逃亡兵
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注意です。
この話は、高校生が特に専門的知識も文章構成の心得もなく書いた物でありますので、駄作に思うかもしれません。更に、流血表現も含まれております。それでも問題ない方のみ、先に進んでください。
戦争によって、大層栄えた国があった。世界でも有数の軍事力を持ち、王は叡智に優れ、巧みな立ち回りで戦況を自在に操った。国民は、王と祖国を敬い、尊び、誇りに思った。多くの植民地、元々からある豊富な土地と資源、強大な軍事力、聡明な王。その国の繁栄は、永劫のものと国民は信じていた。
けれど、それは次期王の着任を期に、大きく崩れていったのだった。
前王が稀に見る聡明さをもつ人物であったのに対し、その息子たる現王は、その聡明さを受け継ぐことが出来なかったようだ。
他国からしてその国は、大層目障りな存在であり恐怖の対象であった。だから、無能な王が玉座に座った事を知るや、同盟を組み、リンチの如く徹底してその国を攻撃した。
最初は、元が土地、資源や人口の富む国であったため、一対複数の数的不利な状況でも、優勢に立ち回っていたけれど、ゆっくりと、なだらかな右下がりの斜め線を描いて、劣勢へと追い込まれていった。総力戦を強いられ、女子供ですらも戦場へ駆り出し、雑巾の水を絞り出すようにして戦力を掻き集めた。それでも、戦況は悪化の一途を辿るばかりだった。
嘗て人々が行き交い、美しく豊かな装飾の施された街は、鼠や烏、その他諸々の害獣と食べ物を奪い合う痩せこけた人々と、銃弾に削られ、火に焦がされ、荒廃しきった崩れかけの建物が建ち並ぶ荒れ地と成り果てた。
豪雨が降り注ぐ森の中を、ニケは木と木の間をジグザグに縫って走り抜ける。
その肩、足、周りの木々を鉄の雨が粉砕しにかかった。時折、魔力から発現した炎の矢が空気を焼き伝って一纏めに縛られた髪を掠める。それらどれもが、一発でも当たってしまえば、そこで人生は早急に終了するだろう。
後ろを振り向く事、足を止めること、速度を緩める事は許されない。生きたければ、背後を走る己と同じ軍服の戦友だった者たちから、一歩でも遠くを走る他ないのだ。
『敵前逃亡はどんな理由があろうとも死罪である』
耳にタコができる程聞いたフレーズが、疲労で朦朧とし始めた脳内に浮かぶ。ニケの母国の軍人、国民ならば、挨拶の次に覚えるものだ。
「非国民を逃がすな!同じ軍服を着ていても、あの者は祖国に仇なす忌まわしき悪魔と思え!」
豪雨の中にあっても、そのよく通る声は数十メートル先を走るニケの耳にも届いた。その後、一拍置いてライフルに玉を込める音と詠唱が、微かに雨音に混じって鼓膜を揺さぶった。
「……クッソ」
視界が悪いのは、眼鏡のレンズに雨粒が付着したことばかりが原因ではない。
もう限界が近い。大きな傷はないけど、血を流し過ぎた。呼吸も安定しない。このままじゃ……
困憊し始めた思考からか、雨で緩くなった土に足を取られ、速度を僅かに落とした。その一瞬で、弾丸が肩の肉を抉り、骨を砕いた。
「がぁっ‼」
衝撃とも取れるほどの激痛に、ニケは声を上げる。痛みからまた速度を落とした事を好機とばかりに、次々と攻撃が降り注いだ。脇腹、太もも、二の腕、どれも致命傷にはならずとも、裂かれた皮膚からは血が吹き出し、砕けた骨が内の肉に食い込んだ。
咄嗟に転がり逃げた木の影越しに、元上司の声が聞こえる。
「これまでだ!貴様は敬愛すべき王と、戦友を裏切り、祖国を裏切った憎むべき非国民だ!しかし、今なら、大人しく連行されるなら死罪は免除してやろう!」
嘘だ。
恐らく、この元上司も、ニケがそれに気づくと分かって言っている事だろう。
第一、この元上司に、死罪を取り消せるほどの権限はない。第二に、ニケは、そう言って、その言葉を信じて大人しく連行された者の末路を、何度も目にしてきた。
がしかし、真偽を分かっている所で、どの道現状ニケが助かる未来はなかった。
今、視界に広がっているのは、断崖絶壁だ。切り落とされた様に、先の続かない地面の下は渓谷になっており、川が流れている。普通に飛び降りたら、まず助からない。
木の隔たりの向こうからは、複数人の足音が近づいてくる。体のあちこちに開けられた穴から流れる血の量は決して少なくない。この満身創痍の状態で、現在唯一持っているサバイバルナイフで10人はいるであろう武装分隊を相手取っても、勝機は絶望的である。
ニケの脳が、生に貪欲にしがみつく様に思考を巡らせる。死にたくない、死にたくない、まるでそれしか知らないみたいに、自分が生き延びる為の最善を探す。
何かないか、何か、方法はないのか。今、私はこの状況で、どうすればいい?
