僕はモブ顔ですが、逆ハーレムしそうな女の子に好かれたようです
文中で、ネットスラングを使用しています。ご了承ください。
俺の高校には五人の有名人がいる。野郎が四人に、女の子が一人。野郎はそれぞれに何かに秀でていて、かっこよくて頭もいい。「イケメンズ」なんて呼ばれている。そんなやつらはもっと上の高校に行けばいいのに、なんでこんな普通の公立高校に来たんだ?ちっ!
どんなにかっこよくても、野郎には興味ない。俺が興味あるのは、その有名人ただ一人の女子、花咲 桜さんだ。
かわいくて、スタイルが良くて、笑顔が優しそうで、性格もいい。完璧な女子だ。ただ、何故かピンクの髪の毛をしているが、生まれつきなようで誰も何も言わない。そういえば野郎どもも、奇妙奇天烈な色の髪をしているけれど、生徒指導の先生が何か言ったためしもない。どうやら、そういうものらしい。解せぬ。
入学式の時から、男子の視線を一気に集めていた花咲さん。俺も先生の話、先輩の話なんて聞き流して、チラチラ見ていた。まあ先生や先輩たちも見ていたから、俺の行動は普通ってところだ。
興味がないあると言っても、「好き」とかそういうんじゃない。ただ「きれいだなあ」「かわいいなあ」とか、ショーウィンドウの中を見るような感じだ。いいなって思っていても、手に入らない。花咲さんと俺の釣り合いを考えることさえ、恥ずかしくなるようなことだった。でも、できたら卒業までに一回位話をしてみたいなぁって思っていたんだ。
そんな花咲さんをイケメンズが取り合うようになった。まあ、美男美女がくっつくのは自然な流れだ。でも、野郎のうちの一人は教師だろ。いいのかよ?教育委員会に通報するぞ。誰かが。俺?俺かあ……、俺はなあ……。きっと誰かが通報してくれるさ。
花咲さんと、一度位話したいって希望は、入学してまもなくすぐに叶った。
放課後。俺が日直の仕事で、教室で日誌を書いていた。他にも何人か、グループになって話していたり、遊んだりしていた。そんな日常の教室風景の中に、クラスの違う花咲さんが飛び込んで来たんだ。
「お願い、私のことは黙っていて!」
それだけ言うと、教卓の下に潜り込んだ。
教室の中にいた数人は、困惑したようにお互い顔を見合わせた。もちろん俺もだ。
それから数十秒後、イケメンズが現れた。なにやらキラキラしい王子様風のやつと根暗なサイエンスオタク風のやつに、ロリコン教師。
彼らは教室の中を見回すと、ドアに一番近い所にいる女の子に声をかけた。
「桜ちゃんを見なかった?」
女の子は、イケメンズに声をかけられたことで、顔を赤くした。
「は…花咲さんなら……」
女の子は、催眠術にかかったように話し始めた。イケメンは魔法でも使うのか?これが「なろう」でいうところの「魅了」ってやつか?え?魔法じゃない?そうですか、はい。
ともかく、なんだか邪魔したくなって割って入った。
「花咲さんなんて見ていないよ。そこ、いいかな?日直簿を職員室に持っていかないと行けないんだ」
クラスメートの女の子の言葉を強引に奪い取る形で、俺が答えた。
「そうか、ありがとう」
イケメンズは、教室に入ってきた時のように爽やかな笑顔で出ていったが、廊下をバタバタと音をさせて花咲さんの名前を叫びながら走っていった。
おい、廊下は走るな! 先生にいいつけるぞ。あ、先生も一緒だった。
ふんっと鼻から息を吐くと、後ろから弱々しい声が聞こえた。
「あの……ありがとう」
ピンクの髪がふわりと揺れる。うわ〜、間近で見ると花咲さん、やっぱ超絶かわいい!
「あいつらに困ってるの?」
「……うん」
その時、突き刺さるような視線を感じた。この感じ……殺気か!
