昔日の乙女
礼拝堂に隠された地下室と物言わぬ白骨。一見して死後相当の時間が経っていることがわかる。他の遺留物は白色ががった杖がひとつ。軽くて手にとって確認すると、腰の高さ程の大きさのようだ。
じめじめとした地下室は暗く、ランタンの仄かな灯に晒された白骨がロランドを昏々と見つめてくる。ロランドはモルガンの証言を参考に状況を確認すると一旦上に戻った。
地下室の形状、白骨、残された杖、おおよその状況を上の三人に伝える。白骨をそのままにするのは忍びないが、ハッキリと言ったしたことが分かるまでは手を加えず慎重になるべきだとして、ひとまず地下室を再び封じることにした。
「状況を考えると、この骨があのゴーストの正体だろうな」
「まさかこんな部屋があったなんて……。この方がどなたかも私には……」
表情を硬くしてそうアイシャが呟く。自分が営む教会で、それも隠された部屋、足元から人骨が見つかったのだ。一体ここで何があったかと思えばぞっとしないのも最もな話である。だが、ゴーストの退治という依頼を考えれば一歩進展したといってもいいだろう。
「あの骨を供養してやりゃあ、あのゴーストは消えるってことだよな?」
これであのゴーストも少しは報われるだろう、とモルガンは依頼人のほうに向かって問う。だが、依頼人の代わりに答えたミアラの返事はは芳しくないものだった。
「いいえ、祓いの術をするには霊体そのものを相手にしなくちゃいけないの。屍人や物に霊が憑いてるなら送ってあげられるけどね。私とアイシャはゴーストを直接見ていないし、今ここに気配もないから難しいわ。白骨が見つかったからと言ってそれで解決ってわけにはいかない」
ミアラは眉間に皺を寄せて少し考え込んでから話を続ける。
「あのゴーストは見つけてって言うように此処に私たちを呼んだ。他にまだ伝えたい事があったのかもしれないわ。祓いの術なんて無くたって、死者は心残りが果たされれば浄化されるものだし、そっちの線で行ったほうがいいかもね」
「私はどうして彼女が亡くなったかを知り、彷徨える魂を送ってあげたく思います。元々の話とは少し違ってしまいますが、ご協力頂けませんか?」
そうアイシャが頭を下げる。こうなれば今後についてはにべもない。女の身元を調査してその願いを叶える。どこから手をつけたものかと皆一様に思案しながらも、今後の方向性が決まったのだった。
翌日、中陽三の刻、モルガンとアイシャの姿は都市イスハーンの上層地区にある聖廻教の教会にあった。聖イグノラシア教会よりも白さ際立つ建物に入っていくと、都市イスハーン周辺を管轄する立派な白髪をたくわえた師教のサントスが2人を出迎えた。柔和な笑顔と矍鑠とした雰囲気の老人で、まもなく齢七十に届くというのだから驚きだ。
「下層地区の教会にそんな部屋が……。いえ、私もそのような場所があるとは存じ上げませんでした。骸が残されていたとなるとこのままにもしておけませんのう。姉妹アイシャ、苦労をかけますね」
サントスが少し気を落として言う。「サントス導師、なにか部屋について思い当たることはありませんか?」とアイシャが言うと、困ったようにそれに答える。
「教会の建立にあっては隠し部屋自体は珍しくありません。信仰が認められない時代では弾圧から逃れるために避難場所や逃走経路が設計されることも多かったそうですので、あの教会も古いのでそういったものかもしれませぬ。いや、教会はおおよそ40年前に一度改築されたと聞いておりますし、その時に作られたのかも……」
サントスが都市イスハーンに着任したのは、丁度改修が済んでまだ間もない頃であったという。前任者の師教が急逝し、当時は準師教であったサントス師師と、既に亡くなった先代師教の二人が交代で中央から着任したそうだ。
「前任者は心の臓の病か、急に亡くなってしまったそうで私は引継もなくこの地に来ましてな。あれから40年、早いものでした……」
「サントスさんが来たとき、あの教会に誰か若い女はいなかったか?」
目を細めて遠くを見ているかのように述懐するサントスにモルガンが尋ねるも、芳しい答えは返ってこない。
「私が来た頃には居なかったような。何分昔のことでしてな。確か前任の師教は孤児院を下層地区で営んでいたそうで、上層の教会よりも下層のあの教会に居ることが多く、当時は上層地区には姉妹が居ましたが下層地区に勤める者はおりませんでした。信仰には上層も下層もない、奇特な方だと前任者は街の人々にも慕われていたようですよ」
