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召喚アトランダム  作者: 北瀬野ゆなき
【第五章】最終試練編
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第89話:闇のライン

「……う……ん」

「あ、レージさん。目を覚まされたんですね。

 その、大丈夫ですか?」


 覚醒の呻きを聞いて掛けられた声に、玲治は目を開けてその声が発せられた方を見ようとした。

 辺りが薄暗いせいであまりよく見通すことが出来なかったが、それでも声の主である金髪の少女の端整な顔立ちはかろうじて見分けることが出来た。

 勿論、顔が見えなくても声で誰かは分かっていたので不都合は無いのだが。


 意識を失っていた玲治はテナの膝を枕に寝かされていたらしく、彼女の顔は彼の丁度前方にあった。歳不相応な持ち物のせいで半分隠れているが、見えなくなる程ではない。

 彼女に膝枕をされるのはこれまでにも何度かあったが、相変わらずの柔らかな感触に玲治は慌てて身を起こした。


「ええと、ここは?」


 紅潮する顔を誤魔化すように周囲を見回した彼は、炎に照らされることで僅かに見通すことの出来た暗闇の空間に、気絶する前の出来事を思い出す。


「そうだ、確か闇神の石像から出て来た影のゴーレムと戦って……」


 当初は闇神の石像から出現した闇巨獣アンバールを倒そうと戦っていた玲治達だが、その選択が誤りであることを途中で悟った。

 そして、ダメージを与えようとするのではなく逆に回復する闇属性の攻撃を彼の石像に当てることで、石化状態からの闇神復活を試みたのだ。

 その狙いは正しく、石化されていた闇神アンバールは見事復活し……その八つ当たりとも言える攻撃で玲治達は吹き飛ばされて気絶してしまった。


 そのことを思い出した彼が改めて周囲を見ると、どうやら他のメンバーは彼よりも先に目を覚ましていたらしく皆既に立って活動していた。


「おぅ、やっと起きたか。

 ったく、時間取らせやがって」

「そもそも貴方が吹っ飛ばしたせい」

「チッ、分かってんよ」


 起き上がった玲治に対して不機嫌そうな声が投げ掛けられるが、横からツッコミを受けて閉口した。

 どうやら彼が目覚めるのが遅かったことに苛立っていたようだが、その気絶の原因であることを突っ込まれて黙らざるを得なかったようだ。

 その時点で、声を掛けて来た人物が誰であるかは明白だった。

 紅いコートを羽織り薄緑色の長い髪をした少々ガラの悪そうな青年の姿がそこにはあった。


「闇神、様ですか」

「魔族なら兎も角、俺の信徒でもねぇ手前ぇに様付けなんて求めてねぇよ」

「え? なら、えーと……」


 彼とはこの空間に落とされる前にも言葉を交わす機会があったが、その時は他に光神ソフィアや邪神アンリも居た為に真っ向から向き合って会話をしたという印象はなかった。

 あの時は流れに流されるままに有耶無耶になっていたものの、改めて彼単独で会話をしようと思うとどういった態度で臨んでいいか迷ってしまう。


 流石に呼び捨てはまずかろうと敬称を付けて呼んだ玲治に、闇神は顔をしかめて不要と答えた。

 どうやら無理矢理取って付けたような敬称が気に召さなかったようだ。

 とはいえ、魔族であるエリゴールやミリエスが居る前で彼を侮るような態度は拙いだろうということは、玲治にも容易く推測出来る。

 どう呼んだものかと迷う姿を見咎めたのか、闇神は面倒くさそうに溜息を一つ吐いて言葉を続ける。


「アンバールだ。適当に呼べ」

「分かりました。では、アンバールさんで」

「……まぁいい」


 呼び捨ても様付けもダメということで折衷案として選んだ呼び方は今一つだったようだが、彼は渋々とそれを受け入れることにしたようだ。


「取り敢えず、状況については先代魔王のあいつから大体聞いた」

「そうですか。

 それでは、単刀直入に話をさせてもらいます。

 俺達はこの空間から脱出するため、そして俺は元の世界に帰るため、

 この空間を創っている主を打倒しなければなりません。

 力を貸してもらえますか?」

「ハッ、今更だろ」


 玲治の要請を鼻で嗤うアンバール。

 元々は彼をはじめとした三柱の要請で真・邪神に挑むという話だったのだ。

 結局、予想よりも早く介入してきた敵の横槍によって邪魔されてしまったが、事ここに至っては最早協力して一矢を報いる以外に選択肢がないことは間違いない。

 彼が今更だと言うのも無理はなかった。


「ありがとうございます!

