逆ハーレムできるようですが、私の好みはモブ顔です
私髪の同じ色の桜の花びらが狂ったように舞い散り、明るい光が乱舞する。校内の花壇は、どこもかしこも春の花が咲き誇り、芳しい香りを放っている。
私は真紅の薔薇の花びらが絨毯のようにしきつめられた、学校敷地の隣にある教会の階段上段にいた。
頭上から高らかにガランゴロンと鐘がなった。祝いの鐘のようだ。何故なら、今日は私達の高校最後の日だから。
「「「「花咲 桜さん。
僕(俺、私)は君を愛してる(ます)」」」」
階段の下には、蕩けそうな笑顔の4人の男性がいる。それぞれ跪いて私に手を差し出している。
右から、順に。
後光差す金色の髪の金ヶ崎 明光君。王子様のような気品に満ち溢れている。確か、ご実家も相当な資産家だったはずだ。
お隣は、紫の前髪が顔の左半分を覆う紫堂 円君。頭脳明晰、ヤンデレ臭漂う影のある美少年だ。ご実家は日本有数の製薬会社ということだ。
次は、緑の頭の上に花でも浮かんでそうな緑谷 祐太君。平和そうな見た目の彼だが、ヤクザでさえ頭を下げるという逸話がある。
そして最後に、他の皆さんより一回り年上の長髪赤髪の結弦・レッドミル先生。ハーフで医師免許も持っているという彼が何故保健室にいるのかは謎だ。細縁の銀の眼鏡と白衣がよく似合い、大人の色気ダダ漏れだ。
その彼らが、揃って私に愛をささやく。
「「「君が僕(俺、私)たちの誰を選んでも、この愛は変わらないよ(ぜ)。
だから、この中から選んで欲しい。僕(俺、私)を」」」
私は、一歩後ずさった。彼らのキラキラしい光に当てられたのでも、薔薇の花びらに滑ったわけでもない。
こ……こいつら……。高校生活最後の最後までこんなことを言うか!その怒りが突き上げたからだ。
「全員お断りです」
自分でも驚くほどの冷たい声が出た。
「「「「は?」」」」
全員、顔立ちがいいせいか、ぽかんとした顔は相当間抜けに見える。まるで初めて断られたかのような顔だ。かなり苛つく。
「なんでです?なんで、あなた方の中から選ばなきゃならないんですか?というか、なんであなた方の中から誰かが選ばれると思えるんですか?」
「「「「え?」」」」
「さっきから、仲良くハモってますけれど、練習したんですか、それ?気持ち悪い」
「「「「……」」」」
バツの悪そうな顔をしているところを見ると、本当に練習したのかもしれない。そしてこの薔薇の花びらの絨毯も、仲良くみんなでまいたのだろう。
寒さで、手をこすりあわせる。まったく、忌々しい。こちらの都合なんて、いつもお構いなしだ。
なにせ卒業式が終わるなり、拉致られてここに連れてこられた。卒業式では暖房の効いた体育館で行われた。もちろん室内でコートなんて着ていない。いくら日差しが温かいとはいっても、まだ3月だ。こんな屋外では、ちょっと風が吹けば、鳥肌が立つ。
ちなみに足元は上履きのままである。ここは学校の敷地名ではない。教会なんて普通の公立高校の敷地にあるわけがない。ここは立派な敷地外である。
「要件は終わりました?それでは失礼致します」
軽く頭を下げてその場を立ち去る。
こんな人たちに関わるなんて、時間の無駄。早くしないと彼がいなくなっちゃう。
玄関マットで上履きの底をきれいに拭き取る。クラスに戻ると、親友のみっちょんが、丸いぽっぺにメガネを乗せて、のんきな笑顔で出迎えてくれた。
「お勤めご苦労様〜。いや〜、最後の最後までアレだったね〜。教室から見えていたよ。あそこまでいくと、一種の形式美だよね〜」
「そんな形式美いらないよぉ!お前ら誘拐拉致で訴えるぞって思ったくらいだよ!」
「よしよし。ほらこの胸でお泣きなさい」
みっちょんは、豊かな胸に私を抱き寄せて、頭を撫でてくれた。半分以上教室に残っていたクラスメートたちが、みんな苦笑いを返してくれたり、労をねぎらってくれたりする。
ーー本当にみんな優しい!大好き!