クラスに残っていた一部の女子から、花咲さんに向けてキツイ視線が投げられていた。さっき、イケメンズに話しかけられて答えそうになった女の子も睨んでいる。
俺は、その女の子たちの気持ちが痛いほど理解できた。
例えば、顔のいい男が「いやあ、女の子に追い掛け回されて困ってるんだよね」なんて言おうものなら、即座に「死ね」て思うもん。そうだよな、分かる分かる。困るなんていいながらも自慢そうにしてるもんな。でもさ……、なんか花咲さんは違うんじゃないかな?本当に困った顔をしている。
ふと、スカートから伸びる足に目がいった。別に、いやらしい気持ちじゃないからね!勘違いすんなよ!いや、ちょっとはありました。ごめんなさい。でも、そんな軽薄な気持ちが吹っ飛ぶようなものがあった。
「それ……あいつらが?」
「……」
太ももからふくらはぎにかけて、いくつものあざがあった。こ……これは、もしや18禁では……。
「え、あ、違うの! 変な想像しないで!」
慌てたように、花咲さんが打ち消した。
「あの人たち……なんでだか分からないけれど、よく体当たりしてくるの」
「体当たり?」
「うん、廊下で。それもプリントや教科書とかいっぱい持っている時にかぎって」
廊下で、両手が塞がった女の子とドッシンコ?あれ、それって……。
「ちなみに、朝、遅刻しそうになってトーストをかじりながら走っている時にもぶつかられる?」
「え?私、朝はいつも早めに来てるし。もし遅刻しそうになっても、トーストかじりながら走るくらいなら、朝食抜くし」
「……そうですよね」
自分の妄想が恥ずかしくなって、頭をかいた。そして、照れ隠しに、俺の推論を披露する。
「彼らは、きっと『出会いイベント』を起こそうとしているんだよ」
「何それ」
「文字通り、出会うためのイベントさ。廊下でぶつかって、倒れた花咲さんの手を取って立ち上がらせれば、好感度が上がるって思ってるんだ」
「そんなので好感度なんて上がるわけないじゃない。痛いし、物は散らばるしで、本当に迷惑してるんだから。第一『出会い』なんて言っても、初対面ってわけでもないのに。あの人たちバカなの?」
「うん……きっとバカなんだ」
花咲さんは、がっくりと肩を落とした。
おや、いつの間にか殺気は治まっている。ふと顔を上げれば、花咲さんを睨んでいたクラスメートのうち半分が気まずそうな顔をしていた。
分かるよ、分かるよその気持ち。小市民の俺たちは、善良な心もある程度もっている。こんな話を聞いたら、恨んだ自分を反省して、花咲さんには同情するよね。でも、ついさっきの自分の態度を思い出して、ちょっとだけ気まずいんだ。分かるよ、分かる。
多分、そのうちの何人かはその場面を目撃していたんだろうな。事細かに、その状況を説明始めた。
「ともかく、ありがとう。あいつら行ったみたいだから、この隙に教室に戻って鞄取って帰るわ」
「そんなの友達に持ってきて貰えばいいじゃないか」
「……友達……いないの」
Oh! ノー!!!
まずい、まずいぞ。なんてことだ、言いたくないことNo.1のフレーズを言わせてしまった!
「私、持ってきてあげるよ。あいつらが教室で見張っていたら恐いし」
「え?」
「クラスと席を教えて!」
「あ、でも……」
「いいから」
「う、うん……」
花咲さんは、急に名乗りを上げた女の子に自分の席と鞄の特徴を教えた。さっきイケメンズに花咲さんのことを教えそうになった子だ。
「じゃあ、ちょっと待っててね。それで、無事に戻ってこれたら、一緒に帰ろ!」
花咲さんは驚きから喜びに流れるように表情が変わった。よかったねえ、ぼっち卒業かあ。ぼっちは寂しいよなあ。あれ?俺だけぼっちのまま?
それからしばらくすると花咲さんは、一緒に帰った女の子と仲良くなり、親友になったようだ。「みっちょん」と親しそうに、嬉しそうに呼ぶ姿がよく見られるようになった。
あの時いたクラスメートの働きによるものか、だんだんとイケメンズの評判は落ちていき、花咲さんは恨みよりも同情を買い、優しくされることが多くなった。花咲さんは、そんな風に優しくされると、はにかんだように笑った。それを見たら男も女も、みんな彼女を守ってやりたくなったみたいだ。3年になって同じクラスになる頃には、花咲さんの周りには、いつも温かい空間があった。まあ、空気を読めないイケメンズの襲撃は続いていたが、ガードする人も増えて怪我することはなくなった。よかった。よかったよお。
でも花咲さんと話したのはこの一件だけだった。同じクラスになったにも関わらず、ちゃんとした話しなんてできずに、卒業式を迎えた。卒業式の後、花咲さんは拉致られたけれど、いつの間にか結成されていた「花咲さんを守る会」が後をつけていたから、無体なことにはならないだろう。あ、その会のリーダーはもちろん俺……なんてことは当然なく、みっちょんさんが務めている。
俺が帰ろうとすると、みっちょんさんが手をあげた。
「田中あ、打ち上げは駅前のカラオケに6時だよ〜」
「う〜っす」
「なあ、花咲さん大丈夫?」
「大丈夫よ。それに、あいつらも、今、ガス抜きさせとかないと、春休みに襲撃してくるかもしれないでしょ?」
「リスクマネジメント、毎度ご苦労様」
「ホント、こんな高校生活になるとは入学した時は思いもしなかったわ。楽しい、三年間だった」
涙ぐみみっちょんさんを見て、なんだか羨ましくなった。いいなあ。俺、この三年間なんもしなかったなあ。
花咲さんとイケメンズと守る会のバトルを横目に、一般の生徒は部活をしたり、彼女をつくったりとそれぞれの普通の青春を謳歌していた。
ちなみに俺はバイトに明け暮れる日々で、部活もしていないし彼女もない。寂しい高校生活だった。ほっとけ!
