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召喚アトランダム  作者: 北瀬野ゆなき
【第五章】最終試練編
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第97話:真・邪神戦(前)

 明るくもなく、暗くもなく。

 広くもなく、狭くもなく。

 硬くもなく、柔らかくもなく。

 騒々しくもなく、静謐でもなく。

 芳しくもなければ、臭気もない。


 何処までも曖昧な空間、敢えて評するなら「混沌」と呼ぶのが最も適切なその場所に、一つの魔法陣が浮かび上がる。

 そしてその直後、陣の上には数人の人影が姿を現していた。


「やぁ、ようやく来たね。

 待ちわびたよ」


 陣の上に現れた人影達に対して虚空から声が掛けられた。

 高めの澄んだ声でありながら、聞いた者を不快な感情へと突き落とす奇怪な印象の声だ。

 新たにこの場に現れた陣の上の人影達は、その声が耳に入った瞬間にバッと声がした方を鋭い視線で睨む。

 そこには、長めの黒髪を伸ばした一人の少年が立っていた。


 いや、それを「立っていた」と表現するのが果たして妥当なのだろうか。

 少年は確かに直立の姿勢を取っている……但し、上下逆さまにだ。

 長い黒髪は頭が下を向いていれば逆立っていても不思議ではないが、どういう理屈か普通に直立しているときと同じように「彼」にとっての下へと流れている。


 何故、「彼」は上下逆さまに立っているのか?

 理由を論ずるだけ無駄だろう、そこには何の意味もない。原理もない。

 ただ一つ敢えて言うなら、それは彼の「姿勢」を示しているのかも知れない。

 すなわち、|まともに相対するにあたわず《・・・・・・・・・・・・・》。

 目の前に現れた者達に対するちょっとした悪意だ。


 とはいえ、「彼」が深く考えて悪意を放っているのかと言えば、それもまた事実とは異なる。

 何故なら「彼」は悪意そのものであり、今放っているそれも極自然に起こってしまうもの、例えるなら人の呼気のように撒き散らしているものに過ぎない。


 そんな「彼」の存在は、普通の人族が相対するだけで耐えられないレベルの劇物だ。

 常人が「彼」の声を聞けば、それだけで発狂してもおかしくない。

 放たれるオーラに触れれば、凶悪な魔物でさえも怯えるだろう。


 そして何よりも、その瞳。

 地獄の釜を煮詰めたような濁った瞳を見てしまえば、もうおしまいだ。

 いかなる勇士であろうと、魔を極めた王であろうと、等しく地に伏すに違いない。


 しかし、そんな恐怖の魔眼を前にして、この空間へと侵入した来訪者は真っ向から立ち向かっていた。


「まぁ、それはいいんだけど……」


 彼らが如何にして真なる邪神の魔眼に立ち向かえたのか。

 命をも惜しまぬ勇気か、それともこれまでの道程で築いた仲間との絆によるものか、はたまた単なる慣れか。

 その答えは非常にシンプルにして決定的にこの場の空気を掻き乱すものだった。


「流石の僕も、こんな怪しい仮面の集団と相対することになるとは思わなかったよ」


 狭間の世界、第四階層にして最終階層。

 幾つもの試練を乗り越えたその先で、真なる邪神と怪しい仮面集団が今対決の時を迎えていた。




 ◆  ◆  ◆




「確かに僕の眼を直視したら君達じゃ耐えられないだろうからね。

 対策を打つのは正しいんだけど……もう少しビジュアル面をどうにか出来なかったのかい?」

「そんな都合のいいものはなかった」


 呆れたように玲治達を見る「邪神」に、都合よく仮面を持っていた邪神アンリが答える。

 彼女が用意してみせたのは、人族の方の彼女が常日頃から身に付けているものとほぼ同じデザインの仮面だ。

 それ人族の彼女が着用しているものを見た邪神アンリが真似をして用立てたレプリカだった。


 オリジナルのそれは黒地に紅い紋様が入っているが、今回提供されたものは色違いになっており、それぞれ異なる色のものが一通り取り揃えられていた。

 玲治を始めとしたパーティメンバー、そして光神ソフィアや闇神アンバールも念のためにその仮面を着用している。

 邪神の眷属に当たるテナは仮面を着けなくても大丈夫という話もあったのだが、全員着けている中で一人だけというのを嫌がったことから、見事仮面集団が結成された。

 色違いの仮面のせいで、傍から見ると戦隊物に見えなくもないところが難点である。


「さて、思わぬ光景に驚いたけど気を取り直して……」


 呆れたような表情を浮かべていた「邪神」が改めて玲治達の方を見詰める。

 その瞬間、場の空気が切り換わったことを感じ取った彼らは思わず息を呑んだ。


「改めて言うけれど、よくここまで辿り付けたね。

 正直、感心したよ」

「ハッ、心にもねぇこと言うんじゃねぇよ!