中学までは確かにきれいって言われて、ちやほやしてくれる男の子もいたけれど、そんなのはかえって嫌いだったし、女友達もいなかった。高校に来てからだ、友達が出来たのは。男の子も、あの例の4人以外は普通に接してくれるようになった。それに!それに親友もできた!なのに、今日で最後なんて……。
「ほらほら、泣かないの〜。このあと打ち上げするんだから、まだ最後じゃないでしょ」
「でも……」
みっちょんは、私の耳元にこそっとささやいた。
「彼、行っちゃたよ。打ち上げには行かないそうだよ」
私はバッと、彼の机を見た。
「あ、あうあうあう」
どうしていいか、みっちょんと彼の席を交互に見る。
「行ってらっしゃ〜い」
軽くみっちょんが背中を教えくれた。みっちょんと、クラスメート達は生暖かい目で揃って手を振ってくれた。
校舎には卒業生達が名残惜しそうに佇んでいたり、在校生と肩を並べている姿が目立った。そんな中、彼を探して涙目で駆け抜ける。
ーーどこ?どこにいるの?
もう会えないかもしれないという焦燥感が突き上げてくる。
「いた!」
彼を見つけて胸の中の熱い想いが、ホッと漏れ出る。
中肉中背。今時ないようなおぼっちゃまカット。制服の着こなしは校則通り。上に着てるコートも学校指定のもの。もちろん顔も、これといった特徴はなく、強いて言えば少し目が垂れているだけ。100人中98人が「いい人そう」と答えるような、なんの特徴もない平凡な男の子。
あの分けわからない4人組が、教会前で雰囲気づくりしたのとは訳が違う。彼がいる場所は、下駄箱の前という極めての普通さ。周囲にさらりと溶け込むこの感じ、まさにモブofモブ!
それがいい!普通バンザイ!普通最高!
彼こそ私の理想の人だ。運命の人なのだ。高鳴る胸を押さえて、勇気を出した。
「あ、あの……田中君」
田中君はちらりと私を、見るとすっと下駄箱の前からどいた。
あれ?何だろう、この反応は?おもわず首を傾げてしまった。
「下駄箱、使うんじゃないの?」
まるで私が自分に話しかけるのはそれ以外に用事がないような反応だった。
「違う、違う」
胸の前で、両手をぱたぱたさせて否定する。
「え?じゃあ何?」
「わ……私……、田中君とお話がしたくて」
おお、私頑張った!心の中でガッツポーズを取る。
「僕と?何を?」
あ、そうだった。何を話そう!?
「えっと、その……。あ、そうだ!荏原大学合格おめでとう」
「あ、うん。ありがとう。よく知ってるね。山吹さんも、早慶大学合格おめでとう」
微妙な顔で返事をしてくれる。
あ、荏原大学は田中くんの第四志望の学校だった。片や早慶大学は私の第一志望で超難関大学。共通点といえば、両方自宅から通える距離というだけ。田中くんの第一志望から第三志望の学校は私も受験したが、田中くんだけが落ちてしまった。
そりゃ微妙な表情にもなるか。話題を変えよう。
「大学が始まるまで、何か予定あるの?」
「普通にバイトだけど」
「ああ、あのコンビニの?」
「そうだけど。なんで僕がコンビニでバイトしているのを知っているの?」
「えっとぉ〜、たまたま近くを通りかかったことがあって」
嘘です。柱の陰から見ていました。たまに変装して、お客になったいました。
「ふうん」
「……」
しまった会話が続かない。誰かが通った扉から冷たい風が流れ込んできて、ぶるりと震える。私のコートは教室に置きっぱなしだった。
「あの、私もバイトしようかと思ってるんだけど」
「花咲さんが?」
私がバイトするのが不思議なんだろうか?首をかしげられてしまった。
「うん、その……コンビニとか!」
よし、頑張った。頑張ったよ、私。
「紹介してほしいの?」
「う、うん」
同じバイトになれば仕事を教えてもらうとかして仲良くなれるかも。
「僕、春休みでやめるから紹介だけしかできないよ」
「え?」
それじゃ意味ないーーー!