逃亡者が逃げ込んだ木に、分隊がもうすぐそこまで近づいた。あと数歩も歩けば木に手で触れられる距離だ。
隊長が、隊士たちに手の動きだけで指示を出した。
魔導兵士を後方で待機させ、ライフルを持つ兵士が木に接近。
木に一番近かった一人の隊士が、ライフルを抱え直しながら一歩踏み出したその瞬間。
「うわぁぁああああ!!!!」
「っ!ああぁぁあ"ああ"あ"?!?!?!」
サバイバルナイフを構えた軍服の少女が、威嚇の様に血を吐き絶叫しながら木から飛び出してきたのだ。
その叫び声に怯んで反応を鈍らせた一瞬の間に、隊士の首元に鈍く光る切っ先がめり込んだ。痛みと恐怖にパニックを起こし、隊士は絶叫する。
「クソっ、ヤケになったか、打て‼」
隊士たちは、突然の出来事に反応が遅れるも、指示の声を聞いて即座にライフルを構え少女に向かって発砲した。だが、それは想定されいていたようで、僅かに体を捻って、隊士を盾にし弾丸を防がれた。
その間に、隊士の腰元にぶら下がる手榴弾を奪うや、安全ピンを抜いた。
「っ?!そいつから離れろ‼」
隊長が焦燥の声を上げる。それに弾かれた様に、隊士たちは少女の周囲から飛び退いて距離をとった。
安全ピンの抜かれた手榴弾と、腕の中でこと切れた隊士を地面に置き捨て、少女は爆発に備えて木の影に逃げ込んだ。すると、一拍も置かず、手榴弾が爆ぜた。
爆発の衝撃は、たった一つでも豪雨に負ける事なく凄まじい威力でもって、雨で緩くなった地面に亀裂を入れた。
一か八か、咄嗟にニケが思い浮かんだ逃亡法。ハイリスクローリターンではあるが、捕まるより生存確率は高い。
分隊とニケとを分断する様に、双方が立つ地面がズレる。
ニケは地面と共に崩落しようとする木の幹にしがみつき、そのまま濁った激流の方へなだれ落ちて行った。
◇◆◇◆◇
小さな白い手が、そろりとテーブルの上のお菓子に伸びていく。可愛らしく包装された小さなお菓子たちは、木造りの食器に入って、幼い少年の食欲を誘惑した。音を立てないように注意して、緩慢な動きで伸ばされた手がやっと一つ摘もうとした時、大きな手がその小さな手を叩いた。
「薄汚ぇー泥棒は、動物に変えちまうぞぉー?」
「……師匠のケチ」
山葵色の短髪に、それと同色のまろ眉と零れ落ちそうなほど大きな瞳が特徴的な少年、リヒトは叩かれてほんのり紅が差した手の甲を摩りながら手の主を睨み上げた。
そんな生意気にも非難の声と目線をくれる、己を師と呼ぶ子供に、艶やかな長い黒髪を揺らす美女はくつくつと嗤う。涙ボクロの上にある長い睫毛に縁取られた目を意地悪く歪ませて、年端もゆかない子供を大人気なく脅かす算段を企てるのは、彼女の趣味だ。
「いつの間に俺の弟子はんな生意気吐くようになったんだぁー?可愛くねぇーガキは子豚にして今日の夕餉にしてやろうかぁ?ん?」
少々凄みを付けた、顔に似合わぬ男言葉で脅かしてやれば、威勢よく向けられていた目線はあっけなく足元に落ちてしまった。しかし、その顔にはまだ不満を滲ませており、小さな唇は物言いたげに尖らせている。反論を吐いたり反抗的に振る舞えるほどの度胸の持ち合わせがないリヒトは、せめてもの反抗心として、謝罪のことばを述べようとも、お菓子泥棒を働いたことを反省しようとも思わない。
そんな幼稚な反抗心を容易く見抜く黒い瞳は、脅し文句に震え上がらなくなった弟子の成長を褒めるでもなくほくそ笑んで
