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ニケの呪縛の旅  作者: 薄塩味の生ける屍
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泥棒、駄目絶対

 前回を読んでくださった方はこんにちは。今回初めての方は初めまして。そして、前回を読んできてください!

 今回も同様、は?と思う描写が含まれているかもしれません。が、未熟者の書いた駄文を、温かい目で見て頂けると、幸いです。

 『曰く、この世界はニ柱の神が無から創り上げたそうな。

 曰く、ニ柱は神でありながら、互いに何かが欠けていたそうな。だから、ニ柱はニ柱揃ってやっと一つの世界を支えるに足る一本の柱となるそうな。

 曰く、ニ柱の内の一柱が、ある時こう言ったそうな。「人間を創ったのは間違いだった」。私利私欲に塗れ、他の種をエゴ故に滅し、その癖世界の平和を謡う。なんと滑稽で愚かな種だと嘆いたそうな。

 曰く、一柱は己の創り上げた失敗作を滅ぼそうとしたそうな。けれど、もう一柱はそれに反対したそうな。「そうやって、人間を毛嫌いし滅ぼさんとするのもお前のエゴではないのか」。同族嫌悪をする神の、なんと滑稽なことかと、もう一柱は嘆いたそうな。

 曰く、二柱の中はそれ以来拗れてしまったそうな。そして、その時期から、人間の宗教も真っ二つに割れて、大きな争いが生まれたそうな。

 曰く、人間を生かす神の加護を受けた11人の人間が、人間を滅す神を世界の底に封じたそうな。

 曰く、片割れを封じた事により、人間を生かす神は、殆ど力を使えなくなったそうな。二柱は、一柱では神にはなり得ない。もう、この世界に神はいないも同然となったが、人間は人間を生かす神を、祭り続けたそうな。


 曰く、人間を滅す神は、人間と己の片割れたる人間を生かす神をたいそう恨んでいるそうな。いつか、どれ程の時間を掛けようとも、世界の膿たる害悪種の歴史に終止符をうつその時を、人々に魔王と呼ばれたその神は、今も何処かで待ち続けているそうな。』

 

 幼い頃に、そんな内容の他国の神話を読んだことがあった。当時は、この神話に衝撃と拒絶感を感じた事を覚えている。神が人を恨んでいる、人は害悪な生き物、そんな思想があるとは夢にも思わなかったからだ。どうしてか、幼い頃の自分は、人間と言う生き物はどんな物より素敵な物なのだと思っていた。愛に溢れていて、お互いに手を取り合って生きる様な素敵な生き物だと思っていた。

 けれど、今はどうだろうか。今の自分は、逆に当時の自分の考えが理解できなくなっている。そして、その神話に記された思想には痛い程共感できた。

 その理由を敢えて上げるとするなら、その私利私欲に塗れ、エゴ故に他の命を奪う人間の特徴に、自分は綺麗に当てはまるからだ。そんな自分を愚かだと思うが、自分ただ一人がそうだとは思わない。この世界には自分の様な愚かな人間が溢れているのだと、思っている。


「薄汚え泥棒がァ……まあ精々、一生掛けて俺んちに忍びいった事を後悔するんだなァ……!」

 

 何もない空中に描き出される複雑な術式を前に、ニケはこの出来事が己がしてきた事への罰だとは思いたくなかった。


◇◆◇◆◇


 ニケには、何処の家が侵入しやすそうだとか、今は住人が出張らっているだとか、そんな事を見分ける様な空き巣の心得はない。加えて吐き気すら覚える程の飢餓感と、それに任せて畜生に成り下がる己への拒絶感から、空き巣に入る家の選別は雑だった。ただ少し、他の家より目を引く程度に立派で新しい家だっただけなのだ。

 田舎の不用心とでも言うべきか、幸いにも鍵はかけられていなかった。抜き足差し足で、己の出す音を減らす。息を潜めて、己の存在を極力薄くする。この身に纏った泥と血の匂いが、誰にも感づかれないでくれと祈りながら。

 家に忍び込んで最初に目に入ったのは、等間隔に立ち並ぶ背高い棚だった。その棚の中には隙間なく、色とりどりの背表紙たちが収納されていて、ここが図書館なのだと分かる。

 図書館に、腹を満たせそうな物がある様には思えない。基本、本を取り扱う施設での飲食は禁止されるものだ。ここは諦めて、他の家に侵入するのが合理的である。が、殆ど思考を放棄しているニケに、その選択は出来なかった。

 

