第90話:光の世界
狭間の第一階層をクリアし闇神を石化から解くことにも成功した玲治一行。
解放した闇神アンバールから玲治が力を分け与えられ大幅に戦力を増した彼は──
「め、目が……目がっ!?」
──悶え苦しんでいた。
地面があるであろう場所に転がりながら目を押さえて呻いている玲治。
なお、玲治だけでなくテナ達も同じように目元を押さえている。流石にわめいてはいないが。
パーティメンバーの中で玲治だけ転げ回っている理由は、不運にも目を押さえた瞬間にオート魔法が発動して自爆したためだったりする。
無事なのは仮面で目元を覆っているアンリ、そして闇神アンバールのみだ。
もっとも、そんな姿も視認出来ているものはほとんど居ない。
先程まで彼らがいた第一階層の暗闇空間のように暗さのあまり見通すことが出来ないのかと言えば、そういうわけでもない。むしろ、その逆である。
ここには、暗闇など一片も存在しない。
そこにあるのはただ光、光、光……圧倒的かつ暴力的なまでの光によって全てが満たされていた。
通常どれだけ強力な光源があったとしても、遮蔽物があればそこには影が生み出されることになる。
しかし現在、この空間にはその影すら生まれていなかった。
その理由は、一方からの光ではなく全ての方位……前から後ろから右から左から上から、そして下からすらも光が発生しているためだ。
あまりの眩さに目蓋を開くことすら難しい。
「チッ、鬱陶しい場所だ」
忌々しいと言わんばかりの声を上げたのは、この場所で唯一周囲の状況を把握出来ている闇神アンバールだった。
人族や魔族では知覚できない状況であっても、流石に管理者たる神族であれば「視る」ことが出来るようだ。
もっとも、闇を司る彼にとっては真逆の属性に満たされたこの空間は歓迎出来る状況ではないことも事実。
流石にそれだけでダメージを負う程ではないようだが、不愉快の念を抱かざるを得ないようだった。
「そう思うのなら何とかして」
苛立つアンバールに、横合いから棘のある声が掛けられる。
仮面を被った女性、アンリによるものだった。
「あ? なんで俺がそんな面倒なことしなきゃなんねぇんだよ」
「このままだと先に進めない」
彼女の言う通り、このままではアンバールは兎も角としても他の者は全く視界が利かない。とても探索など出来ない状態だ。
そんな環境下でも──若干苛立ってはいるが──平然としている彼に何とか対策を講じてほしいというのは無理もない要求だろう。
「チッ、しゃあねぇな……いや、待てよ?」
「?」
「おい、小僧!」
アンリとの話を打ち切って、彼は地面に転がっている玲治の方へと向き直ると声を掛ける。
目を押さえて呻いていた玲治だが、その声が聞こえたのか目を閉じたまま上体を起こして振り返った。オート魔法で自爆した負傷は自分で回復したようだ。
「ア、アンバールさん?」
「実地研修だ。手前ぇが何とかしてみせろ。
この空間の光を闇で覆って抑えな」
「ええ!? そんな、無理ですよ!
