婚約破棄をモフります
「リーナ・ベルトルド! そなたとの婚約は破棄する!」
私、ベルトルド公爵令嬢リーナと、フランク王太子の、幼い頃からの婚約は、いま、公衆の目の前で高らかな宣言と共に、どうやら破棄されたようだった。
「わたくしに何かお気に召さない点がありましたか?」
最近の王子の様子から、心の準備は一応出来てはいたけれども、流石に平気ではいられない。相応の理由がある筈、と信じていた。
だけど……。
「おまえはこの、か弱いアリアを苛めていたそうだな。そんな性根の悪い女を王妃には出来ん」
とは、いったいどういう事でしょうか。
「アリア? どなたです? どちらの令嬢?」
貴族令嬢は全て頭に入っている筈なのに、そんな名前は思い出せない。
「はっ、貴族でないからと、人間扱いすらせぬのか。確かにアリアは平民出身だ。だが、その能力を認められて学院に籍を置いている」
「ああ! そう言えば、平民の天才少女の噂は聞いた事がありますわ。いえ、ただ、わたくしが平民を苛める、なんて発想がなかったので……勿論、貴族令嬢だって、理由もなしに悪意を向けたりした覚えはありませんが」
平民を護る為の王族貴族。そんな大前提を私が忘れる筈もない事も、この人は忘れたのだろうか。
でも、王子は黒髪の少女を抱き寄せて、
「アリアが証言したし、彼女は学院きっての天才と誰もが認めるところ。アリアこそが次代の王妃に相応しい」
と言い放った。
「わたくしがその少女に劣っている上に、その少女を苛めた、と仰るのですか?」
「そうだ、リーナ。長年被っていた化けの皮が剥がされて気の毒だが、そなたはもう傍には置けない。幼い頃から傍に居て、老いても傍にいる? 飽きる。性根が悪い事も判ったし……」
「そんな理由ですか……アリアが優れているのは、わたくしとは分野が違いますし、政治には役立ちません。なのに……お気の毒ですわ」
アリアは、魔道を使った織物の天才と聞いている。王妃の資質とはあまり関係ない。
天からの魔力が集束する。王子の上に。
「なっ、なんだ!」
「代々の王太子には、呪いがかけられていると、即位までは知らされない決まりですものね、仕方ありません。でも……我がベルトルド家との婚約を、正当な理由もなく破棄した場合、呪いが発動しますのよ」
「は? 呪い? それに正当な……」
「わたくしはアリア嬢と面識もないし、苛める理由もありません。全く正当な理由はありません」
空から雷が降る。それは王太子を撃った。
「きゃあああ!」
と、彼を助けようともせずに逃げるアリア。
雷の煙が辺りの視界を悪くしたけれど、それが薄らいだ時……そこには一匹の仔犬がいた。
「わんわん!!」
「まあ殿下、可愛いお姿になって。わたくし、終生お世話してもふりますわ。わたくし、もふもふが大好きですの」
周囲は騒然となる。
「これはどうした事ですか? 殿下はいったい?」
私は答えた。
「古より、王家とベルトルド家には約定があったのです。かつて、両家は争い、多くの血が流れた。ベルトルドは有利であったけれど、これ以上戦禍を増やしたくない、と、下ったのです。でも、王家がベルトルドへの恩を忘れれば、神罰が下るとされたのです」
そう言って私は、茶色のふかふかの仔犬になった王太子を抱き上げた。
「殿下が過ちを犯されたので、これからはベルトルド家が王家です。大丈夫、殿下はわたくしが死ぬまでもふります。ふふ……」
仔犬にすりすりしている私に皆は引いている。どうしてかしら。
「あのっ、私、何の下心も! 殿下に請われるままにただ」
言い訳するアリアに私は、
「そなたには興味はないわ。視界から消えてくれればそれでいいわ」
と告げる。
彼女は秒速でいなくなった。犬になった殿下の心配は1ミリもないようだ。
「フランク殿下……」
「わんわん!」
「帝王教育を頑張っておられたのに、お気の毒ですけれど、これからは、わたくしのもふられ癒し係ですわ。そのうち、可愛い雌犬を探して差し上げます」
……そうして、私は女王になった。犬のフランクは、私と一緒に、国の紙幣に飾られた。
ストレス発散です。すかすかで申し訳ありません。