表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者は宵越しの銭を持たず  作者: 鳴海 諒
そのささやかな祈りを
16/19

アズハル商会

 教会でゴーストを見送った夜から四日後の昼、ロランドとモルガンの姿は上層区域に本店を構えるアズハル商会の応接室にあった。


 応接室の中は落ち着いた雰囲気だった。派手な造りではないがひとつひとつの調度品それぞれがおそらく高級品で、調和のとれた内装は鼻につかない程度にアズハル商会の景気の良さを物語っている。


 部屋にいるのは三人、冒険者二人とアズハル商会の頭取であるアズハル氏である。アズハルは50歳くらいの中背で恰幅の良い男性で、太っているというより引き締まった小熊のような体躯をしている。黒々とした顎髭を撫で付けるしぐさをそのままに、アズハルはロランドに尋ねた。


「君たちの話を聞かせてもらおう」


 その言葉に力む様子もなく、自然体でロランドとが話し始める。それがですねーーー



 こうなったのにも理由がある。アイシャ達から依頼完了を告げられたあの夜、『踊る牝鹿亭』に帰る帰り道、ロランドがモルガンに尋ねた。


「納得、いかないようだな」


「ああ、納得いかねぇよ」


 あのゴーストの事をあそこまで突き止めて、半ば諦めるように帰ってきたのだから釈然(しゃくぜん)としない。それに、あのゴーストはかつて愛した男との思い出を守ろうとしているだけだ。


「幽霊女のことだけじゃねえ。アイシャさんやミアラの事もだ」


 後の事をすべて二人に押し付けてここで身を引く。あの別れ際の気丈な姿を見て『はいそうですか』と身を引いて、今宵の酒は旨いだろうか。


 それを聞いたロランドは軽くため息をつくも、嫌そうではない。


「一銭にもなりはしないんだぞ、まったく……。これから教える商会の人間、それも番頭なんかじゃなくて頭取に明後日以降で顔合わせの約束をとってくれ」


 脅し強請(ゆすり)は無しだぞ。そこまでやったら後はこっちで手伝ってやるよ、とロランドが諦めたように言うと、モルガンは破顔した。


「やっぱり持つべきものは話のわかる仲間だなあ。なァに、タダ働きってわけでもねぇ」


 死んでる美女にに生きた美女、ついでにちんちくりんな女を助けりゃきっと御利益もあるさ、とモルガンはからっとした笑顔で言った。少しそ立ち止まってことの子細を打ち合わせると、二人はその場で別れて歩き出す。夜風が少し冷たいが、僅かばかりに熱を帯びた心にはそれが心地よかった。


 それから一刻ほど経った頃、アズハル商会の執務室で帳簿の確認をしていたアズハルは、トントントン、というノックの音に気が付いて視線を上げた。


 入れ、と短く言うと執務室に番頭が入ってきて用件を告げる。


「今しがた、冒険者のモルガンと名乗る男が旦那様宛にお見えになっています。教会の件でお話がしたいと。いかが致しましょうか」


 ふむ、とアズハルは少し考えると言った。


「教会の件といってもどこの誰かも分からないお人と会うほど私も暇では無い。紹介状かなにか持っていないか確認だけして、違うようなら忙しいと言ってお引き取り頂きなさい」


 はい、と番頭は短く答えると一礼してその場を辞した。いくつかの商店を束ね、自らも本店や支店を持つような商会の頭取は多忙な身だ。実際にアズハルもこの本店兼自宅に住み込みで働いている。そして明くる翌日、商談のために身支度をしていたアズハル氏にまた一声がかかる。


「なに? 昨晩の男がまた面会を求めている?これからいくつか打合せだ。お帰り頂きなさい」


 そう告げてその日の仕事に取りかかる。商談、采配、帳簿確認とやるべきことは多くあっという間に時間が立つ。さて、今日はこのくらいにしようかと休憩をとっていた夕刻、再度アズハル氏に声がかかる。


「また来た? うむ……。もし手を焼くようなら警備の者をやって追い払うのもやむ無しか」


「いえ、忙しいので面会はお断りしますと伝えると、なら時間ができたら教えて欲しいといって素直に出ていくのです。それに、警備の者から聞いたところかなり腕が立つのではないかということでして……」


「それならば、そのうち諦めるのを待つしかあるまい。これ以上はその男からの取り次ぎは必要ない。忙しいから会えないと伝えなさい」


 それから2日経ち3日目、アズハルは都市議員との商談に赴くために馬車に乗って外出していた。三刻ほどして帰ってくると、商会の正面口を出て少しの所に、背の高い男か商会の方を向いて仁王立ちしているのが目に入った。商会を今朝出た時にも見かけた男だ。


「見慣れぬ男が店を張っているな。あの男は一体誰だか掴めているのか?」


 商会に戻ってから、店を取り仕切る番頭に尋ねると、ややぼやくように番頭がそれに答えた。


「いえ、数日前から来た例の冒険者にございます。最初の晩からこの三日間、朝に一度夕に一度、旦那様の時間を貰えないかと尋ねてくるのです」


 あの男か、とアズハルは言ったが、そのとき同時に疑問が湧いた。


「朝と夕と言ったな?まだ夕刻までは大分時間があるように思うが」


 その問に番頭が困惑した様子で話す。


「それがあの男、あの晩から引き取りを願うと、ああして店の近くで突っ立って本当に()()()()()のです。自分は近くにいるので時間が出来たら教えてくれと。店の者に話を聞くに、昼も夜もずっとそうしていて、寝ることはおろか食事すら取っているか怪しいという有り様のようです……」


 流石にこの話にはアズハルも驚いた。商会の主である頭取の手を煩わせないようにと些事は他の者が済ませるので報告が上がってこなくても不思議はない。が、まさかそうまでして粘られるとは誰も思ってはいなかった。なぜそうまでするのか皆目検討もつかないが、大馬鹿も過ぎれば立派ですらある。下手に噂でも立ったら目も当てられない。アズハルも御手上げだ、と根負けした。


「わかった、彼と会おう。明日のお昼に時間をつくるので、今日こそ本当に一度お帰り頂けるよう、お前から伝えてくれるか


 こうしてモルガン達は明くる日、アズハル商会の頭取であるアズハルとの面会をする運びとなったのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