第88話:倒すべき敵
すみません、諸事情により一週空いてしまいました。
炎の人型によって照らされた闇の中、三筋の閃光が影の巨獣に向かって真っ直ぐに放たれた。
聖女とまで謳われた修道女、光神の加護を受けし聖弓の担い手、そして光神の力すら模した異世界からの来訪者。
振るわれたのは光属性の攻撃という点においてはこの世界で最上級の力だと言って過言ではないだろう。
闇に属する者にこれが直撃すれば、たとえどんなに強大な相手でも深いダメージを負わせることが出来る筈だ。
仮にこれ以上の光の力が存在するとすれば、それは光そのものと言える光神の振るう力くらいしかない。
少なくとも、人族にこれ以上を望むのは酷というものだった。
それだけの攻撃が闇巨獣となった闇神アンバールに突き刺さり、そして僅かにその身の影を揺らすだけの結果を齎して呑み込まれた。
闇が退いて巨獣の体躯が欠けるが、それも一瞬だけのこと。数秒後には元通りの姿に戻っている。
それはまるで、炎を斬り付けたような手応えだった。
「──なっ!?」
「全く効いてない!?」
勿論、玲治もオーレインも初撃で敵を倒せるとは思っていなかった。
しかし、少なくとも多少のダメージは与えられるだろうとは思っていたのだ。いや、若干希望的観測が混ざっていたが出来ればかなり深いダメージを与えられることを期待していた。
それがほぼノーダメージという結果に終わり、驚愕と焦燥に表情を強張らせる。
「足を止めるな!」
大剣を両手で構えるエリゴールの叱咤に、二人はハッと我に返ってその場から横へと飛び退く。
次の瞬間、アンリとテナが相殺し切れなかった闇弾が彼らが立っていた場所へと着弾した。
闇巨獣が近付いてくる直線上にはエリゴールが油断なく立ち塞がっており、散発的な遠距離攻撃さえ防げればこちらにダメージはない。
しかし、その密度が問題だった。
テナは闇魔法の使い手としては魔王と同等、アンリは更にその上をゆく。
それでも、流石は闇の化身というべきか、放たれる無数の闇弾を二人掛かりでも撃ち落とし切れず、幾つか隙間を通って彼らの頭上へと降り注いで来る。
「こちらは任せてください!」
フィーリナが杖を掲げ、防御魔法を用いて降り注ぐ闇弾を防ぐ構えを見せる。
いつまでも持ち堪えられるとは誰も考えていないが、少なくとも多少の猶予が出来た。
「クッ、どうすれば……」
パーティメンバーが作り出してくれた僅かな時間で、玲治は闇巨獣への対抗策を考える。
しかし、すぐには良案が出てこない。
先程、玲治とオーレイン、フィーリナが三人掛かりで放った光の攻撃は、現状考えられる中で最高の一撃だった。
実体があるかも怪しく物理攻撃が効く可能性が限りなく低い影のゴーレム。
最初の印象だけでなく先程の光魔法による攻撃に対しての反応からもそれは窺える。
玲治やエリゴールの剣による攻撃よりも、魔法攻撃の方が有効という判断は妥当なものだ。
加えて、闇の化身であるアンバールに対して対属性に当たる光属性を選択した。
その選択自体に誤りはない。ただ単純に、力が不足していただけのことだ。
「ひょっとしてですが、胸部の石像に攻撃すれば効くかも知れません」
「分かってます。しかし、それでは意味が無いでしょう」
「それは……」
影で出来ているような四肢や頭部と異なり、胸部に埋め込まれた闇神の石像は実体がある筈だ。
むしろ、あの闇巨獣が闇神の力によって構成されているとしたら、石像こそが核であるとも言えるだろう。
そこなら攻撃をすれば当たるだろうし効果がある……そう提案したオーレインの洞察も間違いではない。
しかし、この戦闘の目的を考えたら選べない選択肢だった。
「俺達の目的はあの石像を取り返して管理者から力を貸して貰うことです。
石像を破壊してしまっては意味がありません。
それに、そもそも壊せるものなのかどうかも分かりません」
「そう、ですね」
玲治の答えを聞き、オーレインも苦い表情をしながら頷いた。
彼の言葉は全くの正論であり反論の余地は無かったが、弱点が見えているのに攻撃できない悔しさは抑えられない。
「しかし、ならばどうするのですか?
