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冒険者は宵越しの銭を持たず  作者: 鳴海 諒
そのささやかな祈りを
15/19

同じ教典の者として

 宿で昼食を取った後ひとまず解散し、同日四人は改めて聖イグノラシア教会に集まっていた。時刻は静来二の刻、日が落ちてお祈りをする信者も既に帰宅の路についた頃、街の喧騒とは無縁の礼拝堂は静謐(せいひつ)な空気に包まれていた。モルガンは礼拝堂を入って中央まで歩を進め、他三人はその少し後ろで待機している。


「おい、ゴースト女。お前のことを色々調べたんだぜ。居るなら出てこいよ」


 これでいいのか?と頭の上に疑問符を浮かべた顔で、礼拝堂の奥の壁画に向かって呼びかけていたモルガンが振り返る。いい、そのままいけ、とロランドが目線で答えると、そのまま一番波長があうであろうモルガンが語りかける。


「あんたの名前はリーリア、画家の名前はフェルド、そうじゃねえのか?」


 静寂、独白のような語りは続く。


「あんたら二人は愛し合ってた。でも導師様がそれを邪魔したんだろう。違うか?」


 木霊するのはモルガンの言葉だけ。


「どうしてあんたはあの部屋にいた?」


 沈黙。


「どうして化けて出てきたんだ?」


 やはり駄目か。モルガンを含めて三人がそう思った時、おもむろにアイシャがモルガンの横まで進み出る。その場で両膝を床につくと、祈るように手を組んでその首部を下げた。


「私はただ、一人の祈る者として貴女にお詫びしたいのです」


 アイシャはただ、その胸の内を吐露する。


「貴女の彷徨える魂をお送りすることはおろか、あまつさえ近くに居たことさえ気が付かずに」


 悔しさがその声に滲み出る。


「本当に、ごめんなさい……」


 目を瞑り祈るアイシャ。蝋燭の灯に照らされたその頬に一筋の雫が流れた。刹那、モルガンが手にしていた燭台の灯がゆれる。風のない礼拝堂の中でその炎が強く煌めいたと思うと、四人の前にゴーストが姿を現した。


 黒い影ーー今はおぼろげながらその顔立ちがロランドにも分かるーーの姿を見て「ああ……」とアイシャとミリアが一様に零した。二人がゴーストを見るのは初めての事である。


 ゴーストが姿を現した所で、可能であれば事の次第を確かめ、その望みを聞き遂げさせてあげたい。依頼人ーーアイシャの様子を見るに、既に法力を以てして祓うのは違うだろう。


 黒い影は、先程のアイシャの言葉を聞いてわずかに首を横に振っているように見える。否定しているーーのだろうか。そう感じながらロランドが続く言葉を引き継いだ。


「あなたの名前はリーリア、この教会に居た姉妹ですね?」


 黒い影は小さく頷く。


「あなたはこの壁画を書いた画家ーーフェルド・ヴィクトールと親しかったですか?」


 黒い影は再び頷く。「愛し合っていた?」と聞くと、同様に肯定した。その後も同様に質問してくと、画家と恋人であった事、法力で人々を癒やしていた事は想像通りであった。


「あなたを地下室に閉じ込めたのは師教ですか?」


 頷いて肯定。貴女を殺したのは師教かという質問に対しては否定、地下室に閉じ込められたのは初めてだったかは否定。やはり殺すために閉じ込めたのではなく、折檻か何かだったのかも知れない。そして質問は確信に近づいていく。


「師教とフェルドは仲が悪かったですか?」


 何も反応しないゴースト。だが、次の質問をした時、たちどころに礼拝堂の空気が変わる。


「師教は画家を害そうとしましたか?」


 すると、それまで虚空をただ漂い凪いでいたゴーストの気配が、一瞬で爆発したように膨れ上がり、強烈な殺気が突風の如くに周囲をかき乱した。邪悪が身体を突き抜けたような感覚に、思わずロランドは身構え、モルガンはアイシャとミアラを庇うように動く。


 冷たい手に首を閉められたような悪寒と窒息感。抜身の刃を首筋に当てられたかのように肝が冷えて嫌な汗が出てくる。ロランドは言葉を発しようとしたが声にならず、へばり付くような喉の渇きを感じて生唾をごくりと飲み込んだ。


 激しい感情、怒り、怨み、そして悲しみ。それが質問に対する答えだった。画家を殺したのはーー直接手を下したにせよ下していないにせよーー前師教がだった。理性で殺意に中てられた心を鎮めると、一呼吸おいてロランドは質問を続ける。


「師教がどうして亡くなったかをあなたは知っていますか?」


 暫くしてから首を縦に振っての肯定。少し気配も落ち着いたようだ。幽霊にも喜怒哀楽は残っているのだろうか。「師教は病死でしたか?」と聞くと首を横に降っての否定。病死ではないとすればーー