 辿り着けるようにお膳立てしてやがったろうが」

「そうですね。

 特に第三階層はあまりにもあから様でした。

 私達……いえ、『彼』が力を付けてここまで辿り着けるように導いていたのは一目瞭然です」


 白々しい「邪神」の褒め言葉に、アンバールとソフィアが苦々しい表情で睨み付けながら指摘した。

 二柱が根拠としているのは、ここに来る直前の第三階層で相対した「邪神の瞳」だ。

 まるで魔眼を克服させるため(・・・・・・・・・・)に用意されたような階層のボス。

 そこから、この状況は目の前の「邪神」の思惑通りであったことを二柱は確信している。

 そして、それが分かっていても乗る以外に道がなかったことが憤りの理由だった。


「あはは、まぁそれはそうなんだけどね。

 ただ、僕も多少のお膳立てはしたかも知れないけれど、

 かと言って絶対に此処まで来られるようなものではなかったことは事実だよ。

 何かが変わっていたら、途中で力尽きていた結果だってあり得たさ」

「チッ」

「相変わらず、腹立たしいですね」


 これまでの道のりは決して平坦ではなく、際どい所で何とか乗り切ったような場面も多かった。

 それ故に「彼」の発言はある程度正しいと感じつつ、それでも直感的に全てが掌の上だったのではないのかという疑惑に二柱は眉を顰める。

 しかし、苛立ちを露わにしつつもそれ以上の追及はしなかった。

 否、出来なかった。

 仮に全てが「彼」の掌の上だったとして、それを暴くことは絶望にしか繋がらないと理解していたからだ。


「それで、言われた通り此処まで辿り着いたんだ。

 俺達の要望通りに元の世界に戻してくれるのか?」

「そんなわけないじゃないか。

 元々、君達の計画が面白そうだからちょっとだけ演出を手伝ってあげただけなんだよ?

 本題の方がどうなったのか、出し物は最後まで見せてもらわないと」

「つまり、戦えってことか」

「平たく言えば、そうだね」


 分かり切っていたこととはいえ、交渉は不可能だと看做した玲治達はそれぞれに戦闘態勢を取る。

 辺りに緊迫した空気が流れた。

 しかし、それは彼らの方だけであり、「邪神」は相変わらず逆さまのまま悠然と佇んでいる。


「……そうだ。最後に一つ、教えてくれ」

「? なんだい?」


 最早戦う以外に道はないとされた中、ポツリと呟いた玲治に「邪神」は小首を傾げながら問い掛けた。


「邪神邪神って呼んでたけど、名前は?

 本当は何者なんだ?」

「サタン」

「────ッ!?」

「……でもいいし、ベルゼブブでもいい。

 あるいはパズズ、ロキ、ヘル、アンラ・マンユ、テュポーン、アポフィス、チェルノボグ、蚩尤、禍津日神、アザトースでもナイアルラトホテップでもいい」

「ええと、どういうことなんだ?」


 様々な神話に登場する悪神邪神の類を並べ立てる「邪神」に何処か不穏な空気を感じ取りながら、玲治はカラカラに渇いた声で問い掛ける。

 そんな彼の様子にケラケラと嘲笑(わら)いながら、「邪神」は口を開く。

 それと同時に、黒髪の少年の姿がノイズ混じりに変わってゆく。


「それら全てが僕であり、そして僕の一面でしかないということだよ。

 あらゆる神話(Myth)に登場するあらゆる『邪悪』な存在。

 こう言い変えた方がいいかな?

 ──人が思い描く『邪悪』という概念の集合体、それが僕なのさ」


 息を呑む玲治達の前で、「彼」は巨大な姿へと変貌する。


「ゆえに、僕には固有の名前は存在しない。

 強いて呼ぶなら『|邪悪なる群体《Evil Colony》』かな」


 それは蛇であり、蝿であり、巨人であり、三つ足であり、蜥蜴であった。

 さながらあらゆる邪神や悪神を混ぜ込んだキマイラのような、おぞましく醜悪な姿。

 しかし、それは当然だ。

 何故なら「彼」はそういうもの(・・・・・・)なのだから。

 邪神や悪神と聞いて人々が想像するもの、それを全て掻き集めたのが「彼」なのだから。

「彼」がおぞましく醜悪な姿をしているのではなく、おぞましく醜悪な姿をしているから「彼」なのだ。

 人々がそう呼び、定義したからこそこうなっている。


【──さあ、もういいよね?

