込められず、出会い頭にやったような跳躍ももうできない。だからこそ疲弊しながらも時間を稼げた。


 オーガの外傷は特に治癒している様子はないし、この幾ばく、確かにオーガは右後脚を庇って立ち回りをしていた。だが今はどうだ。人で言うところの屈伸運動の様に、膝を軽く曲げて右後脚の具合を確かめるような動きをしている。


 そうーまるでこちらが息を整えるようにーオーガは脚の調子を見ているようだった。明らかに"重傷"だった腰回りの怪我が治っている。


(不味いところから癒やすってのは人も魔物も同じってわけか。見た目はオーガと変わらないが、四足で歩くし闘い方だって違う。牙もそれに合わせた具合で嫌になるほど発達してる。いや逆か?その上戦っている側から目に見えて効果が出るほどの治癒能力、どうしろってんだ)


 オーガはもともと治癒力については並だ。近接役が注意を引付けているうちに、弓や魔法なんかの遠距離攻撃で攻め立てて、最も厄介な火力ー主には腕周り、腕力そのものも脅威だが、鋭利な爪や武器などーを先に潰す。弱った所で近接役が再度叩く、というのが定石だろう。


 近接役が抜かれると取り返しがつかないため、近接2枚、遠距離1〜2枚、後は支援か遊撃か。並の冒険者4〜5人くらいであれば充分戦える相手だ。もとより人数が足りないが、ここまで俊敏で強力な治癒力があるとなると定石も通じなかっただろう。


 これ以上時間をかけるのは不味い、と即座に判断してロランドは腰に括り付けた頭陀袋を弄る。僅かな一時の時間を稼いで即座に離脱すべく一枚のスクロールを取り出して呪文を唱える。


「火よ在れ、其れは渦巻く流れ、其れは小さき日輪の如く、在れ、火よ」


 オーガが再び襲いかかろうと動きを見せていたその時、先手を打つようにロランドが短く呪文を唱え、手に持っていたスクロールがほのかに光を放つ。そこからオーガに向かって大きな火球が飛び出し、直撃して弾けた。


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