先程の攻撃が全くダメージにならないのであれば、私達が敵を倒すことは不可能です。
このままでは一方的に攻撃されて敗れてしまいます」
「ぐっ、分かってます」
玲治とオーレインが素早く言葉を交わす間にも、闇巨獣が放つ闇弾は彼らに向けて放たれている。
テナとアンリが数を減らし、フィーリナが残ったものを防いでいるおかげで攻撃を受けてはいないが、彼女達の魔力も無尽蔵というわけではない。
このまま打開策が打ち出せなければ、敗北は必至だった。
「ハッ!」
有効な手が思い付かずに苦し紛れの光魔法を放つが、先程と同様に闇巨獣にダメージは通らない。
魔力を無駄に消費するだけに終わった。
「何か、何か手がある筈だ」
必死に思考を巡らせる玲治。
彼の持ち札は通常の者よりも多い。
世界転移に際して与えられた身体能力は、鍛えることによって更に向上している。
魔法についてはオート魔法という厄介なスキルが目立っていたが、それを除いた自力でも全ての属性において最上級クラスの使い手となった。
そして、出逢ったあらゆる者の力を借りて行使するスキルと、それを全て受け入れる無限の成長性。
では、その中で目の前の敵に通用する物はないか。そう彼は思考する。
物理攻撃は効果が薄そうなので、身体能力は直接有効な手立てにならない。
魔法については最も得意でかつ敵に効果が高いと考えられる光魔法が通じなかった。
無限の成長性は戦闘中にどうこう出来るものではないし、ランダム召喚憑依はギャンブル要素が強過ぎる。
運良く光神の力でも引き当てられれば有効かも知れないが、そう都合良くはいかないだろう。
「……あ」
自身の持つ力から有効な手札を見付けられなかった玲治だが、その時ふと目に入ったものを見て思わずポツリと呟いた。
彼自身の能力ではなかったが、与えられた道具の中で一つだけ活路となり得るものを見付けたのだ。
それは、現在最終敵となっている真・邪神に与えられた運任せの剣だった。
これまでに何度か発動している極光を放つ剣、あれなら闇巨獣を打ち倒せるかも知れない。
敵に与えられた力に頼らざるを得ないことに複雑な気持ちはあるものの、それを言い出せば彼の持つ大半の力がそうなってしまう。
それに、今は選り好みしている余裕など微塵もない。
そう考えた玲治は鞘から剣を引き抜き──
「もう慣れたっての!」
柄から生えたパンを自身の左腕に当ててから再び鞘へと戻した。
ランダムに選択される刀身は一度振って何かに当てないと戻せないが、対象は自身の身でも問題は無い。
外れを引いたら即座に自分の腕に軽く当ててから引き直せば、やがて当たりを引ける筈。
二回目……ネギ。
「ああ、もう!」
三回目……ベーコン。
「一体いつになったら」
四回目……パスタ。
「って、なんでこんな時に限って食材ばっかりなんだよ!」
五回目……焼けた骨付き肉。
「調理済みなら良いってわけじゃない!
って、うわ!?」
「ア、アンリ様!?」
「私達が珍しく真面目に戦ってるのに、何遊んでるの?」
運任せの剣を引き抜いては鞘に戻してを繰り返していた玲治の頭を目掛けて、アンリが弱めの闇弾を放って来た。
剣に意識を取られていた彼は、危ういところで頭を下げてそれをかわす。
「遊んでるわけじゃないですよ!
有効な剣を引き当てようとして……」
「で、当たりまで何回掛かるの?」
「ぐっ、それは」
痛いところを突かれて、玲治は言葉を呑み込んだ。
運任せの剣によるランダムな刀身に幾つのパターンが存在するかは彼も知らない。
総数が不明な以上、望んだものを引き当てられる確率も未知数だった。
「でも、もうこれ以外には打つ手が……」
「相手は本物の神族の力、そもそも人族や魔族の力では倒すのは難しい」
「ッ! だったら、このまま負けて殺されろって言うんですか!」
闇弾で弾幕を撃ち落としながら淡々と告げるアンリに、玲治は思わず苛立った言葉をぶつけてしまう。
仮面で隠された彼女の表情は分からないが、彼の言葉を受けても動揺は見られなかった。
「違う。
これはアレの出題。
アレは基本的に愉快犯だから厄介な引っ掛けはあっても、絶対達成不可能な問題は出さない。
…………………………………………多分」
「そこはせめて断言してくださいよ!
ええと、つまり俺達が何か対処を間違えているってことですか?」
この狭間の世界に落とされた時も彼女の意見は参考になった。
現状で打つ手が見付からない以上、耳を傾ける価値はあると玲治は判断し、その言葉の意味を考える。
「対処を間違えている?
しかし、実体の無い敵には物理攻撃より魔法攻撃という選択も、
闇属性の敵には光属性の攻撃を当てるという選択も、妥当な判断です。
これは間違いようがないことですよ!?」
「そうですね、オーレインさんの言う通りあの敵を倒すために最も有効な手段です……ん?」
「レージさん?」
焦って叫ぶオーレインの言葉に頷いた玲治が、何か違和感に気付いたように言葉を止める。
アンリと同じように闇弾を相殺しつつ、テナが彼に不思議そうな表情で問い掛けた。
「まさか、敵を倒すってのがそもそもの間違いなのか?」
「レージさん、一体何を……」
「オーレインさん、フィーリナ! テナとアンリさんに代わって攻撃を撃ち落とす側に回ってくれ!