 そろそろ始めよう。

 君の可能性が何処まで伸びたか、見せておくれ】


 その言葉を皮切りに、最終戦闘の幕が切って落とされ──







「散開!」


 挑戦者である筈の玲治達がバッと散り散りに逃げ出した。


【………………は?】


 突然のことに、「邪悪なる群体」も思わず呆然と立ち尽くす。

 その額(?)から大粒の汗を流しながら。


【ちょ、ちょっと!

 何でいきなり逃げ出してるんだい!?】

「………………」


 慌てて追い縋るが、それに対する答えはない。

 微塵の躊躇もなく、彼らは逃走に全力を傾けていた。


【……散り散りになることで撹乱でもするつもりかい?

 でも、無駄だよ】


 意表を突く玲治達の行動にわずかに動揺した「邪悪なる群体」だったが、すぐに冷静さを取り戻し、その場から滲むように姿を消す。

 その直後、玲治の目の前に「彼」が何処からともなく姿を現した。


「わっ!? っとと!」


 全力で逃走していたところに突然敵が目の前に現れた為、玲治は思わずつんのめりそうになりながら何とかその場で足を停めた。


【万が一にも僕に一矢を報いることが出来るとしたら君だけだし、僕の興味もそこにある。

 散り散りになったところで、他のには興味がないから撹乱にはならないよ】

「クッ!?」


 元々、管理者である神族三柱ですら打倒し得ないと分かっていたからこそ、玲治をベースに力を集約させるという計画だった。

 つまり、三柱や他の者達は「彼」にとっては脅威に値しない存在ということだ。

 脅威に値しない者達が散り散りに拡散しても、「彼」にとっては玲治だけを追えば対処出来てしまう。


【さぁ、何か出し物はないのかい?

 もしも逃げることしか出来ないというなら……】


 言葉と共に、背から生えた触手の一本が彼に向かって突き出される。

 その部分に吐き気がするほどの魔力が集まるのを肌で感じ取り、玲治は必死で自身も魔力を集中させて魔法を紡ぐ。

 しかし、彼我の力の差はあまりにも隔絶しており、衝突すれば玲治が一方的に消し飛ばされることは目に見えていた。


【その程度なのかい?

 何とも詰まらない結果だったね。

 いいや、もう……君は要らない】


 異形の姿へと変わった「邪悪なる群体」の表情は人には理解出来ないが、その言葉には何処か落胆したような響きが乗っていた。

「彼」は触手に集めた魔力をそのまま玲治に向かって放つ。

 同時に玲治の方も魔法を唱えたが、触手から放たれた深紫と濃緑が入り混じったような魔力は一瞬の硬直もなく彼が立っていた場所を吹き飛ばした。

 空間を走り抜ける衝撃の直後、地面から凄まじい爆発が起きて粉塵が撒き散らされる。

 しかし、それを引き起こした「邪悪なる群体」は不思議そうに首(?)を傾げていた。


【? 手応えがなかったね。

 ……ああ、そうだった。転移魔法も使えたんだね】


 彼はオート魔法で過去に二度転移魔法を発動させている。

 自身の力を認識していなかった当時は兎も角、自覚を持った今は経験から逆習得を行えても不思議ではなかった。


 吹き飛ばされる直前で転移して逃げおおせた玲治の居場所を探る「邪悪なる群体」。

 スキルを与えることで繋がりが出来ているため、如何に隠れようとも「彼」の目を誤魔化すことは出来ない。

 果たして瞬時に居所を特定して、そちらの方へと振り向く。

 しかし……。


【こっちの方かな……はぁ?】


 振り向いた「彼」は、玲治の気配が発せられている付近の光景に再び呆気に取られることになった。







 そこにあったのは、「彼」の巨体をも超える大きさの砦だった。

 先程までこの空間には何も存在しなかったし、もちろん今姿を見せている砦も存在しなかったのは確実だ。

 しかし、現実に黒と白で彩られた巨大な砦が築かれている。


 そして、驚きはそれだけには留まらない。

 砦の上部から極光が真っ直ぐに放たれたかと思うと、「彼」を呑み込んだのだ。


【──────ッ!?】


 光の発生源である砦の上には、光の刀身を持つ運任せの剣を振り切った玲治の姿があった。

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