そりゃあ闇魔法で暗闇を作り出すことくらいは出来るかも知れませんが、流石にこの空間全てを覆うのは無茶です!」
魔法で闇を生み出して自分達の周囲を覆えば、少なくとも眩しさで身動きが取れない状況を緩和することは出来るだろう。
しかし、それで覆えるのは精々が彼らの周囲数十メートルと言った範囲だ。
それより外側は依然として暴力的な光によって何も見えない状態が続く。それでは探索が十分に出来る状況とは言い難い。
「魔法ならそうだろうな。
だが、俺の力を汲み出せるようになった今の手前ぇなら、魔力そのものを行使出来る筈だ」
「魔力、そのもの?」
闇神の言葉に、玲治は首を傾げる。
いつしか目を押さえて呻いていた他の者達も、彼らのやり取りの方へと意識を向けていた。
「お前達人族の魔力は密度が薄い。
だから無色と勘違いして、そのままでは『色』を持たない魔力を魔法という形で変換して使っている。
実際には薄いだけで『色』は付いてるんだがな」
アンバールの説明を聞き、玲治達は自分達の魔力の色を見るように己の手に視線を落とす。もっとも、依然として光に包まれていて見ることは叶わなかったが。
また、闇神の言う「色」というのも視認出来る色の話ではなく、魔力に含まれた属性のことである。
「だが、俺達神族の魔力は違ぇ。
明確に『色』が付いているから、魔法に変換せずともそのまま使うことも出来る。
勿論、言うまでもなく俺の魔力の『色』は闇だ」
「魔法に変換しないで直接使うと、どんなメリットがあるんですか?」
「無駄な変換を省く分、ロスが小せぇし出も速ぇ。
後は、魔法と異なり用途が限定されていない分、自由度が高いな」
「なるほど」
「俺達の力を分け与えると言っても、流石に権能を渡すことは不可能だからな。
少しでも他の方法で戦力強化しておいた方がいいだろ」
魔法を使う場合、一度変換することによってエネルギーが減じてしまう。また、一段段階を踏むことから時間のロスが生じるのも理解出来た。
また、魔法は形が決まっており、強弱くらいは調節出来るがそれ以外の自由度に欠けるのも彼の言う通りだ。
「あれ? でも、アンリ様は神族だった時も魔法を使われてましたよね?」
「それは慣れの問題。
私は人族から神族になったから、それまでも使ってた魔法の方が使い易かった」
「逆に言えば、神族の魔力を直接行使するには少しばかり慣れが要るってわけだ。
だからこそ、ここで練習しておけって言ってんだよ」
「……ぶっつけ本番でやらせる気だったくせに」
「あぁん?」
この空間を見えるようにすることを実地研修として玲治にやらせる意図を語るアンバールだが、仮面の女性のぼそっと呟いたツッコミに、ガラの悪い表情で睨み返す。
睨まれた当人は何処吹く風という様子だが、仮にも世界を管理する管理者の威圧は余波だけで他の者達を圧迫する。
とばっちりで冷や汗を掻くことになった玲治は、慌てて話を逸らそうとした。
「ええと、ならどうやって使えばいいんですか?」
「別に小難しいことは必要ねぇ。
体内に流れる魔力を操作して発現のイメージをする。そんだけだ」
「あれ、それって……?」
「魔法を使う時と変わらない、ですよね」
アンバールの説明を聞いたテナとフィーリナが首を傾げる。
彼の説明する魔力の行使方法は、彼女達が魔法を習った時にも同じような説明を受けていたためだ。
詠唱や魔法陣などの付属物を伴うこともあるが、基本的には魔力の集中とイメージによって魔法は行使される。
「だろうな。
だからこそ、魔法を使うことに慣れていると逆にやりづれぇんだ。
強いて言うなら、イメージする内容が違う。
魔法とは違って、魔力そのものを体外で動かすことをイメージしろ」
「ええと……取り敢えずやってみます」
物は試しとばかりに、玲治はその場で足を肩幅に開いて立ち、自身の胸に手を当てる。
そこには、先程第一階層で行った儀式により刻まれた紋様があった。
供給源である闇神からそこに流れて来た力を、コアから全身に巡らせる。その瞬間、彼の全身から闇の魔力が迸る。
とても制御など出来そうにないその力を、何とか右掌の上へと集めてゆく。
そして、その魔力をこの空間に満ちた光を遮る闇に──。
「違ぇよ、それは闇魔法を使っているだけだ。やり直せ」