「師教を殺したのはあなたですか?」


 首を縦に振っての肯定。ロランドだけでなく皆の背がぞくりと震えた。ただ首を縦に、横にと振るゴーストの姿はひどく淡々とした様子に見えて、殺害したという事実さえも大したことではないように思えてしまう。それはロランド達ーー生ある者にとっては異常で、忌避感を抱かずにはいられない。


 恋人を殺された怨みで師教を殺して、最後には彼女も死んだ。つまるところ、これが姉妹の語った40年前の真実だった。それでは、今になって現れたゴーストは何を望むのか。


「お前の望みはなんなんだ」


 ロランドがそう問うも、ゴーストは動かない。


「教会に復讐したいのか」


 首を振ってそれを否定すると、ゴーストはすっと手を揚げて壁画を指差した。


「あの壁画……どうしたいんだ」


 ゴーストは微動だにせず、否定も肯定もない。


「あの絵の側に居たいの?」


 ミアラが問うと、ゴーストはこくこく、と小さく頷く。「俺たちは教会を改築しようとしているが、あの壁画を壊そうとはしていないんだ」とロランドが伝える。もしも改築騒ぎで壁画が失われると危惧して出てきたのであれば、これで望みが叶う。だがゴーストは首を横に振った。それでは駄目らしい。


「あの壁画も、この教会も、この場所全てが貴女と大切な人との掛け替えの無い思い出なのですね」


 そう言ったアイシャの声は鈴のようにも関わらず、まるで晩鐘(ばんしょう)のように胸に響いた。


「ただ今のままでそっとしておいてほしい。そうではありませんか?」 


 ふっと礼拝堂の空気が和らいだような気がした。アイシャの言葉にゴーストは頷くと、細部まではそのまま霧散するようにその姿を消した。


 彼女の願いはつまるところ、このまま変わること無くこの教会と壁画があり続けていくことのようだった。彼女の大切な思い出そのままの姿で。


 ゴーストの消えた礼拝堂は、先程の緊張感が嘘のようにその穏やかな静寂を取り戻したが、残された四人の胸中はざわめいていた。特にアイシャはその表情に険しさを滲ませている。


「彼女の願いを叶えるためには改築の話を白紙に戻すしか無いのでしょうか……。でもそれは私の力では難しい……。どうすれば……」


 贖罪としてあのゴーストの望みを叶えてあげたいというのは偽るざる本心であるが、そう話は簡単でない。


 教会の改築はそれなりに準備と根回しをして計画され、既に動き出している話だった。教会の幽霊がそれを望んでいるから、などと言う理由では、今回の融資元の商会や計画を承認した教会中央、その他の協力してくれた関係各所を説得するのは難しいだろう。


 万が一、サントス師教の権限で一方的に話を白紙に戻せたとしても、関係する多方面の顔を潰してしまう。教会は明日も、明後日もこの場所で人々の()り所にならねばならないのだ。周囲を敵に回すようなことはできない。

 

 なにより、教会の改築は教会に足を運んでくれるーー今を生きる信仰の徒にとって歓迎すべき善きことだ。一人死者を慰める事と多くの生者の幸福と、どちらを選ぶべきかは自明のことに覚えた。


 少しの間逡巡するアイシャ。弱々しい表情なそのままに、ロランドとモルガンに話かけた。


「お二人とも、今回は多々ご協力下さってありがとうございました。最長期間とした5日間が経ちましたし、今晩、今を以て依頼は完了とさせて頂きます。ゴーストを祓わなかったのはひとえに私の我が儘でしたので、成功報酬として銀貨2枚もお支払い致しますね」


 報酬は後日『踊る牝鹿亭』に、とアイシャが言うとモルガンはその顔に不承不承を滲ませる。


「このままでいいのか?」


 そう問われたアイシャは少し困ったような儚い笑みを浮かべて答えた。


「お二人には本当に感謝しておりますし、そのお気持ちも大変嬉しいです。ですが、ここから先は私たち教会が責任をもって向き合うお話だと思っています。ミアラとサントス導師とも相談をして、なんとか道を探してみます」


「冒険者なんて大体ごろつきと大差無いけど、あんたたちは心強かったわ。大丈夫。ここからは私とアイシャで頑張ってみるから」


 ミアラがアイシャの言葉に加えてそう言った。依頼人がそういうのであれば従うのが筋と言うものだ。ロランドとモルガンは、短い付き合いであったが2人に礼をして、またなに困ったらいつでも依頼を出してくれ、と告げて教会を後にした。


 こうしてゴースト退治ーー教会改築の依頼は幕を閉じたのであった。


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