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Enchant Hearts

作者: 十番目の元素



 イブリースにとって、人とは愚かな生き物でしかなかった。


 自己を制しようとしないし、他人の言う事は全くもって聞く耳を持とうとしない。

 そのくせ欲望には忠実なのだから驚きだ。


 常に己が上へ上へと這い上がろうとして、行く手を阻もうものなら力尽くに蹴落とし、薄ら笑いを浮かべて再び崖をよじ登って行く。

 実際、イブリースが過去に見てきた人間らは皆、薄汚い欲望に取り憑かれている奴らばかりだった。


 考えている事と言えば、己が絶対の地位を築く事だけ。

 その望みを叶える事に対しては、狂気的なまでに忠実で。

その先に障害があるとするなら、たとえ何かを殺してでも先に進もうとするだろう。


 それは必ずしも誰かを殺すという訳では無い。


 時には自分のプライドを。

 時には自分の幼き夢や理想を。

 時には自分の大切にしていた何かを。

 そして最後には…………


 誰かと強く結ばれた、掛け替えのない “ 絆 ” を。


 それらを……殺す。


 己が一番可愛いが為に。

所詮はそういった生き物に過ぎないとイブリースは今まで考えてきた。


 「……人という種は所詮、下劣な生き物のはずだった……そう……そのはずだったのだ!……なのに何なのだ貴様はッ……!」


イブリースはまるで意味が分からないという様子で、目の前にいる人間に叫びをぶつけた。

 片膝を付いている『勇者』の称号を持ちし一人の男。

 身体中傷だらけで肩で呼吸するのがやっとというほど息も絶え絶えながら、剣を地面に突き刺し、辛うじて体を支えているといった様子だった。


 その後ろには小さな呻き声を上げながら横たわる仲間らしき少女。

体中が血や擦り傷などで汚れており、もう立ち上がる気力すら湧かない程ボロボロだった。


 だが酷い有様で倒れているのは、この勇者と少女だけでは無い。

壁には月面のクレーターを彷彿とさせるような大きな凹みが出来ており、丁度その真下にはうつ伏せのまま動かない大柄の男が。

反対側には真っ黒に焼け焦げ、煤だらけとなった魔術師らしき女が。

また、そこから少し離れた所には、腰に短剣を差した小柄な男が人の身長を軽々と越えるほど巨大な鉤爪の跡に埋もれて倒れていた。


 この人間達は、異界からやって来た転移者と呼ばれる勇者とその仲間らだ。

彼らはイブリースの住まう宮殿へと侵入し、攻撃を仕掛けてきたのだ。それは勇者らが一般常識を持たない人物だった……という訳ではない。

 では何故イブリースはこの勇者一行と対峙する事となったのか。


 遡る事十年前、突如、悪魔による人族の殲滅戦が開始された。


 切っ掛けは他でも無い、“ 大悪魔 ” の称号を持つイブリース本人だ。

 過去にイブリースを召喚した人間が、「私の従者となり私に歯向かう者を全て殺せ!」と契約してきたのが事の発端だった。


 悪魔にとって、契約は絶対であり、それを侵す様な行動を取る事は許されてはいない。

 だからイブリースも契約通りその人間の傍に付き添い、契約者と言葉を交わす者達をその目でまじまじと見てきた。


だが運の悪いことに、その時期は丁度内政争いの真っ只中。

しかもイブリースを召喚した人間はその内政争いに深く関わっていた人物だった為、イブリースが見てきた人間というのは互いに化かし合う狸ばかり。

そして、それまで人間と深く関わりを持つことが無かったイブリースが、そんな薄汚い奴らばかりとしか関わることが出来なかったとしたら……。

人間は誰も薄汚い者ばかりだと考えてしまうのは、半ば必然だったと言えるだろう。


 それでとうとう人間に失望を覚えてしまったイブリースが人族の殲滅作戦を開始したのだ。


 それから今日までの十年間、戦争は続いた。

何度か宮殿に乗り込もうとした輩もいたが、どれも返り討ちに遭い、撤退、若しくは死亡し、一度もイブリースの元まで辿り着いた者は居なかった。

 ……この勇者を除いては。


「我が過去に見てきた人間共は、皆、汚い奴らばかりだった!

……碌に出来もしないくせに失敗してその原因を他人に押し付けて、

自分に歯向かう者が居れば我に殺せと命令し、愛する者に絶対に護ると豪語しておきながら、いざとなれば盾にして逃げ出す、そんな連中ばかりだった!

