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冒険者は宵越しの銭を持たず  作者: 鳴海 諒
弱くて強い人びと
1/19

行商人の護衛依頼

 鬱蒼とした森のなか、一人男は周囲の様子を懸命に探ろうとしていた。


 林道から然程(さほど)離れた場所では無かったが、まもなく宵という頃合いであったせいか、既に木立は周囲に暗い陰を落としている。


 50アーヴほど離れた辺りからだろうか、木々を揺らして動く気配とあわせて、濃密な血の臭いを鼻腔(びくう)が捉えた。


「さて、どうしたものか……」


 苦々しさを口の端に滲ませながら、ロランドは一人呟いた。



 ことの始まりは4日前の昼過ぎ、二日酔いの鈍痛に顔を(しか)めながら、宿屋で手頃な依頼を受けたところまで遡る。


「ようロランド、最近働いてないように見えるが随分といい御身分だな?モルガンのやつはもうとっくに出掛けていったぞ」


 コップに注いだ水をカウンターに置きながら、どこかからかう様に声をかけてきたのは『踊る牝鹿亭』亭主の親父であった。


「あいつはどうせ賭場(とば)にでも顔を出してるんだろ。それより親父、働いてないとは聞き捨てならないな。昼夜を問わず情報収集に努めていると言って欲しいもんだね」


「人の店でツケで飲むのが仕事ってんなら、ジゴロだって立派な仕事になるだろうよ」


 違いねぇ、と相づち苦笑しながら出された水を一気に飲み干すと、乾いた喉と荒んだ臓腑(ぞうふ)に少し温い水が心地よく染み渡る。


『踊る牝鹿亭』は都市イスハーンの下層地区にある宿屋で、いわゆる『冒険者の宿』と呼ばれる宿場だった。


 下層地区の雑踏の一角、一階入り口を入ると数席のテーブルとカウンターがあり、食事どころの奥と2階に貸部屋がいくつか。それだけならば普通の宿と大差無いだろうが、カウンターの側に無数の貼紙―――依頼書―――が掲示されている。


「なにか楽して稼げそうな、手頃な仕事は入ってないか?復帰がてらそろそろ働こうかとね」


 イスハーンも例外ではないが、ある程度の規模の都市ともなれば多くの人口を抱え、商い、生産、流通、人々の生活も様々である。

 そこで発生する様々な雑事、おつかいの様な仕事から行商人の護衛、果ては地下水道のネズミ退治まで、依頼を受けて手掛ける ――言わば“何でも屋“―――彼らは冒険者と呼ばれていた。


 “何でも屋“と呼べば聞こえは良いが、その実多くは兵隊崩れや出奔した流れ者、(すね)に傷がある者が大半だ。そういった彼らは大抵決まった宿を仮住まいとし、そんな人間の集まる宿に依頼が寄せられる。仕事が受けられる宿に冒険者たちが集まり・・といった具合に『冒険者の宿』には人と依頼が集まってくる。


「楽に稼げるってのが気に食わん。それに手頃な仕事といってもお前・・・本調子じゃないんだからちょっとは自分で考えろよ」


 呆れ気味に親父はそう呟きなから料理の仕込みをする手をとめて、壁の依頼書に目を走らせる。


『冒険者の宿』ならイスハーンにもいくつかある。もちろん依頼をどの宿に持ち込むかは依頼人の自由だが、頼むなら信頼のおける所にお願いをするだろう。『踊る牝鹿亭』の親父は壮年を過ぎた厳めしい禿頭の偉丈夫で、荒事は得意でも間違っても料理など出来そうにない。実際に料理は ――本人には決して言えないが――そこまで旨くない。ただし酒の趣味とツマミはまずまずであり、なにより依頼内容と冒険者の実力を考慮して割り振る“目利き“については一級品であった。