「おら、今日も村の手伝いすんだろが。さっさとそのブッサイクな面拭いて支度しなぁ」
今日も不器用に「行ってらっしゃい」と背を押した。
人里離れた森の奥に、小さな村があった。決して裕福ではなく、点々と建つ家々は年季が入っていて古めかしい。着ている衣服も上等なものでは無い。けれど、金が幸せの全てではないと、この村に住む人々の表情は語る。
退屈で何もないけれど平和で平穏、時たまに起こる闘いさえも平和を彩る一つのスパイスとして、誰かが困っていれば誰かが手を差し伸べ、誰かが喜んでいれば我が身のように共鳴する。この村一つで一家族の様に、互いに寄り添って生きていた。
そんな村を、物陰から見下ろす目があった。村一帯を見渡せる程度の高さの丘の上、茂みの中で身を隠す様に、葉の間からニケは周囲を伺う。
ヒビの入った眼鏡レンズ越しに見える橙色の瞳。高い位置で結い上げられた江戸茶色の髪は泥で汚されている。身に着けている軍服も同様に、他人と己の血と泥に塗れ、所々で穴が空けられ酷い有り様である。
土砂と木と共に渓谷へと落下し、悪運強くも生き延びた彼女は、決して軽くない傷を負った体を引きずり、現在己の良心と戦っていた。腹から切な気な虫の鳴く声がする。早く何かを口にしろ。さもないといつまでも傷を塞げないし、体力は減る一方だ。と、飢餓感が訴えかけてくる。しかし、逃げ込んだこの森の木々に、食べられそうな木の実などは生っていない。代わりに可愛らしい花弁が咲き誇っていて、ニケは人生で初めてその光景を恨めしく思った。この花々が己の空腹を癒やす果実と成るのに、あとどれくらい待てというのか。間違いなくその頃にはこの身は朽ちているだろう。
盗む………………いや、でも、そんな畜生みたいなこと許されないだろう……。でも、死にたくないし、この森で食料になりそうな物はなかったし…………いやでも…
でも、でも、でもと良心と飢餓感の狭間で葛藤する。
生死に関わる選択であっても、それは憚られた。己の命が惜しいばかりに、今の今まで人を散々殺してきた者が今更何を言うのかと、良心を嘲笑う。けれど、耳に微かに届く人の生活音は、酷く穏やかなものだった。
彼らは私に全く関係のない人たちだ。それなのに、私は自分が生きるために人の平和を乱すのか?
でも、ここで死んだらなんの為に逃げてきたんだ?なんの為にここまで逃げてくる間に人を殺したんだ?それら全部、この瞬間の罪悪感に身を任せて無駄にするのか?
でも
でも
でも
そうやって、ニケの中の天秤は何度も左右の上下を変更し続けた。
けれど結局、満足な自分への言い訳も、良心の訴えも遺憾なままに、飢餓感がその闘いに決着をつけた。
数多の作品の中から、この話をタップして下さり誠にありがとうございます。この話はいかがだったでしょうか。楽しんで読んで頂けたなら幸いです。
今回、ほんの少しだけですが魔法を使う描写や、「魔導兵士」と言う存在が出て来ましたね。ニケちゃんのいた国、というよりはこの世界では魔法は普通に存在します。ただ、魔法を扱うには才能がいり、その才能を持つ人は多くありません。ニケちゃんは魔法の才能がこれっぽっちもないので魔法は一切使えません。でも、そんな人はこの世界にはそう珍しい物でない感じです。
その他詳しい解説は、今後の投稿で掘り下げるつもりですので、次回も読んでくださると嬉しいです。