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召喚アトランダム  作者: 北瀬野ゆなき
【第五章】最終試練編
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第94話:邪神の聖域・改

 二つの世界の狭間に作られた空間。


 玲治達がこれまで攻略してきた二つの階層は、それぞれ安置されている管理者を象徴する空間だった。


 闇神アンバールの石像が置かれていた第一階層は漆黒の闇に覆われた無明の世界。

 光神ソフィアの石像が置かれていた第二階層は反対に、眩い光によって包まれた極光の世界。


 ならば、第三階層はどうか。

 順当に行けば邪神アンリの石像が置かれている筈であり、それ自体はここまでの経緯から間違いないと言える。


 しかし、ここで一つの疑問が生じる。

 それは、邪神アンリを象徴する空間とは如何なるものなのかということだ。

 他の管理者の「光」や「闇」といった自然にも存在するものとは異なり、「邪」とは相対的な概念に過ぎない。

 邪なる空間といって想像されるものは、果たしてどういった空間だろうか。


 様々な推測を脳裏に浮かべながら、アトランダム一行は光神の石像があった場所に浮かび上がった魔法陣に乗って階層を移動した。





 なお、彼らの推測には二つ程勘違いが含まれている。

 まず一つ、管理者達には司るものとして権能が定められており、それがイコール彼らの象徴であることだ。

 光神ソフィアが「光」、闇神アンバールが「闇」なのに対して、邪神アンリのメイン権能は「邪」ではなく「恐怖」。

 つまり、彼女の象徴として挙げられる属性を選ぶならそれは「恐怖」という感情であり、邪神というのはあくまで立ち位置でしかないということである。


 そして二つ目、それは彼女自身の気質だ。

 邪神だの恐怖だのといった恐ろしげな属性と裏腹に、彼女の性格はとよく知る者に問うた場合には「怠惰」「商魂たくましい」「悪戯好き」などといった答えが返ってくるだろう。

 邪神としてそれでよいのかというツッコミもあるかも知れないが、事実としてそうなのだから言っても無駄だ。


 そんな彼女を象徴する狭間の第三階層。

 玲治達の目の前に現れたその姿は──。




 ◆  ◆  ◆




「ここは……あのダンジョン?」

「確かに、アンリ様のダンジョンとよく似てます」

「何も無かったこれまでの二つの階層とは大分様相が異なりますね」


 目の前に映る光景に、玲治達は口々に感想を述べた。

 彼らの印象は、つい先程まで攻略していたダンジョン「邪神の聖域」に似ているというものだ。

 黒いレンガ造りで作られた回廊に、漂う濃密な瘴気。そして、ひしめくアンデッド達。


 なるほど、彼女が作り上げたダンジョンであれば確かに彼女を象徴する場所として相応しい……そう納得した彼らは先へと進むことにした。

 これまでの二つの階層……何も見えない闇や光の空間に比べれば、この第三階層はまだ彼らの常識が通じる場所であり気楽に感じられる。


「取り敢えず、あれらを倒して先に進むとするか」

「ええ、それ以外に道は無いようですし」


 わらわらと寄ってくるアンデッドに対抗するために武器を抜いた玲治達は、大事なことを忘れていた。


(なぁ、生真面目女。このまま単純にいくと思うか?)

(あり得ませんね。彼女の空間がそんなまともな筈がありません)

(だよな)


 彼らが攻略したダンジョン「邪神の聖域」が常識の通じる真っ当なダンジョンだったのは上層だけであったこと、そしてこの空間の礎になっているであろう邪神アンリも黒幕である真・邪神も彼らにそんなラクをさせるような優しさは持ち合わせていないことだ。


「あ、あれ?」

「先の道がなくなっちゃいました……どうすればよいのでしょう?」


 回廊を進んでいた玲治達の目の前には、一つの巨大な部屋が広がっている。

 問題なのは、その部屋の本来であれば床があるであろう場所が闇で覆い尽くされているところだ。

 疑問に思った玲治は、その辺に転がっている小石を部屋の中に放り込んでみた。


「………………音がしないな」

「見えないだけでちゃんと床がある、と安易に考えない方がよさそうですね」


 彼が放り込んだ小石が床に当たる音はしなかった。

 オーレインの言う通り、この部屋に広がる闇の下にまともな床があるという考えは期待薄のようだ。


「困りましたね」

「床を歩けないとしたら、どうしたらよいのでしょう?」

「……現実逃避はやめて、目の前のコレに向き合った方がよいと思うぞ」


 何処か目を逸らしながら困ったような口調で話し合うテナやフィーリナを横目で見つつ、ミリエスが若干の呆れを乗せた声で目の前にあるものを指した。


「みんな、敢えてそこには触れなかったんだが」

「し、仕方ないだろう!