「は、はい!」
玲治の掌から闇が広がろうとした瞬間、アンバールから指摘が飛んできた。
集中を欠いたせいか、掌に集めた魔力も玲治の全身を巡っていた力も霧散してしまっている。
玲治は気を取り直して、再び掌に意識を集中する。
外部から供給された凄まじい闇の魔力が掌へと集められる。
ここまではいい、問題はその次だ。
先程は、ここから暗闇を生み出そうとして失敗だと言われてしまった。
ならばどうするか。
アンバールは、魔力そのものを体外で動かすことをイメージしろと言っていた。
そのアドバイスを信じ、玲治は右掌に集めた力そのものを身体から押し出すように念ずる。
「あ」
固唾を呑んで彼の様子を見詰めていたテナが、ぽつりと呟いた。
玲治が掲げた掌から黒い何かが噴き出し始めたのだ。
それは、最初は僅かだったが次第に勢いを増してゆき、あっと言う間に視界の届く全ての範囲を埋め尽くしてゆく。
空間を満たしていた光を塗り潰すように広がる暗闇は、光と相殺し合ってそれを緩和する。
玲治が集中するために閉じていた目を開いた時、辺りは夕暮れ時くらいの暗さになっていた。
「で、出来たのか?」
「ま、最初はこんなもんだろ。
これで少しでも戦力増強になる筈だ」
「はい、ありがとうございます」
「礼なんざ要らねぇよ。こっちの都合でもあるからな。
それよりも……来るぞ」
「え?」
アンバールの唐突な警告に呆気に取られた表情になっていた玲治がソレに対処が出来たのは、他の者達からは奇跡的な行動に見えた。
しかし、実際には違う。
彼は闇神に次ぐ早さでソレに気付き、咄嗟に周囲を満たした闇を一部だけ厚くすることによって盾とする。
その対応とほぼ同時に、遥か彼方から薄闇を斬り裂く閃光が彼らを狙って伸び、盾に防がれて逸れていった。
「きゃあ!?」
「い、今の光は?」
闇神や玲治と異なり反応が遅れた他のパーティメンバーは、その光が闇の盾に衝突してから始めてその攻撃に気付いた。
「空間を満たしていた光が侵されたことで、レベルを引き上げたってことだろうな」
「! ならばこの攻撃が発せられているもとには……」
「この空間の主……光神の石像があるってわけか」
次の瞬間、第二射が来ることを玲治は察知した。
視覚よりも早く、自らの身体の延長線上とも言える空間を満たした暗闇が切り裂かれるのを感じたのだ。
「で、でもこのままじゃ進めないですよ!?」
「確かに、防ぐだけなら何とかなるだろうけど、このままじゃジリ貧だな。
俺一人だと何処までもつか」
「なら、アンバールを盾にして進めばいい」
「やめんか!」
「アンリ様、それは流石に……」
人として如何なものかと思える案を提示したアンリを、ミリエスとテナが制止した。
確かに彼ならば防げるだろうが、絵面があまりにも酷い。
「ったく、仕方ねぇな」
「盾になってくれるの?」
「んなわけあるか!
ちぃっとだけ力を貸してやるだけだ」
そう言うと、アンバールはエリゴールとミリエスのもとへと歩み寄る。
そして、両の手をそれぞれエリゴールの持つ大剣とミリエスの纏ったローブへと押し当てた。
「闇神様?」
「一体何を……」
「黙ってな」
『加護付与』
アンバールの両手から漆黒の闇が噴き出し、掌を押し当てられたそれぞれの品へと絡み付くようにして染み込んでゆく。
「こ、これは!?」
「闇神様のご加護……このような栄誉を賜るとは」
驚愕と感激に呆然としながら、二人の魔族はそれぞれの装備品を眺める。
そんな彼らに、アンバールは顎で指すようにして閃光が飛んできた方向を示した。
「これで、あの攻撃ぐらいは防げるだろ。
後はお前達が道を切り開けや」
「ハッ、承知致しました」
エリゴールはそう言うと、魔剣となった大剣を振り被ってパーティの先頭へと踊り出る。
彼が剣を振り下ろすのと、閃光が飛んでくるのはほぼ同時だった。
光は魔力を纏わせた剣線によって分断され、後方へと流れてゆく。
それを、ローブを翻したミリエスが玲治達の前に進み出て、打ち払うようにして防ぐ。
「よし、道は我々が切り開く。心して着いて来い!」
闇神の加護を得た二人の魔族の鼓舞を受け、玲治達は閃光の飛んでくるもとに向かって歩み始めた。




