第91話:光の砲台
「ぬぅ!」
「大丈夫ですか、先代陛下?」
既に何度目か数えるのも億劫になる程の閃光を大剣で防いだエリゴールに、彼の近くに控えて他の面々を余波から守っていたミリエスが不安そうに声を掛ける。
「まだ問題ない……が、先程よりも射撃の間隔が短くなってきたな。
いよいよ、目的地が近いのかも知れん」
「そうですね」
彼の言う通り、最初に狙い打ちされた時と比べると明らかに一撃ごとの間隔が狭まっている。それが単純に射出している場所からの距離が縮まったことによるものなのか、それとも撃って来ている相手が焦りを覚えたためなのかは分からないが、どちらであっても近付いていることは間違いないと彼らは直感している。
反応から来る推測は勿論だが、それよりも何よりもその先に待ち受ける者の力を肌で感じ取っていたことの方が大きい。
進んできた方角が正しい事を確信した一行は、二人の魔族によって拓かれた道を一心に突き進む。
「見えて来たな」
「? 何も見えませんが……?」
ふと、闇神アンバールが呟いた言葉を聞き付け、玲治は彼の視線の先へと目を向ける。
しかし、残念ながら見える範囲には何もない。
「まぁ、手前ぇらの目じゃもう少し近寄らねぇと見えねぇか」
「神族の視力と張り合うだけ無駄」
「そ、そうですか」
神族と人族や魔族ではそもそもの身体の作りが違う。それは筋力などだけではなく、視力や聴力においても言えることだ。
いや、むしろどちらかと言えばそういった知覚能力の方がより顕著に差が出ている。
玲治の視力では見えない距離のものが、アンバールには見えているのだろう。
彼の言う「もう少し」がどれくらいかは分からないが、いずれにしても近付かなければどうにもならない。
そう考えた一行は光線の飛んでくる方向を睨むように見詰めながら、そちらの方向へと歩んだ。
◆ ◆ ◆
「な、何だあれは……?」
「クリスタル、でしょうか?」
アンバールが何かを見付けてからしばらく進んだ玲治達は、ようやく彼が目にしたものを視認することが出来た。
神族の「目」がどれだけ規格外かをその身で実感した彼らだが、目の前の光景に対する驚愕の方が勝っており、それどころではない状況だ。
彼らの視線の先には、巨大な水晶の塊のようなものが宙に浮いていた。その水晶は透き通って中が見通せるようになっているが、その中核には人間大の光珠が収まっている。
人工物には見えず、かといって自然の産物とも思えない。
「ッ! 来るぞ!」
エリゴールが警告の声を発するのと、それが反応するのはほぼ同時だった。
全容が見通せる位置まで近付いたとはいえ、それでもまだまだ大分距離が離れている。それでも、玲治達はその一部始終を何とかその目で見ることが出来た。
光球が脈動するように光ったかと思うと、光の筋が水晶の内部で乱反射を起こしながら増幅され、やがて彼らが居る方向に尤も近い側面から光線が一直線に伸びて来たのだ。
「クッ!?」
「エリゴールさん!」
これまでと同様にエリゴールが闇神の加護を受けた大剣で防ぐが、僅かにその身が後退する。先程までより近付いたためか光線の威力が減衰せず、より強力なものとなっていたためだ。
逸らし切れなかった光はミリエスだけで対処は難しいと判断し、玲治も周囲に漂わせていた闇を一時的に集めて盾とする。
何とかパーティメンバーへのダメージを防ぐことに成功した彼は、改めて攻撃を放って来た水晶とその周辺に目を遣る。
空中に浮かぶ巨大な水晶以外には周囲には何も存在しない。
「取り敢えず、一度下がろう。
ここだと近過ぎて攻撃がキツイ」
「分かりました、一度下がって対策を練りましょう」
水晶からの距離を放せば光線の威力は減衰することは既にこれまでの道のりで把握している。
無理をせず防げる位置まで一旦下がって作戦会議をすることを手短に合意し、玲治達は後退した。
◆ ◆ ◆
「まず、ここまでの道で攻撃をしてきたものは、あれで間違いなさそうですね」
「まるで砲台みたいだったな」
「実際に目で見て確認しましたから、間違いないですね」
光線を防ぐ役のエリゴールを除き、円陣になって対策を練るアトランダム一行。
場所は水晶が辛うじて視認出来る程度には離れており、ここまで来れば光線もエリゴールの大剣で無理なく逸らせることが分かっている。