「今朝入ってきたばかりの依頼だが、ソルベー村までの護衛依頼がある。出立が明日早朝ってことで急ぎの募集だ。5日間で銀貨20枚、丁度良いと思うがな」


 そう言って親父は1枚の依頼書を剥がすと、ロランドの目の前に差し出してくる。


「銀貨20枚?ただの護衛にしては羽振りがいいな。依頼人は?」


 割がいい仕事は何時だって大歓迎さ、と相好を崩して依頼書を受け取り内容を確認していく。親父によると依頼主のタイラント氏は主に薬草や調製薬を扱う個人商人であり、これまでも何度か護衛の依頼を受けている人物らしい。


 今回ソルベー村へは薬草の買付けで出向くようだ。ソルベー村へはタンドリン大街道を南方に60ヴォア弱、荷馬車で片道2日程の距離で、行程の1日目は夜営、2日目は村で1拍し3日日目は村で積込など諸々の手伝い、4日目早朝に帰路につき計5日を予定している。


 夜営道具などは自前で食料と宿の経費は依頼主持ち、1日辺り銀貨4枚である。扱う商品や依頼主にもよるが、個人商人からの護衛依頼となると相場が1日銀貨2枚程度であることを考えると、充分破格と言えるだろう。


「ソルベー村までの街道じゃ野盜が出ても人数はたかが知れてるだろうし、相手は魔獣や運が悪くてもゴブリン程度だろう」


 なのに何故、と周辺の地図や記憶を頼りに思い返してみるが、山越えや樹海などの難所は無かったはずだ。なによりソルベー村までの道のりの大半は大街道を利用しての移動となる。


 人の往来(おうらい)がある街道で危険な魔物が出現したり、盗賊被害が目に余れば警邏隊のみならず騎士や兵士が討伐に乗り出す。街道の安全確保は物流の要であり、それすらも満足に出来ないとなれば交易相手としては2流3流、都市国家としての面目も保てないのである。


 偶発的な魔獣との遭遇や小規模な野盜でも旅客にとっては懸念材料に違いなく、護衛を雇う理由となる。だからこそ今回はあくまで“保険“程度の仕事になるだろうと判断した。


「急募で人の確保をしたいってのと、なんでも珍しい薬草を扱うもんだから多少金額を上乗せしているそうだ」


 顔に浮かべた疑問に答えるように親父が答える。“珍しい薬草“の詳細は知らず、これ以上は直接依頼人に確認するしか無さそうだ。それならば、と席を立とうとする前にガチャン、と『踊る牝鹿亭』の扉が開かれ聞き慣れた声がする。


「親父、帰ったぞ~う。おっとロランド、やっと新しい依頼を受けるのか?」


 心なしか弾んだ声、赤銅色の髪を短く刈上げた長身の男が、依頼書を手にするロランドを見て親しげに声をかけた。歳は20代中頃だろうか。精悍な顔付きだが幼さが残るような目元が妙に愛嬌のある雰囲気を醸し出している。


「丁度よかった。明日からの護衛を引き受けようかと思ってたところだ。依頼人の所へ行くぞ」


「おいおい待ってくれ!こっちは今戻ったんだ。一息つく位の時間はくれたって良いだろう?」


 ここ1年程パーティーを組んでいる男ーモルガンはそう言って依頼書を覗き込むように隣へ座る。ごく自然にそのままエールを注文したが、親父は蔑んだような目で野良犬でも追い払うようにシッシッと手を振った。


「この穀潰しども。昼間っから呑んだくれてないでとっとと挨拶を済ませてこい。働かないやつに飲ませる酒は生憎うちには置いてないんだ」


 タイラント氏は上層地区に宿場をとっている、親父はそう言って氏の滞在先を告げると、“話はもう終わった“とばかりにロランドに出していたコップを片付け、黙々と料理の仕込みに戻ってしまった。


 帰って来たばかりだというのに早々に追い出され肩を落とすモルガンには悪いが、親父の言も尤もである。


 “カーン“と中陽一の刻を告げる鐘が遠くから聞こえてきた。行くならば早い方が良い、そう思い立ちロランドはモルガンのケツを叩いて上層区画へ向かうのだった。

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