「花咲さん、頭いいんだから、コンビニよりも家庭教師とかした方が儲かるんじゃない?」
!!!
褒められた?「頭いい」って、褒められた??やったぁ〜
って、会話終了って感じで田中君、靴を履いている。
「待って!
あの、春休みにどっか行かない?」
「どっかって、どこ?」
「えっと……その、水族館とか動物園とか……二人で……」
うわ〜顔が熱い!でも、ここで頑張らなくちゃダメな気がする!
田中君は、ビックリしたように私の顔を覗き込んだ。
「まるでデートみたいだね」
「う、うん」
うわ〜、恥ずかしい!恥ずかしいよお。みっちょん、助けて!
「あいつらは?」
ふと気付いたような田中君が指差した方向を見れば、無視できないほど近くの下駄箱の影から4人組が憤怒の顔を向けていた。なんで、こんな大切なときにまで、あいつらに邪魔されなきゃいけないの!
「あれは、どうでもいいのです」
思わず、すっと無表情になる。
「いや、だって」
「全くどうでもいい生き物なのです」
あの4人組には、これまでも散々嫌な目に合わされてきた。
数えられないほど体当たりされて、先生から頼まれたプリントや、クラスメートから集めたノートを、何回撒き散らしたか。もちろん、男の子に体当たりされたら、私なんて吹っ飛ぶだけで、体中あざだらけになった。
体育の授業で転べばお姫様抱っこ。なんで手を突き指したくらいでお姫様抱っこされなきゃいかんのじゃ!自分で歩けるわ!保健室も危険地帯じゃねえか!あいつ、気分悪くて横になると、勝手に添い寝するんだぜ。通報してやる!
街に遊びに行くと、何故か遭遇する奴ら。お前ら何か、つけてんのか?ストーカーか?接近禁止令とった方がいいのか?
そして、さっきの告白&逆ハーレムも受け入れます宣言。何か?お前らは私をそんなにビッチだと思ってんのか!おとといっとけ。私は、田中くん一途なんだ!
一番嫌なのは、嫌だって事を何度本人達に言っても全く通じない事。え?照れても恥ずかしがってもいないです。心からの本心です。日本語おかしいけれど。それより、お前らのほうこそ日本語通じているのか?
でもやつらのおかげで田中くんと出会ったとも言えるし、その田中くんのおかげで私に友達ができた。
そうは言っても睨まれている田中くんは困り顔だ。
どうしよう。同じクラスでもほとんど話すことができなかったのに、卒業しちゃったら、もっと話せない。同じ街に住んでいる、元同級生ってだけになっちゃう……。
思わず涙がポロリと頬を伝った。
田中くんが思わず息を飲んだのが分かった。女の武器なんて、使いたくないんだよ。でも、でも、どうしていいんだかわからないんだもん……。
「走れる?」
「え?」
肩にドサリと重さがかかった。何?え?学校指定のコート?温かくなった私とは反対に、制服一枚で寒そうな姿の田中くん。
「いいから、走るよ!」
ぐいっと腕を引かれた。私の足は羽のように軽くなった。私は上履きだったけれどかまった事か!
二人で校門まで駆け抜ける!
2階の教室からは、みっちょんやクラスメートの歓声や口笛が爆発した。
次話、明後日8時投稿予定です。田中君視点となります。