「あれが生き物なのかどうかも分かりませんが、
少なくとも私達の姿を捉えて正確に狙っているのは確かです」
「この階層のボスってわけか」
「……あの、聖女神様の石像は何処にあるのでしょうか?」
「そう言えば、あの辺りにはありませんでしたね」
玲治達の目的は、石像にされた三柱の管理者を取り戻し、先に進むことだ。
しかし、先程彼らが見たあの場には水晶のような敵以外には何も無かった。
「あれだけの威力の砲撃、それも一撃ではなく無尽蔵に撃って来ているのだ。
尋常ではない魔力を必要とする筈。
おそらくだが……」
「あの水晶の中枢にあった光の珠、あの中に光神の石像が収められている?」
「どうなの?」
前の階層で遭ったアンバールの時と同様に管理者達の石像が動力源として使われているというミリエスと玲治の推測にアンリが仮面越しに問い掛けるような視線を向けると、アンバールは面倒くさそうな声で答える。
「ああ、その線で間違いないだろうよ。
あの中から、生真面目女の気配がしてるしな」
「私の聖弓からも、聖女神様の反応を感じました」
オーレインも聖弓に額を当てながら気配を探り、その結果を報告する。
どうやら、光神ソフィアの石像があの水晶の中枢にあった光珠の中に収められ、その力を汲み上げることで光線を撃っていることは間違いないようだ。
そう判断した彼らは、次に取り得る手段の模索を始めた。
「アンバールさんの時と同じように、光魔法を当てることで復活させることは出来ないか?」
「難しいでしょうね、見える位置に石像がないですから」
「流石に、同じ手段は二度は使えないってことなのでしょうね」
アンバールの石像を核とした影のゴーレムは、闇魔法を石像に当てることで彼を復活させて止めることに成功した。
それは、石像がゴーレムの胸部に剥き出しになっていたために出来たことだ。
しかし、今回の水晶砲台は光神の石像を内奥へと隠し込んでいるため、同じ手では対処が出来そうにない。
「つまり、あれに真っ向から挑まなきゃいけないってわけか。
アンバールさん、何とかなりませんか?」
「俺に頼るんじゃねぇ、手前ぇらで何とかしろ。
これぐらいのことを乗り越えられねぇようじゃ、
あの野郎に一発かますのは百年経っても無理だろうからな」
玲治が闇神アンバールに助力して貰えないかと水を向けるが、あっさりと拒否されて終わった。
しかし、彼の言葉にも納得出来る部分が大きかったため、玲治はすぐに気持ちを切り換えて自分達の力で対処することを考え始める。
こうしている間にも、光の砲撃は撃ち込まれ続けているのだ。
彼らは可能な限り手早く対策を練る必要に迫られていた。
「攻撃の間隔を突いて、近付くのはどうでしょうか?」
「近付けば近付く程、光線の威力は増します。
先程の距離でも防ぐのが困難だった以上、あれより近付けばおそらく防ぎ切れません。
確かに砲撃の間に一定の間隔はありますが、あの距離を詰められる程の猶予はないでしょう」
フィーリナの提案にオーレインが首を横に振る。
「持久戦でこのまま魔力切れを待つってのは?」
「それは無理だろうな。
力の源が光神であるなら、魔力切れを期待するのは望みが薄い」
玲治の案は大剣で彼らを守るエリゴールが背中越しに否定した。
「あの、この場所から魔法で攻撃するのはどうでしょう?」
「流石に遠過ぎる。
大したダメージにはならんだろう」
テナが右手を挙げながら述べた言葉も、ミリエスによって不可能だとされる。
「アンバールを盾にして近付けばいい」
「ぶっ殺すぞ、手前ぇ」
そして、アンリの非神道的なアイディアは額に青筋を浮かべたアンバールによって却下された。
実際のところ、確かに彼ならあの砲撃を喰らっても死にはしないだろうから盾とすれば水晶砲台に近付ける筈だ。
ただし、流石にそれを真っ向から口に出来る猛者は彼女以外には居ない。
「盾は兎も角として、あれを倒そうと思ったら何とか近付く方法を考えなければダメだな。
………………あ」
「レージさん?」
「何か思い付かれたのですか?」
ポツリと呟いた玲治に、テナとオーレインが問い掛ける。
「ああ、一つ試してみたいことが出来たよ」