「じゃあ、俺、一旦帰るわ」
「……ゆっくり帰ってね」
「?」
みっちょんさんのメガネがキラリと光った。そのメガネが光る時には、なにか企んで……なんてね。
みっちょんさんの言葉じゃなけれど、特に何もイベントがなかった三年間だったけれど、毎日通った校舎を離れるのは名残惜しく、ぶらぶらと時間をかけて下駄箱まで下りた。
「あ、あの……田中君」
履いたばかりの靴をトントンとつま先を揃えていると、俺を呼ぶ声がした。
来た! ついに来たか! とうとう始まる俺のイベント! 卒業式帰りの下駄箱で女の子に声をかけられるなんて、あのイベントしかない。とうとう来たか、俺にも春が!!!
俺的には、キリッとした顔で声の方向を見た。
なんだ、花咲さんかあ……。嬉しいんだけど、違うんだよ。俺が求めていたのは。花咲さんが俺に声をかけるなんて、なんか用事がある時だけに決まってるじゃん。あ〜あ。
俺は、花咲さんが下駄箱を使えるように一歩引いた。
ん?花咲さんが、何やら困ったように首を傾げている。
「下駄箱、使うんじゃないの?」
「違う、違う」
形良く膨らんだ胸の前で、両手をぱたぱたさせて否定する。あ、俺、そんなところばかり見ているわけじゃなくて、たままたま目に入ったというか……ごめんなさい。いつも見ていました。夏のブラウスに透ける下着のライン、ごちそうさまでした。
「え?じゃあ何?」
「わ……私……、田中君とお話がしたくて」
「僕と?何を?」
さっぱり分からない。お話?もしかして、胸とか足とか見ていたことに気付いていて、最後の最後に説教をするつもりなのか……。もう本当にごめんなさい。スライディング土下座まで、5・4・3・2……。
「えっと、その……。あ、そうだ!荏原大学合格おめでとう」
え?大学のこと?
「あ、うん。ありがとう。よく知ってるね。花咲さんも、早慶大学合格おめでとう」
土下座は?土下座のGOサインはまだですか?膝は軽く屈伸しているので、いつでもスライディングOKですが。
「大学が始まるまで、何か予定あるの?」
??? 何なんだろう、普通に会話が続いている。あれ? 謝らなくてもいい感じですか? バレてない? 俺、セーフ?
「普通にバイトだけど」
「ああ、あのコンビニの?」
「そうだけど。なんで僕がコンビニでバイトしているのを知っているの?」
「えっとぉ〜、たまたま近くを通りかかったことがあって」
「ふうん」
「……」
自慢じゃないが、俺のバイト先のコンビニは辺鄙な所にある。畑の真ん中で、駐車場ばかりがやたら広い。バイト禁止のこの学校にバレなように、わざわざそんなところにしたのだ。客と言えば、常連客ばかり。気のいい大型トラックのあんちゃん、農作業の帰りにジュースを1本買っていって収穫したばかりの野菜をくれる優しいばあちゃん。それにアレだ……、多分露出狂らしき女。夏でもトレンチコートを着込んで、頭にスカーフ、顔は大きなサングラスとマスク。たまーに露出の練習なのか、電柱の影に隠れている。「僕ならいつでもOKです」と、何度言いかけたことか……。
誰かが通った扉から冷たい風が流れ込んできて、花咲さんがぶるりと震えた。あれ?なんだろう、コートも着てないし、鞄も持ってない。上履きも汚れてる。
そういえば、ここに来た時、なんだか焦った様子だったのに、こんな風に俺といつまでも話してる。謎だ……。
「あの、私もバイトしようかと思ってるんだけど」
「花咲さんが?」
「うん、その……コンビニとか!」
ああ、そういうことか。
「紹介してほしいの?」
「う、うん」
「僕、春休みでやめるから紹介だけしかできないよ」
「え?」
とてもいい職場だったし、お客さんもみんないい人ばかりだった。でもなにせ遠すぎる。もう校則に縛られないなら、もっと近くでバイトしたい。
そうか……、山咲さん働きたかったのか……。申し訳ないなあ。
「花咲さん、頭いいんだから、コンビニよりも家庭教師とかした方が儲かるんじゃない?」
なんか、ぱっと顔が輝いた。やっぱり、頭がいいんだし、時給だってコンビニより家庭教師の方がいいんだから、そっちにするよなあ。でも「花咲先生」……いや、「桜先生」かな~。こんな先生がいたら……やばい、けしからん妄想が。
にやけた顔を隠すために、下を向いて靴のつま先をまたもやトントンとした。
「待って!
