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冒険者は宵越しの銭を持たず  作者: 鳴海 諒
弱くて強い人びと
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逢魔時の森


 森へ向かう前にいくつかするべき事がある。ロランドはタイラントの元へ引き返すと、ローリイが森へ向かった恐れが高いこと、念のため村の中の捜索をお願いしたいこと、依頼中で悪いが森へ捜索に向かうことを取り急ぎタイラントに伝える。


 村人達との仲介は私が、とタイラントは真剣な面持ちで告げると村長宅へ向かった。村長への報告、親父さんと村人たちに事のあらましを伝え、出来るだけ早く捜索を開始してくれるそうだ。


 今は僅かでも時間が惜しい。2人は急ぎ宿屋に戻ると装備を整え、シャロナを道案内として村を出た。道幅が狭く馬車が使えないのが今は口惜しい。


 ローリイの名前を呼びながら3人は少し足早に歩を進めるが、森の入口に至るまでローリイの姿はなかった。ここまでに追いつけることに一縷の望みをかけていたが、出遅れてしまったようだ。


 徐々に日も傾きはじめ、林道へと続く森の入口は奥に向かってその木々の陰を濃く地面に落とし、どこか薄ら寒い。魔素の強まった森では魔獣にあうこともあり得るため、十分に用心して森の入口から林道を進んでいく。子供の足は遅いし直に追いつける、きっと無事に見つかる、と二人はシャロナにーいや、自分達にもー言い聞かせるように励ましの声をかける。


「あの子が行こうとしているところに、心当たりがあるかもしれません」


 少し息を上げながらそう話すシャロナによると、今歩いている林道は頻繁に村人たちが使う道で、森の中に小川の通る少し開けた場所があり、付近には食べられる果実や根菜があるらしい。


 そこから少し分け入った所に今回のマノアオメ草含めたいくつかの薬草が群生しているという。薬草摘みは村の大切な収入源であり、度々ローリイもシャロナや他の村人に連れられて足を運んでいるため、薬草を取りに行くのならそこだろう、というのがシャロナの見立てであった。


 3人は林道を進みながらも懸命にローリイの名前を呼ぶ。だが、それに応えるのは嘲笑うかのように風に揺れる木々のざわめきだけだ。


 歩を進めるごとにじわじわと胸にせり上がってくる不安。心做しか気分が悪い。濁った水で口を漱いだような、息が詰まるような不快感がこみ上げてくる。今の綯い交ぜになった気持ちがそう感じさせているのかも知れない。


 小川の通る件のあたりを通り過ぎて、少し疎らな木立の合間のけもの道へと分け入っていく。足場は木の根がせり出していて少し悪く、これまで以上に歩きに難くなる。木々の隙間からは西陽が刺し、思わず手を掲げた拍子に、夜が訪れるまであまり猶予がないことを嫌でも実感してしまう。


 森に入ってから感じていた不快感ー不安感を伴う違和感ーが次第に強くなるようだ。そうして一行は薬草の群生地付近まで近づいたところで、"異様"に遭遇する。


「一体何なんだ・・・こいつは・・・うっ 」


 けもの道を通って木々を抜け、視界が開けた少し先の異様。吐き気を催す血の臭いが鼻をつき、朱く熟れるような夕暮れを背にして広がっているのは、赤く毒々しい草の絨毯と、喰い散らかされた獣の死屍累々であった。


 葉を深い赤に染めた草草が一面に繁り、まるで一つの生き物のようにざわっと風にその身を揺らしている。そしてその赤い絨毯をより紅く染め上げるかのように、数匹の獣の死骸が血と臓物をまき散らして腐臭を漂わせている。地面まで血を吸って楠んでいるような有様だった。


「ローリイ!!!」


 二人の一歩後ろを歩いていたシャロナが突然叫び、身を乗り出すように2人の前へ出て一目散に駆け出した。走ってく方向を素早く見ると、小さい人影ーあれはローリイだーが草むらのすぐ手前で倒れている。


 待てっ、迂闊に動くなーそうロランドが声をかけるまもなく走っていたシャロナが急にふらつき、そのまま2歩、3歩、とローリイのそばまで近寄ると・・・力尽きたようにその場で膝をついた。