 そうしないと進めなそうなのだぞ!」


 空気を読まない発現に対する非難を向けられたミリエスは、わずかに怯みながらも両手を高く挙げて反論する。

 もちろん、玲治達も分かってはいるのだ。彼女の言うことが正しいと。

 しかし、それでも見なかったことにしたいものは存在する。


「石板……はいいとしても、これはまた露骨な」

「相変わらずと言やぁ相変わらずだし、アイツらしいと言えばアイツらしいがな」

「私に言わないで」


 管理者二柱が呆れたようにチラチラと仮面の女性を見ながら告げた言葉に、人族のアンリはソッと目を逸らす。


 一行が見て見ぬ振りをしようとしたのは、途切れた床の縁にわずかな隙間を開けて浮かんでいる一枚の石板だ。

 ダンジョンの壁や床と同じであろう材質で作られたその石板は、彼らのパーティメンバーがギリギリで乗り切れる程の大きさを有している。

 罠でなければ、ここに乗れという意図なのであろうことは誰でも分かった。

 そこまでであれば問題はない。


 問題なのは、石板の隅に設けられた縦長の箱だった。

 その上部には小さな切れ込みが入っており、そこから何かを投入出来るようになっている。

 いや、「何か」などという婉曲的な表現は不要だろう。

 元の世界で似たような物を見たことがある玲治はもちろん、他の者達もそこに何を入れろと言われているのかは一瞬にして悟ることが出来たのだから。


「これは、そういうことなのでしょうね」

「多分な」

「いずれにせよ、乗るしかないのは間違いないな」


 エリゴールが率先して部屋に踏み入り、石板の上へと足を乗せる。

 一行の中で最も体格がよく、おそらくは体重もある彼が上に乗っても、石板は小揺るぎもしない。

 この分なら、他の者達が全て乗ってもあえなく落下したりはしないだろう。

 それを見て安心したのか、彼に続くように皆石板の上へと乗り込んだ。

 そして、改めて隅に設けられた箱の上部に設けられた切れ込み……というか、取り繕わずに言えばコイン投入口(・・・・・・)を覗き込む。


「まぁ、入れてみるか」


 玲治は溜息を吐きながら、試しに手持ちの中で最も安価な銅貨を切れ込みから投じてみた。




 ──次の瞬間、何処からともなくブッブーというコミカルな機械音が鳴り響く。

 どうやら、銅貨では駄目なようだった。

 ちなみにだが、投入したお金は当然のように返ってこない。


「仕方ないな、だったら銀貨を……」

「レージさん、レージさん。

 多分金貨を入れないと動かないと思いますよ?」

「……やっぱりそうか?」


 次に価値のある銀貨を投じようとしていた玲治に、テナが横からアドバイスをする。

 彼自身も多分そうなんじゃないかなと思いつつも敢えて避けていた事実。

 しかし、彼女が言うのであればおそらくそうなのだろう。何しろ、この空間の基礎となった人物をよく知る一人である。


 もう一人だけ彼女よりも件の人物と関わりのある、ほとんど本人と呼べる者も居るわけだが、そちらは現在光神や闇神の呆れた視線と攻防を繰り広げている。


「ホントがめつい奴だな」

「少しは清貧さを心掛けなさい」

「心外な、私は無実」


 耳を塞いでお説教から逃げようとしている彼女を横目で見やりながら、玲治は仕方なく金貨を取り出して投入した。




 ──次の瞬間、彼らの乗る石板は猛烈な勢いで飛び始めた。


「うわああああああぁあぁぁあ!?」

「きゃああああああぁあぁぁあ!?」

「いやああああああぁあぁぁあ!?」


 如何なる力が働いているのか上に乗る者達が振り落とされることはなかったが、その凄まじいスピードとそれによって齎される爆発的な風圧に、彼らは思わず悲鳴を上げた。






 改めて述べると、この階層の礎となっている邪神アンリの司るものは「恐怖」である。

 加えて、その気質は「怠惰」「商魂たくましい」「悪戯好き」……etc.


 そんな彼女を象徴する第三階層「邪神の聖域・改」に設えられた恐怖のシューティングコースター(有料制)が最後の試練として玲治達に牙を剥いた。

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