 ところで一つ聞きたいのですが……」

「何だ? 言ってみろ」

「あの時、敵が介入してくる前に聞いた計画のことです。

 神族の方達の力を俺に貸し与えてくれると言う話でしたが、

 それを今やってもらうことは出来ますか?」


 玲治の頼みごとに、闇神アンバールは真剣な表情になり彼を真っ向から睨む。


「出来るか出来ねぇかで言えば、出来る。

 だが、あん時も生真面目女が言ってたろう?

 『短時間であれば』俺達三柱分の力をその身に受け入れられるってな。

 逆に言えば、長時間はもたねぇってことだ。手前ぇがな。

 決戦の間近でやるべきだろう」

「『三柱分の力』には長時間耐えられないですか。

 なら、一柱分ならどうですか?」

「ほぅ?」


 玲治の反駁に、闇神は興味を引かれたように片眉を吊り上げる。


「なるほどな、確かに三柱分の力には耐えられなくても、

 俺の力だけならなんとかなるかも知れねぇな。

 だが、実際どうかはやってみなけりゃ分かんねぇぞ?

 そのリスクを冒すだけの理由はあんのか?」

「これから先に挑むには、今の俺の力では足りないんです。

 だから、お願いします!」


 闇巨獣アンバールとの戦いは、真・邪神の用意した引っ掛け問題に気付くことが出来た為、切り抜けることが出来た。

 しかし、単純な勝敗としてはどうだったかと言えば、勝ち目がなかったと言わざるを得ない。

 物理攻撃は通じず、魔法でも碌なダメージが与えられなかった。

 手数という意味なら、玲治はあの世界でもトップクラスに引出しが多い人物である。

 剣技や魔法、スキル、持ち合わせた力の多彩さでは誰にも引けを取らない。

 しかし、それでも闇巨獣には敵わなかった。


 理由は至極簡単……単純に「力」が足りなかっただけだ。

 出力不足。

 影のように実体と持たなかったことにより無効化された物理攻撃は兎も角、魔法が通じなかったのは単純に火力が足りていなかったためだ。

 もっとも、別の場所でこれを言えば「あれで出力が足りないというのはおかしい」と否定されるだろう。

 玲治は勿論として他のパーティメンバーも、それぞれの得意分野では世界でも上位に位置する力を持っている。

 実際、あの時の魔法攻撃は人族が出せる力としてはこれ以上はないほどの出力を有していた。

 それが通じなかった理由は一つ、単に「相手が悪かった」これに尽きる。

 なにしろ、相手は世界を管理する管理者の一柱の力を源に生み出された存在だ。

 人族ではどうしようもない、それこそ「人知を超える」相手だったのだから。


 しかし、それを理由に勝てなくても仕方ないとすることは、玲治には出来なかった。

 この先の階層で、闇巨獣アンバールに匹敵する敵が出てこないとも限らないのだ。

 というより、彼と同じように石像にされてしまった光神ソフィアと邪神アンリのことを考えれば、確実にあと二体は出てくることが予想出来る。

 闇巨獣は核になっている闇神の石像を活性化させて復活させることで消滅させられたが、流石にこの後も同様の手段が有効と楽観視は出来ない。


「……分かった、いいだろう」

「ッ! ありがとうございます!」


 玲治の真剣な思いが伝わったのか、闇神アンバールは少し考え込みながらも了承で返した。




 ◆  ◆  ◆




「さて、準備はいいな?」

「は、はい」


 パーティの面々が心配そうに、あるいは興味深そうに見守る中、玲治は闇神アンバールと対峙していた。

 先程まで身に纏っていた軽装鎧を外し、インナーも脱いでいるため上半身は裸の状態だ。流石にズボンは穿いているため、全裸ではない。

 女性陣はそんな彼の姿を恥ずかしがったり無関心だったりガン見だったりと、それぞれの態度で見詰めている。


「普通は力を分け与える場合は加護という形にして眷属にする。

 だが、今回手前ぇに与えるものはそれとは根本から違う」

「何故、眷属では駄目なのですか?」

「眷属ってのは主を一柱しか持てねぇからな。

 最終的に三柱からの力を受け取らなけりゃいけねぇ手前ぇにこの方法は使えねぇ。

 それに、眷属としての力は受け取る者の信仰心や年月に依存する。

 手前ェに無理矢理与えたところで、大して役には立たねぇよ」

「なるほど」


 眷属として強い力を持っていた者として記憶に新しいのは、「邪神の聖域」の最下層直前で対峙したインペリアル=デスだ。

 彼は絶対の信仰心を持つ上に長い年月を掛けた信仰──厳密には勘違いなのだが──により、絶大な力を持っていた。

 しかし、玲治は三柱に対して信仰心などあまり持っているとは言い難いし、時間を掛けているわけにもいかない。

