ソルベー村の看板姉妹
「おじちゃんたちどこからきたの!?」「まちからきたんでしょ、まちってどんなところ?!」「ユーリイもいってみたいよ!」
くりくりとした黒い瞳を輝かせ、はしゃぎながら次から次へと質問をしてくるこの少女の名前はユーリイ。ソルベー村唯一の宿屋である『白月亭』の看板娘もとい看板少女である。
「ユーリイったらもう!!この子ったら兵隊さんが珍しくて・・・。騒がしくてごめんなさい」
ユーリイの姉であるシャロナはそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。いや、兵隊って訳じゃないんだけど仕事でね、とロランドは答える。あら、そうなんですかと返したシャロナは16歳でユーリイは6歳。父親さんと2人姉妹の3人で宿屋を営んでいるそうだ。タイラントは到着の挨拶をするために村長の家へと出向いており、青斑模様のマノアオメ草を含めた仕入品の確認と積込は明日になる予定で、2人は先に宿屋入りしている。
現在は護衛2日目、時刻は傾陽三の刻。出発してから森の中を進むこと半日、平野よりも魔獣と出くわす恐れが高いためにやや速度を落として警戒をしていたが、なんてこともなく森を抜け、日暮れ前には目的地につくことができた。
ソルベー村はさほど大きくない集落で、堀と簡単な柵が集落をぐるっと囲んでいる。獣避けも兼ねているのだろうが、自警団を組織できる程度には戸数も男手もあるようだ。宿屋に向かう途中で見かけた村の中心にあたる広場では、遊んでいた小さな子供たちが母親に手を引かれてめいめい家に帰るところであった。連れ添う母子の表情は明るく、裕福とは言えずとも飢えることはない、慎ましくも満ち足りた生活を享受しているように見えた。
良い村だな。と観察していたロランドは目を細める。イスハーンの喧騒に慣れた自分にとって今は遠い日常だ。ロランドがそんな懐郷の情を抱いていられたのもユーリイの質問攻めに合うまでだった。
「おじさん達はイスハーンって所から来たんだよ。ここからずっと北に行ったところにある街で、今日は買い物に来たんだ」
腰を屈めて目線の高さを合わせてロランドが答える。さすがに6歳から見ればモルガンもロランドもおじさんと呼ばれて然るべきである。
「なにそれ?!よくわかんない!!!」
優しく言葉を並べるもロランドの説明は少し堅いせいかユーリイはいまいピンと来ない。子供にとっては町の名前も場所もどうでも良いし、村暮らしの小さい子供では貨幣で何かを買うというのもあまり馴染みが無いことである。一向に進まない会話にあー、だの、えー、だのついつい歯切れが悪くなる。
「街ってのはなぁ、毎日お祭りみたいにたっくさん人が居て、毎日みんなで騒いでお腹一杯飯を食って、食べたきゃ甘いお菓子だって毎日食えるんだぞ。すごいだろ。」
『すごい!すごい!!いいなあ!!』
モルガンが答えるとキャキャッとユーリイが笑う。絵に描いたような荒くれ者といった風体だが、見かけによらず子供と話すのが上手い。
(淑女の扱いは俺の方が上のようだな)
にやっと笑って耳打ちするモルガンを、笑い返して軽く肘で小突いた。少女の無邪気な笑顔の前にはどんな堅物だって白旗を上げるだろう。おじさんなんて毎日博打を打って昼間からお酒を飲んで過ごしてるんだ。良いだろう?、すごいね!すごいね!ばくちってなに?、なんて会話が続く。楽しそうでなによりだがシャロナの視線が妙に痛い、気がするのは疚しい気持ちがあるせいだろうか。
この時、シャロナが感じていたことは只ひとつ。『この人達は一体何をしてる人達なんだろう』という事であった。
一刻ほど遅れてタイラントも『白月亭』にやってきた。食事処のテーブルに腰かけたモルガンとロランドにローリイが熱心に話しかけるのを見て、ずいぶんと懐かれましたね、と頬を緩ませて話の輪に加わる。どうやら無事村長への挨拶も済み、明日の段取にも支障はないようだ。
「ローリイが産まれたときにお母さんは亡くなっていますが、あの通り屈託のない元気な子に育ったのは、母親代わりのシャロナさんがしっかりしていたからでしょうね。今じゃこの村の看板姉妹ですよ」
度々村を訪れるタイラントは宿の親父さんや亡くなった奥さんとも旧知の間柄らしい。そう語り2人の娘を見る目はとても優しげだ。