そう言ってサントスは立ち上がり戸棚から出した古い帳簿を確認する。やはり当時、着任前から遡って数年ほどの期間に下層区域で勤めた教賛者の記録は無いとの事だった。他に何かあったかの、と呟いてから思い出したかのようにサントスは話す。
「帳簿を見て思い出しました。着任した頃、下層の新しい教会には驚いた記憶がありますな。都市の教会というのは中央からの支援と御布施などで成り立っておるのですが、改築などできるほどの余裕が有るところは少ないのです。あの頃今ほど教会と議会の友誼は深くは無かったですが、前任者は余程徳があったのか御布施も多く寄せられていたような」
私の話が何かのお役に立てば良いのですが、とサントス師教は言葉を結んだ。そこでモルガンは沸き起こった素朴な疑問を訪ねてみる。
「今は改築に回せるほど儲かってるのか?」
儲かっているのかという愚直に過ぎる言い回しであったが、サントスは苦笑い混じりに教えてくれた。
話によると、今の教会の経営は幸いなことに裕福とまで行かなくても困ることもない程度に保たれているという。今回の話はさる商会が、低利率で融資をしてくれる話が出たのが発端だそうだ。
「教会が綺麗になれば御利用される方々も嬉しいでしょうし、訪れる方も増えるでしょう。借りる商会もまっとうな所で、無理のない返済ができそうでしたので」
そのあと暫く話をしてから、二人はサントスにお礼を述べて上層区域の教会を後にした。この後は別行動で目撃者から聞き込みをしているロランドとミアラと教会で合流する手はずとなっている。
「あの白骨に関する話はあまり伺えませんでしたね。どなたかは分かりませんが、体が朽ち果てるほどの時が経ってもこの世に留まり続けている。私は一人の信仰ある者として、あの彷徨える魂を癒して差し上げたいと、そう、思うのです」
並んで歩くモルガンとアイシャの影が夕陽を浴び地面に延びる。石畳に映る影は薄暮に揺らめいてうっすらとしていた。ちらりとモルガンがアイシャを見ると、その憂いを帯びた瞳と美しい横顔がどこか切なそうに見えた。
時を同じくして聖イグノラシア教会、ロランドとミアラは聞き込みを終え、一足先に礼拝堂に戻ってきていた。
「情報屋まで使ってみたが収穫はなかったな……」
苦々しい表情でロランドが呟く。二人は教会に出入りする人々を中心に聞き込みを行っていた。まずは幽霊を見たという人足たちを当たったが、ロランドと同じように黒い長髪の女らしい影を見たというような情報程度で、個人を特定できるような情報はなかったた。
礼拝者や教会に出入りする子供、果ては昼間から近くで呑んだくれていた浮浪者まで声をかけてみたがこれといった成果はあがらなかった。
それでも諦めず、なにか分かればと思い懇意にしている情報屋なども当たってみたが、わかったと言えば教会と繋がりのある役人や商人たちについてであり、地下室の白骨とは無縁と思われるものだった。
「気を取り直して聞き込みを続けましょ。といってもあのおじいさん達で最後かな」
礼拝堂の中に入ると一組の老夫婦が御祈りを終えて帰るところだった。あの夫婦が今日最後の参拝者だろう。夕日が窓から礼拝堂に注ぎ、寄り添う二人は一枚の絵のようであった。二人が礼拝堂を出ようとしたところでミアラが「少し宜しいでしょうか」と声をかけた。
「儂たちはこの教会で結婚式もあげまして、子供の時分から来とりますが、女性といってもわからんですなぁ。妻一筋ですので」
あらやだおじいさんったら、などとおばあさんが若い娘のように頬を染める。仲の良い夫婦だが、どうにも女性という情報だけでは思い出すのも難しい。今回も駄目か、とロランドが思ったとき、おばあさんが呟く。
「そうねえ。この教会で女性といえば、私はここに来るといつもあの盲目の姉妹様を思い出すわ。いつもいらっしゃるわけでは無かったし、いつの間にかお見掛けしなくなってしまったけれど」
「そんなお人、いらっしゃったか?」
「居ましたよ。私たちが子供の頃ですから、おじいさんは覚えて居ないかもしれませんけど」
そいっておばあさんは、おもむろに修道院の奥に目をむけこう言った。
「あの壁の絵の女の人に似た、美しい姉妹様がいらっしゃったの。覚えてないかしら」