あの、春休みにどっか行かない?」
「どっかって、どこ?」
「えっと……その、水族館とか動物園とか……二人で……」
は…………?はあああ???ふ、ふたりだとおおお! なんで二人なんだ? え? 荷物持ち? いやいや、二人きりの必要なんてないだろう。
これは、……ごくり。これは、まさかのお誘いか!!!
もちつけ、もちつけ俺!
これはトラップだ。絶対にそう違いない。ここではしゃで「ヤッホー」なんて言おうもんなら、「バーカ冗談に決まってるだろ」って返されるはずだ。
でも花咲さんは、そんな事する子じゃないし……。そうだ、ここはとりあえず余裕あるふりをして!
「まるでデートみたいだね」
どうだ!これで「俺はデートだなんて誤解していませんよ」ってニュアンスを伝えられたはずだ。これで「バカ」って言われても、「ですよね〜」って逃げられるはずだ。
「う、うん」
え、空耳? 「うん」って言った?
マジかーーーーー!!!
え? だって、あの花咲さんだよ。みんなの憧れ花咲さん。俺、もしかしてあの花咲さんにデート誘われたの? それにしても…………花咲さん、顔を赤くして、なにこれ、かわすぎる!
いいや、まだ、信じるわけにはいかない。花咲さんがヒロインだとしたら、俺はただのモブだ。ラノベじゃあるまいし、そんな大逆転があっていい訳がない。
その時、突き刺さるような視線を感じた。この感じ……殺気か!うわ、近い近いだろ!すぐそばの下駄箱の影から、イケメンズが全員、こっちというか俺を睨んでる。
「あいつらは?」
あいつらはどうしたらいいですか?めっちゃ睨まれて恐いんですけれど。花咲さん、ヘルプミー!
「あれは、どうでもいいのです」
え? こっちの方が恐い! 花咲さん、氷魔法の使い手ですか?気温がめっちゃ下がりました! 寒い! 寒いよお!
「いや、だって」
「全くどうでもいい生き物なのです」
あいつら、この絶対零度の視線にさらされながらも、花咲さんを追い回すことを止めなかったのか? 勇者なのか? 本当は勇者スキルの持ち主なのか?俺なら無理。すぐにスライ……いや、ジャンピング土下座だな。
あつら……、無理しやがって。俺は、初めてあいつらに尊敬の念を感じた。
そんなことを考えていると、花咲さんが小さく震えているのに気がついた。え?と思う間もなく、そのきれいな瞳から涙がポロリと赤くなった頬を伝った。
「走れる?」
なんだか分からないけれど、ここにいちゃダメだって気がした。それに、もっともっと花咲さんと二人で話をしてみたい!
そんな風に思ったら、思わず言葉がこぼれていた。
「え?」
俺が一生のうちしてみたい事ベスト5に入る事をするのは今しかない!もつれる指先を必死に動かして、コートを脱いだ。ぽかんとしている花咲さんの肩にそっとかけるつもりが、ドサリと落ちた。だって、寒そうだよ。何でか知らないけれど、玄関寒いのに上着着てないし。
「いいから、走るよ!」
俺が一生のうち(ry 。花咲さんの腕をつかんで、ただし優しく、玄関から二人で飛び出した!
後ろからはイケメンズの怒声が聞こえるが、気にしない!だって、そんな声より自分の鼓動の方がうるさいから。
やっべーー、女の子の腕って、こんなに細くて柔らかいんだ〜〜。
明後日8時、最終話投稿予定です。みっちょん視点です。