元気一杯のユーリイ、小さい妹の面倒を見ながら父を手伝い懸命に宿屋を切り盛りするシャロナ、親父さんは足を悪くしてから苦労して宿屋を開き、2人の娘たちを大切に育ててきた。その日の夕食は6人で囲み、いつもにまして明るい家族の団欒は、旅人たちにとっても楽しいひとときであった。打ち解けたころにシャロナが、最初は2人のことを、“昼間から遊んでいる山賊みたいな人たち“だと思ったと正直に白状したのに対し、モルガンが“大体あってる“と返して一層笑いを誘ったのであった。
翌朝、「いってらっしゃーーい!!」という元気なユーリイの声に送られて3人は村の備蓄倉庫へと足を運んだ。新緑が瑞々しさを増す今の季節、朝の空気を深く吸い込むと、少しひんやりとして清涼感が心地よい。
備蓄倉庫はいくつかに別れており、穀物、乾燥させた果実類、塩漬け肉などの食品類の他に、薬草を中心とした村の交易品が管理されている。
「こちらが今回お譲りする薬草類と・・・お話ししたマノアオメ草になります」
村長が1ロン四方ほどの木箱を指し、中を検めるように促す。タイラントがそれ応じて木箱を開くと、明るい緑に藍色に近い青の斑点を顕した草が確認できた。実物をみると綺麗な模様というよりは病気に侵された草木の類いに見える。
「確かに確認しました。それにしても今回はずいぶんな量ですね」
「村の者が出掛けた際に、群生地の一部が軒並み青斑になっているのに出くわしましてな」
今のところ森に目立って変わったところは無いようですが、と村長が少し不安そうに付け足す。マノアオメ草を手に取りながらタイラントと村長は物品について買取金額の相談を始めた。目の前には小箱一杯のマノアオメ草が入っているが、並みの薬草なら良いところ銀貨3枚程度であろう。ロランドはそう思って成り行きを見守っていたが、普段はこれひと房で銀貨1枚、この量ならばと半金貨に銀貨数枚で商談が成立して思わず瞠目する。
「次に薬草採取の依頼をうけたらもっといろいろ取ってこよう」
モルガンが真顔で呟く。手当たり次第では埒が明かないが 見識を広めるのは良いことだろう。懐具合が良くなれば尚良だ。
そうしてマノアオメ草を含むすべての検品が済むと時刻は正午過ぎ、ここからはロランドとモルガンの仕事である。タイラントの指示のもと皮袋や木箱に納められた品々を手分けして荷馬車へ積み込む。せっせと倉庫と荷馬車を往復し、中陽三の刻にはあらかたの積込が完了した。
「さて、出立は明日になりますから、後は村でもまわってゆっくりされてください」
タイラントはこの後別行動で村を少し回るそうだ。知り合いもいるだろうし積もる話もあるのだろう。『白月亭』の今晩の献立はなんだろうか、などと今日の仕事を終えた2人は軽い足取りで宿へ戻る。
荷馬車前でタイラントと別れてから少し歩き、村の広場へと差し掛かった時、なにか探すようにうろうろするシャロナと出くわした。
「ユーリイを迎えに来たんですけど・・・」
聞くとお昼過ぎに一緒に食事をした後、友達と遊んでくると言って出掛けたそうだ。今晩の食事は一緒に作りたいと言っていたので少し早めに迎えに来たが、広場を探してもどこにもいない。
ユーリイを見なかった?とシャロナが広場で遊ぶ子供たちに話を聞くと、確かに一度はここを訪れたようだ。だが、暫くして“お客さん“に薬草をあげる。と言って1人で先に帰ったらしい。帰った方角から考えるにもしかすると森へ向かったの知れない。
「まさかそんな・・・」
一体どうしたら、と一気に血の気が引いた顔でシャロナが呻く。まだ日は出ているが暫くもすれば夜になる。昼間の森でさえ安全とは言えず、このままでは最悪の事態も有り得る。そう思い至るとなんと声をかけたものかと一瞬言葉を失う。
「冒険者さんはその・・・お金でいろいろしてくれるんですよね・・・」
泣き出しそうな顔でシャロナは続け、次第にその言葉は強くなる。
「どれくらいなのか分かりません・・・それでも必ずお支払します!どうかローリイを探してください!!」
ロランドはちらりとモルガンを見る。一目見れば答えは明らかだった。
「任せろ」
こうして急遽、ローリイ捜索が始まったのだった。