 ニケは手当たり次第に扉を開ける。勿論、物音を立てないように注意を払って。すると必然的に緩慢になってしまう動作とは裏腹に、気持ちばかりが己を急かし、いつ誰が己に気づくかもしれないと言う不安に鼓動が微かに早くなる。

 いくつか目の扉を開けた時、ニケの鼻孔に独特の匂いが届いた。筆舌に表し辛い、けれど決して不快なものではない。人が生活する場所に充満する、家庭の匂い。


この図書館には、居住スペースがあるようだ。


 その匂いは、ニケの罪悪感を更に掻き立てた。

 でも、人が住んでいるのなら尚の事、後戻りする気はなかった。ニケは、固く目を瞑り、これから人の幸せの空間を土足で踏み荒らさんとする己から、目を逸らした。





「汚え靴で、俺んちになんの用だァ??」


 突如、ニケの耳にそんな声が吹き込まれた。

 

「?!」


 考えるよりも先に体が動く。人を殺す為に訓練された体は、条件反射的に後方へ足を振り上げた。その動きは、常人の目には映らぬほどの速度と凄まじい勢いを持ってブンと音を立てて周囲の空気を切る。けれど、確かにいたはずの背後の人物の胴が、その蹴りを受けることはなく、ニケの足はなんの障害もなく地面に着地した。

 血を多く流しすぎて、飢餓感が振り切って、もしくはそれらが合わさって、幻聴を聞いたのだろうか。

 声の主は、見当たらない。


「――――――」


 すると、また背後から声が聞こえた。それは、ニケには理解し得ない言葉を呟いていた。

 弾かれたように振り向くと、そこには黒い女が立っていた。黒いエプロンドレスに、黒く長い髪。涙ボクロの上にある長い睫毛に縁取られた黒い瞳には、一切の光を映していない。感情の乗っていない瞳だが、その身に纏った黒い空気からは、どす黒い怒りが伺えた。

 目に見えて憤怒する空気に、ニケは一瞬怯む。その一瞬が、命取りとなった。


「薄汚え泥棒がァ……まあ精々、一生掛けて俺んちに忍びいった事を後悔するんだなァ……!」

 

 何もない空中に描き出される複雑な術式を前に、ニケはこの出来事が己がしてきた事への罰だとは思いたくなかった。


 だって仕方なかった。生きるためだった。生きたかった。生きたいと、死にたくないと足掻くことは悪い事ではないはずだ。だから、私は悪いことをした訳じゃない。

これは、罰じゃない。


 黒い瞳が、光を放つ術式の向こうから、責めるように真っ直ぐとニケを見据える。それが、少なからず罪悪感を抱えて逃げ延び、今こうして盗みを働こうとしたニケに、これは罰なのだと言っているような気がした。

 そこで、ニケの意識は暗転した。


◇◆◇◆◇


 魔法使いの少年―――リヒトは、嘗てなかった我が家の様子に、思わず思考を停止させた。

 リヒトの師―――キルケーは、そんなリヒトの様子を、悪戯っ子のような笑みで観察した。


 住人約数十名のこの小さな村で、魔法を扱える者はリヒトとキルケーだけである。この世界では、魔法と言う奇術は才能ある者にしか扱えないもので、そういった者は十人に一人の割合で存在すると言われている。十人に一人の割合で、二人だけしか魔法を扱えないのだから、この村の魔法使いの出生率は大変少ない。この村には子供が多くいるが、同時に老人も多く、若い大人が少ない。建物も古びていて、どうにも手に余る力仕事を、リヒトが魔法で手伝いをしているのだ。師というだけあって、キルケーの魔法は見事である(リヒト談)が、彼女は人と関わることを極力避ける習性があるため、手伝いはリヒト一人が行っている。


 今日も、日課となっている手伝いを終えて帰ると、扉を開けたと同時に、キルケーの気怠げな「おかえり」が聞こえてきた。図書館を営んでいる我が家は、この村でも比較的立派な外観をしている。扉を開けてまずリヒトを出迎えてくれるのは等間隔で立ち並ぶ本棚たち。普段、リヒトやキルケーが生活しているのはこの家の奥にあるリビングと、二階である。キルケーは、殆どそこから出てこない。リヒトが帰ってきた時だって、玄関まで出迎えては来ない。なのに、キルケーの「おかえり」が聞こえるのは、この家が彼女の魔力で成り立っていて、彼女の一部であるからだ。故に、この家の中にいる限り、誰もが彼女には敵わないのだ。

