追憶の旅: 「クローデ」
クローデの過去話です
私は、森の中にいた。
見回す限り、鬱蒼と大地を覆い尽くす、聳え立った木と、膝程の高さまで伸びた草しか見えない。
木々の間を、風がするりと通り抜けて行く。毎年、この時期になると吹く風だ。
私は、森の中で寝転がっていた。上から見たら、大の字を描いている事だろう。
鳥の囀り、虫の囁き、葉っぱの歌声、不思議と鮮明に聴こえてくる。
そして、私を追う人族の声も。
「どこに行った!」「観念するがいいぞ!」「人族の皮を被った邪神の手下め!」
ああ。寝転がっているというのはおかしいな。
私は動けないのだ。逃げるのに疲れきって動けないのだ。
「どうして……、どうして追われなきゃならないの……?」
もう間近に迫った死を前に、涙が零れ落ちた。
なんで……、こうなっちゃったんだろうな……。
* * *
私は、黒髪のハーフエルフの父と、金髪のハイエルフの母の間に産まれた。
ハーフエルフとハイエルフが結婚することは、これまでなかったらしく、周囲からの反対も凄かったらしい。
いや、反対だけじゃない。母のことが好きだった純血のエルフや、ハイエルフからの嫌がらせも受けたという。何をされたのかは言ってくれなかったし、私も聞こうとは思わなかった。
とても、悲しんでいるような。それでいて、とても憎しみのこもった表情をしていたからだ。
私の両親はとても優しかった。
私が怪我をして泣いた時も、物を壊してしまった時も、――そして、嫌がらせを受けたときも。「大丈夫。クローデは強い子だ。だから泣かないで?」と、優しく受け止めてくれた。
大好きな両親だ。
その両親と楽しい日常を過ごしていた。
――あの日までは。
私が十歳になる年のことだった。
エルフには、十歳になる年の春、精霊魔法の練習を始めるという風習がある。
もちろん私も練習を始めた。人一倍頑張って練習した。なのに、私はまったく精霊魔法が使えなかった。
同い年の子が、どんどん精霊魔法を使えるようになっていく中、私はどんなに頑張っても使えなかった。
まわりが使えるとはいっても、発動するのはそよ風程度の風だが、二週間、三週間、それ以上の間、必死に練習しても使えなかった。
そうなると、私はまわりから虐められるようになった。
「役立たず」「半端者」「精霊の心も分からぬ問題児」
そしてその矛先は、私の両親にも向けられた。
だんだん、私と両親は、集落の中で孤立していった。
そんな時だった。
私たちの集落の位置が人族に見つかったのは。
人族はすぐに征伐隊を向かわせてきた。
神に仇なす邪神の手下を倒すという名目で、虐殺は始まった。
「お父さん!お母さん!行かないでよ!!」
「……すまないクローデ。お父さんたちは皆を守らなくちゃいけないんだ」
「巻き込まれないように、あなたは逃げなさい」
「いやだよいやだよ!! 人間はあんなにいっぱいいるんだよ?! 数え切れないくらいいるんだよ?! そんなの勝てっこないよ! 一緒に逃げようよ!!」
「ごめんな。それでも一緒には行けないんだ。――心配するな。父さんたちは力を合わせて必ず勝ってくる。だからそれまで逃げているんだ。いいね?」
力強い眼差しでお父さんにそう言われた。お母さんに目を向けると、「心配しないで?」と、微笑みながら言われた。
私はしぶしぶうなずき、集落から逃げた。
そして、一キロほど離れたとき、それは見えた。見えてしまった。
集落に、大量の炎が撃ち込まれる様子を、集落が炎に包まれる様子を。
あの中で生きている人はいないだろう。
――私の両親も。
「お父さんの……お母さんのウソつき……。」
思わず言葉がこぼれた。
「馬鹿ばかバカ馬鹿バカぁぁあああああっ!!!!」
私は逃げ出した。全力で走った。
叫んだ声が聞こえたのだろう。後ろからは人間が追いかけてきた。
「いたぞ!生き残りだ!」
「急げ!早く追いかけて殺せ!」
森の木を、草を、花を、動物を、それらに隠れるように動きながら必死で走った。
命懸けで走った。足の痛みも気にせず走った。草が脚を切り、血が流れても走った。
そうしなきゃ、殺されるから。
物事には限界がくる。全力ともなればなおさらだ。
私は、石に躓いて転んだ。
「うわぁっ!」
すぐに起き上がって、逃げようとする。
――体が動かない。全身が痛い。喉はカラカラ。
もうだめだ。私は死ぬしかないのか。
「どうして……、どうして追われなきゃならないの……?」
涙が零れた。
そんな時だった。カタカタという音が聞こえてきたのは。
その音の主は、馬車だった。
馬車にしてはかなり小さかった。そして、私の前で止まった。
「……ふむ、二人乗りの馬車なんて変なものを貰って困ってたところだ。たまには人助けをしても、バチは当たらんだろ」
中から、若い男が変なことを言いながら出てきた。
後に、名前は教えてくれなかった……、いや、本人も自分の名前を忘れているようだったが、「所長」と呼び、ついていく事になる、恩人との出会いだった。
初一人称に挑戦。少し不安です。