 そのため、眷属化をしても大きな力を手に入れることは出来ないという闇神の説明には納得するしかなかった。


「それなら、どうするのですか?」

「代わりの方法として、ラインを作る」

「ライン?」

「ああ、俺達との間にラインを繋いで力を供給する。

 手前ぇに足りないのは力そのものだ。

 それを他から賄えるのなら、戦う手段は今持ってるもんでもいけんだろ」

「分かりました、お願いします」


 アンバールの説明に、玲治は真剣な表情で頷いた。

 出力そのものが足りないという闇神の指摘は、彼が思い描いていた問題点と合致している。

 それを外部的に供給してくれると言うのなら、願ったり叶ったりだ。


「いくぜ」


 闇神は胸の辺りで両掌を向き合わせ、そこに魔力を集め始める。

 ミリエスの小型フレイム=マリオネットの炎が辺りを照らしているものの、闇に閉ざされたこの空間が薄暗いことには変わりない。

 しかし、そんな闇の中でもしっかりと見通せる漆黒の球体が闇神の両掌の間に生み出される。

 仮に、炎が全くなく視界が利かない空間であっても、それはきっと感じ取ることが出来ただろう。

 色だけで言えば周囲と同じ漆黒、しかしそれは周囲の黒よりも濃密だった。


 アンバールが掌を玲治の方に向けると、空中に浮いた球体は静かに彼の方へと進んで来る。

 息を呑んでそれを見詰める中、球体は彼の胸の辺りに吸い込まれるようにして消えた。


「この後どうなるんです──ガッ!?」

「レージさん!?」


 不思議そうに自らの身体の中に吸い込まれた球体を見届けた玲治が闇神に問い掛けようとしたその瞬間、彼の様子が一変する。

 突然、胸の辺りを押さえるようにして苦しみ出したのだ。

 その姿に、辺りで見守っていた他の者達も焦りを露わにする。


「喋るんじゃねぇ、呼吸を整えろ」


 アンバールの指示を受けて、玲治は胸を押さえたまま深呼吸をするようにして息を整える。


「今渡した球体を心臓のように思え。

 血が血管を流れるように、そこから汲み取った魔力がお前の体内に充填される」


 玲治は目を閉じ、指示されたように球体が自らの新しい臓器となることをイメージした。

 身体を巡る魔力については、魔法を覚える時に既に理解している。

 今回新たに得た闇の球体が、その流れを担うポンプであり貯蔵庫であると考えると、カチッと何かが嵌まったような音がした。


 その途端、彼の全身から凄まじい闇の魔力が迸った。

 それは先刻、闇神が復活した時に彼らを吹き飛ばした魔力に匹敵する程の力の胎動だ。

 仮に以前の玲治がそんなことをすれば、あっと言う間に力が尽きていただろう。

 しかし、今の彼は先程受け入れた新たな臓器である球体から何処からか力を供給されており、それは尽きることが無かった。

 その力の源が、目の前に立つ闇の化身であることは何となく察することが出来る。


「力の供給は俺の方から遮断することも出来るが、今は手前ぇの方で抑えろ」

「わ、分かりました」


 玲治は再び胸に手を当て、脈打つ心臓を落ち付けるように球体から巡る力を抑えに掛かった。

 何度か深呼吸する内に、彼の全身から迸っていた闇の魔力は静かになってゆき、やがて元通りに止まる。


「無事、受け入れられたみてぇだな。

 今みてぇに俺から送り込む力を使えれば、これまでとは段違いの火力が出せんだろ」

「あ、ありがとうございます!」


 儀式が無事に終わったことを受け、心配そうに見守っていたテナやオーレイン達も駆け寄ってきた。

 彼女達は彼の間近まで近付くと、その姿に首を傾げた。



「あれ、レージさん。その胸の模様は……?」

「それに、目の色まで」


 彼の胸には先程までは無かった筈のVの字を逆さにしたような形をした黒い紋様が刻まれている。

 また、日本人としての標準的な色だった筈の瞳の色は、片方だけ真紅に染まっていた。


 直前までは無かったのだから、今の儀式の影響以外には考えられない。

 そう思って闇神の方を見ると、彼の疑問に気付いたのか面倒くさそうに口を開いた。


「あぁ、言い忘れたが多少は容姿が変わる部分がある。

 ま、そのくれぇは諦めろ」


 苦情は受け付けないとばかりにキッパリと切り捨てられ、玲治は渋々とその言及を諦めた。

 元の世界に帰る時には消えることを祈るばかりだ。




 ◆  ◆  ◆




 儀式を終えたアトランダム一行および闇神アンバールは、石像が置かれていた場所にいつの間にか浮かび上がっていた魔法陣に乗り、次の階層へと足を進めた。

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