 リビングの扉を開けると、妙に機嫌良さげに笑うキルケーが出迎えてくれた。


「ただ今戻りました。どうしたんです?何か良いことあったんですか?」


 小さな口が、若干の舌っ足らずさの残る声で、丁寧な言葉遣いで尋ねる。

 山葵色の短髪と同色の、まろい眉が僅かに下がり、細く白い首が傾いた。髪と同色の大きな瞳は、未だ世界の大きな理不尽な暴力を知らず、感情の曇りなく美しい師の反応を待つ。

 

「そうだなァ……どちかってェーと、悪ィことだなァ。いや、でも結果的にァ良いことだな。おう、良いことがあったぜ。」


 ハッキリとしない返しに、更に首を傾げたが、そんな穏やかな疑問は、不意に目に入った光景に吹き飛ばされた。


「??え?」


 知らない女性が、地に伏していた。しかも、着ている物も頬も髪も、泥と血やに塗れていて、力なく倒れて動きも呻きもしない。穴が空けられ裾の破れた服から覗くのは、死人のように、血の気のない肌だ。


「ぇぇぇええええ?!?!ぇえ!!ししょっ、何誰あれどういう何これ!あぁあぁあああの人、し、し、し、んでる?!師匠!人が死んでる!」

「おぉっちつけ、うるせェ!死んでない、ちょっと血を流しすぎてるだけだ!」


 両肩を掴まれて、リヒトは大袈裟に体を跳ねさせたが、言われた言葉にはたとしてまたよくよく女性を見ると、その腹は微かに上下していた。

 近づいてみて見ると、確かに生きているのだと理解できた。江戸茶色の、一纏めにされた長い髪と同色の凛々しい眉は苦しげに寄せられ割れたレンズの眼鏡の上で皺を刻んでいる。着ている服は恐らく軍服だろうか、所々破れて穴が空いて汚れてひどい有り様だが、どうやらその襤褸布に覆われた体の傷は、どれも完治しているらしかった。


「…せっかく治してやって、面倒い術式刻んでやったんだ。死なれちゃ困るね。」

「?どういう事です?」

「まァまァ、コレが起きた時に、一緒に教えてやらァ」

「ええ〜、なんですかそれ、気になります。」


 不満げに言っても、キルケーは本当に今は何も答えてやる気はないようで、さっさと夕餉の準備に取り掛かろうとしていた。こうなれば、しつこく質問した所で己が痛い目を見ると知っているリヒトは、大人しく床に転がる女性の目覚めを待つしかなかった。

 いつまでも、女性を硬い床に転がしているのも気が引けて、指を振り上げようとした、その時だった。

 割れたレンズを挟んで、覚醒した橙色の瞳と、山葵色の瞳が鉢合った。


「?!」

「わぁぁああああ!!ししょぉぉおお‼」


 振り上げた指に纏わせた魔力は女性を運べと言う当初の命令を忘れ、手近にあった本を女性の方へと吹っ飛ばした。

 寝起きから知らない顔に目があった瞬間絶叫された挙げ句本の雨を食らう羽目になった女性は、鋭くリヒトを睨んだ。血の気がなく、見るからに怠そうな顔で、臨戦態勢を取る彼女は、リヒトにとって猛獣の威嚇に見えた。けれど、リヒトに呼ばれて早々に駆けつけたキルケーからすれば、手負いの猫の威嚇に見えた。


「手前、名前は?」


 キルケーは、怯えきって威嚇の牙を向く猫に、容赦なく声を掛ける。守るべき幼い弟子を背中に回しながら、圧倒的強者の感情の読めない黒い瞳で、猫を射抜く。

 状況判断に手こずっている猫は、問に無言を返した。


「名前を言え」


 低い声で、今度は命令した。無言は許さないと、そういう意志を持っていた。


「……言う必要がない」


 なおも牙を向け続ける猫の声は、情けなくも震え混じりだ。それを嘲笑うように、キルケーはくつくつと笑って


「俺の命令に、背くってこったな?」


そう、確認を取るように言った。

 なんの確認だ。意味がわらがない。何がしたい。キルケー以外の二人は、彼女の意図が分からず暫く停止していたが突如訪れた異変に、息を合わせて声を出した。


「「……は?」」


 江戸茶色の髪の隙間から、ひょっこりと毛に覆われた、動物の耳が現れた。

 ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。感謝、圧倒的感謝でございます!数多の小説の中からこの作品をタップして頂き、誠に嬉しく思います。

 私の投稿ペースはナメクジも驚く程のスローペースですので、次の投稿はいつになるかわかりません。が、恐ろしく気長に待っていてくださると幸いです。

 では、また次回会いましょう。

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