テナ、アンリさん! 二人は闇魔法で胸部の石像を狙って!」
「え、ええ!?」
「そ、そんなことをしたら……」
考え込んだ玲治が顔を上げ、エリゴールとミリエスを除く者達へと指示を出す。
それは、先程までとは役割を真逆に変えるものだった。
光魔法や聖弓での攻撃で闇巨獣を狙っていたオーレインとフィーリナに闇弾の相殺を、
闇魔法で闇弾を相殺していたテナとアンリに相手への攻撃を指示したのだ。
玲治の指示にテナとフィーリナが困惑した声を上げる。
声は出さなかったもののオーレインも戸惑った様子だった。
何しろ、相手は闇そのものの化身と言える闇神の力によって構成された巨獣だ。
闇属性の魔法などぶつけても効かないどころか、逆に吸収されて力を増してしまう恐れすらある。
「それでいいんだ。
闇神は敵じゃない」
「は?」
「なるほど」
まだまだ困惑している者も居たが、テナとアンリは玲治の言葉に従って放っていた闇弾の狙いを変更する。
すると、相殺していたものがなくなったため、必然的にオーレインとフィーリナはそのカバーに入らざるを得なくなった。
未だ理解し切れてはいないものの、是非を問答する余裕もなく必然的に玲治が指示したフォーメーションへと変わる。
テナとアンリに合わせるように、玲治も闇魔法を放つ。
三人が放った闇の塊は、吸い込まれるように闇巨獣の胸部に埋め込まれた闇神の石像へと当たる。
しかし、それは決してダメージにはならない。
闇神の石像には罅一つ入らず、当てられた闇の魔力は分解されて吸収される。
彼らが放った力を吸収したためか、闇巨獣の体躯が一周り大きくなった。
「やはり吸収されています!
これでは敵を強くする一方で──」
「いいから、このまま続けてくれ」
闇巨獣の力が増した分、降り注ぐ闇弾の数も威力も一層増してゆく。
オーレインとフィーリナは必死になって何とかそれを捌いていった。
その間にも、玲治達は闇魔法を放ち続けて闇神の石像へと当てている。
そして、闇巨獣はどんどん大きさを増してゆき──止まった。
「え?」
「一体、何が……?」
不利になる一方だった状況から突然の事態に、オーレインとフィーリナの二人は唖然とする。
その一方で、玲治とアンリはこの状況を確信していたように取り乱さずに息を整えている。
「私達の力じゃ本物の神族を倒せない。
なら、倒さなければいい」
「そもそも、俺達は闇神を倒しに来たわけじゃない。
彼を石から解放し、力を借りるために来たんだ」
「闇魔法は吸収されて闇神の力になる……つまり、闇魔法を当てればアンバールの力が増す」
「力が増せば、石像から解放出来るかも知れない。
とはいえ半分博打みたいなもんだったけど、上手くいったみたいだ」
「あ、そういうことだったんですね」
アンリと玲治の説明に、他の者達がようやく得心がいったとばかりに頷く。
しかし、そんな中にはアンリと同じように石像に闇魔法を放っていたテナも入っており、アンリは困惑した様子で首を傾げた。
「……テナ、分かってないのに撃ってたの?」
「アンリ様とレージさんが言うなら、信じて大丈夫ですから」
「もう」
テナの答えを聞いたアンリが照れたようにそっぽを向く中、闇巨獣はその形を変えてゆく。
影によって構成された四肢が胸部の石像に吸い込まれるように、見る見るうちに小さくなっていった。
やがて全てが石像の中に消えると、空中に浮いた闇神の石像は重力に逆らうようにゆっくりと地面へと降下する。
それが着地するのと同時に、石像にピシッと音を立てて罅が入った。
「おお!」
「石像が!?」
大剣を下ろしたエリゴールとマリオネットを下がらせたミリエスが、その光景に希望の声を上げる。
そして、彼らが見守る中、次々と隅々まで罅が広がってゆき……やがて、弾けた。
と同時に、石像が立っていた場所から怒号が飛んだ。
「あんの野郎ぉッ! 舐めた真似しやがって──ッ!」
叫びと共に放たれた逃げ場のない闇の力に撥ね飛ばされ、玲治達はさっくりと意識を刈り取られた。
物語が終盤に近付くにつれてコメディ<シリアスになって難しいです。
そんな中、久々に運任せの剣のスロット(食材シリーズ)。