 おいっ!と思わず短く呼びかけ、急ぎ二人もローリイのもとに向かう。


「うッ・・・!!」


 近寄った瞬間強い目眩を感じ、立ち眩みで地面が揺れる。これは不味いーそう思うと頭陀袋から気付けの丸薬を口に放り込み、奥歯で噛み砕く。すると恐ろしい苦味で一気に意識が覚醒し、現実に帰って来ることが出来た。


 モルガンも同様にして我を留めると、膝をつくシャロナのもとに駆け寄る。抱き上げたシャロナは目が虚ろで、口から盛れる言葉は意味をなさずただ呻くようだ。気は失っていないが不明に陥っている。


「いったいなにがどうなっていやがんだ、こいつは」


 モルガンが悪態をつくように吐き捨てる。幸い意識なく倒れていたローリイも外傷は無いようだ。ロランドは自分たちを襲った異変、周囲の様子から推測して状況を推察する。といっても、察するに余りある歓迎ならざる事態であることは違いない。


「この赤い草が原因かどうかはわからないが、このあたりにはなにか瘴気が満ちてるようだ。ローリイ、シャロナ、獣もそれに中てられて意識を失って倒れた。意識がどれくらいで戻るか分からないし、これ以上この場に留まってどんな影響がでるかも分からん。それに・・・。」


 それに、この場に獣を喰らいに訪れる"物騒なやつ"がいる。などということは、みなまで言わずともモルガンもわかっている。こんなとこはさっさとずらかろうや、 とモルガンが答えて二人を抱えるべく赤い絨毯にしゃがみ込みー。


「間に合わなかったようだな」


 森の奥に目をやってつぶやくロランド。こちらからはまだ相手の姿は見えない。だが、強烈な視線と殺意、大きな気配が前方の木々の先から嫌でも伝わってくる。


 脇を固めてくれ、と短くモルガンに云うと、そそがれる殺意から倒れる二人を庇うようにジリジリと移動する。森の奥への注視はそのままに、相手との間に体を割り込ませるような立ち位置をとって、剣を抜いて丸盾を構える。何度も命をつないだ諸刃の片手剣を軽く握り、神経を研ぎ澄ませて相手の出方を伺う。


 その間にモルガンはシャロナを右肩、ローリィを左脇に抱えた。素早く30アーヴほど離れたけもの道の端に二人を横たえると再び戻り、ロランドの右斜め後ろに付いて背中の戦鎚を構える。


 小回りの効く片手剣と相手の攻撃を逸らす盾。装備は軽戦士のそれであるロランドが牽制と囮役をつとめ、モルガンがその間隙を突いて敵を重量のある戦鎚で粉砕する、というのが二人の連携の基本だった。


 そうして短くも濃密な幾ばくかを経て、"そいつ"は姿を現した。


「おいおい、こいつはオーガかぁ?だがよお」


 2度も続けてオーガに会うなんて最悪だ。運が悪いにも程がある。しかもどうにも様子がおかしい。大きさは2アーヴ半程度、深い緑色で強靭かつ巨大な四肢、頭の先から血を浴びたようにその顔面上は真赤に染まっている。武器の類いは持っていない。

 

 持っていないのだが、現れたオーガは2足歩行ではなく4つ足の獣の様に地を歩いている。腕ーこの場合は前脚というべきかーの先の指先には鋭い爪、口は大きく裂け、獣をズタズタに引裂いたであろう牙を覗かせている。一見した脚の関節は人よりそれこそ獣に近い様に見える。


 身体的特徴は少し前に殺り合ったオーガと大きくは変わらない。だが、これまで何度か戦ってきた相手と比べると明らかに異質だ。人の姿に近いものが四つ足で歩く異様。元々無いような理性すら捨て去た姿と獣じみた眼光が2人の肌を粟立たせる。異質とはつまり、経験や知識が通用しない可能性があることを示している。


(注意深く、鋭く)


 意識を持った剣の切っ先に集中していく。盾を前に出して剣を腰だめで引くように構える。睨み合う様に間合いを保つ両者、そしてー


「ヴヴァアアアア!!!!」


 オーガは恐ろしい咆哮を上げ、大地を蹴って踊りかかる様にロランドとモルガンに襲いかかった。


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