なのに、なのに貴様は……!」


イブリースはまるで珍獣を見るような目でその小さな人間を見下ろす。


もう倒したと思った。

次こそは死んだと思った。

これで最後だと、ありったけの魔力をぶつけた。


……それでも。


 ……それでも勇者は。


幾ら爪で引き裂かれ、魔法を喰らったとしても。決して諦めることはせず、ひたすら剣を振るって立ち向かって来た。


 (何なんだ……何なんだ此奴は……)


 誰が見たって分かるだろう、既に満身創痍だと。

 倒れていった仲間ですらこの男程の怪我を負っている訳では無い。

それでも勇者は立ち上がるのだ。

その姿を見たイブリースには勇者が得体の知れない何かとしか思えなかった。


「どうしてお主はそこまで出来るのだあああぁ!!!」


 玉座の間に絶叫が木霊(こだま)する。


 イブリースの上半身が大きく捻られる。

そこから繰り出された横薙ぎ。

「ぐうっ!」と呻きながらも勇者は咄嗟に身構えた聖剣で何とか受け止めた。


「はあっ……はあっ……」


 息も絶え絶えに口を開く。


「大悪魔、あんたには分からないかも知れないけどな……俺には守りたいものがあるんだよ…………!!!」


 もう限界の近い四肢に鞭を打ち、一気に駆け出した。


 隙の出来た横腹辺りを目掛けて、必殺の斬撃を放とうと剣に魔力をこめるが、


「ほう……貴様の守りたいものとはあれの事か?」


 イブリースはそれを無視して右手を少女の方へと向けた。


「ひっ……!」

「なっ」


 勇者は目を見開き、愕然とした表情へと変わる。

 少女の方は、倒れてはいたものの意識はまだあったようだ。


 勇者は既に剣を振りかぶっていたため、そのまま攻撃を加えること以外、最早選択肢は残ってはいなかった。

 もし仮に無理矢理斬撃を止められたとして、そこから少女の所まで戻って助ける事など不可能だろう。


「……勇者よ。良くやったと貴様を褒め称えてやろう。だが、そのまま華々しく散る事は許さん。せめて……せめてその顔を人間らしく、醜くく歪めてから死ぬが良いわ……!!!」


「い、イヤ……」


 絶対絶命の窮地に立たされた少女は、何かを失ったように呟いた。

 イブリースはその様子を見て意識を失っていれば楽に逝けたものをと、コンマ何秒の思考の世界の中でそう余計な事を考えてしまう。

だが手加減などはしない。


「せめて苦しまぬよう一瞬であの世へ送ってやろう」


思わず粘着質な笑みを浮かべてしまう。

それは勇者を絶望させる事ができると確信したからこその笑み。

イブリースはその考えを一ミリも疑っていなかった。

そう、イブリースは人間という生き物の事を何も理解していなかったのだ。


 刹那、遂に手から放たれた一筋の閃光。

それは憐れな少女へと肉薄し、細い身体を貫いて


 ……いく事はは無かった。


「な、何で」


 その呟きは、果たして少女が吐いたのか、それともイブリース自身が吐いた物なのか。

いや、それ以前に呆然としたまま動かないイブリースがその呟きを認識出来たかすら怪しい。


 少女の前に立つのは勇者。


 脇腹を貫通したようで、身体にはぽっかりという表現が当てはまるであろう穴が空いていた。

口から大量の血を吐き出しながら、両手を大きく広げて立っている。

勇者は薄ら笑いを浮かべ、口を開いた。


「……何でっ、だって……?……瞬間転移したんだよ。お陰で、がハッ……魔力も尽きちまったけどな」


 この勇者は、一体どんな力で立っているというのか。

 いやもしかしたら本人に立っているという自覚は無いのかもしれない。


「……ない……そうじゃない……」


イブリースは俯き、全身を震えさせる。


「なぜ……何故何故何故何故何故ッ!!!……どうして貴様はそこまでする事が出来るんだああああああ!!!!」


まるで幽鬼のように「認めない認めない」と連呼し始めた大悪魔。

次第に大悪魔の周りに邪悪な何かが集まり出す。その様子を見た勇者はここが自分の墓場である事を悟った。


「ごめん、レイ。絶対生きて帰るっていう約束、守れそうに無いわ」


 勇者は振り返る事もせず、レイと呼ばれた少女にただ淡々とそう告げる。


「だ、ダメ……待って!」


 少女は手を伸ばすが、届くこと無く、


極限解放(リミットブレイク)


 その瞬間、限界を超えた勇者の体に黄色く光る闘気(オーラ)が迸った。

勇者の肉体を再構成させ、一時的だが力を何倍にも増幅させてゆく。


「これで戦争は終わりだ、大悪魔」


 剣を固く握り締め、地面を力強く蹴った。


果たして何が勇者をここまで突き動かしているのだろうか。


 それも全ては、元凶である悪魔を退治する為。


 そして……愛する者達を守る為。


「うおおうおおおおおおおおおおおおおおおおお」


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


「ダメぇえええええええええ!!!!!」


 二つの強大な力が真正面からぶつかり合う。

 それらが望むのは破壊と慈愛。

 美しいまでに均衡し合う、相反する二つ力は、お構い無しに周囲の地形を抉ってゆき、消し去ってゆく。

 少女の発した絶叫さえも掻っ攫って…………。



 そしてその日、十年続いた戦争は終わりを迎えた。




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