何度目かの、旅の始まり
お日様が天から見下ろしていました。見ているのは、広い草原でした。地平線まで続く平原でした。
木は数本がまばらに生えているだけしかなく、代わりに、足首より少し背の高い草で覆われていました。所々には、カラフルな美しい花が咲いています。
草原を春風が撫でる中、遠くに影が見えました。影は小さく、しかしゆっくりと力強く大地を踏み締めます。
やがて影は形をなしていき、二人の人間となりました。
二人とも若く、一人は十代後半でしょうか。茶色い髪の青年でした。
暗い緑色の、あまりゆったりとしていないローブを着ていました。
もう一人は十代中頃でしょうか。肩に少し届くかという長さの、何物にも染まらぬ黒髪を、後ろでは一つに束ねられた少女でした。
こちらも暗い青色の、あまりゆったりとしていないローブを着ていました。
彼らは地平線の先まで続く街道を歩いていました。ですが、その街道も踏み固められて草が少ない以外は、馬車の轍があるぐらいしか周りと変わりません。
「所長ー!」
「なんだー? なにかあったのかクローデ?」
「何も無いんですよ!まわりに! 私たちどこに向かってるんですかー!」
所長と呼ばれた青年は、眉一つ動かさずに答えます。
「近くの街だな。あるいは村でもいい」
「場所もわかってないじゃないですか……」
クローデと呼ばれた少女は、歩き疲れた様子で呆れています。
腰に締められた太めのベルトに幾つかぶら下がるポーチに手を伸ばしますが、今持っている地図があてになるか分からないことを思い出して手を戻しました。
「……何が草に還ったのやら。あ! 遠くに何か見えますよ!」
遠くに何かが、つまり再び影が見えました。二人はポーチから単眼鏡を取り出して覗き込みます。
「見たところ、幌馬車みたいですね」
「ああ。らしいな。だが少し……変だな。あの様子は……」
「……何かから逃げてるように見えますね。どうします?」
馬車は少なくとも平常運転の速度ではありません。春風を向かい風に受け、切り裂きながら進んでいます。
やがて、単眼鏡であればはっきりと姿が見える距離にまで近づいてきました。
そんな馬車の後ろをついていくものが二つ。二匹がたてがみをなびかせながら進むその背には、良く言えば自然に馴染む、悪く言えばかなり汚れた革鎧に身を包む人間が二人乗っています。
「ちょっと護衛には見えませんね。矢を飛ばしてますし。あるいは火付け役でしょうかね?」
「火矢を使っていないから火付け役としては失格だな」
「物理的に付けないで下さいよ……」
しかし馬車対騎兵。その速さの差など考えるまでも無く。それでいて追い付くことは無く――
「盗賊の待ち伏せだね。道を塞がれた」
馬車の前方に複数の盗賊が道を塞ぎ、二人からさほど遠くない位置で車輪の回転が止まります。どうやら草や岩影などに伏せて隠れていたようです。
「馬に乗った盗賊も二人旅ですか。気、合いますかね?」
「おいおい、馬を入れて四匹旅だろ? たとえ俺達が邪悪であっても盗賊じゃない」
「しかし、まるで追われる羊と追う狼みたいですね。この辺は牧場だったのでしょうか?」
クローデが冗談を言っていると、馬車から護衛と思わしき人物が出て来ました。
ですが、人数は四人ほどと盗賊に比べて少なく、装備もありきたりな革鎧と剣や槍、年齢も若く、お世辞にも強くは見えません。
「んで結局、どうします?」
「人助けに気乗りはしない。が、あの馬車に乗る予約をしようと思っていたところでな」
「途中乗車は予約とは言いませんよ?」
「気にするな」
「はぁ…。二人対十人近い盗賊ですか……。家に帰って良いですかね?大掃除と花の水やりの途中なんですよ」
「別にいいぞ? ただし武器と食糧は置いていって貰うが」
「やさしいなぁ所長は」
「何はともあれ助けるか。剣だけで十分だな?」
クローデがため息をつき、テンプレだな……、と、所長が小さく呟いたあと、二人は馬車に素早く近づいていきました。
そして、これまたどこから取り出したか所長はショートソードを、クローデはダガーを抜き、盗賊に斬りかかります。
「助けに来たぞ! 賊は任せろ! 馬車を守れ!」
「なんだこいつら?!」
「まとめて死ねぇ!!」
「クソッ! 俺が何をしたって……!」
盗賊たちはすかさず二人に攻撃を仕掛けますが、攻撃を全て避けられるかうまく受け流され、ある者は首を一閃され、またある者は心臓を一突きされ、数を減らしていきます。
護衛達が苦戦しているのを見る限り、決して盗賊がザコという訳でも無いのでしょうが。
「俺達は幸運だ! 助太刀がいるぜ!」
「俺達は馬車を守るんだ!」
「くそっ! どこからやってきやがった!」
「二人組を先に殺れ!!」
盗賊たちは二人を重点的に狙いますが、やはり攻撃は当たることなく、次々と殺されていきます。
弓を持った盗賊が矢を射ろうとしましたが、矢をつがえた所で、所長が懐から取り出した投げナイフが頭へと吸い込まれるように刺さり、絶命しました。
馬に乗った盗賊も攻撃して来ましたが、突っ込んで来たところで馬の脚を斬られ、バランスを崩し落馬したところを殺されていました。
そして、数分ほど経ったところで、あえなく盗賊たちは壊滅状態になっていました。
「くそっくそっ! なんなんだこいつら?!」
残った一人が逃げようとしますがあっさりと追い付かれ、盗賊たちは全員屍と化しました。
「こんなもんか」
「あっさりでしたね、所長」
馬車には商人が乗っていたようで、商人と護衛のリーダーと思わしき人物が礼を言ってきました。
「あんたたち、強ぇな…… 今回は本当にありがとう。おかげで何とか死人を出さずに済んだ。俺の名前はライルだ。この恩は忘れない。」
「本当に助かりました! 商人のオリバーです! おかげさまで大きな被害も無かったです。 ありがとうございました。出来ることなら何でも言って下さい!」
ライルは20代前半ぐらいの若い男でした。ですが、体つきからしてそこそこ鍛えているようです。
オリバーは、ライルよりもやや幼く、どうやら駆け出しの商人の様です。
「取り敢えず大きな被害がなくて良かった。ところで、近くに街はあるか? この辺りの土地勘が全く無くてな。」
「街……、ですか? 近くなら私達の目的地でもある、アインファルクの街がありますが……」
「なら決まりですね」
「ああ。アインファルクの街まで連れていって貰うのと、色々な街とかの情報をくれればそれでいい。」
オリバーとライルは信じられないと言う目で青年を見ています。基本、こういう時には現金か物を要求されるからでした。
「本当にそれでよろしいので? お金などはいいのですか?」
「安心しろ。護衛料として一日に銀貨二枚を貰うからな。」
護衛料一日銀貨二枚と言えば、高くもなく安くもなく。所長とクローデの戦いを目のあたりにした彼らにとっては、むしろ安いぐらいとも言えるでしょう。
オリバーは迷う要素などなく受け入れました。そもそも命の恩人なのでこのくらいなら引き受けない理由があるわけもないですが。
「それでよろしいのならば、喜んで引き受けましょう!あなた方がいれば百人力です!」
オリバーは笑顔で答えました。
「俺たちは二人しかいないがな」
こうして、二人の旅は何度目かの始まりを迎えました。
読んで下さりありがとうございます。
初執筆なので変なところがあると思います。
キノの旅リスペクトだったりします。
追記 クローデの髪の色の描写を追加
追記 全体的に細かい所を修正